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交渉前日


 バッティングセンターと同じで、初めは空ぶることもあった。

 そうなると、モンスターは球とは違って生きているから不安定な動きをする。

 つまりユーナに襲い掛かる。


 けれどこの辺りで一番見た目が恐いモンスターである、鋭い牙を持つウルフに噛みつかれようとも、ユーナに入っているダメージは恐らく一桁以下だった。

 多少は痛くとも、積み重なって死に至るようなダメージではない。


 これが更に非現実感を増してくれた。


 初めはわけもわからず叫んでいたユーナだが、次第に無言で噛みついてくるウルフを振り払えるようになっていった。

 痛みさえ感じないとわかっていれば、単純作業だった。


 むしろ醜悪な顔をしたウルフのようなモンスターより、熊などといった普通の動物の方が恐かった。

 そういうのも森の中に生息しているのだが、下手に現実感が感じられて、モンスターよりそっちの方が死を身近に感じた。


 とはいえ、実際に遅いかかられても、熊の着ぐるみを着た死にかけの老人でも相手にしているのかのように、簡単に倒せてしまうのだが。


 もうすぐ太陽が空の一番高くに登る。

 倒したモンスターの数は十一。

 ユーナとしては物足りなかったが、オスモに言わせれば遭遇しすぎとのことである。


 オスモは手早く解体を進めてはいるが、大変な作業のようで熊の前に倒したホーンラビットの解体に勤しんでいる。

 オスモの額に大粒の汗が浮かんでいる。

 そろそろ休憩の準備をした方がオスモのためによさそうで、ユーナは昼休憩の準備をすることにした。


「レベル、ちゃんと上がってるかな……」


 あまりに手ごたえがなさ過ぎて不安になるほどだった。

 ユーナが棍棒を振って余計なものを振り落としながら言うと、ドラ子は冷静に「問題ないでしょう」と答えた。


「確かめたいのでしたら、何かスキルを使ってみてはいかがですか?」


 今ユーナがレベルを上げている賢者のスキルツリー名、オムニッセント。

 これを使うことにより、現在ユーナが覚えていないスキルの内からランダムにスキルを覚える。


 そういえばユーナは自分の賢者レベル1で使えるスキルを既に使用済みなわけだが、すっかり忘れていた。


 そうして手に入れたスキルが、フレンドモンスター(Aランク・水)だ。

 Aランクの水属性のモンスターをテイムできるスキル、フレンドモンスターのスキルの一つである。


「学者の方のスキルですと、マテリアルサーチでしょうか? 薬草採取などをされるのでしたら群生地にご案内いたしますが……」


 ひょこりとオスモがやってきて言う。

 ユーナはこの話を終わりにした。

 ユーナが賢者であることは、ドラ子以外のこの世界の誰にも言っていない秘密である。


「いえ、いいんです。スキルは使いません」

「そうですか。まあ、使いづらいスキルらしいですからね」

「えっと、マテリアルサーチがですか?」


 オスモはユーナを学者だと思っている。なら話の流れから、使いづらいスキルというのはマテリアルサーチのことだろう。

 欲しいものがすぐに見つかる頼もしく使い勝手のいいスキルだと、ユーナは認識している。

 不思議そうな顔をするユーナを見て、オスモもまた目をぱちくりさせた。


「まず第一に、戦いに向いたスキルはないのに、フィールドに出なければ使えませんよね?」

「ああ、そうですね」

「ですがユーナさんの強さがあれば問題ないんでしょうねえ……いやでも、探査できるのは自分のすぐ近くのものだけだという話ではありませんか?」

「へえー」

「目で見えるところにあるもののことがわかるだけでは、大して役に立たないと聞いたことが――あの、ユーナさんは違うのでしょうか?」


 ユーナのフィールドワークの範囲は、フィールド一つ、全域に及ぶ。

 それはユーナのフィールドワークの熟練度が高いからだろう。


「これまで一度しか使ったことがないので、よくわかりません」


 ユーナは一応本当のことを伝えた。

 アウリを探したあの日以来、ユーナはマテリアルサーチを使用していない。

 できるだけフィールドに出ないようにして生活していると、確かに使う機会のないスキルなのである。


 使い続けなければ熟練度があがらないのに、熟練度があがるまでは使い勝手がすこぶる悪い。

 生涯を町の中で終えるような人たちにとっては全く使うあてのないスキルだろう。


「そうですか。まあ、徒労になるわりに、スキルの使用は疲れますからね」


 オスモは特に不審には思わないようだった。


「ところでこのホーンラビット、本日の昼食にどうですか?」

「うわっ、食べれるんですか?」

「美味しいですよ。特に狩った直後のこいつはですね、絶品です。解体用のナイフも他のとは分けましたので肉も綺麗ですよ。いかがです?」

「食べる気満々じゃないですか!」


 日常生活で最近肉をほとんど食べていなかったこともあり、ユーナはオスモの提案を喜んで受けた。

 ユーナが集めて空き地の真ん中に置いた枯れ木をドラ子が組んで火を点ける。


 角をとられてほとんどただの兎になったそれは、綺麗に皮を剥がれている。

 オスモは肉の塊となったホーンラビットを木の棒に突き刺し、交差させた二つの支えによって、器用に火の上に翳した。

 丸焼きの構えだ。


「どうやって食べるんですか?」

「肉を裂きながら食べるんです。したたる脂が美味しいので、落さないように掬いながら、気をつけて」

「熱そうですね?」

「気にならないほど美味しいですよ。冒険者の醍醐味です。ただ匂いでモンスターを呼び寄せる危険があるので、ユーナさんやドラコ様のように強い方がいる時でないとできませんよ」


