追憶の探し人
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この世には、人ならざる存在がいる。
魔物ではない。
人よりも上位に位置する存在だった。
「ドラコ様、我らの町ウッズにご来訪いただきまして誠にありがとうございます」
「感謝をされるいわれはない。たまたまこの町を訪れることになっただけだからな」
ドラコと呼ばれた男は、腰の低い兵士たちを見て鬱陶しそうに言った。
疲れているのではない。ただ人間に話しかけられるのが煩わしいのだろう。
彼は話しかけられれば大抵答えてくれるだけ他の人ならざる存在よりは寛大で優しかったから、町の人間からは比較的好かれている。
長い銀髪の、すらりとした長身の男だった。
その顔貌は作り物のように整っていて、品があり、傲慢な口を利くのがよく似合った。
しかし優男というわけではなく、腰に佩いた剣は使い込まれている様子が見受けられる。
居並ぶ兵士たちより若い見た目だ。二十代の後半に至るか至らないか。
兵士たちは、自分たちよりも年下に見えるドラコの横柄な態度を気にしない。
彼が人間が達しうる寿命を既に何倍も超えているのを知っていた。年長者なのだ。
「そう言いながら毎年来てくださっているじゃありませんか?」
ここはウッズの町、南門の詰め所である。
午後になり入町を求める人々が手続きを求めるために列をなしている。
しかし、その列に並ぶことなくドラコという男はまっすぐ詰め所に通された。
彼については、ここにいる兵士の大半がその顔を知っている。
彼は去年の冬もこの町に来た。その前の冬も、更に前も。
長年の繰り返しで、彼の人柄と実力を知っているから、傲慢な口ぶりも態度も、兵士たちの間では何の問題にもならなかった。
「Aランクの冒険者様にこの町に滞在していただけるのは、たまたまであろうとありがたいことです。気が向いたらでいいので、暇な時にでも、この辺りの厄介なモンスターの討伐をお願い致しますよ」
「気が向いたらな」
「ええ、それでよろしいですとも。毎年こんなやり取りをしている気がしますね。市長は昨年におけるドラコ様の貢献に感謝を表して、今回だって町総出でドラコ様をお迎えしたいと言っていたんですよ」
「そのようなことをされたら私はもうここへは来ないぞ」
普通の人間なら名誉だと考えるだろう歓待の話も、ドラコは唇を歪めて嫌そうな顔をする。
兵士長イヴァールは笑って頷いた。
貴族や商人のように豪勢な歓待を求めない姿は、質実剛健な平民出身の兵士たちからは好意的に受け止められている。
「でしょうねえ! わかっていますよ。だから市長もここへ来るのは我慢しているわけでして。滞在は冬の間ということでよろしいでしょうか? 来年の三月くらいまでということで。宿は昨年度と同じ冒険者ギルドで?」
「ああ。あそこなら私の分まで冬支度ができているだろう?」
「ええ、やっていましたよ! ――Aランクの冒険者がこうしてお気遣いくださるドラコ様のような方ばかりならいいんですがねえ」
しみじみと言いながら、兵士長は帳面にドラコの情報を書きつける。
帳面の端に割り印を押して、割り印を二つに裂くようにして切り取った。
これが入町許可証となり、町での身元証明書となる。
許可証を持たずに町にいるのは市民か、入町許可を得ずとも町に入れるような身分のある貴族か、あるいは犯罪者ぐらいである。
「それでは入町の手続きが完了致しました。こちらをお持ちください」
「昔は冒険者といえば、町では歓迎されない鼻つまみ者だったんだが」
「今でもそうですよ……ただしAランクともなれば話は変わります。かつてドラコ様を邪険にしたのがうちの親父でないことを祈りますよ」
「お前の祖父だと言ったらどうする?」
「ハハ、まさか……本当ですか?」
冷や汗をかく兵士長を鼻で笑って、ドラコは肩を竦めた。
その皮肉な笑みを見れば、女なら黄色い声をあげずにはいられないだろうと兵士長が苦笑するほど様になっている。
ドラコは兵士長の目から見て、贅沢を特別好んでもいないし、色事に対して興味もない。
彼はただ、一年をかけてこの大陸中の国々を回って過ごしている。
その目的は誰も知らないが――それを何年も、何十年も、何百年も続けている長命種だ。
実際の年齢は兵士長の何倍もあるだろう。
それだけ生きていると、様々な物事に対して興味も関心もなくなるものか。
普通の冒険者なら心惹かれてやまないだろう、金にも、女にも、名誉にも靡くことはない。
