作成前夜
「おれ……なんでこんな場所でモンスターの死体に囲まれてるのに、アップルパイが食べたくなってるんだろ……?」
「科学者だからさ……」
「パワーレベリングは終了ですね」
遠い目をするアウリ、ぐったりとしたユーナ。
元気なのはドラ子ばかりである。
ユーナたちは効率的なパワーレベリングのため、冒険者たちが主に狩りをする森を離れていた。
ドラ子に案内されるまま森を抜けると、山があったが、竜の巣のある山ではない。
この山を越えると村があり、更に森を抜けると竜の巣があるという。
山向こうの村からも遠い場所だということで、モンスターの討伐が進んでいない。
必然的にパワーレベリングに適した状況が整っているということで選ばれたその岩山は、確かに入れ食いだった。
小高い場所に立っていれば自然とモンスターがわらわら寄ってくるのである。
集まりすぎたモンスターをドラ子が蹴散らす間、アウリを抱き上げたままユーナは半泣きで逃げたり攻撃を受け続けたりと散々な目にあっていた。
「いきなり人型ゴブリン……うう、ストーンゴーレムはまだまし……ロックスネークは食べ物だからとりあえずは……」
「お疲れですか、ユーナ?」
「精神的に致命傷……」
「命に関わるのですか!?」
「あ、ごめん、言葉のあやだよドラ子」
「そのような恐ろしい言葉を選ぶのはやめてください」
「ごめーん」
真剣に怒られて、ユーナは若干嬉しくなりながら謝った。
大事にされているのだという気がする。
たとえミニフレの主としてであっても、嬉しいものは嬉しい。
ただいつか裏切られるんじゃないかと恐いだけで……。
「……そろそろ帰らないといけないね。門が閉まる前に戻れるかな?」
「戻れないかもしれません。ですが、開けさせればいいだけの話でしょう」
「そうだった。ドラ子なら開けてもらえるんだったね」
「でも、兄ちゃんが心配するなあ……めちゃくちゃ怒られそう」
アウリは疲れ切った顔で嘆いた。
一度は行方不明になって、半死半生となって帰ってきたアウリである。
クスタヴィが怒るのは間違いない。
「一応書き置きはしておいたから、私たちといるのはわかると思うよ?」
修行のために連れ出します、と書いてあるだけなので、町の外にいるとは思わないかもしれないが。
「じゃあ師匠も一緒に怒られてくれる?」
「いいよ、勿論」
「……師匠が優しすぎて、おれは自分で自分を律しなきゃダメだなあ」
「いいじゃん、優しい師匠で最高じゃん?」
ユーナはアウリを抱き上げた。
行きより軽くなっていうような気がするのは、僅かなりとはいえユーナもレベルが上がっているからなのかもしれない。
大抵はアウリを守るために逃げ回っていたり、アウリの盾になって殴られていただけなのだが。
ユーナたちは全速力で駆けて町に戻った。
西門から町に入ると、クスタヴィが待ち構えていた。
その顔は遠目から見ても表情に乏しく、ユーナとアウリは顔を見合わせながらも覚悟を決めて彼に近づいた。
とりあえず、ユーナが軽く声をかけてみた。
「えっと、よくこの門から出たってわかったね」
「……全ての門に照会しましたから」
とても低い声で答えが帰ってきた。
アウリはユーナの腕から降りた。
持っていた木の棒を支えに立つと、恐る恐るといった様子で兄の顔を覗き込む。
「兄ちゃん、怒ってる?」
「怒ってるんじゃない……心配したんだ。無事でよかった」
クスタヴィはアウリを抱きしめた。兄の腕の中でアウリは嬉しそうに笑っている。
パワーレベリングを一日で終わらせてよかったとユーナは胸を撫で下ろした。
「申し訳ありません、ユーナさん、ドラコ様。お二人がついていると知っていて、心配するのは失礼だとわかってはいたんですが……」
まさかそんな下手に出られるとは思っておらず、ユーナは慌てた。
「いえいえ! 全然! 勝手につれていったこちらが悪いので!」
「ユーナさんはアウリの師匠です。どこへでも連れて行ってくださっていいんです。修行なんですから」
勝手にうちの大事な弟に何をする、とはならないらしい。
けれどクスタヴィは腕の中にいるアウリのことは、ぐりぐりと拳でなで回していた。
アウリは若干頭が痛そうである。
「それじゃ、また明日行くね、アウリ」
「はい! 師匠、また明日!」
アウリの元気な声に見送られて、ユーナたちは帰途に着いた。
