長命種と人間
南門の兵士長イヴァールは昨年末から罪悪感に苦しめられていた。
一人の憐れな女性を、上の命令とはいえ町から追い出そうとしてしまったからだ。
最終的に彼女はAランクの冒険者によって助けられた。
しかしそれでイヴァールの罪悪感がなくなるわけではない。
その助けがなければ、イヴァールは病気の女性を門の外に放り出したあげく、ウルフの餌にするところだったという事実は変わらないからだ。
彼女はその後、なんとか元気にやっているようだった。
南門を通ってドラコと共に外へ行こうとする彼女を見かけた時には、すっかりスピ病も回復していたようだった。
彼女の年齢で自然に治癒するとは相当に軽く済んだということだ。彼女はオードに見守られているのかもしれない。
それでも罪悪感は消えはしない。
何かわびをしたかったが、イヴァールは自分のしたことを間違いだとは思ってはいけない立場なのだ。
謝罪はできなかった。自分の仕事をしただけなのだから。
だからその日、昼からふらりと酒場を訪れた際、落ち込んでいる様子のドラコを見かけて、イヴァールは彼の席の隣に恐る恐る座った。
彼は俯いていた顔をすぐにあげてイヴァールを見やった。その赤い瞳は冷たく凍り付いている。
これまでウッズの町を通り過ぎていく時に見せていた無関心とは違っていた。
「ユーナを町から追い出そうとした人間が、よく私の隣に座れたな」
「あの件については大変に申し訳なく思っております……ですが、規則ですので、従わないわけには参りませんでした」
「くだらない規則だ。だが、もういい。ユーナは気にしていないだろう」
あれから何回か、ドラコと共にユーナは門を行き来している。
彼女はイヴァールに対して特に思うところがないらしく、会えば笑顔で挨拶をしてくるほどに愛想がいい。
一時期クスタヴィとは険悪だったようだが、気づけば家族ぐるみの付き合いをしているようだった。
イヴァールが当初感じたように、彼女は善良な人柄のようだ。
少し浮世離れしている様子はあるのだが、悪い印象を抱くようなものではない。
「ユーナの入町許可証を作るのは相変わらず難しいのか」
ドラコの言葉に、イヴァールは身を縮こまらせた。
彼女のために、できることがあるのであればしてやりたかった。
しかし、償いのためとはいえ、できないことはできない。
入町許可証については再三ドラコから依頼を受けていたが、何度依頼をされても、無理なものは無理だ。
偽造は可能だが発覚すれば恐ろしいことになる。
単純に死刑になるだけならまだしも、イヴァールがもしも破門されれば家族にまで類が及ぶ。
「教会の身分証があればすぐにでも作れますが……」
十歳になった年に教会はその教会の属する土地の者に身分証を発行する。
どうやらユーナはそれを紛失しているらしい。
「ユーナさんの出身地がわかれば手紙を書いて、再発行の手続きなど必要な作業があれば私の方で手配させていただきます」
「いやいい……全く、煩わしい決まりばかりだ。一体どこのどいつがこんなものを作ったのやら」
基本的な枠組みは全て長命種の人々が決めている。そしてドラコも長命種である。
しかしイヴァールはそれを指摘したりはしなかった。
長命種を怒らせれば、町が一つ滅んでもおかしくはない。
現に西に位置する獣人たちの村は、滅びの危機に瀕している。
「本当にユーナさんを連れて、エイシェントロスト討伐に赴かれる予定なのですか?」
「さあ、実際にどうなるのかは、春にならなければわからないが。まさか冬の雪山にモンスター退治に行けとは言わないだろう?」
イヴァールを見据えながら、ドラコは淡々と言う。
ドラコには元よりAランクの依頼を受ける気などないように見えた。
ユーナを町に入れるための方便として、Aランク依頼を持ち出しただけのようだった。
この様子だと、春になったらウッズの町から出ていってしまうのかもしれない。
高難易度の依頼を受ける冒険者のパーティについては、たとえその中に犯罪者が紛れていたとしてもその行動を妨げてはならないと国際法にて定められている。
そういう規則がなければ、強いがその素行に問題のあるような冒険者が来てはくれないからだ。
強者である冒険者は大抵が問題を起こすものである。何しろ彼らは強いのだ。
その強さがあれば彼らの意志が通らないことの方が少ない。
国によっては冒険者は重大事件の容疑者で、指名手配をされているようなこともある。
しかしユーナがそれだとは思わない。
何かやんごとない事情があるのかもしれないと、ドラコとの関係から薄々察するくらいである。
「……彼女と、ドラコ様はどのような関係なのですか?」
「さあ、何なのだろうな」
ドラコは首を傾げる。受けると口にした依頼を受けずにこの町を出ていけば、ドラコのAランク冒険者としての資質に関わる。
そんなリスクを負ってまで、助けた女性だ。
ドラコにとってどのような存在なのだろうか。
「私はユーナのものだ。だが、ユーナのものになりきれないでいる」
「……あなたが、彼女のもの、ですか」
「ずっと昔からそうだった。私は彼女のために存在している」
