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不戦勝


 冒険者ギルドの長グルトにお願いされ、半日待つよう言われていたユーナたち。

 なんと善は急げとのことで、糾弾⇒襲撃⇒アウリ奪還の一連の流れを今日中にこなしてくれるつもりだという。

 ユーナは責任を持ってその流れに参加させてもらうつもりだった。

 なので、人員が揃い次第ユーナを呼んでくれるようにお願いして、ユーナたちは一旦宿に戻っていた。


 宿に帰って棍棒を磨きながらユーナが待機していると、約束通り昼過ぎに迎えの馬車がやってきた。


 それに乗って、向かうは科学者ギルド。

 ――かと思いきや、何故か馬車がたどり着いたのは、冒険者ギルドだった。


「あっ、師匠!」

「ええっ!? なんでアウリがここにいるの!? 実は冒険者ギルドが黒幕だった!?」

「違いますよ!!!」


 慌てた様子でグルトが否定する。

 毛布にくるまった状態で椅子に座ってエールを飲んでいるらしいアウリの様子は、囚われの身の上には見えなかった。


「大丈夫アウリ? 元気なの?」

「平気です師匠。心配してくれてそうだとは思ってたけど、その棍棒はなんですか?」

「科学者ギルドにカチコミに行こうかと思って用意した――その名も、エクスカリバー!」

「うっわ、冒険者の皆さん、助けていただいてありがとうございます。師匠が大変なことをしでかすところだったみたいです」


 ドン引きした顔のアウリがグルトたちに頭を下げる。

 彼らが助けてくれたのは間違いないらしい。


「でも、科学者ギルドに抗議に行く時には教えてくださいって言ったのに。どうして勝手にアウリを助けに行ったりしたんですか?」

「いえいえ、ユーナさん。僕たちは科学者ギルドにはまだ行っていないんですよ。冒険者たちを集めていただけで」

「え? それじゃあどうしてアウリがここに?」

「冒険者ギルドで人が集められてるって話が科学者ギルドに入ったから、ですね」

「うん?」


 アウリが何を言っているのかわからずユーナが首を傾げると、グルトがくつくつと笑った。

 やけに楽しそうな、人の悪い笑みだった。


「つまり、僕たち冒険者ギルドがユーナさんたちに味方すると決めた時点で、科学者ギルドの敗北は決定していた、ということです」

「戦う前から勝敗は決まっていた、みたいな……?」

「そうです。ヤッコブさんは敗北確定の勝負が始まる前に、諍いの原因であるアウリ君を帰してくれたんですよ」

「へーえ。そんな物わかりのいい人だったっけ?」

「怒り狂ってましたよ、あの人……おれ、殺されるかと思いました」

「おお……」


 けれど辛うじて、アウリは殺されずに返還された。

 グルトは頭をかいている。


「まだそこまで追い詰めたつもりはなかったんですけれど、焦っているみたいですね。よほど科学者ギルドの評定が悪くなりそうなんですねえ」

「……アウリに危害が及ぶようなやり方はやめてくださいよぉ!」

「いや本当に、まだまだ全然、何もしていないんですよ? 前哨戦のつもりで情報を流しただけなんですよ、こっちは」


 これから色々畳みかけて攻撃しようとしていたらしい。

 それが、Aランクパーティの一員であるアウリを取り戻すため、必要ならば科学者ギルドとの戦争も辞さない、という構えを冒険者ギルドが見せただけで彼らは投降してしまった。