夜の町は真っ暗だった。外套はなく、そのせいで黒々としているはずの夜空と散らばる星々の光が一番明るく見える。
「ドラ子……SP回復薬があれば、治ると思う?」
「さあ、わかりません。私はあれにかかって治った人間を見たことがないんです……ですがそれは、私が見てきたのが平民たちだったからかもしれません」
「薬が手に入るような金持ちなら違いそう?」
「かもしれませんね。科学者ギルドで聞けばはっきりするでしょう」
「……だよねえ」
「基本的にギルドはいつでも開いています。今すぐ聞きに行くこともできると思いますが」
科学者ギルド。できれば近づきたくなかった場所である。
当初この世界に来てしまった時、ユーナはこれを夢だと思っていたので怒れる権力者に随分となめた対応をした。
その権力者というのがこのギルドの長でもあるのだ。
「こんな夜中なら、偉い人は寝てるよね?」
「この町の冒険者ギルドの長ならば大抵はいますが、他は不在のことが多いですね」
「だよね……それじゃ、聞きに行こうか」
ユーナとしては気が進まないのだが、後で重大な事実などが発覚しても嫌だ。
例えばスピ病にSP回復薬は毒になってしまうだとか、そういう話だ。
「だけど、下手をうたなければ明日にはSP回復薬の栄養水ができそうだからね」
50レベルでは、魔法薬はスモールヒールポーションしか作れない。
目当てである初級SP回復薬である栄養水ができるようになるのは確か52レベルからだ。
初級HP回復薬のスモールヒールポーションを作ったり、51レベルで作れる初級MP回復薬を作っているうちにレベルはあがるだろう。
新しいレシピの料理や薬を初めて作った時、科学者は経験値をたくさんもらえるのである。
「薬草、エーテル草、マジカルキノコも採取しておいたし」
それぞれHP回復薬、MP回復薬、SP回復薬に使う材料である。
アウリとドラ子がモンスターを討伐している間、ユーナは何も泣き叫んで逃げ回っていただけではない。
アウリのレベルが十分に上がった後は、盾になる必要がなければ〈マテリアルサーチ〉で採取などをして過ごしていた。
「貴女に師事できたことの幸運を、あの弟子が知らないことが悔やまれます」
「いやあ~、幸運かな? 私は科学者でもないし」
「ユーナが拾わなければ、あの者に待つ未来など野垂れ死にですよ。いつまでも兄に縋って生きていけるのなら話は別ですがね」
そんな人生は、アウリには耐えられないだろう。彼は責任感の強い子だった。
ふらりとこの世界にやってきて、何の目的もなかったけれど、誰かの役に立てたならばよかったとユーナは安堵した。
自分の居場所を見つけられたような気がした。
主に自分の金策のために始めたことだけれども。
アウリは手に職をつけ、レイミを治すことができれば三方よしである。
「科学者ギルドに到着いたしました」
「来ちゃったかー」
それは町の東側に位置していた。
ユーナが泊まるルルの花亭の宿とは、広場を挟んで正反対の東南の区画だ。
東西を走る大通りに面しているのだが、ユーナはできるだけここを通らない。
通らなくてはならない時には走り抜けている。
大きな建物で、どことなく他の建物よりも近代的な雰囲気がある。
科学者ギルドについてはアウリに聞けば詳しいことがすぐにわかるだろう。
でもユーナとしてはある予想を立てていて、そのために科学者ギルドについてアウリの前で話題に出すのが辛かった。
「どういう聞き方をしよう」
「スピ病を治す薬が何なのか、聞くのではないのですか?」
「……でも、ここの人たちが素直に教えてくれると思う?」
知識を与える相手を試験で選別し、金を払わせてレシピを売っている団体である。
初めは薬学部とか、医学部とか、人の命を預かる仕事に就く人たちがそうあるべき高難易度の試練を課せられ、高い授業料を支払うことで、プロフェッショナルを育成する場なのではないかと思っていた。
けれど、ユーナの見たところアウリが教えられたレシピはデタラメである。
辛うじて薬草と水は入っているので、スモールヒールポーションが何かの間違いでできてしまうことはあっても、ポーションができることはありえない。
初めは、この世界は現実なのだからあり得るのではないかと思っていたユーナだが……アウリについて知って、考えが変わった。
アウリの練習が足りず、熱心さが足りず、すぐに諦めてしまったからスキルが成功しなかったのだと思っていた。
