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副ギルド長の娘


 朝早くから科学者ギルドを訪れたユーナたちは肩透かしを食らうことになった。


「副ギルド長が不在?」

「そうなのです。どちらにいらっしゃるのか、わたくしたちも教えられておらず、困っているのです」


 戸惑いを隠せないギルド員の中で出迎えてくれたのは、十代半ばくらいの少女だった。

 彼女は部屋に案内したユーナたちに給仕をしながら、困ったように溜め息を吐いた。

 お茶を淹れる手つきはよどみなかったけれど、どこかあか抜けた雰囲気のある少女だった。

 そもそも、そのフリルのたっぷりとついたドレスは労働には適さないように見えた。

 ユーナの持っていたアバター衣装、アフタヌーンドレスシリーズの類いによく似ていた。


 金髪の髪の毛は柔らかくうねり、輝きを放っている。

 肌が抜けるように白いぱっちりとした目の美少女で、彼女を見るレイミの目つきが危ない。


 使用人というよりはホステスのような立ち居振る舞いで、彼女は自分の分のお茶も入れると、少女はユーナたちの向かい側に座った。


「どうぞお座りになって。わたくしも座ったのですから」

「私はユーナの護衛なので、椅子に座るつもりはない」

「あら、そうなのですか? 長命種の方に護衛を依頼できるだなんて、貴女様はもしかして貴族なのではありませんか?」

「いえいえまさか」

「隠さなくてもよろしいのに。それとも、何か理由が? あっ、詮索はいけませんね」


 好奇心に瞳を輝かせる少女はひとり合点して口を噤むと、お茶を一口飲んだ。

 ユーナもつられて一口飲むと、少し酸味を感じた。ベリー系の味のする紅茶だった。


「わたくし、ロヴィッサと申します。こう見えて……というのも自分でも似ていない自覚があるから言うんですけれど、副ギルド長の娘なのです」

「ええっ!?」

「うふふ、やっぱり驚きましたね。みんな驚くんですよ。そんな皆さんの顔を見るのがわたくしの楽しみなのです」

「へ、へえ……ペテルさんの……」

「父は頑固な仕事人なので、わたくしのように可愛くて礼儀正しく教育の行き届いた娘がいると知ると、みんなびっくりしてしまうのですよね。それにしても、近頃お天気もいいですよね? 温かくなってきたと思いませんか?」

「えっ? ああ、そうですね」

「ですよね。だからもしかしたら、副ギルド長は薬草を摘みに行ったのかもしれません。そうだとしたら、すぐに帰ってはこないはずです。改めて日を置いてから尋ねていただいてもよろしいですか?」


 あ、はい……とユーナだけなら頷いて一度帰宅してしまったかもしれないが、ここにはレイミも存在した。


「わたしたちの用は副ギルド長なんていなくとも果たせるわ! わたしはアウリに会いたいだけなんだから!」

「アウリ? どなたですか?」

「なんで知らないのよ! 科学者ギルドに拉致されたこの人の弟よ!!」

「まあ、なんて人聞きの悪いことをおっしゃるんです? 科学者ギルドが貴方の弟を攫っただなんて……そんな風に言われるのは悲しいですわ」

「悲しんでるのはこっちよ! さっさとアウリを出しなさいよ! 人攫い! 誘拐は――!」

「ちょっと、レイミちゃん落ち着いてっ」


 荒々しくソファを立ち上がりかけたレイミをクスタヴィが引き戻してその口を押える。

 クスタヴィは暴れるレイミを必死の顔つきで抑えこんでいた。


「そうですね。貴女は少し落ち着いた方がよいと思います」

「んーーーーっ!!!」

「あのっ、火に油を注ぐのはやめてもらえるかな!?」

「まあ。わたくしにそんなつもりはありません。やめた方がいいのは、いきなりぶしつけで無礼な言葉を相手に投げかけることなのです。証拠も根拠もなく相手を一方的に貶めるのは、卑劣で暴力的な蛮行なのです。きっと親からろくな教育を受けて来なかったのだろうと思うと非常にお気の毒だとは思いますけれど、わたくしだって不愉快にもなるのです」

