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まずは夢じゃないと気づくこと

 パワハラ上司に死にたくなるほど蔑まれて、吐き気を堪えて古びたマンションに帰ってきて。

 鍵を閉めるや否やすがりつくように震える指でゲームを起動した。

 それは優奈にとって世界の全て。

 ゲームの名を、ファンタジーオブルルーフィアと言った。


 その日はファンタジーオブルルーフィアのサービス終了日。

 終わらないでと強く強く願いながらも、優奈はいつも通りにプレイしていた。


 困っているアイコンの出ている村人に声をかけ、クエストを受注し依頼をこなす。

 転職のために必要なクエストをこなし、達成して、報告する。

 帰宅した時刻は21時で、残業を放り捨てていつもよりなんとか早めに帰宅して、ゲームのサービス終了時刻である23時59分まで、名残を惜しむようにしてゲームを楽しむはずだった。


 いつ寝たのか覚えていない。

 ゲームが終了するまで、見届けた覚えもない。

 きっと寝落ちたのだろう。


 そして、優奈は夢を見ているに違いなかった。

 

 中世を舞台にしたような煉瓦や石畳のお菓子のような町の路傍で目が覚めたのだ。

 きっとゲームの世界だろう。優奈は最後に幸せな夢を見ているのだと思った。


 馬車に轢かれかけていた女の子に声をかけ、クエストだろうから助けてあげた。

 どうやら女の子は病気らしく動けないので、家まで送ったらご家族に大変感謝された。


 優奈は夢見心地で過ごした。

 どうかこの夢が覚めないでと願っていた。


 でも、気づいた時、優奈は奇妙なトラブル(クエスト)に巻き込まれていた。


「薄汚い女だな。やせっぽちの醜女め!」


 罵倒を浴びせかけてくる男が恐い。

 この青年は、この町で二番目に偉い人らしい。一番偉い人はどこにいるの?


「妙な恰好をしやがって、どこから来た?」 


 どこから? 日本から。

 そもそも、ここは夢の中だから、現実世界と言った方が正しいのだろうか……?

 ドッと現実感が襲ってきて、優奈は気分が悪かった。


 ここは優奈の夢の中。そうに違いないのに。


(どうしてこうなっちゃったんだろう……)


 遠い目をしている優奈に構うことなく、優奈を鋭い目で睨みつけている男は口を開いた。


「お前が馬車の前に飛び出してきたっていう女だよな。おい、返事をしろ!」


 一人だけソファに座っていた偉そうな青年は、居丈高に確かめようとする。

 じろじろと優奈を眺めるその視線が不愉快だった。

 威圧的な男は嫌いだ。そんなの、現実世界でたくさんだ。


 このクエストは嫌いだ。すぐにキャンセルして、他のクエストに移りたい。

 優奈はちらりと後ろを振り返った。

 部屋の出入り口には兵士のような槍を手にした男が二人も立っている。

 偉そうな男の問答に答えずには、優奈をここから出してはくれないだろう。


「スピ病で倒れていたルルの花亭の娘の介抱のために、やむなくですよ」


 答えない優奈の代わりに、隣に立っていた兵士長イヴァールが口を挟んだ。

 門の近くに立っていて、聞くと何でも答えてくれるゲームの案内役だ。

 ……案内役、でいいはずだけれど、彼はまるで高性能のAIのように滑らかに優奈の言葉に応えていた。


 そして今、優奈の行動を問題視する男と滑らかに会話をしている。


「しかも――彼女はその患者の病に感染してしまったのです」


 イヴァールは言った。

 優奈には何らかの病のデバフがついているらしい。

 病気で倒れていた少女を介抱したら感染してしまったのだ。

 デバフの名を『スピ病』という。知らないデバフだった。そして、特に効力を感じないデバフだ。

 いくらリアルな夢とはいえ、苦しい思いや痛い目はカットされる仕様なのかもしれない。


(……こんなにリアルなのに?)


