社の村
「この獣道が続いているのは社の村かな? ええっとーー」
ユーナたちは町に続く道を外れ、林を分け入っていた。
どこへ連れて行かれるかわかったものではないと警戒していたユーナとは違い、グルトは目的地に想像がついているようだった。
猫耳の大男は頷いた。
「キアランとお呼びください、グルト様。仰るとおり我々が向かっているのは社の村です。うちのギルド長は社の村の視察のためという名目で町を脱出して村に滞在しています」
「脱出か。つまり町の出入りは現在制限されているんだね」
「そうです。ですが社のためならば、うちの市長も嫌とは言えません」
グルトとキアランはわかりあっている。けれどユーナとアウリはお互い顔を見合わせた。
「あの、社の村? っていうのに何かあるんですか?」
「ユーナ、社と呼ばれる場所に封印されているんですよ、ミニフレは」
「……ミニフレの封印場所?」
「ドラコ様の仰るとおり、八年前にようやくドラコ様の協力を得て封印に成功した、エイシェントフレンド様の祠が社の中にあります。そちらの管理は我々獣人の手に委ねられており、管理のために村があるのです」
突然、林が開けた。
目の前にあらわれたのは崖だった。そしてその下にはかなり大きな集落が広がっていた。
「前よりも村が広がっていないかい?」
「グルト様はご存じないだろうと思いますが、我々獣人はエイシェントフレンド様の暴走より苦しい立場に置かれています」
「……君たちのせいではないだろうに」
「ですが我々が神としてお祀りしていた方なのは事実です。そして、今も我々はあの方を尊崇しています。あの方の狂乱により家族を失った人間たちにとっては許しがたいことでしょう。仕方のないことです……そこまでであれば」
暗い目をしてキアランは崖の壁面に沿うように作られた細い路を下っていく。
かなり険しい道のりだったが、ユーナの足腰であれば特に問題はなかった。
アウリは杖をつく場所がないので抱き上げてやる。
一番下ではユーナたちを出迎えようと待つ人々がいた。
ユーナたちが下まで降りると、その中から腰が曲がった老人が一人進み出た。
彼は獣人ではないようだった。
「ようこそドラコ様、グルト様……皆様。わしがキュリースの町の冒険者ギルド長、ヨームです」
「俺が社の町の管理長のキアランだ」
冒険者ギルド長のヨームの隣に進み出て、キアランも並んだ。
「では早速ドラコ様とグルト様にご相談させていただきたいことがございますので、こちらへお越しいただけませんでしょうか? キアラン、そちらのお二人は今夜の宿へご案内してくれ」
「ヨーム殿、俺はこの二人なら同席させても問題ないと思います」
「しかしキアラン、片方は子ども、もう片方は素性も知れぬ」
「彼女の素性なら僕が保証するよ、ヨーム」
「しかし、グルト様」
「ヨームは昔から心配症だよね」
ユーナとアウリの扱いでヨームとキアラン、グルトの意見が分かれていた。
その会話を聞いていると、どうもヨームとグルトは同じ冒険者ギルドの長でありながらグルトの方が立場が上らしかった。腰の曲がった老人に対して、青年のグルトの言い様の方が偉そうである。
意見の相違については、ドラ子の発言で収まった。
「私はユーナの側を離れるつもりはない」
頑ななドラ子の言葉を聞き、ヨームの方が折れた。
「ドラコ様とグルト様がお二人ともそう仰るのでしたら問題はないのでしょう。それでは皆様、どうぞこちらへおいでください。キアランの家で話をしましょう」
道中、ユーナたちは村中の獣人たちの警戒に満ちた無遠慮な眼差しに晒され続けることとなった。
アウリは居心地悪そうに身を竦めていたが、ユーナは気にならなかった。
ユーナにとって大事なのは、今日の寝床がどんな場所になるかであったから。血眼で家の作りを眺め回した。防虫対策などを。
案内されたのは、村の中心にある大きな木造の建物だった。
ウッズの町の石造りの建物よりみすぼらしくはあるものの、しっかりとした造りだ。
ドラ子はミニフレで、この世界の人たちにとって尊重しなくてはらない存在らしい。
