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スモールヒールポーション

「すみません、師匠! 腹が減っちゃって減っちゃって、飯を作ってるので、ちょっとだけ待ってください!」

「あ~、いいよ~」


 朝、師匠がいつもの時間にやってきてしまい、アウリは慌てながら言う。

 アウリの師匠であるユーナは、毎日毎日、教会の鐘が鳴った後少ししてからの、ほとんど変わらない時間にやってくる。


 だからいつもは、この時間までには用を済ませておく。

 今朝も、軽く食べて腹を満たしておいたはずだった。

 なのに、何故か急に空腹に襲われて、何かを食べなければといてもたってもいられなくなってしまった。


 そんなアウリの失態を、師匠は特に気にせず気安く頷いた。

 部屋の中に入って座り、気楽に待つ姿勢に入っている。

 アウリがすまなそうな顔をしてみせればいくらでも待つだろうと思われた。

 だから、ドラコが側に立って睨みを利かせているのはちょうどいいのだと、近頃のアウリは了解している。


 それにしても、本当に申し訳のない話だ。

 師匠が師匠でよかったと安堵して、アウリは再び朝食作りに取りかかった。


「よく動き回れるようになったねえ」

「はい! 兄ちゃんもすごく喜んでくれました!」

「レベル上げたからかなあ。ステータスがあがったんだね」


 以前は壁伝いに一人で歩くのも大変だった。

 しかし今のアウリは杖に寄りかかり、腕の力で全体重を支えられた。

 師匠いわくのぱわーれべりんぐをしてからのことである。

 モンスターを倒すと力が付きやすいというのはアウリも知っていた。

 だが、効果がここまで劇的だとは思わなかった。

 間違いなく師匠とドラコのおかげなのだが、二人はそれを特に誇るでもない。


「師匠たちも、よければ食べますか?」

「そうだね。アウリの料理の腕を確かめないと。料理を作ってもらうっていう約束だからね!」

「師匠は動物をシメられませんもんね」 

「無理だね!」


 清々しい顔で師匠は肯定する。

 アウリの兄クスタヴィは、師匠をどこかの富豪の令嬢だったんだろうと予測している。

 アウリも、とりあえず金持ちの家の娘なのは間違いないだろうとは思っている。

 台所仕事ができない女なんて、アウリの知る限りは金持ちかよほどの怠け者だけだ。


 初めは怠け者の方だと思っていた。

 宿屋に我が物顔で居座っていた。ラウラとマルックに妙になれなれしくしていた。

 レイミに成り代わろうとしているのではないかとすら疑っていた。

 ラウラとマルックは善良なことで有名だから、二人の優しさにつけ込もうとしているのではないかとアウリは懸念していた。


 けれど実際のところ、アウリの懸念なんて馬鹿馬鹿しいもので、師匠は得体の知れないとんでもない女性だった。


(悪さをして追われてきたって感じじゃないけれど……どこから来たのか全然わからない人だ)