 優奈は自分の手の甲を見つめた。


「光った……」


 優奈の右手の甲の血管が、青白く光った。

 身体の中で海蛍が泳いでいるかのようだった。肌が青白く見え、美しさすら感じた。

 スピ病(デバフ)の証しはそれくらいで、具合の悪さを感じることもなかった。

 夢ならではの現象で、現実味はあまりない。


 けれど不機嫌そうなナンバー2の青年の顔ばかりが不愉快なほどにリアルだった。

 青年は、優奈の身体に表れるスピ病(デバフ)の印であるその光を見て、労るどころか心底嫌そうな顔をした。


「病魔に襲われているからって、俺様の取引をぶち壊していいっていう理由にはならないよなあ!」


 恫喝してくるのが嫌だった。

 ゲームの中でこんな思いをしなくちゃいけないなんて。


「病気なら許してもらえるとでも思って伝染してきたのかよ?」

「好きで病気になったわけがないじゃないですか!」

「ああっ!? 今、口ごたえしたのか、お前!?」

「ヤッコブ様! どうか落ち着いてください。君も言葉が過ぎているぞ!」


 イヴァールに取りなしを任せて優奈は口を噤んだ。

 けれどヤッコブと呼ばれた男の方は違った。

 口角に唾をして喚いていた。

 反論されるだなんて夢にも思っていなかったらしい。

 その顔を見て、優奈はストレス社会で溜めてきた日頃の溜飲が下がるような気がした。


 この子どものように喚き散らしている男だけれど。

 この夢の世界で、町の副市長を務める、商業ギルドの長で、科学者ギルドの長なのだという。

 ご大層な肩書きが勢揃いで、つまり偉い人というわけだ。

 ヤッコブがいるという市役所へ来る途中、イヴァールが優奈に教えてくれた。

 そんな相手に対して、優奈ははっきりと言ってやったのである。


(現実ではできないんだし、夢でくらいいいよね……はー、すっきり!)


 胸がすくような気持ちになった。

 ちゃんと言い返すことさえできるのなら、それほどストレスも溜まらないものだ。

 でも、ヤッコブの方は収まらなかった。

 彼は煽るようにまくし立てた。


「でかい取引だったってのに、何もかもおしまいなんだが? これで俺様が本部から不興を買っちまったらどう責任を取ってくれるんだ? もうこの町に物資が送られて来なくなるかもしれないなあ……そうなったら困るのは俺様か? それともこの町の住民全員か!?」


 どうやら彼は優奈を脅しているらしい。

 けれど、夢を見ているだけの優奈に言われても、という感じである。


(ああ……髪の毛が青い)


 視界の端に見える、自分の髪の毛を見て優奈は嘆息した。

 自分の髪の毛は今、ゲームの中で使っていた、優奈のアバターと同じ色をしていた。

 衣装アバターにしても、ゲームの中で着せていた覚えのある制服だった。

 とっくに社会人になっている自分が高校生の着るような制服を着ているという現実については置いといて、優奈はゲームの世界を鮮やかに描き出した夢に心底うっとりとしていた。


 女神ルルーフィアの導きによって、この世界に女神の旅人たちが降り立った。

 それがプレイヤーだ。つまりは優奈たちだった。

 ゲームの収益が悪かったのか、旅は永遠に打ち切られた。

 

 二度とこの世界には戻れないと思うと、死にたくなるほど辛かった。

 このゲームが神ゲーだったというわけじゃない。

 でも、辛い毎日のよすがにしていた。

 昨晩の優奈は明日からどうやって生きていけばいいのかわからないほど辛かった。


 そんな優奈の嘆きを神様が聞き届けてくれたかのように、緻密なところまで鮮明な夢だった。


「お前が荷物をおじゃんにしたせいで、俺様は商業ギルドの本部から睨まれるというわけだ。だから本部からこの町に供給される荷物の総量が減るわけだ。今日からでも俺様のギルドが取り扱う物資の値段は上がるだろう!」


 せっかくいい夢を見ているのに、優奈の目の前にいる青年はまだ怒っている。

 彼がこんなにも怒っているのは、一応理由がある。

 ただ優奈は、かなり言いがかりじみた理由だと思っていた。

 

 ふらふら散策していた優奈は、道の真ん中で倒れている少女を見つけたのだ。

 つまり、クエストだ。

 少女を助けようと介抱した。

 そうしたら、そこへ馬車が突っ込んできたのだ。


 馭者は止めるどころか、避けようともしていなかった、と優奈は思う。

 優奈たちを轢き殺してでも、まっすぐ進もうとしていたのである。


 馬車が優奈たちを轢き殺しかけたその時、問題が起きた。

 馭者が操作を誤ったのか、馬が足をもつれさせたのか――あるいは良心が咎めたのかもしれない。

 

 優奈に軽い衝撃を与えた直後、馬車は勝手に横転していた。

 そのせいでで積み荷が全部ダメになったらしい。

 その積み荷の持ち主である商業ギルドの長として、このヤッコブは怒り狂っているのである。

 彼の言い分では、優奈が馬車を転がしたことになっている。


(馬車にぶつかって無傷なわけないでしょ!? なんて理不尽な……)


