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仲直り


「昨日、そして今朝もよ。アウリの力なのに、またその利益をかすめとりに行ったんですよ、あの女は! アウリが作ったんだから、少しくらいもらったって、絶対に罰が当たるわけがないのに――アウリは全部渡したっていうんです! 信じられない!!」


 レイミは腹が立つままに吐き捨てた後、慌てて声を潜めた。

 けれど、話していくうちに、また次第に声が大きくなっていくのを止められなかった。


「あんな女の何がいいのかわかりません。頭のおかしい学者なんかと一緒にいて、アウリまで変な目で見られたらどうしたらいいのか! これから先、ずっとアウリの隣にあの女がいたらどうしたらいいのかも……変な女なんです。どこの誰かもわからなくて、変なことばかりしていて」

「変なこと?」


 珍しく、黒いカーテンの向こう側にいる人物から応答があった。

 司祭だろうか? 修道士だろうか?

 この鉄格子の向こう側には人がいるのだと、レイミは初めて実感した気がした。

 いつもなら愚痴を好きなだけ言うだけの場で、そこに人がいることを意識することはあまりない。

 必要とする人に対しては言葉を返してくれるらしい。

 けれど、レイミはいつだって言いたいだけなので、返事や説教をしてほしくてここに来たわけじゃない。

 少しまごつきながらも、レイミは軽く応えた。


「そうです。学者だからでしょうけれど。そういえば、未だに身分証だって見せてもらってない……父さんと母さんが悪いんですよ。世話になったんだからそんなものを見せろと言うのは失礼だって言うんです! もう嫌。みんなあの女の味方なんだから!」


 だからこそ、レイミはヘイディのことを気の毒に思った。

 あの女のせいで嫌な思いをした人のことなら、今ならそれがたとえ誰であっても同情できる気がした。


「ヘイディは居留民だけれど、居留民だってわかっているだけマシだわ。あの女が犯罪者じゃない証拠はないもの……そう言ったら、きっとアウリに嫌われちゃうに決まってるんです」


 もはや鉄格子の向こう側の、カーテンの奥から声が聞こえることはなかった。

 いつものようにレイミは愚痴り倒していく。


「今朝、あの女がわたしに話しかけようとしてきて……今日はどうにか避けたけど、また話しかけられたらどうしよう? 憂鬱なんです。話したくない……でもあれでも一応客だし、対応しなきゃいけないんでしょうね。あーあ、他の宿にお移りいただけたら最高だけど、あの女が余所へ行ったらアウリが毎日来ることもなくなるのよね」


