表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/48

ギルド見学


「ユーナさん遅い! ほらロヴィッサさん待ってるじゃないの!」

「ごめんレイミさん。でもどうしても身体を洗いたくてね」

「大して汚れてなかったじゃない! 本当に町の外に出ていたわけ!?」


 年下の小娘に腕を引かれて、抵抗もなく笑顔で歩いてくるのはユーナという女性。

 彼女は確かに町の外、フィールドへ出て、モンスターを倒した。

 それをロヴィッサの手の者、ヨーナスが確認している。


 戦い慣れてはいないようだが、単純な膂力では、ユーナはヨーナスを上回っているという。


「この度はご足労いただきありがとうございます、ドラコ様、ユーナさん、レイミさん、クスタヴィさん。どうぞこちらへ。まずはお茶でもいかがですか?」

「すみません。できるだけ早く帰りたいのでこのまま中を案内してもらえますか?」

「あのう、本当にごめんなさい……わたしも、店の仕事が残っているので」


 ユーナはあっさりとロヴィッサの気遣いを退ける。申し訳なさそうな素振りもない。

 打って変わってレイミの方はすまなげな表情を浮かべていた。


 レイミのような少女相手には寛大なユーナが、どうしてこうも自分相手には素っ気ないのかロヴィッサは不思議だった。

 自分の美貌を妬んで嫌う種類の女性もいるけれど、ユーナとレイミではレイミのほうが容貌がいい。

 己より容姿が優れているからという理由でただちに意地悪になるような性格だというわけではないだろう。


 ユーナと常に共にいる、ドラ子に色目を使った覚えも、ロヴィッサにはない。

 使われた覚えもない。

 それどころか、ロヴィッサは一度ドラ子に殺されかけている。

 あの時のドラ子は本気としか思えなかった。

 同情を買うために怯えているふりをしてみせたが、実際、心の隅では真実恐怖を感じていた。


 ユーナとドラ子は二人とも、通常の人がロヴィッサに持ちうる様々な感情を抱いていないようだった。


「それでは中をご案内いたします。ですが初めに言っておきますが、入室を許可できない区域の方が多いということはご了承いただきたいのです」

「はーい」

「ユーナさん、なんだか見習いに来た子どもみたいですね……」


 クスタヴィは苦笑している。

 いっそ無邪気なほどユーナには緊張感がなかった。

 彼女の表情が晴れやかなのが、ロヴィッサには若干恐かった。


 ユーナとドラ子は何やら冒険者ギルドの人間と密談をしていたという。

 距離を取って尾行をしていたヨーナスには、その会話は聞こえなかったそうだ。

 ただ、会談の内容はユーナたちにとって得るものがあったようにヨーナスには見えたそうだ。


科学者(サイエンティスト)ギルドを社会科見学みたいな? ロヴィッサさん、ポーションの製造現場とかって見せてもらえますか?」

「当然、お見せすることはできないのです」


 全く当たり前のことなので、ロヴィッサは怯まずに答えた。

 ユーナの味方のような顔をして、彼女から少しでも情報を引き出して、後手に回るのを避けたいとは思っている。

 それでも、断固としてお断りしなくてはならないこともある。


「うん、そうなの?」

「あたりまえなのです。レシピはギルドの機密、ポーションの製作方法も、道具も、何もかもが、ギルドの最重要機密なのです」

「それはそうかあ」


 ユーナは特に不機嫌になることなくロヴィッサの拒否を受け入れた。

 ロヴィッサにとっては少し意外だった。

 彼女が、もっと短気な人間に見えていたのだ。

 そして物事をごり押しと力尽くで進めるような人間なのではないかと考えていた。


 彼女の強さについてヨーナスに聞いた後からは、その考えはますます強まった。


 しかし、どうも様子が違っている。

 短気な人間ならレイミのような少女とは上手くやってはいけないだろう。


 初めにヨーナスはユーナを扱いやすい、押しに弱い普通の女性だと考え、その旨をロヴィッサに報告した。

 だからロヴィッサはユーナをそのように扱おうとしたのだが、妙な反発にあってしまった。

 ヨーナスの観察が間違っているのかと思っていたが、そうではないのかもしれない。


(もしかして……わたくしの手落ちなのかしら?)