熱烈な愛の告白である。
門を押し入った際のドラコの言葉から、彼女とのただならぬ関係であろうという予想はついていた。
だが、超然とした長命種にはありえないほどの熱の入りぶりだった。
「だが、私がその気になればあのひとは私のものになる……そうだろう?」
「そりゃあ……そうなるでしょう」
長命種が人間を寵愛するというのであればわかるのだ。
珍しいことではあるが、ないわけではない。
人間が長命種の所有物になる。それは人間にとって光栄なことだ。
大抵の人間は長命種からもたらされる莫大な恩恵に感謝以外の気持ちを抱きようがない。
「そうしてみたい、という気持ちはある。あのひとを私のものにしてみたい」
長命種にこのように思われるとは、ユーナという女性はただ者ではない。
イヴァールの目には少し変わっているだけの、普通の迂闊な女性に見えた。
だが、何か隠された秘密があるのは間違いないようだ。
「だが……そんな気持ちを吐露すれば、私はユーナに警戒されるだろう」
「警戒、されますでしょうか?」
「人間なのに人間の気持ちがわからないのか?」
ドラコが不愉快そうにイヴァールを見やった。
どうもドラコはイヴァールに人間についての相談をしていたらしい。
知らぬ間に長命種から人間についての相談を受けていたイヴァールは姿勢を正して真剣に考えてはみた。
だが、年頃の女性の考えることなどイヴァールにとっても未知数である。
「私は同じ人間ですが、ユーナさんは私とは違い人間の女性ですので……気持ちを類推したければ、人間の女性に相談するのが一番ではないでしょうか?」
「なるほど。その言葉には一理あるな」
「しかし、私にも一つわかることはあります」
「言ってみろ」
すぐに口にしようとしたが、ドラコがユーナに向ける情愛の深さによっては酷く怒らせてしまう可能性があると、イヴァールはすんでのところで気がついた。
「――何を言ってもお怒りにならないと、約束していただけますか?」
「お前の言葉を鵜呑みにするつもりはない。好きに言ってみろ」
何を言っても罰したりはしないという意味だと受け取ってもいいだろう、とイヴァールは判断した。
「それでは……もしもドラコ様から求められて嫌がる女性がいるとしたら、その女性の心には他に思う男性がいる可能性が高いです」
「……なるほど。そういうものか」
「あの、ユーナさんには、この町にそういう相手がいるんですか?」
もしもユーナがこの町の男を好きになっていたとしたら――これほどユーナを想うドラコは不愉快な思いをするだろう。
その男は理不尽にも殺されてしまうかもしれない。
懸念を抱きながら尋ねたイヴァールに、ドラコは意外なことを言った。
「――たとえいたとしても、私が口出しをする筋合いはない。ユーナが好きなようにするべきなのだ」
口ではそう言うが、ドラコの顔色は悪い。
人間のことで思い悩む長命種というのはあまりにも珍しい。
イヴァールは酒を飲むのも忘れて呆然としていた。
「あなたが許さないと言えばいいだけの話では……?」
「しかし、私があのひとのものなのだ。私がユーナの行動を制限するなどあってはならない……邪魔をするなど、絶対にありえない」
「あ、ありえないなんてことはないと思いますが――」
「ありえてはならないことだ……それなのに、今の私は邪魔することができてしまう。嫌だと思ってしまったら、責めずにはいられない。前はこんなことにはならなかったというのに」
長命種にとって、人間などただの愛玩動物程度でしかない。
しかし、ドラコの想い方は違うようだ。
どう聞いても、ユーナを対等以上の存在だと考えているに違いなかった。
「……ユーナに嫌われたくないのに、嫌われてしまったかもしれない。私はどうしたらいい?」
超常的な存在である長命種が、人間相手に恋をするとこうなってしまうのか。
イヴァールは、長命種を恐ろしい存在だと考えていた。基本的に、その考えに間違いはない。
その中でもドラコは比較的話しやすく、気持ちのいい存在だった。
そんな彼が、これまでよりも更にイヴァールたち人間に歩み寄ってきた。
イヴァールの人生の側を通り過ぎていくだけの高貴な旅人だと思っていたのに、今は信じられないほどドラコの存在を近くに感じた。
心密かに憧れていた物語の登場人物のような存在と語らえる喜びと共に、イヴァールの疑問の一つは解決した。
(ドラコ様が探していたというのは――やはりユーナさんなんだな)
矛盾してはいる。彼はずっと昔から旅を続けていた。
それこそ、ユーナが生まれる遙か昔からだ。
それなのに、彼がこれまでユーナを探し求めていたというのはおかしな話だ。
だが、ユーナにはイヴァールの知らない秘密があるのだろうし、長命種には長命種なりの理由があって彼女を選んだのだろう。
不安げに瞳を揺らす憧れの存在のために、イヴァールは彼と共に頭を捻った。
この長命種のサーガのような恋が成就することは、きっとユーナにとっても喜びだろう。
二人の関係を繋ぐことこそ、自分にできる罪滅ぼしに違いない。