 それにドラコも一緒に行ってしまうかもしれない――という言葉は口にしなかった。

 あの長命種は彼女に付き従っているように見える。けれど、やはりその事実は信じ難くて、レイミは何かの間違いだと思っているのだった。

 長命種がルルの花亭に泊まっているという幸運が、彼女のおかげでもたらされていると考えるのは非常に屈辱的だった。


「何かの間違い、勘違い! きっと理由があるんだわ。そうよ、違いないわよ。アウリだっていつかそのことに気づいて、あの女から離れていく――そうですよね?」


 今度は返事が返ってくることはなかった。

 心なしかほっとしたレイミが息を吐いたところで、香が燃え尽きた。

 告解の時間の終わりだ。皿にお布施を置いて、レイミは分厚い黒いカーテンの外へ出た。


「はあ……すっきりしたわ。帰ろ」


 職業がら、色々と言いたいことは山ほどできても、気軽に他人にはしゃべれないようなこともある。

 泊まった客の態度についての愚痴や秘密をぺらぺら喋るような宿だなんて、誰も泊まりたくないだろう。

 とはいえレイミも、ずっと我慢はしていられない。

 だからよくオード教の告解室を利用していた。黙って話を聞いてくれるし、その秘密が漏らされる心配もない。

 レイミはこれまで色んな愚痴を言ってきたが、それで怒られたこともなかった。


「他のお客さん、早く戻ってきてくれないかしら……今のままじゃあの女ばかりと顔をつきあわせるからよくないんだわ」

「何がよくないって?」

「きゃあ!」


 レイミが教会から出たところで声をかける人物がいた。

 振り返る前から誰だかわかったので、レイミはすぐにそちらを見やった。


「アウリ! 珍しいわね。どうしてこんなところに?」

「……おまえを探してたんだよ」

「わたしを?」

「何か気づかないか?」


 アウリが得意げにふんぞり返った。やけに機嫌がよさそうに見える。

 外套が薄いせいでアウリの頬は赤くなっていて、レイミは自分のマフラーを引き抜くとアウリの首に巻いてやった。

 そうしたら、何故かアウリの頬はより赤くなった。


「おい、何なんだよ。寒いからおまえを探してたってわけじゃないぞ!」

「そうなの? なんだか嬉しそうね」

「下見ろよ、下を!」

「あら? そういえば杖が――」


 ない、と気づくと同時に、レイミはそこにあるものを見て目を丸くした。


「その、足……! それは、何?」

「ぎそくっていうんだ。義足」

「形は、足と同じじゃないのね……」

「ああ。間に合わせの試作品なんだってさ。これでも十分だと思うけど」


 アウリは残る左足に器用に体重を乗せると、右足を上げてズボンをたくし上げた。

 そこには痛々しく短くなった膝を支える革のカップのようなものがあり、その先には木の枝が取り付けられていた。


「こんなの、見たことないわ……」

「だよな。モンスターに足をやられたら、杖をついて歩くくらいが関の山だ。でも、師匠が前住んでたところではこういうのが普通だったらしいぜ。ドワーフのおっちゃんによると、他の町でも、たまに作ることはあるみたいだ。でも、金がかかるから普通はおれじゃ手が届かない」

「お金が……」

「そう。つまりこれは、師匠が作ってくれたんだよ。回復薬を売って金ができたんだから、おまえんとこの宿からなんて移っちゃえって言ったのに……」

「ちょっと!」

「そうはならなかったんだから良いだろ? ――昨日と今朝と、稼いだ金額の全部をおれの義足のために使ってくれてるよ。この試作品だって歩くには十分役に立つのに、更にすごいのを作るって、ドワーフのおっちゃんと張り切っててよ」

「そ、そんなの……アウリの作った薬を売ったお金なんだもの、当然じゃない」

「なわけねーだろ! わかってくるせに、なんで拗ねてんだよ、おまえ」

「拗ねてなんかないわよ!」

「おれが科学者(サイエンティスト)ギルドでどんな目に遭ったか知ってるだろ? おれがどれだけ歯を食いしばって勉強して、それでもどうしても報われなかったこと、レイミは知ってるだろ?」

「……それは」

「知ってるおまえなら、師匠の得がたさはわかるだろ」


 アウリが科学者ギルドに入ると聞いた時、レイミは実のところ、止めたかった。

 何故なら科学者ギルドのお得意様はほとんど貴族であり、貴族を相手に商売をするような人間は住む世界が違うように思えてならなかったからだ。


 アウリにできないとは言いたくなくて、引き留めることはできなかった。

 けれどずっと嫌な予感は感じていて、アウリが借金をしたと聞いた時も、そこまでしても科学者として成功できずにギルドを追い出されたと聞いた時も、ひどく悲しくはあったけれど、そこまで意外だとは思わなかった。

 それだけ、アウリが行こうとしていた世界は遠いところにあったからだ。


 そんなアウリが、レイミが病気で寝付いている間にすっかり一人前の科学者となっていた。

 自分のためにそこまで到達したのだと思うと嬉しくて、誇らしかった。


 けれどこれがアウリ一人の力ではないのだというのなら、その助力の得がたさというのは――確かに並々ならぬものだろう。


 もしもまともにその功績を認めるのであれば、それは――科学者ギルドが束になってもできないことをしてのけた、ということなのだ。


「でも、だからって……いつも師匠師匠って言わなくたっていいのに」

「……おまえ、嫉妬してんのか」

「はあ!? なにっ、バカなこと言ってんのよ!?」


 声をひっくり返しながらもレイミは叫んだ。

 レイミの顔は真っ赤になっている。それを見て、アウリも耳まで真っ赤になりながら叫んだ。


「し、師匠が言ってたんだよ! 別に、おれがそう思ったわけじゃない!」

「あの女……!」

「あの女って言うな! ……し、師匠が伝えろって言ってたから、弟子として、仕方なく! 的外れだとは思うけど、おまえに伝言するだけなんだけどな……!」

「伝言? 何よ」

「ぎ、義足があれば……その、正式な場でも、杖をつかずに、ちゃんと胸を張って立っていられるようになるし……その、もっと義足は、すごくなるらしい。それで、おれは、おまえの隣を、もっと胸を張って、歩けるようになるらしくて……お、おれはなあ! ただ、そうなるって伝えろって師匠に言われたから言うだけなんだからな!?」


