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パワーレベリング


 アウリの熱が下がったという連絡を受け、ユーナはアウリを連れ出した。

 現在、西門から町を出たところである。

 西門の内側近くには冒険者ギルドがある。

 出入りの少ない他の門とは違い、冒険者らしき装束の物々しい人々の姿が多かった。


 そんな中、簡単な外出衣装のユーナと、戦闘準備を整えてきたとはいえ軽装のドラ子と、ユーナに肩で担がれているアウリの姿はやたらと目立った。

 完全に場違いである。ユーナとアウリは遠足のようだ。


「それでは、これよりパワーレベリングを始めます!」

「師匠、質問してもいいですか?」

「はい、どうぞアウリくん」

「えーっとですね……おれ、てっきりスキルを実際に使っていくのかと思っていたんですが……」


 ユーナの肩の上で困惑顔をするアウリ。

 そもそも、ユーナに担がれた時点からアウリの困惑は始まっているようだった。

 薬草の群生地で倒れていた時も、抱きかかえて連れて帰ってきたのはユーナなのだが、アウリはそのことを覚えていなかったらしい。


「スキルを使ってみたかった?」

「そう、ですね……興味はありました。師匠のいないところで使っちゃいけないかと思って、我慢していましたし……」


 先日、勝手にスキルを使用した割りにはしおらしい。

 基本的に、アウリは真面目ないい子なのだろう。


「わかるよ、その気持ち。それにモンスターが恐いだろうって気持ちもね」


 肩で抱き上げるユーナにやっと伝わるくらいの、微かな震えがアウリの身体にあらわれた。

 ユーナはわかるとは言ったが、本当のところはわかるはずもない。

 アウリは片足を失ったのだ。その恐怖なんて、未だモンスター相手に痛い目を見たことのないユーナが理解できるはずはないのだ。


 けれどここでアウリに怖じ気づかれては困るので、ユーナはサクサク説明を進めた。


「頑張れば町の中でスキルの練習を進めていくだけで魔法薬も作れるようになるかもだけど……どれだけ時間がかかるかわからないの!」


 スキル〈メイク〉で何かを作れば経験値が手に入る。熟練度がマックスになると経験値が手に入る。

 新しいものを作った時も、まとまった経験値が手に入る。


 けれどそれであがる経験値は、モンスターを倒して得られる経験値よりだいぶ少ない。

 ゲームの中では、縛りプレイの一種としてやっていた人がいたかもしれないが、少なくともユーナが科学者(サイエンティスト)になった時は、レベル50まではさっさと上げた。

 

