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決意

 ギルドから出た後、ユーナたちの間には気まずい沈黙が流れていた。

 それでもクスタヴィは固く口を噤む様子を見せていたが、レイミは遠慮しなかった。


「ユーナさん……それにドラコ様も、先程のは酷いと思います……やりすぎですよ! いくらなんでも……」


 レイミは悲しげに目を伏せた。

 ロヴィッサが震えながら涙を流す姿を思い出しているのかもしれない。

 レイミに後押しされたかのように、クスタヴィもまたおずおずと口を開いた。


「そう、ですよね……悪気はなかったと思いますよ? 本当に、ただ俺たちが詰め寄ったから、驚いてしまっただけで」

「わたしも、悪いことをしちゃったわ。自分たちが悪いのかもしれないって、あの子は認めてくれたのに……あんな風に泣かせるほど追い詰めるつもりはなかったのよ」


 レイミとクスタヴィの言葉にユーナは戸惑わずにはいられなかった。

 恐らく、二人とユーナが受けたロヴィッサに関する印象は、180度以上異なっている。


「……本当に、そう思います? まずはクスタヴィさんに聞きますけど」

「俺、ですか? ええと……悪気はなかったように見えましたよ」

「そうですか。私は反対意見です。悪気があったようにしか見えませんでした。むしろ、あの子には悪意しかなかった」


 それがユーナの見立てだった。悪意、というと言い過ぎかもしれないが、少なくともユーナたちの、アウリの味方ではないとしか思えなかった。


「ユーナさん、あんなに怯えさせておいて、よくもそんなこと言えますね!?」

「レイミさんはあの子を信じちゃったんだね」

「いけませんか? 彼女が嘘を吐いているようには見えませんでした!」

「そうか……レイミさんにはそう見えたのか」


 ユーナの口ぶりに苛立った様子で、レイミは後悔するように叫んだ。


「問題の解決のためになるって言っていたんだから、手紙ぐらい、渡せばいいのに!」

「そのせいでアウリが死ぬ可能性があるとしても?」

「――っ、まさか! ユーナさんは考えすぎなんじゃないですか?」

「考えすぎない方がいい? もしかしたら、の可能性を排除してしまってもいいの? そこに、アウリの命がかかっているかもしれないのに?」

「そ……それは」

「私のことより彼女のことを信じると決める前に、私が疑った根拠くらいは聞いてもいいんじゃない?」

「そ、そうですね……それぐらいなら」


 レイミは随分とロヴィッサに心が傾いてしまったらしかった。

 初めのレイミはロヴィッサの口ぶりに憤慨していたというのに、それもロヴィッサの狙いだったのだろうか?

 自分の様々な面を明け透けともいえるほど見せた後で、迫真の演技で偽ってみせる――ユーナだって、油断していたら騙されてしまったかもしれない。

 レイミとクスタヴィより警戒心が働いたとしたら、それは情報化社会で生まれ育ってきたからだろう。

 この世には常軌を逸したような邪悪な存在がいることを、ユーナは知っている。

 それほどのことでなくとも、生まれながらに天才的な女優としての才能を持って、それを使い上手く生きている女の子がいるのを知っていた。


 そして、ユーナはそういう系統の人類が男でも女でも無茶苦茶苦手なためになんとなくその手の人間については直感的にわかるのである。


「根拠は置いといて結論から言うと、ロヴィッサの態度からしてアウリは間違いなく科学者ギルドにいるし、しかもやすやすとは返せないような状況に陥っている可能性がある――もしかしたらアウリが殺されるかもしれないとすら感じた。理由を聞きたい?」

