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玄輝のトラウマ

 二人が遊びに行ってから俺は黙々と台本を読んでいた。何度読んでもユキさんの台本には圧倒される。セリフとト書きだけでありながら登場人物の心情が見事に表現されている。そして演出も見事なものばかり。そんな舞台の主役ともなれば胸が興奮に高鳴る。俺の体質のせいでみんなにはいつも助けてもらってばかり。出番が多くなる今回はなおさらだ。だからこそ、それに見合うだけの演技で返さないと。俺は一人になった部屋で黙々と役作りをしていた。吸血鬼の少年の人となりを思い描き、役に没頭する。ここは俺の部屋じゃない。吸血鬼の少年が住まう館だ。俺は人間の少女に館を案内していた。

「この館を訪れる人間は、キミが最初だ。」

 後ろをついてきていた少女を振り返って俺は微笑んだ。

「キミは本当に美しい。」

 俺は跪き、少女の白く滑らかな手を取る。目の前の少女の美しさに息を飲む。…と、そのとき。

「ちょっとパパ、なんなのその顔?」

 突然飛んできた声変わりただ中の少年の声。今ここにいるのは俺と少女の二人だけ。じゃあこの声は一体…。ぐるぐると数秒間思考を巡らせた末にハッとする。

「お前…いつからそこにいたの?」

 俺は口をへの字に曲げて声の主の方を振り向いた。ぱっちりと綺麗な瞳の少年が唇を尖らせていた。

「割と最初から。パパ、僕にはそんな顔してくれないのに空気に向かってはするんだね。」

 たちまち俺の顔は赤くなる。練習に没頭してる姿を見られたなんて…!

「当たり前だろ。そういう役なんだから。」

「人間の少女に恋したヴァンパイア…だったっけ?ユキさんに台本見せてもらってきたよ。」

 玄輝はにんまりと口元に弧を描きながら、子犬のようにぱっちりとした黒い瞳で俺の顔を覗き込んでいる。

「ついでに女装メイド役のパパの写真も。長い髪も白い肌も黒地のドレスとマッチして最高に可愛かった。」

「やめてくれ…。」

「いつも間近で見て思うんだけど、パパって可愛いよね。抱きしめたくなる。」

 俺は反射的にずりずりと後ずさりした。背筋にとてつもなく冷たいものが走る。玄輝はそんな俺にお構いなしで、両手を頬に当ててうっとりとした表情を浮かべている。

「あのさ…。なんなの?その女子みたいな仕草。あと可愛いだの抱きしめたいだのいちいちキモい。」

「いいじゃん。パパ可愛いんだし。」

 玄輝は恍惚とした表情のまま俺に詰め寄ってくる。こうして近くで見ると改めて整った顔立ちだなと思い知らされる。

「あのなあ…。お前、顔はよくてもその特殊性癖女子にバレたら女子に嫌われるぞ。」

 俺はじとりと目の前の息子の顔を見たどうやったらこんなモデル顔負けの顔ができるんだって思うほどに綺麗な顔。きっと元の時代では女子にモテモテなんだろうな、なんて想像をしてしまう。

「いいよ。だって僕、女子嫌いだし。」

「えっ!?」

 予想外の一言に思わず声が裏返った。女子が嫌いってちょっと待て。この歳なら普通女の子に興味持つんじゃないのか?俺だって女の子が気になってしょうがない。ただ、この体質のせいで付き合ったりっていうのに二の足踏むだけで…。俺が露骨に驚くのにいい気がしなかったのか、玄輝は心なしかむすっとしている。

「これ言うとみんな驚くんだよねえ。せっかくモテそうな美形なのにって。…まあ、だからこそ女子嫌いになったともいえるけど。」

「…何があったのか、聞いてもいい?」

「いいよ。」

 玄輝は顔を曇らせたまま即答した。

「小学校の頃、ものっすごく質の悪い女の子に言い寄られてんだよ。クラスの連絡回したいからって言われて連絡先教えたら最後、毎日毎日ひっきりなしにメール送ってこられた。もううんざりするほどのメールが毎日届いたよ。それにそいつ、クラスで事あるごとに僕の彼女だって言いまわるし…。僕はそのつもり全くなかったんだよ。勝手にその子がそう思ってただけ。いい迷惑だったよ。自分で言うのもなんだけど、僕ってクラスの女子にすっごくモテててさ。僕が好きって女の子はクラスにたくさんいたんだよ。そういう女の子たちが、そのめんどくさい女の子を無視したりいろいろ陰湿なことしだしてね…。そういうの見ちゃったからかな。どうしても女の子がね…怖いんだ。」

 感情を殺すようにして滔々と話す玄輝。まっすぐに俺を見つめる玄輝の瞳はいつも通りの黒色のはずなのに、いつものような輝きがなく、くすんでいた。言葉にしたらなんてことはないことだ。でも、玄輝は言葉では伝わらないほどの怖さを感じたに違いない。

「だから正直、男同士の方が落ち着く。女の子相手だと変な打算に巻き込まれてめんどくさいし、なにより怖い。…まあ、それもあってサッカー部に落ち着いたんだけどね。」

 口調こそいつも通りなのに、目の奥には恐れの色がくっきりと映っていた。玄輝が抱えたトラウマを俺がどうにかしてあげられるわけもない。何も知らない俺が形式的な言葉を並べたところで、玄輝が救われるはずもないんだ。俺だって、小学校時代に浴びせられた心ない言葉の数々がどうしても心に刺さって抜けない。それは決して癒えることのない傷。だからこそ知っている。この傷をどうにかできるのは、本人の気持ち以外には何もない。

「――え?…パパ?」

 俺にできること。それは静かに抱きしめてやること。俺の温もりをわずかながらでも分けてやること。

「どう?落ち着く?」

「うん…。」

 俺は玄輝の瞳を覗き込む。霧が晴れるように瞳の濁りが消えていくように見えた。

「それよりパパ…。僕、今日すっごい汗かいたんだけど。」

「別に。そんなの気にならない。」

 むしろ、玄輝の匂いも体温も、俺にとってはすごく心地よかった。自分の遺伝子を受け継ぐこの少年を、本能で守ろうと動いてるからかもしれない。

「そう…。なら責任とって甘やかしてもらうよ。」

「はあ?」

「だってさ、僕がこんな顔で生まれてきたのはパパとママが美人だからだよ。パパが元凶の半分だ。」

「ひどい言いがかりだなあ。…でもさ、この俺が綺麗だなんて言う人、そうそういないよ。」

「みんなどうかしてるんだよ。パパがアルビノってだけで避けたりさあ。だから気づかないんだ。パパがこんなに綺麗で可愛いってこと。」

 玄輝の一言一言が、すごく面映ゆかった。俺は見に余る言葉を噛みしめながら、照れ隠しに一層きつく抱きしめた。


諸事象により二週間ほど更新をお休みします。

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