白亜邸にて①
「あ~最高!すっごく似合ってるよパパ~!」
首ったけってこういうのを言うんだろうか。目をキラキラさせて着替え終わった俺を見つめる玄輝の視線が熱い。
「うんうん。やっぱり僕の見立て通り。パパ可愛い~!」
いつものように洋服ダンスから適当に服を引っ掴んで着替えようとしたら、玄輝に止められ、タンスを漁られ、有無を言わさない目でこれを着ろと服を手渡され、仕方なくその服を着て今に至る。
「あのさあ…わざわざオシャレする必要ある?」
「大ありだよ。今日って演劇部のみんな来るんでしょ?」
「そうだよ。」
「だったらしっかりオシャレしないと。ダサい服は絶対ダメ。パパの魅力が霞む。」
「いいじゃん。いつも一緒にいる仲間なんだし。」
「はあ~。これだからパパは…。オシャレして魅力的に…とか思わないの?」
全然。そう答えようとしたときに脳裏をよぎるのは、数日前、玄輝に言われるがままに着替えた自分を鏡に映したときの記憶。嫌いだったはずの白い肌すらも魅力的に映ったあのときの記憶。不覚にも自分にうっとりしたあのときの気持ちが口をつぐませる。
「ほらあ。やっぱり思ってんでしょ?」
「でも、オシャレしたって何したって見世物みたいな目向けられんだよ。俺があまりにも人と違いすぎるから。」
「演劇部のみんなも?パパの友達っていうタクちゃんも?…違うよね。みんなパパのその見た目も中身も全部全部好きなんだよ。なのにパパが自分の見た目嫌って外見のことに投げやりになってたらやりきれないよ。僕だってそんなパパ見るのつらい。」
「…。」
ぱっちりとした玄輝の目は悲しげに揺れていた。目の前の美少年の寂しそうな表情は俺の胸の奥のむき出しの部分を撫で、いたたまれない気持ちでいっぱいになる。そんな俺に助け舟を出すかのようにインターホンが鳴る。
「来たみたいだね。」
「うん…。」
「そんな顔しないで。この世の終わりみたいな顔されたら僕のチョイスが台無しじゃん。ほらほら笑って。みんなを出迎えるんでしょ?」
「そう…だねっ!」
俺は笑った。俺なりにできる精一杯の笑顔だ。それを見た玄輝も満足そうに頷いて、さっさと行こうとせっついてくる。
「おはようございます!」
玄関を開けると雲一つない青空に照らされた世界の中で、いつも俺を支えてくれるかけがえのない仲間たちが佇んでいた。今回集まったのは主要な役者であるゆきめぐ先輩、真希さん、颯、そして花音さん。それに加えて脚本のユキさんと部長の計六人。実際にはもっと演劇部のメンバーはいるけど、人の家での活動ということで、都合のつく最低限の役者だけでやるのが習慣になっている。
「つ、ツバちゃんどうしたのその格好!?」
開口一番にゆきめぐ先輩が素っ頓狂な声をあげた。
「いつものダセえ服どこ行ったんだよ!?」
颯も目を丸くして叫ぶ。
「とりあえず入りましょう。今日は一段と日差しもキツイし。」
俺が紫外線に弱いことを気にしてくれているのか、諫めるように部長が呟く。すると驚いている面々もそれ以上は何も言わず、ぞろぞろと家に入ってきた。
「…で、ツバちゃんどうして珍しくオシャレなんて?」
最後に入ってきた部長が鍵を閉めるのを後目に、ゆきめぐ先輩が興味津々に尋ねてくる。
「もしかして、うちの部で気になる女の子でもできた?」
ぴょんぴょんとその場で跳ねるようなテンションのゆきめぐ先輩の横で颯が露骨に恐怖で顔を歪ませた。
「あ、あの先輩。それダメです。禁句っす。」
蛇に睨まれた蛙のような顔で恐る恐る颯が諫める。まあ、昨日の今日で花音さんとの険悪ムード見てるもんなあ。
「え、マジ!?」
ゆきめぐ先輩は目を丸くして両手を口で覆いながら颯に向き直る。所作の一つ一つがオーバーなのはさすがゆきめぐ先輩。玄関を見やれば、ちらちらとこちらを窺う視線を感じる。顔はハッキリ見えないけど、輪郭や髪型からして花音さんだ。目元もぼやけて見えるけど、少なくとも昨日ほどの露骨な感情は垣間見えない。
「それで白亜。去年みたいに私たちはリビングを使えばいいのかしら?」
「はい…あああっ!!」
「ど、どうした椿?」
「ごめんなさい…。テーブル動かすの忘れてました…。」
やってしまった…。玄輝が服のことごちゃごちゃ言ってくるから忘れていた。練習スペースを確保するためには、どうしてもテーブルを部屋の隅に寄せておく必要があるのだ。
「ああ。それくらい私たちでやるわよ。ショウくんと牧、あなたたちも手伝って。」
「あの…俺もやりますよ…?俺がちゃんと準備できてなかったんですから…。」
「それはあなたの仕事じゃないわ。むしろ一人でテーブル動かす方が効率悪いでしょ。こうして家を貸してもらってるんだから、これくらい私たちがして当然よ。」
部長はいつも通りの話し方でも凄みがある。こう言われてしまうと俺もそれ以上反論はできない。部長と、部長について行くユキさんと颯の背中を半ば煮え切らない気持ちで見送った。