「も、もちろんだわ!」

「殺されるって……ユーナさん! 嘘でしょう!?」


 ユーナは広場のベンチに腰かけた。客引きの露天商の声や騒音が響いて、簡単には盗み聞きされないだろう。

 レイミはユーナの隣に座り、クスタヴィとドラ子はその前に立った。


「彼女はそもそも副ギルド長がいないからと私たちを追い返そうとしたし、手紙の存在を知ると手紙を預かろうとした」

「それは、みんなのためだって――」

「そのみんなの中に私たちやアウリが入っている保証はないね。ていうか多分、入ってないね。彼女は科学者ギルドや父親を守るためにあの手紙を抹消しようとしたんだと思う」

「な、どうしてそんなことを……!」

「あの子自身言っていたけれど……守らなくてはならないものがあるんでしょう。科学者ギルドの一員として、そこまでしてでもね」

「それは……でも、あの子にそんなつもりがあったようになんて……っ」

「見えなかった? でも、この手紙さえなければ、科学者ギルドは白を切ることができる。アウリのことなんて知らない。アウリなんて人物はこのギルドには来ていない。存在をそもそも知らないと」

「わたしたちが知ってるわよ!?」

「そうだねレイミさん。でも、この町の裁判権や警察権って市長と市議会にあるんだよね? ……そうですよね? クスタヴィさん」

「あ、はい……そうだと思います」

「うん。問題は、市長が、科学者ギルドの長でもある副ギルド長と私たちの、どちらの言葉を信じるかっていう話なんだ」


 レイミとクスタヴィは顔色を変えて、顔を見合わせた。


「で、でも、ドラコ様の言葉なら信じてもらえるかも!」

「まあね~、でも、ドラ子は私が言えって言ったら嘘でもなんでも言ってくれそうだからなあ」

「そうですね」

「ほらね。言葉に重みがないんだよね」


 ユーナの言葉に従う気でいるからこそ、ドラ子は意見の一つも口にしないでいるのだろう。

 何か特に気づいたこと、ユーナが騙されそうになっていると見れば、助けてはくれるだろうが……。

 レイミは納得いかない様子でドラ子に水を向けた。


「そもそも、ドラコ様はどう思われるんですか? 先程からずうっと黙っていますけど! ロヴィッサさんが嘘を言っていると思います? ユーナさんの考えが当たっていると思うんですか!?」

「事実など、私にとってはどうでもいい」

「ど、どうでもいい? アウリの命がかかっているかもしれないのに!?」

「ユーナの弟子だからこそ気にかけはするが、やはり根本的にはどうでもよいことだ。私はユーナを信じ、ユーナが望むのであれば何でもするのみ。たとえそれが私にとって不都合なことでもな」