 ロヴィッサは迷いながら歩き出した。

 攻めてみるか、状況を見守るか。

 しかし現状維持に努めても、数日以内に状況が激変する可能性があることは、ユーナが既に宣告している。


「まずは入り口の玄関ホールですが、とても広いでしょう? 尊い方がいらっしゃった時にはこちらで歓待を行うのです」

「へえ」

「随所に立つギルド員たちは科学者の顔を全て覚えていますから、外部のお客様はすべてこちらで留められ、客室へとご案内致します」

「それじゃ、ふら~とこの階段を上がろうとしても……」

「普通は止めさせていただきます。科学者ギルドが雇っている警備の者が大勢飛び出して参ります。ですが、本日は特別にご案内させていただくのです」


 ロヴィッサの口にする特別という言葉に、ユーナは心を動かされた様子はなかった。

 額面の言葉はもはや受け取ってもらえないようだった。


「一階の左の廊下の奥はどこに繋がっているの?」

「そちらは薬草園なのです。わたくしたちの執務室は上なのです、ユーナさん」


 アウリという科学者の少年が囚われているのも、そちらだ。

 言うわけにはいかない。

 けれど伝わってしまえばいいと思いながら、ロヴィッサはユーナに目配せした。


 科学者を誘拐し、無理やりスキルを使わせようとして、冒険者に襲撃を受けた――こんな事態になれば、次のギルド評議会での評価は恐らく最悪なものになるだろう。

 しかしだからこそ、ギルド長のすげ替えが可能になる。

 いくら貴族出身だとて、この失敗は取り繕えはしない。


 たとえ最低の評価を下されたことで、どれほどの劣悪な待遇に置かれようとも、このままギルド長がヤッコブのままであるよりいいとロヴィッサは思っている。

 一行は二階に上がった。

 赤い毛足の長い絨毯の敷かれた柔らかな階段を上がっていくと、クスタヴィがおずおずと口を開いた。


「も、申し訳ないのですが、俺、靴を洗ってくるのを忘れてしまいまって……」

「わ、わたしも。ごめんなさい。絨毯を汚してしまうかも……!」

「お気になさらず。絨毯は汚れるものですもの」


 クスタヴィとレイミは精緻な彫刻の彫られた階段の手すりに触れることすら怯えて縮こまっている。

 二人は気圧され、周囲を観察する余裕すらないようだった。

 可愛らしいものだ、とロヴィッサは思う。

 これが科学者ギルドに初めて入った庶民の反応なのだが、ユーナとドラ子は様子が違う。

 ドラ子は長命種だから理由はわかる。

 ユーナについてはその立ち居振る舞いから貴族らしさが窺えないが、貴族の贅美についての一般的な知識くらいはあるのだろう。

 黄金色に輝く手すりに手垢がつくことなど気にもしていないようだった。

 召使いが磨くものだと割り切っているのだろう。


「科学者様方の暮らす棟に続く渡り廊下も二階にございますが、そちらもやはりご案内はできないので、ご了承ください」

「そうなの?」

「はい。科学者様しか入ることができない場所です。そちらに住まう科学者様たちが相互に助け合いながら暮らしていらっしゃり、科学者様たちの許しがなければギルド長でさえ立ち入りはできないのです」


