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玄輝の言葉

 気が付けば日も傾いて、すっかり夕方になっていた。

「じゃあそろそろ終わりにしましょう。」

 部長の一声でみんなは荷物をまとめたりと各々撤退準備をする。

「ハヤちゃん、そっち持って。」

「は~い。」

「あ、テーブルは俺が戻しときますよ。」

「いいのいいの。家使わせてもらったんだからこれくらいするって。」

「ツバちゃんはそっちでゆっくりしててよ。」

 颯とユキさんに言われて仕方なく俺は二人の邪魔にならない部屋の隅っ子に寄る。

「ホントすごいねツバちゃん。主役のヴァンパイア、最高だよ。」

 ほわほわと優しいオーラを振りまきながらにっこり微笑んでくれるのは、ゆきめぐ先輩。

「みんなのおかげですよ。いつも俺のために手助けしてくれて…。」

「そりゃ当然よ。劇はみんなでつくるものなんだから。誰か一人でも欠けたら劇はできないのよ。」

「そうそう。椿は私たちの大切な仲間なんだから。」

 横からぴょこっと真希さんも会話に入ってくる。

「それに…私たちだっていつも白亜に助けてもらっている。自分では気づいてないようだけど。」

 いつも通りの淡々とした部長の言葉。でも、心なしか口角が上がっている気がした。

「椿~!テーブルこんなもんでいい?」

「ん~…。うん。これで大丈夫!」

「それじゃあ私たちはさっさとお暇しましょう。」

 ぞろぞろと玄関に向かうみんなを見送る。

「今日はありがとう。」

「また練習頑張ろうね~!」

「いえいえ~。今日はお疲れ様でした~!」

 みんなに手を振り返して玄関を閉めたそのとき、玄輝がこんなことを呟いた。

「ちゃんとパパにはいたんだね。信頼し合って、支え合える仲間が。」

 どこかしんみりした様子で、一言一言を噛みしめるようだった。

「どうしたんだよ急に。」

「練習風景とか、前後の和気あいあいとした雰囲気とか、パパすっごく楽しそうだった。」

「まあね。今まで生きてきた中でやっと手に入れられた、俺を認めてくれる仲間たちだもん。」

「だったらさ、もっとみんなの気持ちを信じるべきじゃないかな?」

 そう言って微笑する玄輝。でも目はどこか悲しげだった。

「どういうこと?」

「パパってさ、大切な人ほど距離取ってるじゃん。自分に関わると迷惑しか掛けないからって言って。」

 虚を突かれて俺は一瞬戸惑った。

「…だって本当のことだろ。俺は誰かに助けてもらわないと生きられないんだよ。そのくせ誰かと一緒にいたらその人まで好奇の目に晒される。俺がアルビノのせいで。こんなのあんまりじゃないか?父さんにも母さんにも、匠や演劇部のみんなにも。俺は迷惑しか掛けてない。俺は散々助けてもらってるのに!」

「どうして決めつけるの?パパと関わった人がみんな迷惑してるって。僕は父さんのこと迷惑だなんて思ったこと一度もないよ。綺麗で、そして優しくて。いっつも僕に寄り添ってくれる。たったそれだけのことって思うかもしれないけど、それだけで僕は力をもらえるんだ。日差しがダメでなかなか試合見に来てくれないとか、文字が見えづらいから代わりに読んであげるとか、不満に思ったことがないって言ったらさすがにウソになっちゃうけど…。それでもパパが好きなのは、それ以上のものをパパがくれるから。」

「…。」

「パパがちょっと連絡しただけで快く来てくれたタクちゃんも、パパのサポートしてくれる演劇部のみんなも、パパが大好きだからこそだよ。みんなパパに笑顔をもらってるからパパのそばにいてくれるんだ。あれこれ手伝ってあげないといけなくても、珍しいものを見る目を向けられても、そんなの気にならなくなるくらいの笑顔をもらってるんだよ。」

