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プロローグ②

 家の鍵を開け、玄関を開ける。今日はいつにも増して扉が重かった。家はいつも通り真っ暗だった。まだ両親が帰ってきていない何よりの証拠。無人という寂しさをかき消すかのように玄関の明かりを点けた。

 俺は手を洗うために入り口からすぐの洗面所に向かった。洗面所の明かりを点けると、俺の顔が鏡にはっきりと浮かび上がる。うなじの近くまで伸びて、耳にもかかった白い髪、血色が浮かんでほんのりピンクに染まった白い肌。陶器のように白い顔や髪の中、垂れ目の中心で爛々とその存在を主張する赤い瞳。俺はこんな自分が嫌いだった。アルビノゆえの白すぎる見た目、紫外線への弱さ、低すぎる視力。このせいでどれだけ周りに迷惑をかけてきたのか分からない。友達がどこかに遊びに行くとき俺が混ざるだけで行ける場所はひどく限られちまうし、見えない文字を代わりに読んでもらうことなんてザラだ。両親にもあれこれ気を遣わせてしまっている。家族旅行に一度も行ったことがないのも、ひとえに俺の体質が原因だろう。なにより、俺が両親や友達と一緒に歩いていると、いつも好奇の視線が飛んでくる。俺に向けられるだけならまだいい。俺と一緒にいるみんなまでねっとりとした視線に絡めとられちまう。今までさんざん奇妙なものを見る目で見られてきたんだ。その視線がどれだけ苦しいか、痛いほどに分かる。そして、俺のせいでみんなまでそんな視線を向けられちまうんだと思うと申し訳なさでいっぱいになる。

 だから俺は恋愛を諦めた。だってそうじゃない?ろくに外にデートに行くこともできないし、こんなのと一緒に歩くだけで道行く人から何を言われるか分かったもんじゃない。大切な人が俺のために面倒ごとに巻き込まれるなんて耐えられない。そう。だから俺は彼女の告白を受け入れられなかった。いい子だって知っているから。いや、いい子だって知っているからこそ俺のために面倒ごとに巻き込みたくなかった。彼女ならもっといい男の子に巡り会えるはずだから。

「はあ…。」

 ダメだ。また彼女のこと思い出しちまった。俺の眼前数センチのところに映った彼女の瞳が、顔が、まざまざと蘇る。そして、俺に近付いてきたときに漂ってきた白百合のような濃厚な甘い香りまで。…いや、やめておこう。思い出すと只管に虚しくなる。恋愛はしないって決意しようが思春期真っ只中のこの体は是非なく異性に敏感に反応してしまう。いつも授業で見えないと困っていたら助けてくれる彼女を、演劇部の練習のときに視力の悪さを咎めることなく優しく寄り添ってくれる彼女を、好きにならないはずもないわけで。本当なら願ったりかなったりのはずの彼女の告白を、この手で退けるのがどれほど悔しかったことか。思い出すだけで胸がちくちくする。そうだ。この話は終わったことだ。今更振り返ってももう遅い。俺は必死に数時間前の部室での光景を頭の隅から追い出そうとする。俺は未練を断ち切るように鏡に目を向けた。

「…ん?」

 なんだろう?鏡の隅の方で何かが動いたような気が…。ダメだ。分からない。一応コンタクトである程度視力矯正してるとはいえ、それでも圧倒的に目が見えないことに変わりはない。しっかり見ようとすれば至近距離まで近づかないとはっきりと目に映らない。鏡の隅の陰に目を凝らしたそのとき。

「うわっ!?」

 突然背後から抱きすくめられた。

「すごい…。本物だ…!」

 その声は一言で表すなら声変わり真っ只中の声。あどけなさを残しながらも徐々に目覚めゆく若々しい雄の性が垣間見える声。家に勝手に上がりこんでいた不法侵入者に背後からきつく抱かれた。俺は身の危険を感じた。今頃アドレナリンが大量分泌されてることだろう。拘束を振りほどこうと両腕を振り上げたそのとき、俺の中に流れる本能が腕の動きをピタリと止めてしまった。

