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椿の散髪

 アルビノは色素が薄い分、外に出るときは相応の紫外線対策を余儀なくされる。たとえ今日みたいに炎天下の夏でも長袖長ズボンは当たり前。それでもむき出しになる顔や手には日焼け止めクリームも欠かさず塗る。仕上げにサングラスをかけて目もちゃんと紫外線から守って…とまあこんな感じでちょっと外に出るのにも一苦労だ。特に夏場は服に熱はこもるわ汗で服がべったり張り付いて気持ち悪いわともう散々である。だから俺は外出はあんまり好きじゃない。基本的に家に籠っていることが多い。特に夏場なんかはちょっとコンビニに行くのですら躊躇うほどだ。

 とはいえ人間なら外出を余儀なくされる場面が往々にしてある。伸びすぎた髪というのは首に当たればちくちくするし、目にかかりそうになればイライラする。何より夏場に長髪は暑苦しくてたまったもんじゃない。散髪に行くのすら面倒で騙し騙しなんとかやっていたけど、それももう限界だった。劇の練習で動くたびに目に髪がかかりそうになるのは本当に勘弁してほしい。

「ふう~…。あっつ…。」

 横で額の汗を拭いながら独り言つのは言わずもがな、玄輝である。

「あのさあ…嫌なら帰ってもいいんだぞ。」

「いいじゃん。僕もついて行きたいし。」

 いやはや、さすがと言うべきかなんというか。この息子くんは律儀にも俺の散髪にまで付いてくるというのだ。

「やっぱりパパってすごいよね。」

「何が?」

「このあっつい中、長袖ってヤバくない?」

「着ない方がもっとヤバいことになるからね。」

「そりゃそうだけど…。よく我慢できるね。こんな炎天下で長袖とかやってられないよ。」

「今日はマシな方だよ。玄輝が日傘差してくれてるおかげで。」

「言ったでしょ?差すだけで全然違うって。」

 日傘というのは便利なもので、常に俺たちの歩く方歩く方に影を作れて直射日光を避けられるし、帽子と違って通気性も抜群だ。いつもは日傘なんて差さないからなあ。行きしなに玄輝が提案してくれたときは「おばちゃんじゃあるまいし」なんて言ったけど前言撤回。今度からは差してみよう。…まあ、日傘に入るために玄輝と密着してるからそこは熱いんだけど…って待てよ?これって…。

「なあ玄輝。」

「なあに?」

「もしかしてお前、俺と相合傘狙ってたんじゃないだろうな?」

「あ、バレた?」

 俺が胡乱な目を向けると玄輝は舌をペロリと出してあっさり白状した。これでいちいちツッコんでたらキリがないことをいい加減悟り始めた俺はあえて何も言わないかった。

「あとはパパがどんなとこで髪切ってるのか気になったっていうのもあるけど。」

「え?普通にそこの散髪屋さんだけど。」

「ええっ!?」

 俺が角の建物を指差すと玄輝は素っ頓狂な声をあげた。

「パパ…美容院じゃないの?」

「そうだけど…何か問題でも?」

 仰々しいまでにあんぐりとする玄輝に俺は首を傾げた。

「いやいや…問題しかないよ。」

「どうして?髪短くなったらそれでよくない?」

「はあ…。」

 玄輝はダメだこりゃと言わんばかりのオーバーリアクションで頭を抱えた。そんなこと言われてもなあ…。そもそもオシャレする気なんて更々ないし、第一この肌と髪で美容院行くなんてハードル高すぎる。白すぎる肌や髪のこと話しかけられるなんていい気がしない。それだったら昔父さんに連れられて一緒に来た散髪屋さんの方が気が楽だ。昔からずっと行ってるから変な詮索もされないし。

「すみませ~ん!」

 ドアから下げられているベルがカランカランと音を立てれば、店のおばちゃんが新聞から目を離してこっちを振り向く。

「あらいらっしゃい椿くん。」

 いつものようににこやかに微笑んでくれる。このおばちゃん、いつも愛想がよくて話してるとすごく楽しい。

「今日はお友達も一緒?」

 一瞬何のことかと首を傾げるけど、すぐに思い出した。今日は玄輝と一緒に来てたんだ。振り返れば日傘をたたんだ玄輝がいそいそと店に入ってきていた。「はい。俺の友達の玄輝です。」

 いくら付き合いが長いとはいえ、本当のことを話すわけにもいかない。例によって友達と言って誤魔化すことにする。

「玄輝は俺に付いてきただけなんで。髪切るのは俺だけです。」

「そう。だったら玄輝くんには向こうのソファで待っててもらおうかしらね。椿くんはこっちね。」

 俺はいつものようにシートに通される。

「今日はどうする?」

「ん~いつものように短くしてください。」

 最早お約束になった会話である。しかし――

「だーかーらー!もっとオシャレに気ぃ配ろうよお!」

 待合室から飛んできたのは玄輝の怒鳴り声。

「そう…。やっぱりそうよね。」

 おばちゃんは振り返って寂しそうに微笑(わら)った。

「椿くんね、いつも短くしてしか言わないから気にしてたのよ。中学生にもなったらオシャレな髪型にしてあげたいでしょ?でもおばちゃんね、若い子の髪型ってよく分からなくて…。」

「う~ん…椿だったら少し長めに髪残してふんわりまとめるのがいいと思いますけど…。」

「ねえ、もしよかったらキミ、おばちゃんにいろいろ教えて!あたしよりキミの方がこの子に似合う髪型分かりそうだから!」

「もちろん!いいですよ~。」

 え、ええ…。なんか話がとんでもない方向に行ってるぞ…。俺はただシートの上であんぐりとするより他になかった。


―――――


「あ~可愛いなあ~。」

 家の洗面所で手を洗っている俺の髪を玄輝が幸せそうに眺めていた。鏡を見れば、そこには俺の知らない男の子がそこにいた。程よく伸びた白い髪をふんわりとまとめて、大人しくて清潔感ある髪型だ。男の子が生まれつき持ってる白い肌と髪の長さが相まって、中性的な雰囲気も漂わせている。

「お前さあ…。絶対これお前の趣味だろ。」

 俺は鏡に映る玄輝に吐き捨てるように呟いた。

「なんだって俺がこんな可愛くまとまってんのさ。」

「あ、やっぱり自分でも可愛いと思う?」

「おかげさまで。」

 精一杯の皮肉を込めてやったが玄輝は全く気付く様子もなく、俺の髪をうっとりとしながらいじっている。

「だってパパ、可愛くて綺麗だしそっちの路線で攻めてもいいと思うんだよね~。」

「それはお前が見たいだけだろこの変態。」

「僕だけじゃないよ。ユキさんが言ってたけど、今回のヴァンパイアは大人しそうであどけない感じの男の子のイメージで書いてたって。」

「そういえばそうだったね。登場シーンとか臆病で何もできない男の子だもんね。」

「だからさ、役作りだよ役作り。」

「はいはいそういうことにしといてやる。」

「てかさ、なんだかんだその髪型気に入ってるんじゃない?」

「うるさい。」

 俺は玄輝の言葉を遮るようにぴしゃりと言ってタオルで手の水気を拭った。そりゃあね、自分に似合う髪型になったんなら嬉しくないわけないじゃないか。…それが中性的で可愛らしいっていうのはイマイチ納得いってないけど。


連載を再開します。毎週水・日曜日の夕方頃を目安に更新したいと思います。

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