二日目の作戦
日の出と共に起床するのに最近は慣れた。
ユーナは健康的な生活にたまにとても感動してしまう。
当然、引き換えにこれまでユーナが夜更かしする原因となったような、テレビやパソコンといった類いのものは存在しない。
けれど大好きなゲームに似た世界で過ごすことで、日々あのゲームの考察をしているような気分だった。
今のところ、ユーナはまだ飽きていない。
身繕いをして部屋から出ると、ドラ子は既に廊下にいる。
むしろいつもユーナが部屋から出る時にはいる。
「おはようございます、ユーナさん」
「おはようございますラウラさん、レイミさん。マルックさんは?」
「庭よ! こんな時期なのにまたアップルウリが採れたみたいなんだけど、ユーナさんも食べる?」
「食べる!」
麦粥とアップルウリを食べると、ユーナは部屋に戻った。
そこで行うのはいつものルーティンとは違う準備だ。
一人ではできず、仕方なくドラ子を部屋に入れた。防具装着だ。洋服の上から防具を身につけていく。
防具店によると、ウルフの皮で作られたごく一般的な革の防具だそうだ。
誰かしらの血の跡のようなもの、どす黒く変色した何かがこびりつく、おぞましい間に合わせの中古品である。
「買い換えたい……」
「四日後までに、ということですか?」
「そうできたらいいんだけどね」
むしろそうする理由がなくなった方がいいのが複雑だった。
ロヴィッサは何を考えているのだろうか? 本当にアウリを助けるために手伝ってくれるのだろうか?
革の装備に締め付けられる息苦しさに緊張感を高められつつ、棍棒を手に部屋を出る。
すると、レイミが顔を歪めた。
「本当に行くんですかぁ……?」
「うん! たとえどんなに甘い言葉を囁かれても誰にも手紙の場所は言っちゃダメだよ!」
「ええ本当にそれだけは十分に注意しときます。でも、そういうことじゃなくて」
レイミは言いよどむ。棍棒を担ぐユーナの正気を疑っているのだろうか?
やがてレイミは顔をあげてユーナをまっすぐに見つめた。
「……万が一の時にユーナさんが本当にアウリのために何でもしてくれるんだったら、わたしは一生感謝し続けます。でも、たとえできなくても、わたしは恨んだりしませんから。アウリだって、クスタヴィさんだって同じですから」
「おお?」
「無理は……しないでくださいよ……ていうか本当に正気の沙汰じゃありませんからね!?」
ギルドというものについて、ユーナはきちんと理解していない。
けれどレイミとクスタヴィから少しずつ学んではいた。
ギルドを襲撃した末にユーナに待ち受けているものについて話を聞いても、今のところ、やる気が削がれない。
(まだ、夢を見ているつもりなのかな? 私――)
どんなことになろうとも、味方が一人は必ずいるのはわかっていた。ドラ子だ。
そしてそれが二人になるというのなら、これほど心強いことはない。クスタヴィはアウリの兄なのに、ユーナの最終手段に対して未だに否定的なのである。
だがレイミに言わせれば、クスタヴィの反応の方が普通だという。
「いってきます、レイミさん。ラウラさん。――あ、マルックさんも!」
「おう、いってらっしゃい。ユーナさん」
ユーナが何をしにいくのか知らないながらも、温かく見送ってくれたルルの花亭の三人家族。
ここにアウリが婿に来る日がユーナとしても楽しみだった。
――その日を思い浮かべれば、ハエより大きな生き物を殺す恐怖だってねじ伏せられるだろう。
ユーナたちはまず冒険者ギルドを訪れた。
二つ理由があって、冒険者を一人雇ってつれていくつもりだった。
「ドラコ様! やっとその気になってくださったんですね!」
「私ではなく、ユーナが狩った獲物の解体を頼むことになる」
「ですがその場にはドラコ様がいて、襲ってきたモンスターが彼女の手に負えない時にはあなた様が倒すのでしょう?」
「それは、そうなるが――」
オスモは小躍りして喜んだ。以前、ユーナたちがスモールヒールポーションを売りに来た時に対応してくれた男だ。
その時にも、ドラ子にモンスター解体を専門とするポーターを連れて狩りに行くようにすすめ、自分も立候補していた。
今の今に話を持って来たにもかかわらず、彼は自分でユーナたちについていくつもりらしい。
そそくさと駆け回って準備を進める男を見て、ユーナはカウンターにもたれながら尋ねた。
「どうしてそんなに嬉しいんですか? その、そんなに強いモンスターとか、すごいモンスターとか、戦う気ないですけど」
ユーナが戦う予定があるのは被ダメージ10以下のクソ雑魚モンスターのみである。
痛いのは絶対に無理なので。
「少なくともドラコ様がいらっしゃるパーティなら死にはしませんから、それだけでも大助かりですよ」
「死ぬ!?」
「冒険者ギルドにとって死亡率の低下は課題ですからねえ。いやあ、生え際にくる大問題です」
言いながらオスモは額を撫でた。その額は、確かに広い。
笑っていいのか迷うユーナと無言無表情のドラ子。
二人を前にしてもオスモは笑顔のまま言った。メンタルが強い。
