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親子の夜①

「え、えっとね…。俺の友達ではく…ハクヤくんっていうんだ。ハクヤハルキくん。」

 俺たちはリビングに集まっていた。俺の右隣に玄輝。目の前に父さん。そして、斜向かいに母さんという並びだ。リビングはクーラーがガンガンに効いているというのに、俺は嫌な汗が止まらなかった。

「玄輝くんは家庭の都合で一週間ほど家にいれなくなったらしくて…その…うちで一週間ほど面倒見てほしいんだ。」

 おそるおそるとばかりに父さんたちの顔色を窺う。真顔で俺たちの顔をじっと凝視している。

「ふむ…。」

 煮え切らななそうな父さんの呟きに、俺は思わず身を乗り出した。

「ねえ、頼むよ!玄輝くん困ってるみたいでさ…。なんなら俺の部屋使わせるし!父さんや母さんに迷惑かけないから…!」

 ここでダメと言われたらいよいよ打つ手がない。頼む。頼むからいいと言ってくれ…!

「父さんは別にいいよ。母さんは?」

「私も全然構わないんだけど…。」

「けど?」

 俺は目を見開いておそるおそる母さんの出方を静かに見守る。

「玄輝くん…だったかしら?あなた、演劇部の子じゃないわよね?」

「は、はい…。」

「椿が演劇部以外の子をうちに連れてくるのって珍しくてね。ちゃんと演劇部以外の友達もいたんだなってホッとしてるの。」

 そう言って母さんは目を輝かせて玄輝に微笑む。

「あ、ごめんなさいね変なこと言って。私たちに遠慮せず、ゆっくりしていってね。」

「ああ…ありがとうございますっ!」

 玄輝は喜びを露わにしながら深々と頭を下げた。…ふう。これでまずは一安心。俺は密かに胸をなでおろす。

「あと玄輝くん、うちには使ってない部屋もあるから椿の部屋じゃなくても…」

「いえ、大丈夫です。せっかくなんで、椿くんの部屋で一緒に過ごしたいです。」

 俺は顔が引きつらせた。ニコニコと憎々しいまでの綺麗な笑顔を浮かべる玄輝を横目でそっと覗き込む。

「そうね。せっかくだからお友達同士で過ごす方がいいわよね。もし窮屈だったらいつでも言ってね。」

「いえいえお構いなく。」

「椿、くれぐれも迷惑かけちゃダメよ。」

「う、うん…。」

 おいおいマジかよ!玄輝は品の良さそうなお坊ちゃんみたいな笑顔を浮かべている。

『パパ綺麗だよ。』

 うっすら頬を朱に染めて、くりんとした瞳で俺を覗き込んできた玄輝の笑顔が脳裏をよぎり、思わず身震いした。よくもまあこの変態ファザコンくんは、こうも礼儀正しくて汚いことなんて知りませんって顔できるもんだ。俺は密かに右隣のペテン師をねめつけた。

「玄輝くん、代わりにと言ったらなんだけど…これからも椿のこと、よろしくね。」

「はい!」

「じゃあ椿、部屋に案内してやれ。」

「は、は~い…。」

 俺は誠意のない返事をして、玄輝を伴って自分の部屋に戻った。


―――――


「パパ~。嘘下手すぎ。」

 玄輝はどっかりと部屋の中央であぐらをかいて俺を見上げていた。

「そりゃあ確かにさ、僕が未来からやってきたパパの息子だなんて言っても信じてもらえないだろうけどさあ。」

 不平を零す玄輝のくりんとした大きな瞳が、照明を反射してきらきら光っている。

「大体、ハクヤくんってなんだよ。ハクアの一文字変えただけじゃん。適当すぎない?」

「うるさいなあ。元はと言えば全部お前のせいだからな!」

 はあ…。早速うるさい。これからこいつと一週間一緒かあ…。想像しただけで胃が痛い。まあ、この部屋はもとから一人で使うにしては広いし、ここに一人入ったところで窮屈さはないんだけど…。そう思いながら部屋を見回したとき、俺の視線はベッドのところで止まった。