「前々から思っていたけど……どうしてそこまでユーナさんのことが好きなんですか!? 意味わかんない!」

「そのように生まれついている。それが私の誇りだ」

「ユーナさんはどう思ってるんですか!?」

「私にもよくわかんないんだよね~…まあ家族みたいなものなんだよ。私が親でドラ子ちゃんが子供みたいな」

「ちゃん付けも子ども扱いもやめていただきたい」

「今は反抗期みたいだけれど。それはおいといて」

「ユーナ!?」

「はいはい――アウリについては、あと五日がリミットだと考えている」


 ドラ子をあしらいユーナはレイミとクスタヴィに向けて五本の指を開いてみせた。


「リミット? なんですか、それは? 五日以内にアウリを見つけられなかったら、何かあるんですか?」

「その前にクスタヴィさん、現状で、最悪の場合ってなんだと思う?」

「え? 科学者ギルドにアウリがいないとか……ですか?」

「違いますよ、クスタヴィさん! 科学者ギルドに監禁されているってこと。そうですよね? ユーナさん」


 クスタヴィとレイミが答えてくれた。

 ユーナはその可能性を口にすることすら辛かったけれど、敢えて言った。


「いや、最悪の場合は、既にアウリは死んでいる」

「……はあ!? 科学者ギルドにいるのは間違いないって言ったのはユーナさんじゃないですか!?」

「うん。いるのは間違いない。多分無理やり連れていかれて……その後に何があったにせよ、アウリは自由に家に帰ることはできないんだろうね。そういう状況だ」

「ゆ、ユーナさんは……科学者ギルドが俺の弟を殺して、それを隠しているかもしれない、と言っているんですか!? 何のために彼らがそんなことを!?」

「わからないけれど、例えばアウリが言うことを聞かなかった、とかかな? ……道をあけなかっただけで馬車でひき殺そうとする人が治めるギルドだよ、あそこは」


 レイミは絶句していた。レイミには実感があるから、もしかしたら理解したのかもしれない。

 科学者ギルドがどういう組織なのかはユーナたちにはわからない……けれど、実感として、ヤッコブが乗る馬車に引き殺されかけたレイミとユーナは知っている。

 彼ならばやりかねないと。


「――ユーナさん、もしかして、手紙を書いたのはヤッコブ副市長なんじゃないかしら?」

「あ、なるほど……レイミさんの言う通りかもしれない。なら、科学者ギルドが関わってないなんて、口が裂けてもいえないね」

「ギルドの専用の便箋に、ギルド長の筆跡……そうだとしたら、アウリとのかかわりを示す重要な証拠だわ」

「アウリは生きていると仮定しよう。その上で、彼らがアウリを殺したいと思っていても、この手紙がこちらにある限りはアウリを殺せない。アウリの死に関与している可能性を示す証拠が、こちらにあるからだ」


 とはいえヤッコブはユーナがこれまでにかかわった数分間だけを鑑みても、非道な思い付きを簡単に実行に移してのけるおぞましいほどの決断力と権力がある。

 だからアウリを殺した後で、証拠を握り潰せばいいと思うかもしれない。

 証拠なんてあろうがなかろうが、知ったことではないと考えるかもしれない。

 しかし、ユーナはそれは言わないでおいた。レイミを怖がらせるために話をしているわけじゃない。

 多少なりとも力を持ちうるこの手紙を、守らせたいだけなのだ。


 いつの間にか、手紙を所持していたレイミは、それをポケットから出して胸に押し当てた。


「これは……この手紙は、アウリの命なのね? ユーナさん」

「そうだよ、レイミさん……だから今日会ったばかりの赤の他人になんて渡してはいけないの」

「たとえどんなに信じられそうな人でも」

「うん。まず信じる根拠がないからね。ていうかあの子、多分見た目ほど恐がってなかったと思うよ。随分と同情の引き方が上手いだけで」

「それこそ何を根拠に言ってるんですか?」

「レイミさん――私がかつていたところには、ああいう人間が大勢いてね。毎日が化かし合いの日々だったんだよ。……私は、騙されたというよりは……上手く上役を騙した人のせいで、無実の罪で上役や、周りの人全員の信頼を失って、ね」

「……濡れ衣を着せられたってことですか?」

「そう……いや、私もつけ入られるようなミスをしたのは間違いないんだけどね……」


 ユーナの会社の教育係だった直属の上司は、弁舌爽やかなイケメンで、ユーナより一つか二つ年が下だった。

 彼は更に上の上司の信頼が厚かった――この上司の女性はとても優しくて、仕事が上手くいかない時でも責めることなく励ましてくれた。

 