「というわけで、目標としては今日中に魔法薬を作れるレベルまで上げることを目指そうと思う。どうかな? アウリ」

「……そのレベル、というのは、モンスターを倒すと得られる強さのことなんですよね? どうやって測るんですか?」


 本当にそんなことができるのか? と疑われると思って身構えていたユーナだったが、アウリはそもそもレベルという言葉の意味がよくわからなかったらしかった。


「そういえば、ステータスなどが見られないので数値的な意味でのレベルはもはや計れなくなっていますね」


 ドラ子の言葉に、そういえばそうだったとユーナも気づいた。

 ステータスが見れなければ、レベルもわからない。数値が見えなければ、レベルの一つや二つはあまり体感的には変わらないだろう。

 劇的に強くなった場合のみ、その影響を感じるくらいだ。

 そのためには大量のモンスターを一気に倒す必要がある。

 けれど、そんな無茶をする理由がある人はあまりいないだろう。


「えーと、まあ、様子を見ながらって感じかな」

「師匠ができると言うのなら……できるんだと思います。それでレイミが助かるのなら、おれはやります」

「……ドラ子に抑えてもらうけど、モンスターとたくさん対峙することになるよ? 恐くないの?」

「恐いです。けれど、一番恐いのはレイミが死ぬことだ」

「よかろう」


 ドラ子がアウリの言葉に反応した。意外すぎてユーナは用意していた言葉も忘れて驚いた。


「私がお前を鍛えてやる。パワーレベリングの付き添いならば慣れているからな。強さの第一歩を踏み出す手伝いをしてやろう」

「よ……よろしくお願いします!」


 アウリがユーナの肩の上で頭を下げた。


「ありがとう、ドラ子! ドラ子が積極的に手伝ってくれたら心強いよ!」


 ユーナとしては、ドラ子は全くやる気がないと思っていただけに、意欲を見せてくれたことが嬉しい。


「いえ……かつて貴女のレベリングを手伝った時のこと、新人たちがやってきたときのことを思い出して、懐かしくなっただけですので」


 ユーナにとってはゲームの中であったことを、ドラ子はまるで大切な思い出のように語った。

 どこからどこまでがゲームなのか、現実なのか――彼の姿を見ていると、線引きが難しい。

 線を引けるところなどないのかもしれない。


「そっか……私も懐かしいよ。今回はどちらかというと、新人のレベリングになるのかな?」

「ユーナもついでにレベリングをしては? 先日のフィールド探索において、多少は上がっているかもしれませんが、まだまだ低いでしょう」

「えっ? 多少でも上がってることにびっくりしたんだけど??」

「フォレストボアなどの攻撃を受けていたでしょう? その時にフォレストボア側もダメージを受けていましたので、私が倒しはしましたが、ユーナにも経験値が入ったかと思います」


 ただぶつかられただけで相手にダメージが入っていたらしい。

 しかしユーナにレベルが上がった感覚はない。

 更に、ユーナが賢者(セージ)として唯一使えるスキル〈オムニッセント〉は今覚えたスキルの熟練度を50以上にしないと次のスキルが覚えられないので、もう何もわからないのと同じである。


(今後、〈フレンドモンスター(Aランク・水)〉を使える日は来るんだろうか……)


 ともかく、日常生活において通常より上がった力で差し障りが出ることがないので、レベルの見極めはとても難しいことのようだった。


「いやあ、でもまあ、私のレベリングはいいから」

「貴女の弟子と共にモンスターに一太刀入れるだけで済みますが? ――レベル50になった時、覚えられるスキルは貴女にとって有用なのでは?」


 ドラ子が言葉を濁しながらもおすすめする、そのスキルの名前は〈ターンポイント〉。

 そのスキルツリーが解放された時点で使えるスキルは、〈ターンポイント(マイハウス)〉――これは自分のマイハウスに、マップのどこからでも瞬間移動できるゲームの中でも最高に有用なスキルである。


 一人賢者がいればパーティもそのスキルの恩恵にあずかれるので、攻略組の中には一人賢者がいることがある。

 マイハウスにはユーナの倉庫がある。

 倉庫がもしも無事で、中身が劣化せずに残っているのならば、帰ることさえできれば様々なアイテムが手に入るだろう。ポーションなんて、唸るほど手に入る。SP回復薬もだ。


 ただ、戻ってくる時に支障がある。

 マイハウスから、女神の神殿になら誰でも移動できる仕様だったが、今この世界には女神の神殿がないという話だ。

 ならば賢者のスキルである〈ターンポイント〉で帰ってくるしかないが、任意の場所にポータルを設置できるようになるのはレベル75からである。


 レベル50までならサクサクあがる。それ以上は、サクサクとはならない。

 歯を食いしばってやっとレベル50まで上げたとしても、そこから耐えられる気がしない。

 パーティを組んで、レイミをマイハウスに連れて行けばいいのかもしれない。

 けれどそもそもマイハウスが無事だという保証もない。


 既にドラ子がマイハウスを離れて千年が経過している。

 普通の建物は風化するし、アイテムは消え去るか、たとえ残っても劣化するものじゃないだろうか。

 ドラ子の話ではマイハウスの周りの森のモンスターのレベルが上がっているそうだ。

 マイハウスが無事でない可能性の方がずっと高い。

 そんなところへレイミを連れてはいけない。


 だからといって、行って戻ってくるために、ユーナがレベルを75まで上げれば早いのか?


(……いや、レベル50まででも無理)


 ドラ子がモンスターを痛めつけているのを見るだけで具合が悪くなっている。

 ユーナたちに襲いかかってくるモンスターなのに、ドラ子が対峙すると圧倒的な力量差もあって、モンスターが可哀想になってくるのだ。


 動物愛護団体が見たら失神するだろう。

 ユーナは愛護団体の者ではないけれど、正直、既に気が遠くなっていた。本当に無理だった。

 息を止めて心の目の解像度を落としてゲームのような気分でいるよう努めるだけで精一杯である。


「もうね……ハエより大きな生き物を傷つけるとか、無理」

「えっ? 師匠、それじゃ何も食えないじゃん! 鶏とか、さばけないんじゃないですか?」


 ユーナとドラ子の会話に口を挟まずいい子にしていたアウリが驚いたように叫んだ。


「誰かに料理してもらうから大丈夫!」

「……ああ、はい。わかりました。おれが料理をしますね」


 アウリの生ぬるい視線がとてつもなく痛い。

 逃げ出したいユーナだったが、その視線の主を担いでいるので逃げられない。

 しかしドラ子が空気を読まずに話を先に進めてくれた。助かった。


「この辺りのモンスターでは埒があきませんので、更に西に向かいます」

「ドラゴンの巣がある山?」

「そこまでは行きませんよ。あそこのモンスターのレベルは段違いに強いですし、貴女の弟子までは守り切れないかもしれませんので――森の端まで走ります。よろしいですか?」