 つまり、ギルド長が攫った少年はここにはいないということだ。

 伝わっただろうか、と思いながら、ロヴィッサはユーナを盗み見る。

 彼女は思案している様子だった。

 自分の誘導したい方向へ、ユーナの思考を誘導できているだろうか。

 ロヴィッサは最後のダメ押しのために更に二階の廊下を奥へとすすんだ。


 廊下の突き当たりまでやってきた。

 右へすすめば科学者の棟になる。


「左へすすむと、科学者ギルド幹部の執務室があるのです」

「幹部の」

「奥へ進むほど、位の高い者の部屋になります。つまりご案内できるのは――ここまでです」


 ロヴィッサは一番手前の扉の前まで進み、立ち止まった。


「こちらはわたくしの執務室になりますので、もし皆様にお時間があれば、お茶をお出しできるのですが――」

「一番奥はギルド長の部屋?」

「ええ……そうです」


 自分の意図が正しく伝わったことに、ロヴィッサは口元をほころばせた。


「大事なものがたくさんありますので、これより先への侵入はどうかご遠慮くださいませ、ユーナさん、ドラコ様、皆様」


 そこにあなたたちの大事なものもある、と――これで伝わらなければロヴィッサにはこれ以上やりようがない。

 今やっていることだってギリギリなのだ。


 何をもって科学者ギルドのためだとするのか。

 ヤッコブと父では意見が違う。父とロヴィッサも食い違う。


 このギルドの評価を上げることを目的とするのなら、ヤッコブのした誘拐ですら、英断かもしれない。

 ロヴィッサはアウリを脅しその気にさせるためにも、家族の髪でも切って持っていくべきなのかもしれない。


 ユーナたちを部屋に招くと、ロヴィッサは扉をしっかりと閉めた。

 とはいえ、いささか壁や扉の防音性能には疑問がある。

 ここは宿直に使っている事務室より守りが弱い。

 事務室はロヴィッサの私室だが、ここは公人として外交対応に使っている部屋だ。

 だからヤッコブはこの部屋の鍵を持っている。

 ヤッコブによってつけられた秘書のことも、仕事以外では一切信用していない。


 ロヴィッサが部屋に秘書がいないことを確認していると、まだ椅子すらすすめていないうちから、ユーナが出し抜けに口を開いた。


「――ロヴィッサさん、あなたって本当のところ、ヤッコブのことをどう思っているの?」


 それは、ユーナからの恐らく最後の質問だとロヴィッサは感じた。

 嘘やごまかしを言えば、見抜かれてユーナの信頼を失うのだろう。


 これまでに、貴族相手にロヴィッサが何度かやったことのある失敗だった。

 その時はロヴィッサは幼く、少女の可愛らしい嘘を大抵の貴族は笑って大目に見てくれていた。


 しかしユーナは大目には見ない。

 信頼されたいのであれば、正直に言うべきだ。だが何を?

 ロヴィッサは考えた末――ヤッコブに対する感情がはっきりと定まった日のことを簡潔に話すことにした。


「わたくし、父に連れられてまだ年齢が一桁の幼い頃から科学者ギルドに来ていました。そして初めてギルド長にお会いした際に、こう言われました」


 あの日のことを口にするとなると、ロヴィッサはどうしても表情が取り繕えず、笑顔をなくした。

 幼心にあの言葉はとても恐ろしいものだった。

 舌に乗せるだけで心がざらつき、軽い吐き気を覚えるほどに。


「ツラがいいから胸がでかくなったら俺様の女にしてやる、と」


 下品な言葉だ。口にすることさえ耐えがたい。

 勇気を振り絞って口にしても、ロヴィッサの美貌を妬む類いの女性からは嫉妬を買うだけで効果はない。

 だが、普通の女性が相手であれば、同情を買える系統の話題だった。


 しかし諸刃の剣でもある。

 男性の場合、ロヴィッサを下劣にからかう格好の材料にすることがあった。

 ヤッコブ自身が話題に出すことさえある。

 自分が幼いロヴィッサを心底怯えさせたという自覚すらないのだ。

 あるいは自覚があって、それを心底楽しいと思うような人種なのかもしれない。


 しかしだからこそ、ロヴィッサは、この場でそれを言うことができた。

 たとえ何らかの方法で、ヤッコブの手の者に聞かれていたとしても、いつもはヤッコブが笑い話にしている話題だ。

 ロヴィッサがそれを口に出したところで、とがめ立てされる謂われはない。

 