それでも、灰色の外套に一般的な旅装束姿の、地味な装いをしていても華が隠せないドラコを見れば、女たちは色めき立ってしまうのだ。
兵士長は内心呟いた。今年娶ったばかりの新妻を、ドラコに会わせないように気をつけなければ、と。
「ふん、冗談だ。一言二言言葉を交わしただけの人間の顔など、いちいち覚えてはいない」
「辛辣ですねえ。まあ、構いやしませんが。というわけで、色々便利ですし、この度はAランクへのランクアップ、誠におめでとうございます」
「別に、必要ないんだが」
「長いこと冒険者をやっているんでしょう? 努力賞みたいなものだと思って受け取っておいたらいいんですよ」
「……そうだな。冒険者歴も長い。長すぎるほどだ。もう、飽き飽きしている」
「とはいえ、何か目的があって旅をしていらっしゃるんでしょう?」
ドラコの荷を背負う馬が水を欲しがっていたので与えている間、ドラコには白湯を用意させた。
新人の兵士が運んできたのを見て、ドラコは「悪いな」軽く声をかけて碗に口を付けた。
彼は兵士長相手でも新米兵士相手でも、その態度がほとんど変わらない。
それが彼のいいところだと、昔新人だった頃に、今と変わらぬ姿の彼に白湯を出したことがあるのを思い出して、兵士長は懐かしくなった。
兵士長はドラコの返事を期待していなかった。世間話のようなものだ。
だから、ドラコが湯気の立つ湯呑を赤い瞳で見つめながらぽつりと口にした言葉には驚くこととなった。
「……人を探している」
「えっ!?」
「だが、もう――潮時か」
兵士長が若い頃から、更にその前から、ずっとドラコは一年を通して旅をし続ける人生を送り続けている。
その理由は誰も知らない。そのはずだった。
なのに聞いてしまった兵士長は、ドラコの言葉を聞いて目を剥いた。
ドラコは探し人があるという。
何百年もの間探し続けているということは、相手もまた長命種なのだろう。
しかし、一体どんな人物なのだろうか?
探し人について口にするドラコは妙に艶っぽく見えた。まさか相手は女なのだろうか?
顔に似合わず朴念仁である彼の女がらみの話である。
兵士長の心の内に、急に好奇心がむくむくとわいてきたが、根掘り葉掘り聞いて彼を煩わせるわけにもいかない。
自制心を振り絞って、兵士たちにも聞くなと目くばせする。
誰もかれもが口を必死になって噤んでいる。聞きたくてたまらないのだろう。
だが、彼の機嫌を損ねてはいけないのだ。
滅多なことで怒る人物ではない。
だからこそ、彼を怒らせた時どのような事態に発展するかわからない。
しかし何か一つくらい、言葉を選べば、聞いても許されるのではないだろうか――?
兵士長が好奇心に負けそうになった時、外から荒い足音が近づいてきて、扉が大きな音を立てて開かれた。
「兵士長! 町で騒ぎが起こりまして、来てもらえませんか!」
「おいおい、今ここに誰がいると思ってる? お前たちでどうにかできないのか?」
「商業ギルド長様が絡んでいなけりゃ、どうにでもなるんですけど」
「ああヤッコブ様か……そいつは仕方ないな」
ヤッコブ。
少しは立場のある人間の言葉でないと、聞く耳すら持たない差別主義者だ。
面倒だが、彼から話を聞くには、兵士長である自分が行くしかない。
「申し訳ございません、ドラコ様。私は行きますが、御用があれば他の者に言いつけてください」
「構わない。こいつに飼い葉も食わせていいか? 喉が渇いているだけでなく、腹も空いているらしい」
「どうぞ、お好きなだけ」
冬を前にして、物資は貴重だ。
他の人間であったら許可は出さないが、兵士長はドラコに対して個人的な好感を抱いていたので、そう答えた。
イヴァールは部下を数人つれて詰め所を出た。
「――――ユーナ」
「ん? 今何かおっしゃいましたか?」
「いいや、何も」
ドラコが小さく呟いた言葉は彼の口の中に消え、イヴァールには聞こえなかった。
それを少し口惜しく思うが、改めて問いただすわけにはいかないだろう。
現場に向かった。
道中兵士たちに聞いた話によると、どうもどこぞの女がヤッコブを死ぬほど怒らせたらしく、ヤッコブがその女を連れてくるよう命令を飛ばしているという。
恐らく他愛ない理由によるものだろう。
気の毒な女をできるのであれば助けてやらなければならない。
こんな時に限ってどうして市長は不在なのか。
(それにしても、ドラコ様は一体誰を探しているのだろう……)
ドラコという、尋常ならざる長命種の男の心を捉えている探し人とは、果たしてどのような人物なのだろうかと、思いを巡らさずにはいられなかった。
改稿しました。分割しただけとも言う。