 匂い。密着した体から漂ってくる彼の匂い。スポーツでもやった後なのか、発散していく汗のにおいが濃かった。男の汗の臭いなんて嗅げたもんじゃないけど、なぜか彼の匂いには嫌悪感は全く感じなかった。むしろこのまま抱き入れてしまいたい感覚さえ覚えた。動物が持つ本能の奥深く、未だ目覚めていない箇所をこじ開けられるようだった。彼を懐に優しく受け入れてあげたいと思った。そして、この存在を守るためなら命だって賭けたって構わないとさえ思えるほどだった。

「君は…一体何者なんだ?」

 俺は無意識に呟いていた。

「へえ…。昔はこんな声してたんだね。」

「な、なにを言って…。質問に答えろ…!」

 口ではそういいながら、突拍子もない答えが俺の脳裏に浮かびあがっていた。本当に、本当にふざけた答えが。こんなこと言ったら演劇のやりすぎで虚構と現実の区別がつかなくなったんじゃないかって馬鹿にされるような答えが。

「僕が何者かは別に話してもいいんだけど、果たして信じてもらえるかなあ…?」

 本心で悩んでいるというよりは、面白半分に自問するような口調だった。俺は、普段は飼い主なんて放っておいて気ままに生きてるくせに、いざ暇になればすり寄ってくる飼い猫を思い浮かべた。焦らすような態度に業を煮やして俺は思わず叫んでしまった。

「なんだよ!?『自分は未来から来たあなたの子どもです』とでも言うのか?」

 思わず口から零れた言葉。こんなリアリティの欠片もない空想じみたことを不法侵入者兼変質者に尋ねるだなんて心底どうかしてる。次の瞬間、俺を抱きすくめていた腕がだらりと垂れ下がる。そりゃあそうだよな。こんな突拍子もないこと言われれば誰でもそういう反応――

「…やっぱり、見えるもんなの?」

「はあ?」

「パパ、いつも言ってるよ。『俺は目が悪い代わりによく見えることもあるんだ』って…。」

 ――え?…ってことはおいおいまさか…!俺は目を丸くしてぐるんと勢いよく背後に向き直る。顔や格好はピントが合わなくてよく見えない。かろうじて背丈は俺と同じくらいだということだけ分かる。

「本当に本当に、未来からやってきた俺の息子だっていうのか!?」

 俺は、ぼんやりとした目の前の人影に声を荒らげた。

「そうだよ。」

「『そうだよ』って…。」

 腰が砕けた俺はへなへなとその場にへたり込む。いやいやいやいや、そんなバカなことあってたまるか!!一体何をどうやったら自分の息子が時を越えて俺の眼前にやってくるっていうんだ。それにお前、ついさっき「恋愛はしない」って女の子振って来たところだろ?なのになんでちゃっかり結婚までして子どもまで作ってんだよ将来の自分!!ぐるぐると様々な想いが巡って眩暈がする。自分で言い出しておいてなんだけど、いくらなんでも話が現実離れしすぎてる。俺は目の前の彼に騙されてるんじゃないか?…ってか、騙そうってんならもっとまともな嘘吐けよ。俺の頭は既にオーバーヒートしてさっきからガンガン頭痛がする。俺がふらつく頭を抱えたそのとき、ふわりと彼の匂いが流れてきた。

