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ロヴィッサと人形


「ユーナという女。気弱で押しに弱く、利益計算のできないお人好しだという情報をくれましたわね? 違ったのです!」

「申し訳ございません、ロヴィッサ様」

「困ります。最悪情報を得られなくてもいいのです。でも、せめて間違った情報を持ってくるのはやめてほしいの!」

「おっしゃるとおりでございます……全ては私の不徳の致すところ」


 ロヴィッサに責められた男は素直に頭を垂れた。

 ロヴィッサは溜め息を吐くと長椅子に横になった。やっと科学者ギルドにある一室に戻ってこれた。

 ここは事務室であり、ロヴィッサにとってはもう一つの家だった。寝室もあれば、ちょっとした料理のできる台所もある。

 来賓対応責任者であるロヴィッサが、貴賓の来訪を待つ時に使っている私室だった。


「もう、いいわ……靴を脱がせて」

「かしこまりました」


 頭を垂れていた男は、すかさず動いて彼女が投げ出した足から靴を脱がせた。

 ふけた顔着きをしているが、ロヴィッサの父ペテルよりも若いはずだ。目つきの鋭い男である。


「どうして情報が集まらないのかしら? 最近、この町に来たのですよね?」

「そのようです。スピ病に侵されたレイミという少女が、ヤッコブギルド長の乗る馬車に轢かれかけた時に、助けたという情報がございます」

「それ以前の情報は出てこない、のですよね……でも、町にいつ入ったのかの情報も、ないのです」


 そのせいで、一度はヤッコブに町から追い出されかけたのだという。冬、町から追い出されたら、大抵は死を意味している。

 この情報の確度は高い。兵士たちの間で噂になっていたからだ。


「ドラコ様が随分とご執心だという情報は、合っていたのです」

「それは、よろしゅうございました」

「でもあの女、あなたが持ってきてくれた情報よりもずっと疑り深い性格のようだったの。わたくしの言葉を端から疑い続けていたのよ」

「……私の情報収集能力が低いばかりに、ロヴィッサ様にご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません」

「人には適材適所があるというのに、あなたに情報収集なんてやらせたわたくしが悪いのね」


 男が身体を強ばらせる。それに気づいたロヴィッサは、目を細めた。

 唇が笑みの形にならないように、口の端を噛んだ。


「ごめんなさい。あなたを責めるつもりはなかったの。……本当にわたくしが悪いのよ。あなたの本分は、わたくしの護衛なのだもの」

「冒険者ギルドをやめて以来、行く宛のなかった私を拾ってくださったご恩をお返しするためなら喜んで何でもすると言ったのは私です」

「あなたはすごいわ。だってモンスターと戦えるんですもの。本当はそれだけでいいはずなの」

「……ロヴィッサ様を失望させてしまったことが悔やまれてなりません」

「もういいのよ、ヨーナス。あなたは真面目すぎるのね」

「次こそ必ずやロヴィッサ様のお役にたつ情報を揃えてご覧に入れます」

「頑張らなくていいのよ。わたくし、彼女たちと敵対したいわけではないの。ただ、科学者ギルドの事情も知らずに身勝手なふるまいをされないかと、不安なだけだから」


 ヨーナスは深々とお辞儀をすると、部屋から出ていった。

 ロヴィッサは扉が音もなく閉じられるのを見送ると、目を閉じた。

 ロヴィッサがまだ一桁の年齢の少女の頃、父親から与えられた金をもてあましていた。

 その頃に拾ったのがヨーナスだ。冒険者ギルドにおけるギルド員の寿命は短い。

 文字通りモンスターにやられて早世する人が多いし、たとえ生き延びられても冒険者が活躍できる時間は短い。


 ヨーナスは三十歳という年齢を一つの区切りとして、冒険者をやめた。一般的な冒険者の辿る道のりだ。

 目つきの悪さで、彼はその後の就職を見つけられずにいた。

 ロヴィッサが彼を拾ったのは気まぐれだ。その気まぐれに、彼はずっと感謝し続けている。


 ロヴィッサは枕にしていたクッションに手を伸ばし、下から人形を引っ張り出した。

 薄汚れたぬいぐるみだ。黄色の毛糸の髪に、青いビーズの目。

 昔はロヴィッサと同じくらい白い肌をしていたが、長年ずっと連れ回していたせいで、すっかり色が焼けてしまった。


「お母様、ヨーナスって忠実なひとよね――頑張って何を見つけられたら褒めてあげなくちゃね。お母様もそう思うでしょう?」


 ロヴィッサは人形の頬をそっと撫でてから、胸に抱いた。幼い頃、母が作ってくれたものだった。

 

「今日は頭の痛いことばっかり……そういえば」


 ロヴィッサは、ユーナが手にしていた棍棒を思い出して頭痛を覚えて頭をおさえた。

 あの女が示唆していたことぐらい、ロヴィッサには簡単に理解できた。


「……このままじゃ、科学者ギルドがめちゃくちゃにされてしまうかもしれないの」


 ユーナは五日以内がいいと言った。

 あまりにもあからさまだが、効果的だ。行動と決意を促してくる。

 知らぬ存ぜぬで状況が改善するまで時が過ぎるのを待つ、という手は封じられたのだ。


 彼女らが本当に何か行動を起こすかどうかは別として、だ。

 この脅しについて父に報告すれば、どうなるだろうか?

