接触
「やっと町が見えてきたあ!」
思わず歓声をあげてしまった。長旅ではなかったけれど、うんざりだった。ウッズを出て一日と半日。やっと谷間にある町が見えてユーナは感動で泣きそうだった。
今夜はちゃんとした宿屋に泊まれるだろう。
満天の星空の天蓋の下で無数の虫たちと添い寝をすることなく……。
森を抜け低いとはいえど山をこえて、この日数でたどり着けたのはかなりの強行軍であったらしい。
けれどユーナとドラ子は余裕だし、険しい山道では、ユーナがアウリを抱き上げた。
手続きのために必要だと、一緒についてきたウッズの冒険者ギルドの長、グルトもまた平気そうな顔をしていたのは意外だった。
無理をしているだけかもしれないけれど。
「お疲れじゃありませんか? グルトさん」
「平気ですよ、ユーナさん。あなたたちには及びませんが僕も冒険者ギルドの長として鍛えていますからね」
グルトは落ち着いて答えた。彼の執務室を見たユーナの印象では、彼はデスクワーカーだ。
身体の線も見るからに細かった。それなのに体力はかなりあるようだ。
レベルをあげているのかもしれない。
「グルトさんの職業って何なんですか?」
「……秘密です」
「えっ? 秘密とかありなんですか?」
「何故いけないんですか、ユーナさん? 僕は冒険者ギルトの長として弱みを見せてはいけない立場です。職業を伏せておくだけでも随分と身を守ることができるんですよ」
「それでいいなら私も伏せておけばよかったなあ……」
「いや、ユーナさんは難しいでしょう。身分証を持たない怪しい人間でしたしね」
やっぱりそうですよね? とユーナは肩を落とした。
ユーナは賢者だ。しかし学者だということにしている。
もうこの設定で来てしまったんだから、最後までやり遂げるしかないというわけだ。
「さて、さっさと行ってユーナさんの身元を捏造してしまいましょう」
グルトは爽やかな笑顔であっけらかんと言うと足を踏み出そうとして――やめた。
次の瞬間、道路の左右の茂みから湧き出るようにして現れた人々が、行く手を塞いだ。
みすぼらしい人々だった。手には剣や斧、棍棒などの思い思いの武器を所持している。
前に四人、後ろに五人。計九人。
彼らは剣呑な顔つきでユーナたちを取り囲む。
――彼らの頭に獣の耳が見えるのはユーナの幻覚なのだろうか?
僅かに震えながらもユーナを庇おうと前に出るアウリに気づかない様子で、ユーナは何度も目を擦った。
そこにいるのは、小汚いおっさんの群れなのだ。そんなおっさんたちについていていいものではない。
「僕たち相手に盗賊のまねごととはいい読経だ。冒険者ギルドの長と長命種のAランクパーティを襲うからには、覚悟はできているんだよね?」
グルトは腰に佩いていた短剣を抜いた。
前に出るグルトは自信に満ちあふれていた。
冒険者ギルドの長なのだから、その自信を支える根拠があるに違いない。
だが短剣は危ない。ユーナも最近モンスターを相手に戦っているからわかるのだが、リーチが短い武器は相手の攻撃を受けやすいのだ。
「大丈夫なんですか? グルトさん?」
「問題ないですよ。盗賊なんていうものはモンスターを狩る力のない冒険者くずれがなる仕事ですからね」
この世界にはモンスターがいて、モンスターを狩れば生活できる。
その生活ができない者が、モンスターより弱い人間を狩るようになるのだという。
ウルフに向かって棍棒を一振りすれば一日分の食糧が手に入り、二振りすれば二人分の、五振りもすれば一日分の宿代が手に入るユーナである。
グルトの理屈でいえば彼らは屈強そうに見えるのに、ユーナにすら勝つことはできないということになる。
(とてもそうは見えないんだけれど……)
それでもユーナは棍棒を構えた。最近身につきつつある所作だ。
アウリもその小さな体躯に似合わない長剣を軽々と片手で扱う。
その時、おっさんたちの中から、熊のように巨大な体躯をした男が進み出た。
可愛らしい猫耳を頭にくっつけて。
「うっ……頭が」
「大丈夫か、ユーナ?」
「少し頭痛が……」
萌え耳と小汚い真性盗賊ファッションのおっさんとのコラボレーションを前にして、脳が理解を拒絶しているらしかった。
ドラ子が心配そうな顔をしてユーナの顔を覗き込んでいるのが申し訳なくてとても理由は口にできない。
「あなたのことは存じております、グルト様。それにドラコ様のことも。あとお二人のことは詳しくはわかりませんが」
「我々の仲間だ」
「――ウッズの副市長と揉めているのは存じていますよ」
「何だと? それをどこで知った?」
グルトが顔をしかめて尋ねると、いやに丁寧な態度をとる猫耳の大男は淡々と説明した。
「昨日のうちに町中に噂が広がりましてね。どうやらウッズの副市長は伝書鳩を使ったようですよ。運悪くモンスターに襲われることなくうちの市長に届いてしまったようです」
「ふうん。それは確かに運が悪い」
「町に行ってはいけません、グルト様。市長はあなたたちを捕らえようとしています」
「こちらには長命種のドラコ様もいらっしゃるのだから、本気で捕まえようとするとは思えないね」
「市長の息子が行儀見習いとしてウッズの町に出ているんです」
「うわあ、絶対に人質にされてる」
ユーナが思わず口走ると、盗賊のように剣呑な雰囲気を放つ男たちが更に殺気立った。
その殺気はユーナに向けられているわけではなかった。ここにいない別の誰か、全員がわかりきっていることではあるが、ウッズの副市長のヤッコブに対する感情が抑えきれなくなったに違いない。
ユーナの適当な予想は大当たりしたのだ。
息子のためならたとえ無謀だとしても、市長はドラ子を含めてユーナたちを捕らえようとするだろう。
ヤッコブ――あの男、どこまでもやりたい放題だ。
いつか報いを受けるだろうに恐くないんだろうか?
小市民のユーナにはわからない境地だ。
「ひとまず我々について来てはいただけませんか。うちの冒険者ギルドの長のところまでお連れいたします」
「そうだね。たとえ君たちが僕らを騙そうとしたところで、君たちごときの力じゃドラコ様に叩き潰されてしまうだろう」
「そのように牽制されなくとも襲いはしませんし騙してもいません。……我々はあのクソ野郎に恨みを持っているんですよ。ですからあの野郎に逆らって一杯食わせたというそちらの可愛らしいお二方に対して、俺たちは敬意すら感じているのです」
「えっ、私?」
「可愛いってのがオレのことじゃねーなら、まあいいけど……」
可愛いと言われて照れるユーナと嫌そうに顔をしかめるアウリである。
敵は貴族で、この辺り一帯に影響力を及ぼしうる権力者だ。
これから対策を立てるとはいえ困難な道のりが待ち受けているだろうに、命を狙われている当の二人はあまりに呑気であり、豪胆だった。
「えっ、今のアウリのこと!? うわっ、恥ずかし!」
「オレは可愛くなんてねーから師匠のことですよ絶対! 間違いありません!」
「穴があったら入りたい」
強行軍でやってきたはずだと、日数を計算すれば男たちにも理解できる。
それなのに、コントをしてのける余裕のあるユーナとアウリを前にして、目を丸くした猫男の鬱屈した表情は緩み、やがて我知らず声をあげて笑っていた。
ちょっと短めですが長い話を書こうとすると隙間時間に書けないので、しばらくこれぐらいでやっていこうかと思います。