「大丈夫!?」

 そっと顔を上げると、眼前僅か数センチのところに彼の顔があった。黒い髪、黒い瞳、そして、比較的白目ではあるけど十分健康的な肌の色。アルビノとはかけ離れた彼の外見。

「どう?僕の顔、見える?」

 目、悪いもんね。このくらい近づかないと僕の顔見えないよね。…なんて目の前の少年は呟く。

「う、うん…。」

 俺は言葉を失って、ぼうっと彼の顔に見入っていた。俺の目の前で心配そうな目を向ける少年が、あまりにも綺麗だったから。

「本当に…君は俺の息子なの?」

 本当なら何かしらの抵抗をしてこの謎の少年から逃げるなりなんなりしないといけない場面なのかもしれない。でも、絵に描いたような美少年を前に、俺は毒気を完全に抜かれてしまった。ぱっちりとした瞳、アシンメトリーをかけた艶やかな黒髪、すっきりした鼻。一体どんな遺伝子を掛け合わせたらそんな美形に生まれるのかって思うほどに綺麗な顔立ち。

「疑り深いなあ…。」

 そう言って目の前の美少年は懐から何かを取り出す。

「ほら。」

 彼は手帳らしき何かを開いて、これ見よがしに俺に突きつけた。

「これでパパの息子だってこと、分かるんじゃない?」

 突きつけられたのは彼の生徒手帳だった。顔写真は間違いなく目の前の彼だったし、発行年度も今から26年先、2044年になっている。学生氏名の欄に書かれている名前は「白亜(はくあ)玄輝(はるき)」になっていた。白亜。俺の名字だ。こんな珍しい名字がザラにあるとは思わないし、なんとなれば、学生氏名欄の少し下、保護者氏名欄にはこう書かれていた。

「保護者氏名:白亜(はくあ)椿(つばき)

 白亜椿。これが俺の本名だ。正直言って、俺はこの名前が好きじゃない。女の子に付けるような名前だってこともあるけど、それ以上に名前の垢のイメージがなにより忌々しい。白そのものを表す「白亜」に鮮やかな赤い花「椿」ときた。白い肌と髪に赤い瞳を背負ってしまった俺としては、なんの因果だよと思わずにはいられない。名前を見るだけでどうしようもない虚しさがこみ上げてくる。

「あいにく学校からの帰りにこっちの時代に飛ばされたからさ。これで信じてもらえなかったらもう証拠になるものは…」

「いや、信じるよ。その生徒手帳は俺も持ってるから。…てか、俺と同じ学校にしたんだね。」

「まあね。」

「やっぱり…俺の見た目が原因?」

 胸が締め付けられる感覚を覚えながら目の前の息子に尋ねた。俺や玄輝が通う学校は、私立の中高一貫校だった。俺がこの学校を選んだのは、「外見をいじられるのにうんざりしていたから」。俺の通う学校は、マイノリティとされる生徒を積極的に受け入れている学校で、学校全体が人と違う人間に理解ある雰囲気を持っているところだった。外見のことをとやかく言われるのにうんざりした俺は迷わず中学受験をして今に至るというわけだ。

 玄輝はどこにでもいそうな普通の少年にしか見えない。人と違うことと言えば、人よりも整った顔立ちをしてるというくらいだ。もちろんうちの学校は普通の生徒も受け入れているわけだけど、わざわざそんな学校に入ったってことは…。

「いや。パパたちの話を聞いて、いい学校だなって思って受けただけ。…なに?僕がパパの見た目のことでいじめられてるとでも思った?」

「それは…」

「はあ~。今も昔も、パパはそればっかだね。」

 呆れたような玄輝の態度に俺は思わずむっとする。

「そればっかってなにさ。俺にとっては切実な問題なんだから。」

 俺と一緒に歩くだけで、俺だけじゃなくて一緒にいるみんなまで好奇の目を向けられることは何度も経験してきた。その視線の苦しさを痛いほどに知ってるからこそ、俺はこんな思いを誰にも味わわせたくなかった。俺の息子だって告白されてから僅か数分。人の親の気持ちになんて全く以って成りきれてないわけだけど、それでも俺の外見のせいで目の前にいるこの息子にまで嫌な思いをさせてるんだと思うと耐えられない。