「王の月に入るとギルド評議会があるので、我々も必死です」
手続きを終えると、冒険者を出た。オスモは巨大な背負子を背負っていた。
オスモに支払うのは成功報酬。つまり、採れた素材を頭数で割った分を支払うということで合意した。
冒険者ギルドから一番近い西門に向かって歩きながらオスモは言う。
それで何もかもわかるだろう、と言わんばかりにオスモは言うが、ユーナにはわからない。
「ドラ子、どういう意味?」
「さあ?」
「あ、ええとですね、三ヶ月後に国王陛下の御前で開かれる、ギルド評議会があるんね。ここには各地のギルドの長が集結します。ここでの評価が悪いと、大変なことになってしまうんですよ」
「へえ~」
「毎年、各種のどこかしらのギルドがやり玉にあげられて、論われます。予算が下げられたり、最悪ギルド長がすげ替えられてしまうこともあるんです。目を付けられるのは大抵数字の悪いギルドですから、その日までにできるだけ数字をよくしておきたいんですよね」
「数字、ですか?」
「はい……うちはそれがあまりよくなくてですね」
冒険者ギルドで評価される数字は主に冒険者の死亡率。
依頼達成率。
そして売買したモンスター素材の数だという。
「高ランク冒険者の輩出率なんかも見られますが、まあそういうのは滅多にあることではありませんので」
去年の数字自体はそこそこで、それほど悪くなかったのに、とオスモは嘆いた。
「今年に入ってから当担当地区にて冒険者が既に三人亡くなっているんです。冒険者ギルドウッズ支部に売られたモンスター素材はゼロ。つまり当ギルドが冒険者に対して有意なサポートを行えなかったばっかりに冒険者を死なせてしまったあげく、収穫がないということなんですよね」
「実際にそうなんですか?」
「新人のバカな若者が講習も受けずにフィールドに突っ込んでいくのを止められなかったのは、まさに当ギルドの責任でしょう」
「そのバカの自己責任じゃないんですか?」
「それはそうなんですが、血気盛んな若者たちを制御するのも我々の仕事ですから……お恥ずかしい話をしてしまいましたね」
このあたりのモンスターは基本的に弱く、依頼自体が元よりそれほど多くない。
その分、死亡率の低下と素材の量が求められる。
「ユーナさんを鍛えるための戦闘だとはわかっているんですけれどね……こう、少しだけ、ドラコ様を連れてそれなりの強さのモンスターの生息域に紛れ込むのをお手伝いいただけませんかね? へへっ」
「ええ~」
オスモはドラ子に聞かれるのを憚るように、こそこそとユーナに懇願する。
まだ寒いのに脂汗の浮いた広い額を見るに、本当に困っているらしい。
「私の取り分なんて本当にゼロでいいですから! その分はユーナさんの取り分にしてくださって構いませんから! ドラコ様には内緒にしておきますのでね!?」
ドラ子の取り分はどちらにせよユーナのものである。
なので、ドラ子に内緒にしてもらわなくとも困らないし、オスモの取り分までもらえれば実質ユーナの総取りだ。
レベル上げに注力せずに解体専門のポーターを雇うのは、防具を買い換えるお金が欲しかったからだ。
もしも他にどうする術もなかった時、戦いを選ぶ際には、できるだけ最高の装備で臨みたかった。
そのための金が多く手に入るに越したことはない。
「いや~でも、私は自分の安全マージンを多く取りたいので。一番大事なのは命ですから」
「あ~新人冒険者がみんなユーナさんのようだったらいいんですがねえ! でも今日だけは無謀になっていただけると嬉しいなあ!」
「冒険者ギルドって大変なんですね」
「大変なのはどこのギルドも一緒ですがねえ……本当の本当に! お願いしますよ! 恩に着ますから!」
「迷いますねえ~」
ちらっちらっとユーナはオスモに視線を送る。
あともう一息で、その気にならなくもないのである。
ユーナが冒険者ギルドでオスモを雇ったのには、金以外にもう一つ理由がある。
その理由に有利な言葉を引き出したかった。
「もしモンスター素材回収率のアップにご協力いただけたら……いただけたら……」
「いただけたら?」
「なんでも――するとまでは申し上げられませんが!」
「ああっ、惜しい!」
「流石に何でもは難しいですよ!? ですが何かお悩みの件などがあるのでしたら、ご相談くらいには乗りますが……?」
「本当ですか? 嬉しいです! それじゃ、道々お話しながらモンスター退治といきましょうか!」
「なんだか嫌な予感がしますねえ……?」
門で手続きをするドラ子とオスモを尻目にユーナは門番の兵士たちに挨拶をして、ほぼ顔パスで通り抜ける。
そんなユーナを不安そうな目で見つめるオスモもついに門から出てしまった。
「ふふふ……これでもう泣いても喚いても助けは来ませんからね……!」
「ドラコ様大丈夫なんですかこの人は」
「最近のユーナは、実に楽しそうにしていらっしゃる。私は嬉しくてならない」
「嬉しいんですか……」
オスモはがっくり項垂れつつも、ユーナとドラ子と共に出発した。