「え…椿がオシャレしてるわけって聞いちゃダメなやつなの?」
普段は真面目で沈着冷静な真希さんが珍しく興味をちらつかせている。
「いや、別に変な意味はないよ。ただ…」
「僕がプロデュースしました~!ってだけですよ。」
俺の後ろから玄輝がひょこっと顔を出す。
「ええと、あなたが椿の従兄弟だっていう…。」
「そうです玄輝です。」
「玄輝くんね。よろしく。私は宮下真希。こっちがゆきめぐ先輩こと初村雪恵先輩。そっちにいるのが石黒花音で…。」
礼儀正しい真希さんは淡々と部員の紹介をしていく。玄輝は適当に相槌を打ちつつも、花音さんのことが気になっているようだった。
「にしてもハルくんいいセンスしてるね~。なんかもうツバちゃんが一段と魅力的で…。ねえ、のんちゃんもそう思うでしょ?」
急に話を振られた花音さんがビクッと大袈裟に反応する。…なんでこの先輩、ピンポイントで地雷踏みぬくんだろ。
「あ、その、ええと…。似合って…似合ってると思います…。」
あわあわと露骨に慌てながら答える花音さん。気まずそうに目を伏せたかと思えば、そっと俺を睨めつける。頬がうっすらと紅く染まってるのは気のせいだろうか。照れ隠しの表情に俺の胸が不覚にも高鳴ってしまう。
「それよりも椿、私たちも上がって大丈夫?」
空気を呼んでくれた真希さんが助け舟を出してくれた。
「もちろん。どうぞ。」
「じゃあ私たちもリビングに行きましょ。テーブル動かすのなんてすぐだし。」
ニヤニヤと花音さんの顔を眺めていたゆきめぐ先輩も不承不承真希さんの言葉に従った。花音さんもまるで俺から逃げるようにぴゅうっと廊下を駆けていった。俺も行こうとしたそのとき、玄輝に服をくいくいと掴まれた。
「何?」
「パパってさ、あの花音って人と付き合ってないの?」
「!!」
口から心臓が飛び出そうとはまさにこのことだろう。変なものが飛び出さないよう口を塞ぐので精一杯だった。
「ど、どうして…。」
「さっきのあの人の反応…絶対パパのこと好きでしょ。」
そ、そりゃあなあ…現に先週告白されたんだし。
「で、正直パパはどうなのパパは?」
うりうりとすり寄りながら興味津々とばかりにぱっちりとした瞳で見つめてくる。
「いやさ、普通に可愛いし優しいし…。男で花音さんが嫌いなヤツっていないんじゃないか?」
「ほうほう。パパもあの人が大好き…と。」
「な、なんだよ勝手に決めつけるなよ。」
「とか言いながら顔真っ赤。今のパパすっごく可愛い顔してるよ。ほらほら認めちゃいなよ~。」
「黙れ黙れ黙れ!…それよりもさ、さっき部長、ユキさんたち呼んでただろ?テーブル動かすために。何か気になったことなかったか?」
「うん?」
玄輝は目をぱちくりとさせて首を傾げる。
「そう言えば、ユキさんだけ名字で呼んでなかったよね。他の人は名字で呼び捨てだったのに…。」
ホッ。どうやらうまく誤魔化せたようだ。
「でもそれって『ユキエ』で呼ぶとややこしいからじゃないの?ゆきめぐさん?の名前も雪恵だし。」
「でもな、うちには牧颯と宮下真希もいるんだ。二人を呼ぶときは普通に牧、宮下って呼んでるぞ。」
「あ、そうか。そう言えばさっきも颯さんのこと『牧』って呼んでたよね。」
「あとな、部員は基本的に部長のこと『部長』って呼んでる。でもユキさんだけは『ナツさん』って呼んでんだ。つまりこれが意味することは…。」
「おやおや。最重要機密を漏らしてしまったようだね。」
どこか色っぽい男性の声に背筋がぞくりとする。恐る恐る振り返るとユキさんがいつも通りの含み笑いを浮かべながら立っていた。
「ユキさん…どうしてここに…。」
「テーブル動かし終わったからツバちゃん呼びに来たの。…でもまさかその話をしてるとは思わなかったなあ。」
「ハハハ…。」
「笑って済む話じゃないかなあ。どうする?オレの秘密を知っちゃったんだ。このままだとハルくん生きて帰れないよ。」
ひいい…!と悲鳴を漏らしながら俺の背中に隠れる玄輝。いつも通りの飄々とした笑顔のままなのが何よりも怖い。細めた目の隙間からどんよりと濁った瞳がちらつく。
「…なあんてね!」
いつの間にかユキさんは満面の笑顔になっていた。いつになく満開の笑顔。
「勘のいい子はみんな知ってることだもん。これくらいで怒ったりしないよ。ただ、怯えるツバちゃんハルくんコンビが見たかったからイジメただけ。」
脱力のあまりその場にへなへなと崩れ落ちそうになった。絶対この人、役者だっていける…。
「明るく美しい白い髪のツバちゃんと、黒く眩しく輝く黒い髪のハルくん。こうしてみると最高のコンビだね。」
最高の…コンビ?予想外に飛んできた言葉が頭の中でぐるぐると巡る。
「じゃあ行こうか。」
微笑むユキさんの言葉で現実に引き戻される。俺たちはユキさんの後についてリビングへと向かった。