 誰でもできるわけではない贅沢らしい。

 そう言われると、更に楽しくなってくる。


「ドラ子もやったことある?」

「私は……あまり」

「解体もできないもんね。そりゃそうか」

「私でも、やろうと思えばできるはずです。ただ必要がなかっただけで」


 オスモに小刀を渡され、わくわくしながらホーンラビットの丸焼きができあがるのを待った。

 表面が炙られ、身が色を変えながら締まっていく。

 焼けたように見えたところへ、オスモは手を伸ばして小刀で肉を削いだ。火からあげずに、炙りながら削いでいく。

 開いた袋の中の塩をひとつまみ、自分でかけて、ぱくりと食べる。


「はい! 美味しいですよ、血抜きも良い感じです。ユーナさんの分も、よければ私が削りますがどうしますか?」

「自分でやってみます!」


 ユーナは恐る恐る手を伸ばす。熱いんじゃないかと警戒していたけれど、覚悟を決めていると耐えられた。

 やけている部分の肉に小刀を当てて、小さく削いだ。

 そしてオスモの塩をわけてもらって、つやつやとした赤い肉にかけていただく。


「うんっ! 美味しいです!」

「モンスターはこうやって食べるのが格別に美味しいんですよねえ。はあ、私も現役時代を思い出します」

「……ユーナが美味しいというのなら、私も」


 久しぶりの動物性タンパク質に明らかに身体が喜んでいた。

 身体がぽかぽかと暖かくなっていく。持ってきた水を飲みながら食べていると、ホーンラビットはすぐになくなってしまった。

 さっきまではその亡骸を見て可哀想だとか申し訳ないだなどと思っていたのに、今のユーナは骨に残る肉をこそげ落とすことに熱中している。


 綺麗に骨だけになったホーンラビットは無残な死骸というよりただの食べ終わったあとの残骸だ。

 残さず食べられたことに謎の満足感を覚えつつ、脂でベタベタになった手を洗いにキンキンに冷たい水の流れる小川へ向かう。

 小川で手を洗っている最中、牙の生えた巨大な魚、ビッグマウスに手を喰われたが、不幸中の幸い、喰われたのはユーナの腕だったので怪我人は出なかった。


「私でしたら腕を持っていかれていましたねえ」


 オスモは汗を袖で拭いて言う。ユーナの腕は多少噛まれた痕跡が残る程度だ。


(こんなの、絶対におかしいよなあ)


 しかし、これからユーナがオスモに相談しようとしている事柄について考えると――ユーナが強い分には、話は有利に働くだろう。

 野営地になっている開けた場所へ戻ってくると、ユーナは焚き火の近くに座ってから、オスモにも座るように促した。


「オスモさん、ご相談についてなんですが、いいですか?」

「なんでも聞いて差し上げるということはできませんが、私の采配でできることであれば、ユーナさんのためでしたら善処したいと思っておりますよ」


 好意的な返事だ。やはりきっと、ユーナに力があるからだろう。


「科学者ギルドに拉致監禁されていると思われる私の弟子を助けたいんですけれど、強襲して奪い返す以外に、他にいい手はあるでしょうか?」

「――それはまた、物騒なお話ですね。ちょっと予想もしませんでした」

「弟子というのはオスモさんも会ったことがある子なんですが」

「あの少年、アウリくんですよね。あの子がですか……ポーションを作ることができるからですね?」

「はい。そうだと思います」

「なるほどなるほど……難しい問題ですよ、これは」


 オスモは渋面だった。

 一応相談はしてみたが、ユーナが当初予想していた通り、やはり難しいらしい。


「そう思いますか」

「冒険者ギルドが今年に入って死者を三人出してしまったことで、ギルド評議会に向けて戦々恐々としているという話はお伝えしましたね」


 数字が悪いと様々なデメリットが発生するという、この国中の各支部のギルドの人間が集まる会議があるという話は聞いた。

 冒険者ギルドは今年の成績が悪いらしい。

 だから、それを挽回するために、ユーナたちが素材の回収率を上げてくれれば御の字と、オスモが荷物持ち兼解体担当として今回ついてきた。

 ユーナたちが素材をギルドに売ってくれれば大助かりなのだそうだ。


「科学者ギルドも厳しいんでしょうね。ポーションを作れる人材の育成が中々上手くいかないんでしょう」

「……なるほど。それで、評議会に向けてアウリを攫った?」

「そういうことでしょうね」

「それじゃ、アウリはまだ生きているってことですよね? 評議会は数ヶ月先だし、たとえアウリが素直に従わなくても、猶予はある」

「しかしギルド長のヤッコブという男は恐ろしいほどの短気で有名です」


 つまり一刻の猶予もないという事態に、何も変わりはないとオスモは暗に告げる。

 ユーナは肩を落とした。


「それじゃやっぱり、科学者ギルドを襲うしかないんですね……」

「いやいやいや! それはいけません! ギルドというものは、どれも国家の軍事戦略の施設です! それを襲ったりしたらユーナさんはもう二度と日の当たるところを歩けませんよ!?」