 アウリは真っ赤になりながら、しどろもどろになって言う。

 今のアウリの言葉には、そこまで赤くなるような意味は含まれていないように思える。

 レイミはじっとアウリを見つめた。アウリはレイミの視線を避けようと一歩退いた。

 試作品だという義足でも、杖を付かなくてはならなかった頃と比べるとその動きの滑らかさは雲泥の差だった。


「せ、正式な場って……何よ」

「さ、さあな」

「ユーナさん何か言ったわね!? 何よ! 言いなさいよ。師匠が伝えろって言った言葉なのに伝えられないなんて、それでも弟子?」

「……け、結婚の時とか、ってただ、師匠は正式な場としての、例を出しただけなんだよ!」

「ちゃ、ちゃんと師匠が言った通りに復唱しなさいよ! 伝言なんだから!」

「うっ……その、結婚式でも、花嫁の隣に、し、新郎として……胸を張って立てるように、なる、って……おまえに、伝えてこい、って……わっ、わけがわからないよな!?」

「わけがわからないわね!!!」

「そ、そうだよな……でも、そう、たとえの話だ! そういう時でも、おれは誰に対しても! 引け目を感じずに済むって話だよ!!」

「それはいいことね! わ、わたしも……ユーナさんに感謝しないといけないみたい」

「なっ、なんでおまえが感謝するんだよ!?」

「うるさいわね! 別にいいでしょ!!」

「いっ……いいけどよ」


 まだまだ寒い時期だというのに、嘘みたいに身体中が熱かった。

 レイミはアウリの顔もまたのぼせたように赤くなっていることに気づいて少し笑った後、自分が背後の教会で何をしてきたのかを思い出して、思わず顔を覆った。


「わたし……ひどいことをしちゃったわ。ユーナさんのこと、散々愚痴ってきたのよ」

「まあ、そんなことだろうと思ったよ。だからおれもここに探しに来たんだけど」

「ユーナさん、怒るかしら」

「師匠はそれ知ってもあんま怒らないだろうから気にすんな。問題はドラコ様だ。あの人、たぶん師匠に惚れてるから」

「まさか! 嘘でしょ?」

「ちょっとよくわかんない関係なんだけど、ドラコ様の前で師匠を貶すような言動は厳禁だ。どうしても我慢できないなら、師匠本人には悪口を言ってもいいけど、ドラコ様相手には絶対に言うなよ」


 若干おかしなことを言うアウリの言葉に、ユーナの人柄が滲んでいた。

 わかるのは、間違いなく悪い人ではないということだ。


「……ドラコ様相手にユーナさんの陰口なんて言ったらどうなるのかしら」

「やめろよ、絶対。たぶん殺される」


 アウリは深刻な表情で言った。

 レイミもアウリの陰口を言うやつをみるたび片端からお盆で頭をかち割りたくなるのだから、殊更ドラ子を恐いと思うことはなかった。


「……そう、あの二人がくっつくのね。アウリは別に、あの人のこと、女性として好きだったりしないのよね?」

「師匠を!? まさか! あの人のこと女だなんて思ったことないぜ!」


 宿への道を辿りながら、アウリの修行の話を聞いた。

 それほどの長い時間をかけずにアウリをいっぱしの科学者に仕立て上げたその修行方法を初めて聞くことになった。そして、それは恐ろしいくらい過酷だった。


「恐いんだよ、師匠。モンスターを見れば目を瞑って恐い恐いってキャーキャー騒ぐのに、ウルフに噛みつかれても平然としてるんだよ。でもずっと恐い恐いって言い続けてるんだよ。痛くないんですか? って聞いても、わかんないわかんないって叫んでんの。痛くはないみたいなんだよ。傷も残らない。おれは何度か恐いのは師匠ですよ、って言葉を飲み込んだ」

「なにそれ恐いわね」

「めちゃくちゃ頑丈なんだよあの人。多分、レベルが高いっていうのかな? 力もすごい。おれをこう、頭の上まで持ち上げて平然としてるぐらいだからな」


 アウリから伝え聞くユーナの所業は、確かにか弱く魅力的な女性じみたものではない。

 アウリは科学者としての秘術についてはぼかしつつも、ユーナと経験したことについてレイミに少しずつ話してくれた。


「これもユーナさんが話せって言ったの?」

「ああ、レイミになら言ってもいいって。でも、基本的には内緒にしたいみたいだから、秘密で頼むぜ」

「そう……ユーナさんはどうしてわたしを信用する気になったのかしら?」

「さ、さあな……」


 アウリが動揺しながら目を逸らす。その顔からして、ユーナに何かを言われたのだろう。

 それを隠されても、もうレイミは不愉快な気持ちにはならなかった。


 きっとレイミのことについて、アウリが恥ずかしがるようなことで――レイミにとっては嬉しいことをユーナが言ったのだろうと、信じることができてしまった。


「わたしの負けみたいね」

「最初から勝負なんてしてねーぞ、師匠は」

「……ヘイディについては気をつけるようにするわよ。わたしだって、宿に泊まってくれてるお客さんが不愉快な思いをするようなことはあってほしくないんだから」

「おう、師匠をよろしくな、レイミ」

「……仕方ないわね。アウリがそう言うのなら、これからはあんたの師匠にたくさんサービスするわ。あんたの師匠だからよ」


 アウリは満面の笑みを浮かべた。

 やはり歩くと少し遅れるのは、義足だからだろう。

 それでもレイミが歩幅を調節すれば、肩を並べて歩くことができる。


 再びこの幸福を取り戻してくれたユーナに、レイミは感謝をせずにはいられなかった。

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