 その効果を見極めるために吐き気を押し殺し、仰向きユーナを見据えようとすると――急に抱きすくめられた。


「許せない!! なにそれ辛かったねえっ!? なるほどそれならそうもなるか!!! 必ずゴミムシは社会的に駆除してあげるからねっ!!!!!!」

「……ユーナさん、声が大きいのです」


 ロヴィッサは呻いた。

 耳が痛いし、それに誰かに聞かれていたらと思うと気が気ではない。

 それにしても、ユーナの態度の変化は劇的だった。

 全く想定していなかった変わり身ぶりだった。

 ロヴィッサはユーナの柔らかくほどけた声音の優しさに驚いた。

 

 ユーナに抱擁されたのにも驚いたが、彼女が義憤に駆られているのはすぐにわかったので、嫌な気分にはならなかった。

 ロヴィッサからゆっくりと離れたユーナは頭を抱えて呻いていた。


「年齢一桁の子ども相手にそれとか……クソかよぉ! 知ってた!」

「わたくしは立場上、多くを口にはできないのですが――」

「いいよ大丈夫だから! わかってるから! 言いづらいことは何も言わなくていいからね! 脅されたりとかしちゃうもんね!」

「……肯定も否定もしかねるのです」

「いいんだよ。大丈夫。オーケーわかった! 敵がはっきりしたから大丈夫。それだけで問題なし」


 敵というのはヤッコブのことだろう。恐れ気なくよくも言うものだとロヴィッサは眼を見張った。

 立場を明確にするということは、敵を作るということだ。

 監視の目や耳があるかもしれないという警戒心がないのだろうか?


「これまで冷たくしてごめんね……てっきりヤッコブの仲間なのかと思っちゃって」

「仲間、ではあるのでしょう。だって科学者ギルドのギルド員なのです」

「不本意ながら、というやつでしょう?」

「……わたくし、本当に何も言えないのです、ユーナさん。外でならなんとか口にできる言葉も……ここは、科学者ギルドの内部ですから」

「うん、そうなんだね。だから口にする言葉以外の方法でどうにかしようとしていたんだね……」


 ユーナは優しく労る口ぶりだったが、ロヴィッサはひやりとした。

 やはり自分のやろうとしたことはユーナに本心ごと見抜かれていた。

 だからこそ不信感を与えてしまっていたのだろう。


「ヤッコブに科学者ギルドのギルド長でいてほしい人間って、どれくらいいるんだろう?」

「わたくし、その問いには全員、と答えるしかないのです」

「そっかあ。でもまあいいや。――正しいことをしようとしているんだって、思えたから」


 ロヴィッサから聞いた事実に憤るユーナは、間違いなく善良な女性だった。


「ありがとうね、ロヴィッサさん」


 ロヴィッサは、確かにかつては酷く打ちのめされはしたけれど、今はそれを乗り越えている。

 父やギルド員が守ってくれたから、実際に何かをされたわけでもない。

 こうして一人の人間に話して聞かせ、同情を誘い、自分に味方させるために使う程度には、振り切れているのだ。


 今では、幼いからショックを受けてしまっただけで、結局は大した仕打ちではなかったのではないかとすらロヴィッサは考えていた。

 それなのに、ユーナは我がことのように憤慨してくれた。

 父ですら、目を光らせてくれはしたが、卑猥な言葉を吐きかけられるくらいは大したことではないという認識だった。

 これほど怒りを露わにする人は、貴族の温室育ちの貴婦人や淑女たちくらいでしかお目にかかったことがない。


 しかしそういう人種は温室育ちらしく、とてもか弱い。

 守ってもらわなければ何もできないような人ばかりだ。

 

 この善良すぎる女性に、本当に何かができるのだろうか?

 確かに冒険者のようにモンスターを倒していたという報告はあがっている。

 その見た目にはそぐわない強さがあるのだとは、聞いている。


 とはいえ権力があっても使い方のわからないご婦人方が酷く脆いのと同じように、力があるだけでは物事の大半は解決できないのだ。


「きっとなんとかしてみせるから、待っていてね」


 ユーナはロヴィッサに優しく言った。

 ロヴィッサはユーナの不信感を打ち破り、信頼されるための糸口を掴めはしたようだった。


 けれど当のロヴィッサの方が、気づいた時――ユーナへの期待感をなくし、失望してしまっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