けれどアウリにはその全てが揃っていて、真面目である。
言われたことはきちんと聞くし、覚えている。
与えられた情報を自分の中で咀嚼することも知っている。
そんな子に、科学者ギルドはレベルを上げなければ〈メイク(薬)〉が使えないことさえ教えてあげなかったのだ。
――考えると、ユーナの中にどろりと嫌な感情がのたうった。
もしもこの予想が正しければ、心の底から反吐が出る、ユーナが大嫌いなタイプの嫌がらせだ。
「金にがめついのか、選民意識が強いのか知らないけど、かなり酷い組織だと思う。あっさりと教えてくれる感じはしないんだよね」
「ならば、スピ病の薬を買いに来たと言いますか?」
「詐欺師みたいだけど、そんな風に聞いた方がよさそう」
レイミの健康が何より大事だ。
科学者ギルドにスピ病を癒やすための薬があって、それがユーナたちに買える値段ならば買ってしまっても構わないのである。
科学者ギルドはもう長のヤッコブへの感情に引き摺られ、アウリへの仕打ちで止めを刺され、半ば嫌いではある。
だが別にユーナたちは、初めから嘘を吐くつもりはない。
「ところでドラ子、今いくら持ってる? 当然のように宛てにしちゃって悪いんだけれど」
「いいえ、私の持ち物全てはユーナのものです。お気になさらず――1ルピスです」
「いちるぴす……!?」
聞き間違いか!? とユーナは耳を思わずかっぽじったけれども、ドラ子は改めて同じ数字を繰り返した。
「1ルピスですが……申し訳ありません。確かSP回復薬の相場は500ルピスでしたね」
ドラ子はすまなそうに言う。
1ルピス。ゲーム内だと何も買えない金額である。
ドラ子が初め堂々と答えたのが驚きの所持金だ。
しかし無一文な上に稼ぐ手段をほぼ持たないユーナには何も言う権利はなかった。
今日採取してきた薬草の類いを売れば金になるかもしれないが、これは明日使うので、お金に換えるわけにはいかない。
「いや……ありがとうドラ子。私がお金を稼げるようになったら、楽させてあげるからね」
「貴女の側にいられるだけで幸福ですよ」
「ドラ子は口が上手いなあ。さ、入ろうか」
思わず胸がときめくような台詞を投げかけてこようとするドラ子から逃れるようにして、ユーナは科学者ギルドに入った。
玄関に取り付けられていたベルが鳴る。
緑の燕尾服のような衣装を着た、物腰の穏やかな男性が微笑みを浮かべて出てきた。
「いらっしゃいませ。科学者ギルドへようこそお越しくださいました。本日はどのようなご用件でいらっしゃいますか?」
「あー、ええと、ここってそもそも何ができるんですか?」
とても愛想がいい男性が出てきたので、ユーナは肩の力が抜けた。
警戒しすぎていたのかもしれない。
彼になら、聞けばスピ病の治療薬についても教えてもらえそうである。
「こちらでは魔法薬の販売や買い取りを致しております。販売についてはあまりにも多くのお客様にお求めいただいておりますので、オークション形式で月に一回、魔法薬を出品させていただいておりますね」
「……普通には売っていないということですか?」
「普通というのがどういう形態のことをおっしゃっているのかはわかりかねますが、魔法薬は普通、オークションでの販売となるものです。大変貴重な品ですから」
愛想のよかった男性の口元に、そんなことも知らないのかと、嘲笑のようなものが閃いた。
彼の雰囲気がとても柔らかいので、ユーナは見間違いかと思ったが、黙っていたドラ子が後ろから援護した。
「私が昔に見た時には、常時店売りされていたはずだ」
「それは……あなた様はドラコ様でいらっしゃいますね? あなた様の言う昔というのが何百年前のことかはわかりかねますが、近年はオークションが普通でございますよ」
「オークションなどにしなければならないほど、量の確保が難しいのか?」
「長命種の方にはおわかりにならないかもしれませんが、魔法薬を作るのは、大変危険で精密な作業が必要なのです」
男性は苛立たしげに言う。ドラ子から、特にユーナに視線を移してじろじろと眺めた。
初めの丁重さは失せ、二人をうさんくさげに眺めたている。
どうやら上客ではないと見なしたらしく、彼は口調を明らかに崩した。
「それで、お二方はどのようなご用件でこちらへ? とてもオークションに参加されるという服装ではありませんし……そもそも本日はオークションもございませんがね」
「スピ病の薬を買いに来たのだ」