 怒鳴りつけてやりたい気持ちを優奈はぐっと我慢した。

 こうも理不尽に怒鳴りつけられると、馬に踏まれかけた優奈の方が慰謝料を請求したくなる。


 でも、そういう展開じゃなさそうだった。

 これは恐らくクエストなのだ。

 現実のように鮮明で、選択肢がないからはっきりとはわからないけれど、理不尽すぎて優奈にはある確信が湧いていた。


(つまり、この男とはいずれ敵対することになるはず)


 ものすごい憎まれ役ぶりだった。

 言葉の一言一言が叩きつけるようで憎たらしくて、人を人とも思わない態度だ。

 世界が彼を倒せと言っている。でも、今じゃないだろう。


 そんなことを思っていると、兵士長イヴァールが声をあげた。


「ヤッコブ様、冬になったら、町は雪で閉ざされてしまいます。十分な蓄えのない人々にとっては、商業ギルドで購入できなければ、死ぬしかないではありませんか! どうぞご容赦くださいませ……!」

「いいや、許せないね。全部が全部、この女のせいというわけだ」


 ヤッコブが何を言っているのか、優奈には意味がわからない。

 けれどイヴァールには理解できたのか、何故か顔を青ざめさせた。


「何もかも、この女が全部悪いんだ! この冬、食糧が買えずに誰かが飢え死にしたとしても、薬が買えずに病で死ぬにしても、何もかもこの女のせいなんだ! 恨むならこの女を恨むんだな!」


 ヤッコブはユーナを指をさして罵っている。

 どうしてそんなに怒っているのかわからない――と優奈としては言いたいところだったが、薄々理解した。

 彼は、優奈が口答えしたということが、何が何でも気に食わないらしい。


 自分の口答えがもたらした結果に、優奈はドン引きしてしまった。

 好きで病気になったわけではない、と言っただけである。

 日頃の体調管理がなっていないからだ! 程度の返しを予想していた。

 それだって、十分に理不尽だと優奈は思っている。


 しかし、理不尽のレベルが日本社会とは段違いだった。

 

「ヤッコブ様……彼女もスピ病に罹患しておりますし、どうか寛大なお心でお許しいただくことはできませんでしょうか?」


 イヴァールは青い顔のまま、下手に出て懇願する。

 彼の言う通り、優奈はスピ病という病気(デバフ)にかかってしまっている。

 とても感染力の強い病で、幼い頃なら軽症で済むが、大人になってからかかると重態化しやすいらしい。

 そういう設定のデバフなのだろう。

 何らかのクエストだと思う。

 みんなの病気を治すために、きっと解決策を見出さなくちゃいけないのだ。


(私もかかっているけど……まさか時間制限ありとかじゃないよね?)


 時間制限のあるクエストはあったけれど、時間内にクエストクリアしないと死ぬなんてクエストはなかったと思う。

 けれど、優奈も全てのクエストを知っているわけじゃない。

 優奈はプレイ時間が長いだけのエンジョイ勢だ。


 制服の、袖の白く薄い生地の下で、二の腕が肌が強く青白い光を帯びる。

 外が暗くなってきたために、優奈の肌全体が淡く光っているのがよくわかる。

 肌が光る麻疹のようなものだと優奈は解釈している。


 優奈の肌に光る病の印を見て、ヤッコブは寛大になるどころかまた鼻で笑った。

 人間性が屑だと全力で表現してくれているおかげで、選択肢のないリアルなゲームにおいても倒すべき敵だということがよくわかる。


「あの馬車の主な荷物は、ポーションだ! 下賎なお前たちのような庶民じゃ、生涯お目にかかれないような莫大な金をかけて手に入れた代物だったんだ」


 ヤッコブは、馬鹿にはわからないだろうという口調で、噛んで含めるように言った。

 しかし優奈としては理解しがたかった。馬鹿だからわからなかったわけではない。


 ポーションの値段は、ゲームの中で500ルピスくらいだった。

 大した価格じゃない。どんなゲームだって一番最小の回復薬というのは安く手に入るものだ。

 彼の口ぶりは大袈裟すぎる。きっとふっかけようとしているのだろう。


 ……ただ、たいしたことはないとはいえ、今の優奈は間違いなく無一文なのである。

 弁償しろと言われても、ない袖は振れない。

 そもそも弁償をする必要があるとも思っていない。


「お前がランクの高い冒険者だとか、商業ギルドに伝手があるとか、親が金持ちだとか言うんだったら、そちらに借金の肩代わりを依頼するんだが……そんな伝手があるならお前らの方から初めに申し出ているよなあ?」


 獲物をいたぶる猫のように酷薄さの滲む目をして、ヤッコブは笑った。

 どうも、優奈に賠償責任があるという話を押し通すつもりのようである。

 全く理解しがたい話だ。

 一体こんな馬鹿げた言いがかりで、どんな法が執行されるというのだろうか?