「ええっ……自衛隊の基地を外国人が襲うようなもの……? それじゃテロじゃん!」

「指名手配者の賞金首になって悪名を全世界に轟かせたいとおっしゃるのでしたらもうお止めはできませんが――」

「嫌ですよ! できたら穏便に済ませたいですよ!!」


 どうして悪名高い人間になりたい可能性があると考えたのか、ユーナはオスモに小一時間ほど問い詰めたい気分である。

 

「でも他に手がないんですよ~」

「どんな手を使ってでも取り戻すおつもりなんですね」

「それは大前提ですね」

「――でしたら、できるご提案はなくもないのですが、それもまた難事でして」

「うそっ、あるんですか!? 是非聞かせてください!」


 ユーナが身を乗り出すと、オスモは咳払いをして言った。


「ユーナさんとドラコ様がAランク討伐任務を正式に引き受けてくださるのであれば、あるいは」

「ま、まさか……エイシェントロスト討伐とかいう……」

「ご存じでしたか。まあ、そうですよね。ユーナさんが身分証も持たずにこの街に滞在できているのは確か、ドラコ様がユーナさんをAランク任務のためのパーティの一員だと強弁しているからでしたね」


 心を喪失してしまったミニフレンド。

 自らのプレイヤーを求めるあまり狂ってしまった彼らをエイシェントロストと呼び、彼らを倒す任務はAランクとして格付けされている。


「一応、会いにいくつもりではあったけど……ええ……できたら倒したくないんですけど……」

「会いに行くつもり、ですか? その、確かにかつては長命種として敬われていた存在ではありますが、現在は正気ではありませんよ?」

「でも、できる限り対話をしたいと思ってるんですよねー」

「ユーナ? 私は貴女を連れていくつもりはないのですが」

「ドラ子!? なんで!? 私も行くよ!」

「ですがモンスターのいるフィールドに出るのは嫌でしょう?」

「もう大丈夫慣れてきた」

「いえ、西の山にいるモンスターはここのモンスターより強いですし、攻撃を受けると痛いですよ」

「い、痛いの……? それはちょっと……」

「大怪我をするかもしれませんよ、ユーナ。貴女はウッズの町にいてください」


 いつになく押しの強いドラ子である。

 ユーナが怪我をする恐怖に唸っていると、オスモが話を本題に戻した。


「つまり、ドラコ様は方便ではなく、本気で討伐任務を引き受けてくださるつもりがあるということですね?」

「春にはな。その予定だ」

「いやいやいや! 討伐するかしないかは! 本人に会ってからの話だけどね!」

「お話にならないと思いますよ、ユーナ」


 ドラ子は優しくいうがユーナとしてはミニフレを殺すという行為にどうしても忌避感がある。

 何事も、穏便に済ますにこしたことはない。

 オスモはドラ子の姿を見ていたかと思うと、ふむふむと頷いた。


「でしたら……あるいは、可能性がありますよ。何年も置き去りにされてきたAランクの依頼を片付けていただけるのであれば、これ以上評議会の評価を高めてくれることはありません。ギルド長も交渉の席についてくださるでしょう」

「えっと、依頼を受けるだけじゃいけないんですか?」

「それはまあ。難しいと思いますよ。受けるだけなら、ランクさえ足りていれば誰でもできますからね。そして高難度の依頼については達成できなかった場合の罰則もありません」


 オスモに言われてユーナもその理由はすぐに察した。

 難しい依頼があるとして、失敗したら罰則もあるだなんて言われたら、引き受けたいなんて思う人はいないだろう。


(アレ? 日本社会にはびこるブラックなお仕事みたいだな?)


 それはともかく、この世界ではブラックなお仕事にわざわざ挑みたいなんて思うマゾはあまりいないということだろう。

 チャレンジしてみて駄目だったらそれまででいいのなら、やってみようかなと思う人もいるかもしれない。

 

「冒険者ギルドを動かすには、ギルド長の承認が必要になるので、戻りましたらギルド長に話を通してみましょう」

「ありがとうございます!」

「今日の夕方は予定があるというお話でしたね?」

「はい。人と会う予定が」

「でしたら明日以降にギルド長との会談の席を設けられるようにしておきます。ご予定などはありますか?」

「三日後までにお願いします」

「までに? ――でしたら明日明後日ということですね。可能だと思います」

「よろしくお願いしまっす!」


 明日以降に行われる会談の成功を望まずにはいられない。

 そのためにミニフレを倒す、という決断を下さなくてはならないにしても――アウリのためならば仕方がないと、ユーナは既にほとんど覚悟を決めていた。

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