なら一番大きな家を宿として提供されるはずである。ユーナはそう信じたかった。
ヨームはキアランに命じてユーナたちに温かいお茶を用意させてから、口を開いた。
「今回の問題とは直接関係はありませんが、前々からこの村へ入植する獣人の数が増えております。そのために村は大きく騒がしくなり……おそらくそのせいで、エイシェントフレンド様の眠りが浅くなっているようです」
「ならば獣人を村から追い出せばいいだろう」
「ドラコ様は知らぬでしょうが、獣人たちは差別を受けてこの村へ逃げてくるのです。ここから更に追いやるなどという惨い真似はできませぬ」
ヨームの言葉にユーナはすぐにキアランが言っていたことを思い出した。
この近辺で暴走したエイシェントフレンドにより多数の人間が死亡したにも関わらず、獣人はその存在を祀っているという。
それを憎々しく思う人間がいても仕方がないことだとキアラン個人は考えているようだった。
とはいえ、差別を受けて平気なわけではないのだ。
「しかし、そうなるといずれはミニフレが目覚める。予想では百年ほどはもつはずだったが」
「ドラコ様、一刻の猶予もありません。エイシェントフレンド様が目覚めてわしらに騙されていたと知った時、かの方の怒りはどれほどのものとなるでしょうか? きっとキュリースの町は瞬く間に潰されてしまうに違いありません。その前にどうか、討伐を」
「……ああ、そのために私たちはここへ来た」
ドラ子が頷くと、ヨームは一瞬の間を置いてから喜びを爆発させた。
老人が全身を使ってはしゃぎ出した。
反対に、隣にいるキアランは苦痛を堪えるように俯いた。拳を膝の上で硬く握り絞めている。
ミニフレンドを討伐して欲しくないらしい。彼もまた神のように思い、崇めているのだろう。
しかし、討伐するなとも言えないのだ。
人の命を奪った罪は重い。ユーナだって下手なことは言えなかった。
「おお! ドラコ様! やっと引き受けてくださるのですか? これまでは拒絶されておいででしたのに、どのような心境の変化でしょうか?」
「詮索はやめろ。私の力を必要としているのならな」
「それはそれは、申し訳ございませぬ」
「だがその前に、ユーナのことを調整しておきたい」
「私のことで調整? 何?」
「身分証のことです。貴女のことが最優先ですからね、ユーナ」
ヨームとキアランは戸惑った顔つきでユーナとドラ子を見比べた。
「そちらの方にどのような事情があるのかわしらにはわかりかねますが、エイシェントフレンド様の討伐より、優先すべきことでしょうか?」
「ああ、勿論だが? 何か文句でもあるのか?」
たくさんの人間が死んでしまうかもしれない、そんな災害にも似た事態が目の前に迫っている。
それなのに、ドラ子は胸を張ってユーナの諸事の方が重要だと言ってのける。
ユーナとしては肩身の狭い思いである。
「あの、ドラ子? 私のことは後回しでもいいよ?」
「ミニフレとの戦いが始まれば、もしかするとキュリースの町は壊滅するかもしれませんし、そうなっては面倒です。そうなる前に事を済ませてしまいましょう」
ドラ子はのうのうと言ってのけた。ヨームとキアランの顔が引きつる。
このユーナのミニフレンドにとって、キュリースの町や村が壊滅してしまうことは、ユーナのための事務手続きができなくなるから面倒だ、というだけの問題に過ぎないのだ。
ユーナも同様に顔を引きつらせた。このミニフレンドの考え方を今すぐ、即座に変えるのは不可能に近いし、個人的に身分証が早く欲しい。ユーナが意見を翻した。
「わかった。すぐに手続きをして、すぐにミニフレ討伐に戻ってこよう」
「かしこまりました。聞いていたな? グルト」
「勿論ですよ。それでは行きましょうか、ユーナさん」
「うん? どこへ? キュリースの市役所とか?」
「竜の巣へ」
「んぇ?」
全く予想だにしていなかった行き先に、ユーナの口から妙ちくりんな鳴き声が零れた。
そういえば17時に投稿することにしていたのを忘れ昨日は12時に投稿してしまいました