「―――――――っっっ!?!?!?」


 レイミが大変なことになったので、クスタヴィは彼女を全身全霊で押さえつけなくてはならなくなった。

 さもないと目の前で優雅に紅茶を飲む少女ロヴィッサに飛びかかってしまうだろう。

 やたらと上品なオーラを放つ彼女に取っ組み合いをしかけるのはあまり賢い選択ではなさそうだった。

 科学者ギルドの副ギルド長の娘という立場は、かなり裕福な家の娘であるということだ。

 盤外勝負に持ち込まれたら、下町育ちのレイミでは勝てないだろう。

 後で再会したペテルとは落ち着いた話し合いの場を持ちたいのに、このいざこざのせいでご破算になるのはレイミだって困るだろう。


 けれどユーナとしても聞き捨てならない内容が含まれていたので、その点だけは訂正してもらいたかった。


「レイミさんのご両親はとても尊敬できる人たちだし、物事の一面だけを見て見えていない部分まで貶めるようなことを言わないでいただけると嬉しいな」

「あら、そうですね。わたくしとしたことが、失礼いたしました。彼女本人の問題ですのね」

「レイミさんだって普段はもっと優しい女の子なんだよ。ただ、いきなり失踪したアウリという少年は、彼女の婚約者だから心配でいてもたってもいられないんだよ」

「婚約者! でも……心配しているというより怒っているようなのです」

「心配で心配でたまらないんだよ。不安を怒りに変えて、なんとか気丈に振る舞ってはいるんだけれど……どうか彼女の暴言については許していただけないかな?」

「そうですね……まずは、皆さまの話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか? もしかしたら彼女の暴言を引き出すような行いを科学者ギルドがしてしまっているかもしれません」


 あまりそうは考えていないのを隠しきれない様子ではあったが、言葉の上では彼女は譲ってみせた。

 クスタヴィに口を塞がれ抑えつけられているレイミは猛獣のように唸っていたが、その唸り声は少しだけ小さくなった。


「えーと、お父さんに話しは聞いてない? 昨晩話したばかりなんだけど」

「昨晩、ギルドで副ギルド長とは一度もお会いしておりませんし、家でも会いませんでしたので、何も聞けていないのです。二度手間になってしまって恐縮ですけれど、お話しいただいてもよろしいですか? ええと、大変失礼ながら、自己紹介からお願いしても?」

「あ、私はユーナです。クスタヴィさんにレイミさんに、こちらはドラ子」 

「ユーナさんのファミリーネームは教えていただけないのですね」

「ファミリーネーム? 姓? それは――」

「ユーナ」 


 ドラ子によって固い声音で名を呼ばれ、ユーナはわけもわからず口を噤んで後ろに立つドラ子の顔を見上げた。

 ドラ子はゆっくりと首を横に振った。どういうわけか、ユーナに名字を口にしてほしくないらしい。


(そもそもゲーム内で姓を名乗った覚えがないんだけど……なんで?)


 首を傾げつつも、ドラ子がユーナのためを思って言っているのは間違いない――そういう信頼感だけは間違いなくある相手なので、ユーナはロヴィッサに向き直ると苦笑した。


「ごめん、言えないみたい」

「ですが姓をお持ちなのですね。つまり、やっぱり貴族の出身なのではありませんか!」

「え?」

「とぼけても無駄なのです。わたくしはきちんと勉強をしているので、姓を持てるのが貴族だけなのは知っているのです」


 そうなの!? とユーナが無言の訴えを込めてドラ子を見やると、そうだと言わんばかりに頷かれた。

 ドラ子がファインセーブをしてくれたのに、ユーナは結局オウンゴールを決めてしまったらしかった。


「あ、いやあの、貴族とかではないんだけれど――」

「言えないのであれば説明していただく必要はないのですよ? お気になさらず」

「あ、ああ、ええっと」

「それよりも、レイミという方の婚約者についてのお話をしませんか? 考えてみても、やはりわたくしにはアウリというお名前に心当たりがないのです。科学者なのですか?」

「そうよ! 昔は借金までして科学者ギルドに入って学んでいたのに、習熟が遅いからって追放されて――最近、自力でスキルを習得した途端、科学者ギルドに連れ去られたのよ! 証拠の手紙がここにあるのよ!」


 いつの間にかクスタヴィの手を逃れていたレイミが、クスタヴィからひったくるようにして、科学者ギルドからの置き手紙をロヴィッサに突きつけた。

 レイミに対して悪印象を抱いてしまったらしいロヴィッサは、それをしらけた顔で受け取った。

 どうせ大した内容ではないだろうとそのつまらなさそうな表情が言っていて、レイミは噛みつきそうな顔になっている。


 ――しかし、その中身を見た途端に、ロヴィッサは顔色を変えた。


「もしかしたら……わたくし、貴女に謝らなくてはならないのかもしれません。全面的に」

「急に物わかりがよくなったわね……何よ、どうしたのよ?」


 レイミはロヴィッサの変化に満足するよりも戸惑いを覚えたようだった。

 それどころか、さっきまでは殴りかかろうとしていた相手を心配しているらしかった。


「あんた、大丈夫? 顔色が悪いわ。何かあったの?」

「別に、何も」

「ないわけないじゃない! 顔が青いわよ!」

「あの、この手紙の、内容自体に問題があるようには思えません……科学者の中にはご家族に幽閉されて、利用されて、逃げるようにして科学者ギルドに来る方もいるのです。でも……」