「…まあ、この話はいいよ。」

 玄輝が不満を残しつつも話を断ち切った。玄輝の煮え切らなそうな思いがひしひしと伝わってきて、俺は咄嗟に玄輝から目を逸らした。少し視線を落とすと、玄輝が身に付けている黄色い上下が目に留まった。短いズボンに膝近くまである長いソックス。そして胸元には7の番号か書かれている。

「サッカーやってるんだね。」

「まあね。小学校のときからずっと。」

「よかった…。」

「うん?」

「俺の体質は遺伝してないみたいで。」

 俺は悲しげに笑った。アルビノの体がつらいのは身をもって経験している。俺の息子だという目の前の彼が、そんな思いをせずに済んでいると分かるだけで幾分か救われた気分になる。

「まあ、今みたいにサッカーできなかったんだとしたらつらいけど…。でも、もしもアルビノで生まれてたとしてもパパを憎む気なんてなかったよ。」

 次の瞬間、身を思いっきり抱き寄せられたかと思えば視界いっぱいに黄色が広がった。

「パパの白い肌も髪も綺麗じゃん。」

「え?え?」

 気が付けば俺は玄輝の胸の中にいた。玄輝は俺の長く伸びた髪を堪能するように手で優しく梳いている。

「それに顔も。パパってすっごく美人じゃん。」

「ちょ、ちょっ…!」

 頬に手を掛けられ、頭を上げさせられる。俺の目の前で玄輝はうっとりとした表情を浮かべている。おいおいこの顔…。それに、最初こいつが抱きついてきたときに言ってた一言。まさか…まさか…!

「お前…まさか俺のこと…!」

「うん。パパ大好きだよ。」

 玄輝は淀みない眩しい笑顔を咲かせる。俺は対照的に血の気がすうっと引いていく。お前の言う「好き」ってのはもしかしなくても――

「おいおいおいおい!!やめてくれ気色悪い!!」

「やめない。パパ綺麗だよ。」

「――!!」

 色気づいたように恍惚とする目の前の美少年を前に、背筋がみるみるうちに冷えていく。嘘だろ…。中学生って反抗期のど真ん中じゃねえのか?そんなときによもや父親にアブナイ感情抱くって…。

「おっ、お前さあっ!」

 引きつった声を上げると玄輝はきょとんと首を傾げる。

「ん?どうしたの?」

「お前さ、帰らなくていいのかよ!?元の時代に!!」

「帰れないよ。」

「はあ!?それはどういう――」

「僕をこの時代に飛ばした謎の婆さんだけどさ、『一週間向こうで過ごしてみろ』って言ってたからさ。」

「…マジ?」

「マジ。」

 玄輝は至って真面目な顔で首肯する。

「一週間どこで過ごす予定なのさ?」

「アテなんかあるわけないでしょ。僕はこの時代、生まれてすらいないんだから。」

「カプセルホテル…。」

「中学生が一週間分の宿泊費なんて持ってるわけないでしょ。」

「じゃあお前、どうすんだよ…?」

 俺の心配をよそに余裕そうな笑顔を浮かべる玄輝。

「まさか…!」

 俺は思わず後ずさりした。

「パパ、一週間ここにいさせてよ。」

 玄輝は微笑を浮かべて身を乗り出す。

「じょ、冗談じゃない!!親になんて言えばいいんだよ!!『未来からやってきた俺の息子だから家に置かせて』なんて言えっこないだろ!!」

「そこはうまいことやってよ、パ~パ。」

「ふざけんな!そんなの知るか~!!」

「じゃあ聞くけどさ…他に方法あるの?」

 ガラス玉のようにきらきらした大きな瞳で俺を見上げる。

「…ないです。」

「でしょ?これから一週間、よろしくね~!」

「うわあっ!!おいこの離れろ~!」

「や~だ~!」

 飛びついてきた玄輝にぎゅうぎゅうと抱きしめられる。かくして、未来からやってきた息子(ファザコン・変態・美少年)との一週間が始まった。


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