 それだけ科学者ギルドの、ヤッコブの状況が悪いということらしい。


「よほど昨年度に作成できたポーションの数が少ないんだろうなあ」

「少ないと困るんですか?」

「そりゃあそうですよ。ギルド評議会で提出もしますしね。その数すら足りないのかも……だとしても、前もってどこかから納入して水増ししておくものだと思うけどなあ?」

「……水増し?」

「そうそう。僕だって、冒険者ギルドに納品された素材の数が少なすぎるから、直々に狩りに出て冒険者から納品された素材だって偽ってるくらいだし」


 ユーナは思い当たる節がなくもなかった。

 ヤッコブがここまで焦る原因。

 それは、水増しのために買い足したはずのポーションがなくなってしまったのが原因だと思われる。


「私、この間、馬車と衝突したんですよねえ」

「へえ? ユーナさんにはお怪我はないようで、よかったですね」

「そう、私はよかったんですよ、ギルド長。ただ、私にぶつかった馬車の方が転倒しましてね」

「ああー、練度の高い冒険者だとあり得ますね、そういうのも」

「その馬車に、ヤッコブとポーションが載っていたみたいで……」

「ああ……あー……それは……」


 全てを察した顔になるグルト。

 ユーナのせいとは言わないが、ユーナが原因ではあった。ユーナ自身ですらそれは認める。

 だが恐らく、ヤッコブはこのまま状況が悪化していけば行くほど、全てをユーナの責任だと考えるようになりそうである。


「……師匠、めちゃくちゃ恨まれてますよ」

「うっわマジでか」

「はい。でも、おれの師匠と同一人物だとは思ってないみたいです。でも、おれを解放しなきゃならないってなった時に、その……あの女、殺してやる、って」


 ほぼ間違いなく、その女というのはユーナのことだろう。

 誰かに殺意を抱かれているというのは、嫌なものだ。

 完全な言いがかりというわけでもなく、ユーナは僅かとはいえ非を認めているので尚更嫌だし、恐いと感じる。


「でも――恨んでるのは私だって同じ。アウリに無理強いしようとしたんだから、私だって、怒ってる!」


 怯んでばかりはいられない。申し訳ない、と思ってばかりじゃいられないのだ。

 ユーナだって、怒っている。仕返ししたいと思っている。

 二度とユーナたちに手出ししたいなんて思えないように、徹底的にだ。

 ユーナの言葉にアウリははにかみ笑いを漏らした。


「……ありがとう、ございます。師匠」

「うん。義足……折れちゃったのか」

「はい。折られました。あの男、強いですよ。おれ、最近は兄ちゃんより全然強くなっていたのに、それでもヤッコブって男には歯が立ちませんでした……その、ごめんなさい」

「へ? 何が? ヤッコブに勝てるほどマッチョじゃなくてごめんなさい?」

「そうじゃなくて! ――義足、せっかく師匠が作ってくれたのに、守れなくて」


 ユーナは確信を深めた。

 やはり、ユーナはヤッコブに怒りを抱いていいのだ。

 ヤッコブは何もかもをユーナのせいにするだろう。

 けれど、あんな男の言葉はどうでもいいのだ。

 あの男の言葉は、ユーナにとって価値がない。聞くに値しない、雑音だと思うことにしよう。


 ヤッコブはアウリに手を出した。こんなに良い子の足代わりとなるものを力尽くで奪ったのだから。


「……義足がアウリを守るんだよ。だから、いいんだよ」

「師匠なら、そう言ってくれそうだと思ってました。でも、だからこそ申し訳ないです……」

「なんでそうなるのかなあ。……よく見たらアウリ、頬がこけてるし」

「副ギルド長が、ちゃんと食わせてくれたんだけど、痩せてしまいましたかね?」

「……後で、レイミさんのところで何か食べさせてもらおうか」

「はい! ずっとレイミの手料理が食いたかったんです……!」


 アウリが顔をほころばせる。その目はうっすら涙で潤んでいた。

 ほっとしたのだろう。これまでずっと緊張し続けていたのだろう。

 ――ユーナもまた、心の奥のどこかでずっと張り詰め続けていた自分に気づいて、そろそろと息を吐いた。


「ではその手料理とやらを食べた後に出発、ということでいいでしょうか?」

「はい?」


 グルトが良い雰囲気をぶち壊すような事務的な口調で割って入る。

 ユーナが思わず首を傾げて彼を見ると、彼は何が問題なのかわからないような顔をしている。


「あのう、出発というのは、一体どこへ?」

「春になったら討伐依頼をこなしていただけるという話でしたよね、わかってます。まだ春は遠いということは――ですが出発した方がいいですよ」

「……師匠、おれたち、この町にいない方がいいのかも」


 アウリまでグルトの意見に賛成する。

 わけがわからずユーナが見たのはドラ子だったが、それはドラ子に教えてもらえるのを期待したというよりは、わけがわからない気分を共有したいだけだった。

 しかしドラ子までもがユーナを真剣な顔つきで見返した。


「しばしこの町を離れるのは得策かもしれません、ユーナ」

「えっ、なんで?」

「……ヤッコブという男が貴女を殺そうとしているのでしょう? 私がその男を殺してきてもいいのですが、貴女がそれで困らないようであれば」

