親子の身支度
「ん…。」
心地よい朝日を浴びてゆっくりと目を開く…なんて言いたいところだけど、あいにく分厚いカーテンを閉めてるから部屋は真っ暗だ。それでも俺は朝には割と強い方だから、七時ごろになれば自然と目が覚める。昨日は未来からやってきたファザコン息子に振り回されて大変だった。夢か何かだと思いたいけどごあいにくさま、どうやら現実だったらしい。
俺の体にぎゅっと抱きつく細腕、すうすうと心地よさそうな寝息。それは俺の隣に誰かいることの何よりの証明で…。ゆるりと首を回せば案の定、人影がぼんやりと映り込む。
「おい玄輝。」
「どうしたの?」
面白くなさそうに呼び捨てた瞬間、声変わりの最中の、幼さの奥に男らしさを宿したを声が甘く囁いてきた。この反応の速さ…。これはもしかしなくても――
「いつから起きてた?」
むすりとしながら問いただす。
「ん~…。三、四十分は経ってるんじゃない?」
「別に勝手に起きてくれてよかったんだぞ。顔洗うなり着替えるなり…。」
「いーのいーの。こうやってパパにぎゅうってしてられたから。」
朝イチから早速安定のファザコンぶりを披露してくれる息子くん。裸眼な上に部屋の照明も落としてるから表情なんて全く見えないけど、どうせあのうっとりした、無駄に絵になる笑顔でも浮かべてんだろう。
「それにパパの甘い匂いも堪能できたし。」
「どいて。コンタクトしに行く。」
嬉しそうにますますギュッと密着してくる息子くんを、俺はすげなく払いのける。幾分面白くなさそうにしながらも、玄輝はすごすごとベッドからどいてくれた。さて、洗面所に行こうと思って体を起こしたそのとき、真っ暗だった部屋が一瞬のうちに白い明かりに照らされた。
「これでまだちょっとは見えるでしょ?」
「…ありがとう。」
俺はぼそりと呟いて部屋を出た。細かな気遣いに嬉しさを覚えたのは、ここだけの話だ。
―――――
「パパおかえり~!」
部屋に入るや否や俺に飛びついてくる玄輝。そして俺の肩に頭を埋めながらさり気なくクンクンと鼻を鳴らす。
「何やってんの…?」
「いや、パパってほんといい匂いするよなあって。」
「やめろ気持ち悪い。」
「花みたいにほんのり甘い匂いする。やっぱり名前が椿だからかな?」
「関係ないから。」
玄輝が身体を密着させればさせるほどに俺もまた玄輝の匂いにあてられる。そして、彼の匂いに俺はみるみる毒気を抜かれてしまう。言葉では拒絶しながらも体は玄輝のアプローチをすんなり受け入れてしまう。自分と歳の変わらない少年を憎む気持ちにはなれない。自分の遺伝子を受け継ぐ子どもを守りたいという生物の本能の現れかもしれない。いやはや、生物の本能とはめんどくさいことこの上ない。
「それでパパ、学校は?」
「いや、今は夏休みだよ。」
「じゃあ今日は一日中家?」
「だね。明日とかは部活で学校行くけど…。」
「そっかあ…。」
うんうんと玄輝は首をゆっくりと縦に振る。
「じゃあパパ、そこに立ってて。」
「えっ?」
「いいから。」
玄輝はウインクして、そのまま洋服ダンスの物色を開始する。
「一日中家なら長袖じゃなくてもいいよね…。」
「な、なに…?」
「これなんかいいんじゃないかな?あ、でもこっちも捨てがたい…。」
俺の言葉を右から左に流しながら、玄輝はわくわくと服を漁っている。
「…うん。これなんかどうかな。」
そう言って差し出されたのは膝下近くまでの長さの濃紺色のパンツと、黒色のタンクトップ。
「ね、ね、着てみてよ。」
別に服にこだわりはないから出されたらなんだって着るよ。俺は着替え中に変なちょっかいをかけないよう釘を刺し、するすると着替える。
「おお…これはなかなか…!」
玄輝は俺を上から下までなぞるように丸くした目で見回しながら、感嘆の声を漏らす。
「パパは白系も黒系も似合うと思うけど、僕は黒い服の方が好きだな~。」
別に俺は何が似合おうが似合うまいが知ったこっちゃないんだけどなあ…。でも、せっかく選んでもらった手前、それを言うわけにもいかない。
「んじゃ、僕も着替えようかな~っと。」
よく見ればちゃっかり自分の着替えも選んでいたみたいで、俺の目の前で恥ずかしげもなくするする着替えていく。サッカーをしてるだけあって体は程よく筋肉が付いている。特に脚は、見るからに筋肉量がものすごくて触れれば堅そうだった。…いや、わざわざ触りにいったりなんてしないけど。
玄輝は俺とは対照的に薄い色の服をチョイスしていた。薄水色のハーフパンツに白のTシャツ。夏らしくて涼やかな服装だった。そして、白っぽい服装のおかげで艶やかな黒髪が目立つ。みんなと同じ黒い髪。いや、人よりもさらさらで綺麗な黒い髪。部屋の照明の当たり方のおかげでますますツヤツヤに見える。羨ましい限りの黒い髪。
「あれ?もしかしてパパ、僕に惚れ直した?」
いや、そもそも惚れてなんかないから。…多分。
「椿~!玄輝く~ん!ご飯できたよ~!!」
キッチンから母さんの声が聞こえてきたのはちょうどそのときだった。
服のセンスが来い。




