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モンスター初討伐


「ユーナさん、おわかりかと思いますが、私はあくまで荷物持ち件解体担当ですから、モンスターは倒せません! ですから私がモンスターに襲われたら助けに戻ってきてくださいね」


 門を出るや否や、オスモはまず念押しした。

 冒険者ならあたりまえにわかっているはずの決まりだった。


「えっ、そうなんですか?」

「やっぱり知らなかったんですね、ユーナさん……」

「でも、オスモさんも冒険者なんですよね?」

「若い時にはかなりのモンスターと戦いました。このあたりのモンスターは、私が全盛期に戦ったモンスターと比べれば弱いですが……ですが年には勝てませんよ」


 ユーナははてと首を傾げた。

 レベルがあがると筋肉がついていなくとも重いものが持てるようになる。足が早くなる。力が強くなる。

 オスモが若い頃にはモンスターを倒していたというのなら、レベルが多少は上がっているはずだ。


「年を取ると弱くなってしまうんですか? 一度上がったレベルが下がる……?」

「れべる? ……やはり筋肉もしぼみますし、足腰も弱りますし、脂肪も付きます。いや確かに、生涯を壁に覆われた市街で暮らし、モンスターと遭遇すらしない人々に比べれば強いですけどね」


 レベルは下がるのか、下がらないのか。

 ゲームならば下がらない。けれどそもそも、ゲーム内では年を取らない。


「これが私に相談したかったこと、ということではありませんよね?」

「違いますね。――それについてはとりあえず、お昼休憩の頃に話しましょうか。私、夕方には人と約束があるので、朝の時間が貴重なんです」

「わかりました。それでは早速行きましょう」


 オスモが颯爽と歩き出す。恐らく彼についていくと、モンスターの群生地につれていかれるだろう。

 ユーナは、まあいいか、と結論を出した。

 黙ってオスモにつていく。ユーナに文句がないのなら、ドラ子にもないのと同じだ。


 オスモは西門の左手にある森に入っていった。

 

 ならされていないでこぼこの地面。

 草のびっしり生えた道なき道に分け入って、木の枝を払いながら歩いていくと、ユーナは自分の身体が変わっているのを感じ取る。

 足場の悪い場所に体重をかけてもバランスを崩すことはないし、歩きにくい道のりにも疲れない。

 

「すみません、今どこに向かって――」

「しっ、ユーナさん! お静かに……! モンスターに見つかってしまいますよっ」

「へ?」


 今、ユーナたちはモンスターと遭遇するために歩いているのだ。

 それなのに、オスモはモンスターと会わないように息を潜めていた。


「ユーナさん、あのですね、こんなところでモンスターに見つかってしまったら大変ですよ。開けた場所へ向かいますから、そこまではどうか」


 木々や草叢に視界を遮られた場所でモンスターと会うと、倒すのが大変になるらしい。

 それでか、とユーナには腑に落ちることがあった。

 以前ドラ子とアウリと共にパワーレベリングをしていた際、冒険者たちは開けた場所で固まって、足を止めていた。


 ゲームの中で言うのなら、平地よりは森の方がモンスターの出現率が高い。

 全員が休憩中でもあるましい、モンスターを探したいのが探したくないのかよくわからない態度だなと思っていたのだ。


「でも……そうなんですね。大変なものなんですよね、本当は」

「そりゃあそうですよ。ご存じないのにこんなところまでいらっしゃるなんて、もう、ドラコ様がいらっしゃらなかったらお止めしていましたからね!」

「そうなりますか……」


 車の運転の仕方もわからない人間が車を運転しようとしている。

 それを止めるようなものだろうなと思ったところで、オスモは意外なことを言った。


「冒険者ギルドとしては、本当は捨て置いても構わないんですがね――ユーナさんは冒険者ではありませんから」

「え? むしろいいんですか? 冒険者じゃないからこそ、止めるんじゃないんですか?」

「どうしてですか? 冒険者ではないということは、友人や家族でもない限り私とは何の関係もない方ということですよ?」


 オスモは目を丸くして言う。聞きようによっては非情な言葉にユーナは顔が引きつった。


「えっ……でも普通の人が外に出たら、死んじゃいますよね? 大抵の場合」


 薬草を求めて無謀にも町の外へ出たアウリがどんな目にあったかは、ユーナの記憶に新しい。


「その危険も鑑みて自分で判断したのでしょう? ならば仕方ありません」

「冷たい……!」

「普通のことですよ、ユーナさん」


 軽く笑ってみせたオスモにユーナは戸惑う。

 彼はこんなに冷たい人だっただろうか? 