 そろそろ彼の演説にも飽きてきて、優奈はここから出て行きたかった。

 どうしたら出ることができるだろう?

 改めて見ると、悪趣味な部屋だ。

 ヤッコブが私室のように使っている部屋なのだろう。役所と聞いて優奈が思い浮かべるイメージとは全く違う。

 床には高価そうな絨毯が敷かれ、壁には絵がいくつも飾られている。

 その絨毯の縁も絵の額も、ギラギラとした金色がいたるところに配色されている。

 金鍍金らしく、よく見ると金がはげているところがいくつもあった。


「おい、何よそ見をしてんだよ?」


 せっかくゲームの夢を見ているのだ。

 優奈はミニフレンド、略してミニフレに会いたかった。

 目が覚めた時、優奈はアバターと同じ青い髪、アバターと同じ制服を身につけていた。

 だからすぐに、ゲームの中にいる夢を見ているのだと気づけた。

 

 だからクエストをこなしながら、課金で手に入れた可愛い優奈の相棒――ミニフレを朝から探していた。

 けれど、中々見つからないうちに貴重な夢の時間がどうでもいい人のせいで消費されている。

 カルシウムの足りていない男の相手をしている時間はない。

 後何時間この夢を見ていられるだろう? 


(あと何時間、目を覚まさずにいられるだろう……)


 せっかくファンタジーオブルルーフィアの夢を見ているのに、と優奈が唇を噛みしめると、ヤッコブはせせら笑いながら言う。


「どうして例年より物資の値段が高いんだ? と聞かれたら、俺様はこう答える。品薄だからさってな。何故品薄なのかって聞かれたらこう答えよう。馬鹿な女が荷物をめちゃくちゃにしてくれた上に弁償も拒んでいるからだ、ってな。お前の似顔絵を描かせて掲示板に張り出そうじゃないか。誰が悪いのか、みんな、はっきりと理解できるように」


 ヤッコブの言葉を、優奈はうるさいなあと思いながら聞き流した。

 ゲームの中で、自分が作った農園が見たかった。

 牧場で草を食む、家畜たちを眺めたいし、やっぱり何よりミニフレたちに会いたかった。

 

 特に一番初めに優奈のところへきてくれた人型のミニフレについては溺愛していた。

 ステータスの基礎ポイントを上げるアイテムがあれば、全てをその子につぎ込んできた。


 ミニフレを複数所持している場合、はしばらく放置すると家出をするというシステムがある。

 けれど、一番懐いている子だけは優奈の元に留まってくれる。

 そして家出をした他のペットたちのところへ案内してくれるのだけれども。

 ――最初に来てくれたその子だけは、一度も家出をしたことがなかった。


(まあスタメンだったからね……ドラ子ちゃん)


 ドラキュラのミニフレだったので、名付けてドラ子。

 ドラキュラ要素はフレーバーの、見た目が可愛い優奈の火力だった。


 ちなみに優菜がやっていた他のペット育成ゲームにおける犬の名前はイヌ子だし猫の場合の名づけはネ子である。


「わからないのか……? ヤッコブ様のお怒りを解くために、必死になる者が出るかもしれないんだぞ」


 優奈がぼんやりして見えたのか、イヴァールが彼女に耳打ちした。

 優奈がどういう意味かわからずにいたら、ヤッコブもまた嘲笑いながら言った。


「それじゃわからないんじゃないか? この女、愚鈍そうな顔つきをしているしな――俺様の怒りを解こうとお前をぶち殺そうとするやつがわらわら出てくるだろう。お前、嬲り殺しにされるだろうなあ」


 ヤッコブは心底おかしそうに笑っている。優奈は彼の正気を疑った。

 人が死ぬかもしれない状況を喜ぶなんて、信じられない。

 やっぱり彼は悪人の中の悪人だ。きっと彼を打つべしというクエストが出てくるはずだ。

 むしろ、もう出ているのかもしれない。


(でも流石に、このリアルな夢で殺人は無理……私、どうしたら……?)