 ある時、ユーナでは判断のつかない請求に関する書類があった。つまりお金に関わる書類である。

 指示を与えられた通り処理はしたけれど、その出来には不安があった。

 何度見直してみても違和感の正体がわからずに、教育係のイケメンに確認を求めた。

 あの時彼はなんて言っただろうか? 「後で見とくわ」「今忙しいんだよね」「ここで待っていないで、邪魔だから」そんなところだったろう。

 彼はろくに確認もせずに処理済みの書類として決裁した。


 ――桁が二つ違っていた。入力したのはユーナではなくて、別の人間だった。

 自分はフォームを変えただけで……と頭の中で考えるだけで次から次へと言い訳が浮かぶ。

 でも、言い訳したいくらい、ユーナは自分の責任を果たしたはずだった。


 みんなに少しずつ責任があるとしても、最終確認者としての義務を果たさなかった直属のイケメン上司には明らかな問題があったはずだ。

 少しずつ、誰もが反省すればいいだけの話だった。

 でも彼は、ユーナも大好きな女性の上司に対して、トリッキーな弁解をしてユーナに全ての罪をなすりつけた。

 ユーナが勝手に彼のハンコを利用して、書類を処理してしまったせいで起きた故意の事故なのだという。


「今思い出すと小さいことだけど、でもその小さいことのせいで死にたいほど嫌な思いをしてねえ」


 女性の上司はイケメン上司の言葉を信じた。女性上司は彼に恋をしていたのだ。

 それでなくともイケメン上司はたくさんの人から信頼されていた。

 恐ろしいほど嘘が上手かった。

 けれどもちろん、嘘の犠牲にされたユーナには、それが嘘だということは痛いほど理解できていた。

 そして彼の嘘吐きという側面を知ってしまったユーナが、今後会社で信頼を集めてしまっては、彼としては困るというわけで――色々と、辛い毎日を送るはめになったのだ。


「……あの頃から、この世界に逃げてきたんだっけ」

「この世界?」

「うん? ああ、なんでもないよレイミさん。そういうわけで――私は嘘吐きに敏感だよっていうのをわかってほしかっただけ!」

「なんだか、色々あってウッズの町に来たんですね……」

「そうなんだよねえ。でも、来れてよかったよ。だんだん元気になってきたし……後はアウリが戻ってくれば完璧!」

「それで、つまり、後五日がリミットというのは何なんですか?」

「えっと、クスタヴィさんにもレイミさんにも落ち着いて聞いてほしいんだけれど……もしも飲まず食わずで監禁されているとしたら、もつのはそれぐらいかなっていう期間だよ」


 二人とも、息を呑んだ。

 正直、今日科学者ギルドに来るまでは、ユーナだってそこまで深刻な事態だとは思っていなかったのだ。

 けれどロヴィッサの態度を見て、危機感を覚えた。

 科学者ギルドを守るためには科学者ギルドとアウリがかかわった証拠を消さなくてはならない――彼女がそう考えるような事態が既に起こっているか、今後起こる可能性が高いということに違いない。

 恐らくレイミの予想通り、手紙の代筆者は科学者ギルドの長、ヤッコブなのだろう。


「できたら穏便に取り戻したいけれど、待てて五日。五日後、アウリが戻って来なかったら、ドラ子……一緒に科学者ギルドを襲撃してくれる?」

「ユーナがそれを望むのであれば」

「ユーナさん! そんなことをしたら、犯罪者になっちゃいますよ!?」

「やっぱり~? まあ、その時には他の国に亡命するよ。あーでもその場合、アウリも国外逃亡に巻き込むことになるのかな……? その時はレイミさん、悪いんだけど連れていくね」

「っ……死ぬよりはマシだわ!」

「ま、待ってくださいユーナさん! レイミちゃんも話を進めないでくれ。ドラコ様も! うちのアウリのために、ありがたい話ではありますが、事をそんなに荒立てられては困ります!」

「アウリが死んじゃうよりはいいわよ!!!」

「レ、レイミちゃん、俺だってそう思っているよ」


 クスタヴィはレイミを宥めながらも、ユーナとドラ子を交互に見やった。


「だけど、そんな、ギルド襲撃なんて重罪ですよ……! 頼みますからどうか穏便な方向で済ませるようにしてください! 俺も考えますから!!」

「オーケーオーケー!」

「お願いします! いえ、やめてくださいよ!? あの、アウリのために言ってくださっているのはわかっているんですけれどね!!」

「うんうん、わかってる。とりあえず私はレベルあげのためにフィールドに行くから、今日の午後からはレイミさんとクスタヴィさんが二人で科学者ギルドに問い合わせを続けてくれる?」

「戦闘のレベルを上げようとするのをまずやめてくださいよ!?」


 レベルの概念もよくわかっていないだろうに、ユーナが何のためにそうしようとしているのかはすぐに理解したらしい。

 クスタヴィはやめろと懇願してくるし、ユーナとしてもモンスターの命を自ら奪うのなんてできたら御免なのだけれど――でも、やることにした。


 この世界には、ユーナにとって素晴らしい世界のままでいてもらいたかった。

 ――ユーナの弟子が理不尽な扱いをされているかもしれないのに、泣き寝入りをしなくてはならないような世界であってほしくなかった。

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