「わかった!」

「それでは、参りましょう」


 ドラ子は走り出した。ユーナもそれに続いた。

 ユーナとしては特に、大した速度とは感じなかった――けれども。


「ヒッ、……ぅ! ――ぅわあ!」


 ユーナに担ぎ上げられているアウリは恐いような嬉しいような複雑なの声をあげていた。

 彼が興奮して頭をあげようとするので、木々に引っかけて頭を強打しないようユーナは注意しながら走っていった。

 けれど木々は、まるでユーナを避けてくれているかのように、森の中だというのに走りやすい。


「速い、すげえ! はやーーーーい!」


 アウリが歓声をあげた。

 確かに森の木々は、ぐんぐん後ろに流れていく。

 よくよく考えてみると、子どもを担ぎながらこんな速さで森を走れるなんて尋常ではない。

 けれどユーナは、木の根に足を引っかけたり枝に髪を絡ませたりせず、一定の速さで進めるのが普通のことのように感じていた。


 ――それはゲーム時代の感覚だろうに、今のユーナの中にはそれが実感としてある。


「ドラ子! こんな風に走れる人ってあんまりいないの?」

「そうですね。何故か普通の人間たちは足が遅いです。特に罠もない崖から落ちたり、道を外れたりもします。ですがやはり、ユーナはこの速さで走れますよね」


 ゲームなら、通路となっている道を外れて崖から落ちる方が難しい。

 通行可能となっている場所なら、全速力で進めるものだ。


 この世界の人々は、この現実を現実として生きている。

 ユーナとドラ子のようなミニフレだけは、まだゲームを引きずっているようだ。


「……助かるからいいのかな?」

「ユーナ! モンスターが出現しました。グリーンベアーですので大した経験値にはなりませんが、いかが致しますか?」

「小手調べにはいいんじゃない?」

「ちょ、待って、グリーンベアーですか!? ウルフと並んで、森の王者って言われるモンスターじゃないですか!?」


 アウリがユーナの肩の上で慌てている。

 アニマル系モンスターは基本的にそこまで強くはないのだが、アウリにとっては脅威だろう。

 ユーナだって初見だったら死んだふりをしていたに違いない。

 クマに死んだふりは逆効果らしいけれど。


 ドラ子が立ち止まり、ユーナも止まる。

 グリーンベアーは緑色の毛並のクマだった。

 木の中に何がいるのか、虚を爪でひっかいていたようだ。きっとおやつを探していたに違いない。 


 ゆっくりと振り返る――その姿は、恐らく日本で出現するどんなクマよりも大きかった。


「それじゃドラ子! お願いするね!」

「かしこまりました。貴女に経験値を捧げさせましょう」


 ドラ子はグリーンベアーの緑色の毛並みに向かって剣を閃かせた。

 動きを封じるためにだろう、その片腕を切り落とし、その切り口から湯気が立つのを見た時には、ユーナは目眩を感じて目を背けた。


「アウリ、終わったら言って」

「ま、待って師匠! そんな、危ないですからちゃんと戦闘を見て!」

「血が……今日はお肉食べられない……貧血」

「おれより恐がってるってどういうことですか!?」

「ユーナ! ――グリーンベアーを制圧致しました」


 ドラ子の言葉で、ユーナはイヤイヤながら顔をあげた。

 視線の先にはグリーンベアーが見るも無惨な姿でかろうじて息をしている。

 剣で喉元を抑えつけられ、腹をドラ子に足で踏み潰されていた。

 そこに森の王者の風格はない。


「よーしアウリ、この短剣でグサーッといきな」

「……は、はい。わかりました」


 ユーナはアウリを近くまで連れていった。

 嫌で嫌で仕方ない。けれど、グリーンベアーは意外と大丈夫だった。

 恐らくクマは食べられるからだろう。今後、食べられない人型のモンスターが出てきた時が恐い。


「この辺りを狙え。傷口を抉ればお前でもダメージを入れられるだろう」

「は、はい。ありがとうございます、ドラコ様」

「いちいち礼を言う必要はない。今日この作業を何回すると思っている?」

「わかりました――いきます!」


 アウリはドラ子のアドバイスに従って、その傷口に剣を突き立てた。

 グリーンベアーはその瀕死の身体とは思えないほど猛々しい断末魔の声を響かせた後に、永遠に沈黙した。


「た……倒した。おれが……!」

「よっしゃ! 経験値獲得おめでとう!」

「強くなった実感はないんですが……」


 アウリは首を傾げている。ユーナもレベルが上がった実感というものは全然ない。

 パワーレベリングのやめ時が問題だった。

 アウリのレベルが50を越えたと、何をもって判断するのか。