 ウッズは大陸にある三つの国の、ちょうど中間地点にある町だ。

 春から秋にかけては人の出入りが多く町中が賑わうから、どの国の人物もアウリは見たことがある。

 大体、ひと目見ればどの国から来た人なのか、わかるものだ。

 しかし己の師匠に関してはわからなかった。


「美味しそうなにおいがするね」

「ただの粥ですよ。なんとなく、薬草も入れちゃったけど」

「七草粥的なものかな?」

「七草? そんなに種類は多くはないんですけど……」

「私のいたところにそういう料理があっただけだよ。年があけてから七日目に食べるんだよ」


 師匠の故郷の風習を教えてもらえるが、出身国を言い当てるための材料にはならなかった。


「お皿はこの辺りにあるのを出していいのかな? ドラ子もいただく?」

「私はいりません」

「そう? それじゃ私とアウリの分」


 師匠がドラコ様とどういう繋がりがあるのかというのも気にはなる。

 けれど、アウリは聞かないことにしている。

 こう言っては差し障りがあるかもしれないけれど、師匠はおしゃべりで、かなり口が軽いようにアウリには思える。

 そんな師匠の口が重くなり、アウリに話さないような事柄については、聞くべきだとは思えなかった。


 ――ドラコには、話しかけるのも恐い。

 元より長命種の方というのもあって、気軽に話しかけられる存在でもない。

 けれど師匠といる時のドラコは、これまで毎年見てきたこの人とは全然違っていた。

 冬に通り過ぎる一陣の風のごとく、今までの超然とした姿とはうってかわって、普通の男のように見えた。


「それじゃ、いただきまーす」


 鍋から更によそって出すと、師匠が元気そうに粥に手をつける。それを見て、アウリも食べた。

 妙に空いて仕方がなかった腹に粥の滋養がしみていく。

 咄嗟の思いつきだったけれど、薬草を入れたのはきっとよかった。

 ただ、師匠を見てみると、目を丸くして硬直していた。

 アウリは慌てて粥をかき混ぜ確認した。

 師匠は食べ物の味にはうるさいが、それにしてもそこまでまずくはないと自負していたし、身体に悪いようなものを入れた覚えもない。


「あの、師匠? どうしましたか――わっ!?」

「よくやったっ、アウリ! おめでとう!!」


 突然、師匠が器を置いて、匙を放り出した。

 そうして自由になった腕でアウリに抱きついてきた。


「【おや、料理の様子が……!】――クエストだったんだね! このお粥、スモールヒールポーションになってるよっ! アウリ!!」

「え……っ、この粥が!?」

「そう! いやあ、面白いねえ。こういう感じになるんだ!」


 アウリを放すと、師匠はパクパクと初級HP回復薬になっているという粥を口に運んだ。

 何を言っているのか半ばわからないところがあった。

 けれど、嬉しい言葉は聞き逃さなかった。

 この粥がスモールヒールポーションになっている……つまりアウリは魔法薬の作成に成功したのだ。


 師匠は美味しそうに粥を食べている。

 その顔は、スモールヒールとはいえポーションという高価なものを食べている顔には見えないけれど。


 アウリも恐る恐る口をつけた。

 口に入れた瞬間、ひび割れていた唇が癒えた。心臓がじわじわと音を高めていく。

 自分の食べたものが、いつの間にかルピス金貨の価値を持つものに変わってしまった。

 冷や汗が額から吹き出してくる。味が全くわからなくない。


「あ……足の痛みが引いてく」

「足痛かったの!?」

「気にしないでください。まだちょっと痛いだけで……でも、これを食べていると、なくなっていくので」


 粥を一口食べると、消えた足の疼きが消えていく。

 もう一口食べると、血の巡りが悪くて冷たくなってしまった足に、熱が宿っていくようだった。

 更に一口食べたら涙が出てきた。


「これでおれも……本当の、科学者(サイエンティスト)だってことですね」

「何言ってるの。アウリは初めからちゃんと科学者だったよ」


 師匠はなんてことない様子で笑っている。

 この人があたりまえのようにそう言うので、アウリもそれが当然のことのように感じられてくる。


「じゃ、これを食べ終わったら……いよいよ魔法薬作りを開始しよう」


 いよいよだった。

 待ち望んでいた師匠の言葉に、喜びと期待でアウリの胸ははちきれそうだった。






 職業(ジョブ)にとって、絶対に消化しなければならないイベントは、衝動として本人をたきつけるようである。

 ユーナはアウリが鍋の始末をする姿を眺めながらこの世界を考察した。

 アウリが急に空腹になり、なんとなく薬草を入れたオートミールを作ってみたのが、いわゆる職業の衝動だったようである。クエスト発生だ。


 女神ルルーフィアの働きかけなのかもしれない。

 女神の像はミニフレたちによって打ち壊されたという話だけれど、女神がいなくなったわけではないのかもしれない。


 この世界には、相変わらず不思議が満ちあふれている。

 来てよかった。夢を見ているような気持ちは、まだ拭いきれないけれど。

 自分の立場の不安定さに恐いような気持ちを感じないでもないけれど、夜寝る時には奇妙なほどぐっすり安眠するし、朝になれば元の世界に帰っていない安堵で溜め息をこぼしている。