 ユーナがアウリの作ったスモールヒールポーションを売ろうとした時、なんとしてでも高値で買いとろうとした人間とは思えない。 


 こんな人と、一緒にモンスターの出現する危険なフィールドに来てもよかったのだろうかと、にわかに不安が募っていく。

 その時――オスモの背後の茂みが微かに揺れるのを見た。

 音はしなかった。オスモは気づいていない様子で、小声で言葉を続けていく。


「無関係な人間を助けているほど、誰も暇でもお人好しでもありません」


 ドラ子は気づいているだろうか?

 茂みから目をそらせない。目配せもできない。

 オスモは戦えないと言った。本当だろうか?

 このままオスモが背後から襲われたら、最悪アウリのように、ひどい怪我を負うことになるのだろうか?


 ならば早く倒さなくてはならない。

 しかしユーナは、モンスターを殺すことができるのか?


「誰もが、ユーナさんほどにはね――」

「――みたいですねっ!」

「うわっ!?」


 とりあえず、ユーナはオスモを押しのけて自分が矢面に立った。

 刺激されたモンスターが茂みから飛び出してきた。ウルフだ。


 アウリのパワーレベリングに来た時には耳を塞いで声をキャーキャーと張り上げて、全てをドラ子に任せきりにしていた。

 だからウルフと面と向かって対峙するのは久しぶりだった。

 相変わらずの醜悪の顔つきをしたモンスターだった。犬の近縁種とはとても思えない。


「グルウウウウウウ……っ!」

「や、やるから、私が!」

「かしこまりました」


 ドラ子はむかつくほどの静けさで佇んでいる。

 ユーナがウルフを倒せないかもしれない可能性なんて、きっと考えてすらいないだろう。

 何しろドラ子はゲームをしていた時のユーナと今のユーナを区別できていない。


「ゆ、ユーナさん!? わ、私を庇ってくださったのですか……?」

「下がってて。私、あんまり上手く立ち回れないと思うので!」

「いやですが! 危ないですから、ドラコ様と連携して! ユーナさん一人では無茶です!」

「私がやらなきゃ意味がないんですぅー! お願いだから下がってください! 私の棍棒に当たらないように!」


 ゲームだったらターゲティングした敵以外に攻撃が当たることはない。

 でもこの世界では当たるのだ。そんな恐ろしいことはない。


「ドラコ様! ユーナさんを助けて差し上げて下さい! パニックを起こしているようです!」

「起こしてなーい!!!」

「グルァッ!」

「キャア!」


 呑気に会話をしているユーナたちを余裕の態度と見たのか、ウルフは警戒していたようだった。

 しかしウルフのうなり声にユーナが思わず叫ぶと、この獲物はやはり弱しと見たらしい。

 前足が土を抉り、後ろ足の筋肉が盛り上がるのが見えた。モンスターのAIはとてつもなく賢い。


「ドラコ様! ユーナさんは怯えていますよ! こんなの無茶です! 初めはベテランの冒険者がモンスターを弱らせるものですよ!」

「そんな必要はないと思うが?」


 ミニフレのAI性能が上がっているのかどうかにはユーナは疑問を抱いている。

 次の瞬間、ウルフが当然のように、一番近くにいる、一番弱そうな人間をターゲットに飛びかかった。 


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 ユーナは叫んだ。目を瞑ってはいけない、と思いながら強く強く目を瞑った。

 そして棍棒を思いきり振った。

 そのフォームは、身に覚えのあるもの――野球だった。

 