 ぎゅっと玄輝は框の上から俺を抱きしめてくれる。まるで父親に慰めてもらってるみたいだった。

「それさ、人間だったら誰かに助けてもらって当たり前じゃん。誰だって一人じゃ何もできないんだから。だから演劇部のみんなはパパを助けてくれるんだよ。パパがいないと劇はできないから。それはパパがアルビノだから助けてくれるんじゃない。かけがえのない一人の仲間だから助けてくれるんだ。それを変に勘違いされて心を閉ざされたら…正直やり切れないよ。」

 仲間だからこそ助けてくれる…か…。そういえば何日か前、ゆきめぐ先輩も言ってたっけ。気軽に自分たちを頼ってほしい、いつも俺に助けてもらってるって。

 そうだ。どうして俺は当たり前のこと忘れてたんだろう。役者一人じゃ劇はできない。たくさんの仲間と、役者たちを支えてくれる道具係や脚本係がいて初めて劇ができる。支え合いなくして劇なんてできないんだ。

 ようやく見つけた、俺という存在を受け入れてくれる場所。生まれながらに背負ったアルビノを昇華させられる場所。それが嬉しくて嬉しくて、だからこそこの場所を失うことが怖かったんだ。支えてもらってばかりだといつか大切な仲間を、居場所がどこか遠くに行ってしまいそうで。それで俺は弱さを見せないように心を閉ざすようになったんだ。

「おめかししたパパを見たみんなの顔覚えてる?すっごく驚いてて、そして嬉しそうだった。みんなパパの透き通るような髪も、白い肌も、赤い目も全部全部好きだから。キラキラ輝いてるパパを見たいんだよ。自分に自信を持ったパパを、ね。」

 気が付くと、玄輝が温かな黄金色の光に包まれて、輪郭がぼやけていた。

「そっか。もう一週間なんだね。いやあ、あっという間だったなあ。」

 光に包まれた自信を眺めながら、感慨深そうに玄輝は呟く。

「え、じゃあ…。」

「うん。多分…元の時代に戻るんだと思う。ここに来るときもこんな感じだったから。」

 最初は自分にべたべた絡んできてめんどくさいなあと思っていたのに、今になってみると胸の中から大事な何かが抜け落ちるみたいだ。でも、しっかり送り出さないと。それが父親として自分が今やるべきことだ。

「じゃあ…しばらくお別れだね。何年も先の未来で…俺に会いに来てくれると嬉しいな。」

「もちろんだよ。僕…パパが大好きだから。」

 俺に抱きつき、頬をすり寄せる。肌に触れる感覚は温かく、そして儚かった。

「最後の最後で大事なこと教えられちゃったね。父親なのに情けないね。」

「いや。僕もパパに会えていろんなこと教えてもらった。やっぱりパパは…最高のパパだよ。」

 玄輝を包む光が一層眩しくなる。思わず俺は目をつむった。光が消え、俺がようやく目を開けたとき、まるでウソのようにそこには誰かのいた面影すらなかった。

「玄輝…ありがとう。」

 玄輝がいなくなった喪失感はあるけど、それ以上に心が満たされた感じがする。大事な言葉をもらったから。

 人は誰かに助けてもらわないと生きていけない。何も俺だけが特別じゃない。アルビノだとかそうじゃないとか関係ないんだ。俺がやるべきだったのは、迷惑を掛けまいと心を閉ざすことじゃない。俺のために心を開いてくれる誰かに向けて、俺も思いっきり心を開くこと。たくさん助けてもらったって構わない。その分俺も応えてやるだけだ。人よりも支えや協力が必要な俺。そんな俺を受け入れてくれた人の気持ちには真正面から向き合ってやるべきだったんだ。

 俺は部屋に戻るり、携帯を開く。彼女の電話番号を選んで電話をかける。数回のコール音の末、「もしもし?」と聞きなれた声が聞こえてきた。

「もしもし花音さん?俺だよ。椿だよ。」


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