「玄輝、何してるの?」

「何って?」

 玄輝は生返事を返す。はっきりとは見えないけど、なにやら俺のベッドの下をまさぐっているらしい。

「なんで俺のベッドの下あさってんだよ。」

「どうせパパも一冊や二冊隠してんじゃないかな~と思って。」

「…あいにく、俺はそういうの持ってないから。」

「え~。隠さなくていいじゃん。同じ男同士なんだしさ~。」

「別に隠してないけど。」

 俺の言葉には耳も傾けず、玄輝は徹底的にそういう本がないか捜索している。俺はずきずきと疼き始めたこめかみをきつく指で押す。

「てかさあ…。父親のそういうところ見るのって…嫌じゃない?」

 少なくとも俺は嫌だ。父親が隠してるそういう本を発掘しようとは思わないし、何かの間違いで発掘してしまったら三日間は気まずい気持ちのまま過ごすことになりそうだし。

「僕は嫌じゃないけど。むしろ、こんな可愛らしい顔してパパもそういうことに興味あるんだなあって思うと興奮する。」

 幼さの奥に男の色気をほのかに漂わせてうっとりと語る玄輝に、俺は絶句するしかなかった。

「そこまで引く?」

 ベッド下の探索をやめて、玄輝は俺のもとににじり寄ってくる。訳が分からないと言いたげに眉根を寄せた顔が無駄に絵になっている。一応美少年なだけのことはある。

「パパって今いくつなの?」

「お前と同じ、十四だよ。」

 さっき学生手帳を見せられたとき、玄輝の学年もちらりと見ていた。俺と同じ中二だった。

「だったら分かるでしょ?そういうことに興味出てくるお年頃だってさ。」

「そこはとりあえず認めてやる。認めてやるけど…。」

 俺は溜息を一つ吐く。

「父親とオープンに喋ろうっていうお前の気は全く以って知れない。」

「ん~…。たまにいるじゃん?いかがわしいことなんて一切知りません聞きたくもありませんって顔してる男子。そういうピュアそうなヤツに下ネタ吹っ掛けるの楽しくない?顔真っ赤にして慌てるところとかさ。」

「その相手がたとえ自分の父親でも?」

「うん!」

 ニコニコしながら即答する玄輝。いや、「うん」じゃねえよ。

「パパってさ、そういう不健全なこと興味ありませんって顔してるもん。今も昔も。だからいじりがいあるっていうかさあ。」

 愉悦を滲ませてくっくっと笑う玄輝。ああこれはもう修復不可能だなと悟ったそのとき、ドアの向こうからトントンと微かな足音が聞こえてきた。

「ど…」

「しっ。」

 突然立ち上がった俺に玄輝が「どうしたのパパ?」と尋ねるよりも先に、俺は口元に人差し指を立てて言葉を制した。おもむろに部屋のドアを開ければ、予想通り母さんが立っていた。

「お風呂沸いたの?」

「ええ。でも、まずは玄輝くんに入ってもらいなさい。」

「お構いなく。僕は最後で大丈夫です。」

「そう。だったら椿、さっさと入りなさい。」

「は~い。」

 キッチンに戻っていく母さんの後ろ姿を確認して、俺はそっと部屋のドアを閉めた。

「もしかして…ばあちゃんの足音聞こえてた?」

 自分の母親を「ばあちゃん」と呼ばれる違和感に気持ち悪さを覚える。こいつのパパ呼びに慣れてしまって、べたべたと度が過ぎる絡み方にばかりに意識が行っていて忘れてしまっていた感覚。…そうだ。この少年は自分の息子なんだ。どこにでもいそうに見えるこの少年は、未来からやってきた俺の息子なんだ。本来交わるべきじゃなかった今の俺とこの少年が、この時この場所を共有している。

 俺は「まあね」と一言だけ答えて、寝巻きを手にして浴室に向かった。


毎週水・日曜日の夕方を目安に更新する予定です。

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