 それくらい、ユーナはルルーフィアの世界の不思議に触れることに喜びを感じていた。

 打ち震えそうになる感情を抑え込みつつ、ユーナはアウリに今日の予定を説明した。


「まずはひたすらスモールヒールポーションを作り続けてもらう」

「はい」


 アウリは小出しに情報を出されるより、全体を説明して輪郭を掴ませた方が理解しやすいタイプのようだ。

 何より自分でもあれこれ考えられて安心するみたいなので、ユーナは予定を全て伝える。


「するとそのうち、経験値が足りて、レベルが上がるから」


 経験値とレベルという概念についてアウリがどれだけ理解しているのかはわからない。

 けれど、アウリは疑問を差し挟まずに頷いている。


「そうすると、多分アウリはエーテル草を見ると、MP回復薬のエーテル草の水薬が作りたくなる。そうなったら、エーテル草の水薬作りに取りかかる」

「わかりました」


 この辺りはユーナの勘だけれど、恐らくそうなるのだろうと確信できた。

 アウリはレベルが上がるごとにフルーツジュースが飲みたくなったり、アップルパイが食べたくなったりしてきたのだ。


「途中、SPが足りなくなるから休みながら行う。ベッドで寝れば回復が早かったと思うから、枯渇する前にベッドで寝て回復させること」

「……師匠がいるのにベッドで休むんですか? そんな失礼なこと」


 やりにくいというらしい。その気持ちはユーナも少しわかる。

 教えてもらっている途中で、自分だけ寝るだなんて気まずいだろう。

 けれどそれが効率的なレベル上げに重要なのだ。


「休まないと結局は効率が落ちるだけだから、絶対に休むんだよ? そしてエーテル草の水薬を作り続けていたら、またレベルが上がる」


 スモールヒールポーション。

 次がエーテル草の水薬。

 そして、三つ目がメインディッシュだ。


「そうなると、次に作りたくなるのが栄養水。その材料になるマジカルキノコはここに置いておくから、定期的に見て、作りたくならないかを確認すること」

「……スピ病の治療薬ですね」

「アウリ、知ってたの?」

「栄養水がスピ病の治療薬となることは、知っていました。でも、マジカルキノコで作るというのは知りませんでした」

「そうなんだ? 道理でどこにでもあるのに採取されてないと思った」


 科学者ギルドはどこまで知識を独占しているのだろうか?

 あまり独占しすぎて誰にも教えないでいたら、素材を採取してきてくれる人もいないだろうに。

 金儲けが何より大事なのかもしれない。

 人命は、ギルド長とそのギルド員の様子だと二の次だろう。

 科学者ギルドに行った時の対応を思い出して、ユーナは気分が悪くなった。

 頭を振って彼らの姿を追いだした。


「それじゃアウリ、いつでも初めていいからね!」

「はい――〈メイク(スモールヒールポーション)〉!」


 錬金釜の中の、薬草と水が光る。

 薬草の輪郭が光の中でうごめいた。

 どろりと溶けたようになり、水が、溶けた薬草の葉脈にしみこむんでいく。

 アウリの魔力が水と薬草という存在に混ざり合っていく。

 それぞれが生き物のように、己の意志で、己をあるべき姿へと変えていこうと、錬金釜の中で身を捩っているかのようだった。

 薬草と水の生命力が、アウリのスキルによって鳴動する。

 ぶつかり合いながら同一のもの、それ以上のものに生まれ変わろうとする。


 錬金釜に手をかざすアウリの額には、汗の玉が浮かんでいた――その集中力が切れるか、否かの一瞬の後、釜の中には薄い緑色の液体が浮かんでいた。


(……魔法薬って、こんな風にできるものなんだ)


 ユーナは感動のあまり少し泣きそうになって目元を拭った。

 一見して、薬草が完全に溶け込んだだけの水にも見える。

 量としてはコップ一杯分くらいだろうか。


「師匠! これは成功ですか!?」


 アウリが勢いよく尋ねてくる。まだアウリには見ただけでは成功か失敗かわからないらしい。

 いかにも現実らしいことだった。

 謎の感動に震えながら、ユーナは努めてその動揺を見せないようにして言った。


「そうだね……大成功だよ」

「よっしゃーっ!!!!」

「ほらほら、これぐらいのことで喜んでないで、次行くよ次!」

「えっと、釜の中のスモールヒールポーションって、どうしますか? す、捨てます、か……?」


 心がもったいないと叫んでいる。

 引き歪むアウリの顔を大体同じような表情で見つめ返しながら、ユーナはとりあえず確認することにした。


「ちなみに科学者ギルドではいくらで売ってた……?」

「オークションが大体だけど、お得意さんには1000ルピスくらいで売ってたんじゃないかな……」

「一桁多くない!?」


 ゲームでは100ルピスだった。

 しかも、回復量が少なすぎて誰も買わない不良在庫のような存在だった……。

 科学者ギルドの実態を知れば知るほどその拝金主義が明らかとなっていく。

 あこぎどころの話ではない。

 このモンスターの出る世界で癒やしの薬の知識を独占するなんて、悪用としか思えない。


 しかし世間一般ではその価格が主流だ。

 アウリは、己が作ったとはいえ高価だとわかっているその液体の処遇に困り果てていた。


「捨てますか……? お、おれたちは急いでいますし……。でも、ホントに……?」

「と、とりあえず、それはアウリが飲んだらいいんじゃない?」

「おれですか! そうですね……捨てるよりはそうします!」


 釜は重くて持ち上げられないので、アウリは根気強く掬っては余すところなく飲み干した。

 

「……なんだか、力がわいてきました。いけそうな気がします!」

「HP回復薬だからね! この調子でガンガンいこう!」

「……でもここから先、全部飲むのは無理だと思いますよ?」


 アウリは怯んだ顔をしていた。

 けれどユーナは知っている。ポーションのクーリングタイムは料理に比べればとても短い。

 きっとアウリならば全て飲み干せるはずだとユーナは信じていた。

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