 謎の軽い手応えが、棍棒を通じて伝わってくる。

 昔学校で打った、ソフトボールの球より軽いかもしれない。


 かつて仕事の息抜きで数回訪れたことのある、バッティングセンターの球のほうが重かった。

 一体今自分が打っているものは何だったのか? わからなくなる。

 軽すぎる球を落とさないようユーナは棍棒に込める力を調節しながら、手応えを感じ続ける。

 そして棍棒を振り抜いた。より遠くへ球を飛ばすために。


「ストライクの手応えッ!」


 目を閉じたままガッツポーズを決めたユーナの耳に、直後鈍い音が届いた。

 鈍い水音。重い何かが落ちる音。不気味なほどの静寂。


 そういえば自分がいるのはバッティングセンターではないな、とユーナは思い出した。


「……やばい。目を開けるのが恐い」

「わ、私はユーナさんの忠告を聞かずにユーナさんの棍棒の可動域にいた自分が恐いです……」

「うわっ、私が今打ったのオスモさんじゃない!?」

「ギリギリでしたよ、ユーナさん」


 ユーナはうっすらと目を開いた。薄めを開けて周囲を確認する。

 オスモ、無事。ドラ子も無事だ。ドラ子については先程いた場所から一歩も動いていなかった。


「あれ、ウルフはどこ?」

「あ……あちらです」


 少し離れた木の根に横たわっていたものに、ユーナはご冥福を祈らずにはいられなかった。

 木に衝突したらしきそれは、ウルフとしての原型を、すでに保っていなかった。

 まるでゴム風船のように破れてしまっていた。強い力を受けて、破裂してしまったかのようだった。

 一体なんの罪があってこんな目に遭わされなくてはいけなかったのか? 

 このウルフこそがアウリを襲ったモンスターでもなければ納得がいかない。

 あまりにも残酷な仕打ちである。

 人間を襲うとはいえ生き物に対して、一体誰がこんな酷いことを。


「流石はユーナです」

「私かあ……やっぱり私がやったのか」


 ドラ子は素早く現実を教えてくれた。


「――ユーナさん、お見それ致しました。申し訳ございません、完全に、私はあなたを見くびっていました」

「いえいえ、私の怯えぶりを見たらそうなるでしょう」

「ご自身のお力の扱い方がまだおわかりでないようですね? 冒険者をやっていると時折あることです。急激に強くなった力を使いあぐねるというのは」


 レベルアップのことだろう。

 やはりみんな、同じように戸惑いを感じるらしい。

 オスモは恐れることなく潰れたモンスターに近づき、その亡骸の格部位を作業的に評価した。


「少し、力が強すぎるようです。これでは毛皮が売り物になりません。牙は採れますね。少々お待ちください」


 オスモが解体を始める。もはやほとんどバラバラ殺人事件ではあったが。

 ユーナは自分の棍棒を見下ろした。多少ウルフの毛がついているだけで、きれいなものだった。


 大した力を込めなかったおかげで、棍棒で打った瞬間は破裂しなかったのだ。


「ユーナ、どうでしたか?」

「……残念ながら、大丈夫そうだね」


 小首を傾げるドラ子にユーナは苦笑する。

 そして、ウルフの死体に近づいていった。

 オスモが解体しているウルフは脳漿が飛び出していた。頭蓋骨が割れ、内臓は破裂し、毛皮はズタボロだ。

 その状態にせしめたのはユーナである。

 もっとその生々しさに懊悩するのではないかとユーナは考えていたのだが、どうもそうはならなかった。

 今ユーナが感じていることといったら、返り血を浴びずに済んで良かった、ということくらいだった。


 モンスターを殺すのはあまりにも簡単すぎ、現実はグロテスクだが許容範囲で――これではまるでゲームのようだ。


「ユーナさん! 解体は完了しましたが後処理致しますので少々お待ちください」


 オスモは装備していたスコップで手早く穴を掘ると、残った死骸を埋めていた。

 丁寧で手慣れた後処理だった。

 終えると、オスモはユーナに向かって頭を下げた。


「先程は、ありがとうございます。ユーナさん」

「なんのことですか?」

「私を助けてくださったでしょう」

「でも、それは役割分担ですから」


 オスモに荷物持ちと解体を任せる代わりに、ユーナが彼を守りモンスターを退治する。

 そういう約束でついてきてもらったのだ。やるべきことをやっただけだろう。


「身を挺してまで守ってくださるという方はあまりいないんですよ、ユーナさん。人によっては私を囮にしたりしてね」

「そんな、酷いじゃないですか」

「ですがまかり通っているのが現実なのですよね。――だからこそ、あなたのようなお人好しな方のことは心配になってしまいますし、冒険者ギルドのギルド員でなくとも気にかけてしまいます」


 オスモは照れたように言う。

 妻子持ち、頭髪が河童の川流れになっているおじさんとは思えない可愛さだった。


「基本的には冒険者ギルドの数字を左右しないのであれば、誰にどこで死んでいただいても構わないんですがね」

 

 ただし酷薄なことも言う。

 車の免許とは違うようだった。

 たとえ免許、冒険者ギルドに所属するギルド員の証しなくモンスター退治に出かけたところで、誰も迷惑を被らないのであれば、勝手にすればいいのだという。

 それで死んだところで自己責任。誰も憐れんだりしない。

 

 止めなかった自分を責めたりはしないのだ。

 この世界の常識なのだろうか?

 理想と現実の食い違いに疲れてきているユーナとしては、羨ましい考え方だった。

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