 判断のしようがないので、ユーナはアウリに過剰なくらいの数のモンスターの傷口を抉らせる予定だった。

 ユーナとしてはグロくて無理だけれど、アウリはモンスターを倒すことに喜びを感じているので問題はなさそうである。


「あーなんか……飴が食いたくなってきた……」


 アウリがいきなりぽつりと呟いた。ユーナとしてはぎょっとした。

 現実パワーレベリングというグロい作業のせいでユーナの食欲は下がりまくりなのに、何故かアウリは急に飴が食べたくなり出した。

 まさかクマの濁った眼球を見て食欲を刺激されたのだろうか……?

 恐いものを見る目でユーナがアウリを見つめていると、ぼうっとしていたアウリもユーナの視線に気がついた。


「あっ、いや!? すみません! 今はモンスターのことに集中しないといけないのに!」

「えっと、そうだね……いきなりどうしたの?」

「す、すみません。カキを見たらふっと頭に飴のことが思い浮かんで……腹は減ってないんですけど」


 その視線の先には木の実があった。

 寒い季節なのにしぶとく残っていたのは季節外れのカキのようだった。


「ん? 待って。アウリはカキを見たら思い浮かんだって言ったね? どんな風に思い浮かんだの?」

「ど、どんな風にっていうか……その、こんな時にふざけてるって思われても仕方ないし、この話は終わりにしても……!」

「いや、大事なことだから正確に教えて。どんな言葉が頭に思い浮かんだ?」

「フルーツキャンディー、が、食いたいなって……」


 気まずそうなアウリの答えを聞いて、ユーナは思わず叫んだ。


「レ、レベル3だーーーーーーーっ!」


 ユーナはゲームが大好きだった。

 けれど、どのレベルで何の料理を覚えたかなんて、全てを正確に覚えているわけではない。

 しかし初めの方くらいは覚えている。


 レベル1から作れるのはフルーツジュース。

 次に覚えるのはパンだった。

 そして三番目がフルーツキャンディーである。


 思っていたより遙かにアウリのレベルが低い。

 ユーナとしては残念だったが、状況を正確に把握できたのは朗報だった。


「それじゃ、アップルパイが食べたくなったら教えて!」

「ア……アップルパイ、ですか?」

「そう!」


 科学者が、50レベルで一番最後に作れるようになる料理の名前とイベントくらいは覚えている。

 イベント名は【女神のアップルパイ】

 みんなを幸せにする、女神に祝福されたような美味しいアップルパイを作れるようになったなら、レベル的には既にスモールヒールポーションは作れるようになっているはずだ。

 

 ゲームでは、レベル50になった時点で発生するもう一つのイベント【おや、料理の様子が……?】をクリアしないと〈メイク(薬)〉のスキルツリーは発現しない。

 ただそれは、チュートリアルイベントだ。

 この世界でそのイベントが発生する保証はないし、必要かどうかもわからない。


「……これは、科学者としての感覚だったってことですか? おれ、前にもアップルウリとか、カキとかを見たら、ジュースを飲みたくなったことがある。あれは、科学者としてフルーツジュースを作りたくなってたってことなんですね?」


 アウリの目がきらきらと輝いていく。 

 彼のレベルはユーナが思った以上に低かった。

 でもアウリのやる気は衰えるどころか、どんどん燃え上がっているようだ。


「おれ、頑張ります!」

「その意気だよ!」

「ところで、グリーンベアーはどうしますか? 解体して、あの、持っていきますか? かなりすごい値段になると思いますけど……」

「……お金になるの? えっ、ドラ子? 私たち解体とかしたことないよね?」

「私はそういった細かい作業が苦手ですので、やりません。私は基本的に討伐依頼の褒賞を受けとるだけで稼いでいます」

「あ、そう……」


 ユーナは未練たっぷりにグリーンベアーを見つめた。 

 お金になると言われると、むごたらしい姿でもありがたい存在に見えてくるから不思議である。

 ユーナは非常に金欠なのだ。


「いや……でも私たちは、先を急いでいるんだし!」

「そ、そうですよね……も、勿体ないですけど……」

「次はもっと経験値の高いモンスターでお願い、ドラ子!」

「かしこまりました。それでは、雑魚は避けてまいりましょう」


 ユーナは自分と同じく未練たらたらのアウリを抱えると、ドラ子と共に更なるモンスターを求めて西の森を走った。

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