「えっとそれは苛立ち紛れの悪態的なヤツじゃないの? ねえアウリ?」

「いや……その……報復のために、何かされるかも、と、思いました……」


 アウリが怯えた顔をしている。

 負けん気の強いこの少年がこんな表情をしているのを見るのは初めてで、ユーナは目を瞠った。


「アウリ君のお兄さんには暫く冒険者ギルドに出向してもらって、こちらで守ってあげることはできる」

「レイミはどうなりますか? 師匠が泊まっていた宿の、娘なんです」

「君の彼女だっけ? そうだね、うちの精鋭を暫く泊めさせておこうか」

「私とドラ子が泊まっているから大丈夫なんじゃないですか?」

「うん? 何がですか? あなた方二人が泊まっていたら、いい的にしかならないと思いますけど」


 グルトはきょとんとした顔で言う。

 バカと言われるより堪える言い草だった。


「ユーナさん、すぐにこの町を出た方がいいですよ。こんな時にまだ町にグズグズ留まっているのが知れたら、この町にそれだけ大事な人がいると言っているようなものですよ。厄介事が起きたから逃げる、身軽な冒険者だと示した方が周囲への被害は少なく抑えられますよ」

「……私たちの大事な人間だということで、酷い目に遭わされるかもしれないんだなんて、ちょっと意味がわからないんですけど」

「その意味のわからない人間を敵に回してしまったんですよ、ユーナさんは」


 それにしたって、そこまでするのか?

 ただギルドの評価をあげたいがために、子どもを誘拐して――もうこの時点でユーナは意味不明なのだが――取り返されたからといって、報復に誰かをいじめたりすることがあるのだろうか?


「私には全くわからないけど……でも、ヤッコブが話の通じない男だっていうのは知ってるんですよねえ」

「おわかりいただけたのであれば、できたら明日にでも出発を」

「いや待って。アウリも行くってことだよね? 一応、私たちのパーティの一員という触れ込みなんだし……だったら、アウリの義足を持っていきたいから」

「職人ギルドに確認させますね」

「あっそうしていただけます?」

「ユーナさんとドラ子様は冒険者ギルドの宿にお泊まりください。荷物はうちがルルの花亭より回収致します。アウリ君は恋人とお兄さんに挨拶を済ませておくこと」


 ユーナが呆然としているうちに、ウッズの町から出る計画が着々と進んでいく。


「ユーナさんにとって一番大事なことはなんですか? それとも寒い中旅をしないこと? それともアウリ君の安全?」

「比べる理由もありませんよ、その二つは」

「それなら、もうあなたがやるべきことは決まっていると思います。この町にいると本当に危なそうなので、ほとぼりが冷めるまでどうか、離れていてください。ユーナさんは高貴な身の上なのでよくわからないのかもしれませんが、本当にまずいんです」


 グルトにとって女神の旅人というのは高貴な身分らしい。

 アウリがうさんくさそうな顔をしていた。師匠師匠と慕ってくれてはいるけれど、辛い評価がその顔から全部漏れている。


「――バカな人間がバカなことをして、長命種と人間が敵対して、全面戦争になるようなことがあっては、僕としても困るんですよ」


 グルトが困ってしまうくらい、ヤッコブはバカなことをしそうな気配があるらしい。

 

「冬の山になんて登りたくないんですけれど」

「もう春ですよユーナさん。僕が宿を手配しておきますので――こちらが契約書類です」


 グルトがさりげなく机の上に開いたのは、討伐依頼の契約書類だった。

 その見た目は、まるでゲームと同じだった。

 ギルドの依頼の書かれている紙。その質感にはとても見覚えがある。

 

 しかし依頼を受けるか受けないかの、Yes/Noの選択肢の代わりに、サインをする空白がある。

 ここにユーナがサインをすれば、契約は完了し、ユーナは依頼をこなさなくてはならなくなる。


 これを受けると口約束で請け合ったからこそ、冒険者ギルドはアウリのために動いてくれたのだ……ならばユーナは、その責任を取るべきだろう。

 ユーナは、己の名前をサインした。その字が相手に読めるかどうかという考慮は一切しないで。


「……これは、女神文字」

「え?」

「いえ、なんでもありません。これで大丈夫です。必要な荷物も馬車もうちで手配させていただきます」


 しばらく経った後で、日本語で書いてはグルトには読めないかもしれなかったと思い当たった。けれどグルトは特に何も問題にしなかったと思い出して気にしないことにした。


慌ただしく、出発の準備が始まった。

 守りたいものが何もなければ、ユーナは逆にゆっくりこの町で過ごすことができただろう。


 けれどこの町に守りたいものができてしまったからこそ、迷惑をかけないように、ユーナはこの町を暫く後にしなくてはならないらしかった。

治った気がして昨日の夜書いたんですよ。

そうしたら今日悪化したんですよ。

夏風邪は長引くそうなので皆さんもお気を付けて。

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