 科学者ギルドには、大勢の科学者たちが研究のために日夜詰めている。

 そんな科学者様たちに迷惑をかけてはならないと危機感を煽られた父が、どのような判断を下すかはわからない。


 脅しを受けたのが自分でよかったと、ロヴィッサは胸を撫で下ろした。


「わたくしが代わりに居留民になる、なんて……絶対に嫌なのよ、お父様」


 だから、父には言えない。

 

 ヤッコブがロヴィッサを出しにしてペテルを脅していると知ったからこそ、ロヴィッサはペテルにはいい顔をしてみせた。

 科学者のためなら自分が犠牲になるのが当然だろう、という素振りをだ。

 するとロヴィッサが期待した通り、自己犠牲精神に溢れるいたいけな娘を犠牲にしてはならないと、父は逆に考えたようだ。

 ロヴィッサの望んだ通りに、今父は、根本たるギルド長をどうにかしようと奔走している。


 とはいえこれは結実するのに時間がかかるか、徒労に終わる可能性が高い。


「ヤッコブは最低な男よね……あいつが悪いの……アウリは気の毒ね……でも」


 ユーナの、ロヴィッサを見つめる目には不審が浮かんでいた。

 嘘つきを見る目だった。あんな目で見られるのは久しぶりだった。


 ロヴィッサは貴族の客人をまねて、己の感情を制御し相手の心を操り、自分の見せ方をそれなりに会得しているつもりだった。

 たまにそれを見破る人がいる。大抵は貴族だ。たまに冒険者も、野生の勘のようなもので見分ける。

 ユーナがどちらなのかはわからない。

 貴族しか持たないはずの姓を持つ、棍棒を持った謎の女。


「わたくしにだって、わたくしの身を守る権利があるはずなの……お母様ならそう思ってくれるでしょう?」


 父は守ってくれない。

 父にとって何よりも大切なのは科学者ギルドに所属する、科学者たち。

 そしてこの世に存在する全ての科学者だ。


 ロヴィッサだって、できれば科学者アウリの身柄を解放したい。

 けれど、それはロヴィッサの居留民落ちを意味している。

 ヤッコブは、やると言ったからにはやるだろう。


「そういえば、どうしてあの人は町の中に戻れたんだったかしら」


 ヤッコブが許したとは考えづらい。ただ、どうでもよくなったという可能性はある。

 彼は憎悪に燃えやすいが、無関心になるのも早い。

 ヨーナスが提出した報告書を長椅子に寝そべりながら確認する。

 魔石のランプに翳して報告書を読んでいると、頭の痛い文章が目に飛び込んできた。


「嘘……あの女、Aランクの冒険者なの!?」


 Aランク討伐任務、理性を失ってしまった長命種の討伐依頼を受けたパーティの一員であるという理由で、特別に町の出入りを許されていた。

 これは国際法によって定められた冒険者の権利だ。確かにヤッコブですら手出しはできない。


「……強そうになんて、全然見えなかったの」


 けれど、残念ながらロヴィッサは知っている。

 モンスターを倒すことで肉体に見合わない力を手に入れることができるという。

 貴族には、子弟が幼いうちからお付きに手伝わせながらモンスターを倒させることで、その強さを底上げするという習慣がある。

 

「Aランクの冒険者が、本当に科学者様たちの部屋になだれ込んできたら、お父様はどうするのかしら……?」


 そうなる前にロヴィッサが手を打つつもりだ。

 科学者たちのいる棟の場所を明らかにし、アウリがいるとしたら、それ以外の場所だと示す。


「でも、本当にやるかしら……各種ギルドは国の重要軍事施設でもあるの……強襲なんてしたら大変よ? ねえ、お母様」


 綿の入った人形の、掌をふにふにと押しながらロヴィッサは呟いた。


「国際指名手配犯、よね……三つの国で指名手配されたら、きっと生きづらいのよ。それでも、たった一人の科学者のために、そんなことをするなんてありえるかしら?」


 長命種であるドラ子は見逃されるかもしれないが、だからこそ、長命種を唆したという立場になるユーナの罪は重くなると予想された。

 たとえドラ子だけを行かせたところで同じことだ。

 長命種を意のままに操れる人間がいるとしたら、それは脅威だ。

 各権力者はこぞってユーナ排除に動くだろう。


 ドラ子は長命種の中でも一匹狼で有名だから、他の権力を持った長命種や、国の重鎮、貴族たちと利害関係を持っているとは考えづらい。

 ドラ子が暴れても、他の長命種が駆けつけて、彼の暴走を止めるだけだ。

 つまり、彼ではユーナを助けられない。


 だからきっと、もしも行動に移してしまったら、ユーナの人生は暗い奈落の底にしか存在しえなくなるだろう。


「……本当にやってくれたら、面白いのに」


 ロヴィッサは、ユーナたちの邪魔をしたいわけではない。

 ただ、自分の身を守るために立ち回りたいだけだった。


 ロヴィッサはむしろ、ギルド長の部屋の場所を教えるつもりだ。

 まっすぐにそこへいって、できたらヤッコブを叩きのめしてほしいとロヴィッサは願っている。


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