 ヤッコブは、何かを求めるような目をしてじっと優奈を見つめる。

 どうも彼は、優奈が泣いて縋って謝るのを期待しているらしかった。

 そのために先程から、優奈の恐怖や、罪悪感を煽るような言い方を繰り返しているのだろう。

 冷たい被虐的な光がその双眸に宿っている。


 ――せっかく大好きなゲームの夢を見ているのに。

 なんて、胸糞悪い気分にさせてくれるのだろう。こんな人は夢に出てくれなくてよかったのに。

 胸がムカムカして、気づいたら優奈はヤッコブを睨んでいた。

 彼は、そんな優奈の反応に己の心を決めたらしかった。


「俺様が身銭を削って上にかけあえば、どうにか市民に負担をかけずに済むかもしれない……しかし、やる気にならないんだよなあ」


 首を音を立てて鳴らしてから、ヤッコブは優奈を冷酷な目で見据えた。


「お前、今すぐウッズの町から出て行け」

「ヤッコブ様!? 彼女はスピ病だとお伝えしたはず!」

「ああ、聞いたけどなイヴァール? けどなあ、金も払えない、償う気もない、商業ギルドの馬車の通行を阻んだことを申し訳ないとも思っていない――こんな女ごと町を守らなきゃならないってのは、どうも理屈が合わないように思うんだ」


 彼は優奈を見下して間を置いた。

 最後のチャンスだと言われているようだと、ピンと来た。


 彼に謝って、許してもらえるように努力するなら、これが最後の機会だろう。

 しかし優奈は少しも謝る気はなかった。夢の中でまで権力者に媚びへつらうのはごめんである。

 むっとするまま、感情のままに、優奈理屈で言い返した。


「あなただって、私たちを轢き殺そうとしたのを申し訳ないと思ってないですよね!」

「君は黙っていなさい!」


 優奈の言葉に、隣にいたイヴァールが目を剥いて叫んだ。

 ヤッコブは不気味な沈黙を保ち、冷たい目で優奈とイヴァールを見比べた。


 その沈黙の取り方はやたらと技巧的で、優奈は次第に恐くなってきた。

 夢の中のはずなのに、どうしてこうもリアルなのだろう?


 得体の知れない反応に、優奈の中で不安が膨れ上がっていく。

 不安が最高潮に達した時、ヤッコブは淡々とした口調でイヴァールに命じた。


「兵士長、この女を今すぐこの町から追い出せ」

「でっ、ですが」

「言葉を返すな。もううんざりだ。治安のために女一人つまみ出せないなら、南門の兵士たちは無能ということになる。全員クビにして新しく入れ替えるか?」

「そ、それは――」

「天秤にかけるまでもないだろう! これ以上、問答させるならお前たち兵士の来年の予算を減らそうか? 町中の兵士たちに恨まれたいか?」


 イヴァールは反論することができず、唇を噛んだ。

 彼は優奈を見下ろして、悲しげな眼をした。

 それは完全に優奈を追い出すことを決めた目だった。

 ――けれど、優奈は別に構わなかった。


 だってこれは、夢なのだ。

 馬車に弾かれかけ、病気になって、言いがかりで町から追い出されようとも――全てが大したことじゃない。


「ふん、今更泣きわめいても、遅いからな」


 泣くつもりも喚くつもりもない。勿論、悪くもないのに謝罪するつもりなんてない。

 ヤッコブを見ているのが不愉快だった。

 優奈があからさまに顔を背けると、「――せいぜい後悔しろ」と彼は気分を害した声で囁いた。


(夢の中で泣いて縋って謝る方が、起きた時に後悔しそうだよ)


 優奈はヤッコブのいる部屋から出ていくことにした。

 今度は誰にも咎められない。これ幸いと、さっさと優奈は廊下に出て、窓の外を見た。


 外はだんだん暗くなってきている。もうすぐ夜になるらしい。

 まだ夢から覚める気配がないから、もしかして町の外で野宿する夢も見ることになるかもしれない。


 ――優奈は悪いこと一つしていない。

 けれど、とりあえず唯々諾々と、町の外に追い出されてしまうことにした。


 これは夢なのだから構わないよね、と思いながら。


久しぶりに小説家になろうで連載してみたかったので書きました。

明るいお話を!書く!

キーワードは決意の表れです。


7/5:思いきり改稿しました。

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