「でも、何よ! まさか、わたしたちがそういう家族だって、疑っているんじゃないでしょうね?」

「ええ……もう疑っていないのです。どうか、落ち着いてください、レイミさん……わたくしに、落ち着く時間をいただけますか?」


 レイミが返事をする前に、ロヴィッサは紅茶を一気に飲み干してユーナたちに質問する暇を与えなかった。

 彼女が紅茶を飲み終え、息を吐くのを見計らうと、ユーナは尋ねた。


「ロヴィッサさん、あなたのお父さんは筆跡を見て誰が書いたものかわかったみたいなんだけど、あなたにもわかったんじゃない? それ、一体誰が書いたものなの?」


 その人間が、アウリの失踪に関して深く関わっているのは間違いない。

 副ギルド長がおらず、ロヴィッサに他にできることがないのであれば、次にユーナたちに頼れるのは代筆した人物だけということになる。

 けれど、ロヴィッサはユーナの問いに答えず首を横に振った。


「あの、わたくし、お教えできません。科学者ギルドの一員として……守らなくてはならないものがあるのです。誰にでも、守らなければならないものはあるでしょう? 皆さんだって、アウリさんを守ろうとしていらっしゃるのですよね?」


 ロヴィッサは、青い透き通るような目でレイミをじっと見つめた。

 泣きそうな目で見つめられたレイミは、たじろいだ様子で頷いた。


「それは、そうだけど……」

「なら、レイミさん。どうかこのお手紙をわたくしに預からせてください。きっといいように致しますから。みんなを助けるためなのです」

「アウリのためってこと? それなら――」

「ま、待って待って待って。ダメダメ! レイミさん!」


 ロヴィッサの口車に乗せられかけたレイミを見て、ユーナが慌てて口だしした。

 レイミは先程までロヴィッサを殴ろうとしていた人間とは思えない戸惑い顔でユーナを仰いだ。


「ユーナさん?」

「それ、科学者ギルドとアウリが少なくとも間違いなく接触はしている、っていう、重要な物的証拠なんだから、渡しちゃダメ!」


 ロヴィッサも初め、ユーナたちの言葉を半信半疑で聞いていた。

 けれど、この手紙があったからこそ科学者ギルドとアウリの間でやり取りがあったことは間違いないと信じられたのである。

 そして今後も、同じような展開が何度あるかわからない。

 副ギルド長と同様、ロヴィッサに消えられてしまったら打つ手がなくなってしまうだろう。次の人物はユーナたちの話を信じてはくれないかもしれない。科学者ギルドの人間はどうも、かなり排他的な人柄が多いように感じられる。


 ユーナの言葉を受けてロヴィッサは青い目を丸くした。


「だからこそ、お預かりするのです。問題の解決のためなのです」

「いやいや、ごめんねロヴィッサさん。まだ私たち、あなたのことを心から信頼できているわけじゃないから」

「そんな……ここまでお言葉を交わしたのに……信じていただけていなかっただなんて……! とても、胸が痛いです。わたくし、一生懸命、皆さんの問題を解決しようとしているだけなのに……っ! 疑われている、だなんて……! わたくし……っ!」


 わなわなと震えていたかと思うと、ロヴィッサはソファから立ち上がり駆けだした――手紙を胸に抱きしめたまま。


「ちょっ、ロヴィッサさ――!?」


 クスタヴィが驚きの声をあげてソファを立つも、間に合わない。

 彼女は跳ねるような足取りでギルド員の専用ホールへと足を向けた――けれども、ドラ子の方が早かった。


 彼女の細い首を覆う白いフリルの襟首を掴んで、ドラ子は彼女を恐ろしいほどの乱雑さで絨毯の上に叩きつけた。

 ロヴィッサの細い身体はしなり、彼女は絨毯の隙間から悲鳴を漏らした。


「ユーナ。殺しますか? この女」

「……っ」


 いつもなら、当然、すぐにでも――ユーナはダメだとドラ子に制止をかけていた。

 けれど今回は、僅かとはいえ、迷ってしまった。


 何故ならユーナにとって、か弱そうで優しげな美少女ロヴィッサよりも、弟子のアウリの方が大切だったからだ。


 ドラ子の、本当にやりかねないほどあっさりとした物言いも相まって、ユーナの迷いはロヴィッサに恐怖を与えた。


「ご、ごめんなさい……! わ、わたくし、悲しくて……! お、驚いてしまった、だけなのにっ……こ、殺さないでください! お願いします! 申し訳ございません……っ! お許し下さいドラコ様……ッ!」


 ロヴィッサは涙ながらに懇願していた。すぐにでもドラ子から彼女を解放してあげたかった。

 けれどユーナはその前に、ロヴィッサの手から手紙をもぎ取ることを選んだ。


 手紙を確保し、それが間違いなくユーナたちが持ってきた手紙であるのを確認してから、初めてユーナはドラ子にお願いした。


「離してあげて」

「ユーナがそう願うのであれば――ここに優しいユーナがいてよかったな?」


 ドラ子は脅すように囁くと、ゆっくりとロヴィッサを解放した。

 ひねり上げられていた細い腕を抱え、ロヴィッサはその場に座り込んだまま、動けないようだった。


 そして、憐れで邪気のない、無垢な少女のようにすすり泣き続けていた。


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