「SP回復薬をですか? あなた様のような長命種は病気になどなりはしないでしょうに」
ユーナは心の中でやった! と喜びの声をあげた。
やっぱりスピ病の回復薬となるのは、SP回復薬でいいらしい。
偶然だと思うけれどよくやったドラ子! と視線を送ると得意げな顔をしていた。
これで2.5頭身なら猫かわいがりしている。
「私のパーティメンバーはかかるかもしれない」
「そうですか。失礼ですが、入町証明書をお見せいただけますか?」
「えっ、今ですか……!? 持ってないです」
うろんな目つきをしていた男は、やがてユーナに対してある判断を下したらしい。
咳払いをして言った。
「Aランクの冒険者当人でもない、ただの冒険者くずれの娼婦にお売りするような魔法薬は当科学者ギルドにはございません」
「貴様ユーナをなんと言った!?」
ユーナは突然投げかけられた失礼な単語に驚きすぎて呆然としてしまった。
生まれて初めてこんな悪口を放たれた。悪口も過ぎると、傷つくよりもひたすら驚きが勝るらしい。
驚きに開いた口が塞がらないユーナの横で、ドラ子は即座に反応した。
「ユーナを娼婦などと! よくも言ったな!?」
「違いましたか? 私はあなた様が籠絡され、いいように扱われているのかと……失礼、違っていたのでしたら謝罪します」
彼は全く感情のこもらない謝罪な上に、更に失礼なことを言い出した。
ドラ子の目は獲物を前にした闇のハンターのようになっていた。
もしやもすると、瞳孔が開いているかもしれない。
「……ユーナ、この男を殺してもいいですか?」
「聞けるようになって偉いね!? 殺しちゃダメだよ!」
邪神の教会の時には突っ走りかけたのに、今回はユーナに確認できて偉い。
それは褒めるけれど、勿論ユーナはゴーとは言えない。
ドラ子の言葉を聞いて扉の近くの従者の少年が、顔色を変えて部屋を出て行った。このままここにいれば、面倒なことになる予感しかない。
とはいえ、身分証を示せないのはユーナの手落ちだった。
そういえば未だに、ユーナはこの町において身元を証明できるようなものを何も持っていないのだ。
確かにユーナは不審者以外の何者でもない。信用問題である。
「うちの子がすみません! もう失礼しますね!!」
「冒険者というのは長命種でも野蛮なのですね……! 長命種の方といえど、当ギルドではそれだけでは威張り散らすことなどできないのですよ! 我々は王の信認篤い、誇り高き科学者ギルドの科学者なのですから!!」
ユーナは慌てて何か反論を言いさしたドラ子を引っ張り、科学者ギルドを抜け出した。
ユーナたちは、科学者ギルドとの相性がとことん悪いらしい。
あんな風に理不尽で威圧的な物言いをする人しかいないのならば、今後も仲良くはできなさそうである。
逃げるようにギルドハウスを後にすると、ドラ子は憤慨しながらも、ユーナの後についていく。
「いいのですか? ユーナ。あの男は貴女を侮辱しました」
「いいよいいよ……無関係の人間だし。どうでもいいんだけよ……今はとりあえず、騒ぎにしたくない」
せめて、明日までは平和であってほしいのだ。
「明日はアウリに魔法薬を作らせるからね」
「はい、ユーナ」
「そしてレイミに飲ませて、きっと元気になってもらう」
「ユーナの望むままになるに決まっています」
「ここまで来れたのは全部ドラ子のおかげだね」
「そう言っていただけて光栄です。お待ち申し上げていた甲斐がありました」
「……千年かあ」
ドラ子が言うにはユーナは千年この世を不在にしていた。その帰還を、ドラ子はユーナを待ち続けてくれていたという。
それがとてつもなく長い時間だということくらいは、ユーナにもわかる。
ユーナを待っていてくれたことも、ドラ子が生きていることすらも、そもそも奇跡なのだろう。
つまりドラ子が他の九人のミニフレたちについて語らないのは――そういうことに、違いない。
「もしもみんながまだ生きているのなら、会いたかったなあ」
身元もあやふやで紐付くものがない立場だと、改めて自覚をしたら寂しくなってきた。
ドラ子は目を伏せている。それを見て、淡い期待も捨てるべきなのだろうとユーナは解釈した。
(……ドラ子ちゃんがいてくれるだけで、奇跡だったんだなあ)
この世界で生きていくつもりだ。
けれどこの大事なミニフレを、どう大事にすればいいのか、ユーナには未だによくわからなかった。




