意外な来訪者
「ん?パパ、それ台本?」
台本に目を通してると玄輝が声を掛けてきた。
「まあね。」
今日は演劇部はお休み。明後日以降から本格的に練習を開始する。今日と明日は各自で台本を読み込む時間ということになっている。演じる役について理解し、セリフもゆっくりとでも覚え始めないといけない。
昨日はあれから吸血鬼の少年と彼に見初められる少女以外の役もすぐに決まった。俺と花音さんの微妙な空気については…誰も何も言わなかったのは幸いだった。まあ、何かあったことは火を見るより明らかだし、気遣ってくれたんだろうけど。
「ねえねえ、何の役やるか決まったの?」
玄輝は馴れ馴れしく俺にべったりくっついてくる。
「吸血鬼の少年。」
「ええ!?パパが吸血鬼?」
「そう。そして一応主役。」
「ねえ、僕にも台本見せてよ!」
台本に手を伸ばす玄輝よりも先に、俺は台本をひょいと高く持ち上げる。
「一応ね、誰にも見せたらいけないってことになってるから。」
「ええ~いいじゃん。あと数日経ったら僕帰るんだよ?」
「ダメなものはダメ。」
ケチ、と玄輝は唇を尖らせる。不覚にも一瞬可愛いと思ってしまった。顔がいいとこういうちょっとした仕草も絵になるからよろしくない。
「パパ~!!見せてったら~!!」
「そんなに見たかったらユキさんの許可をもらうんだね。」
「あ、だったら今日お願いしとこ。」
「…うん?」
そのとき、突然インターホンが鳴る。どうせくだらない勧誘だろう。そう思って居留守しようとしたら玄輝が玄関までわくわくと駆け出した。
「お、おい待てよ!」
そう言って追いかけるけど、玄輝に追いつけるはずもなく、俺が玄関に着くころにはとっくに玄関の扉が開け放たれていた。
「約束通り来てくれたんですね!」
玄関先で嬉々としている玄輝。玄輝が話してる相手、それは――
「ユキさん!?」
どうして先輩が…。俺がそう言いたそうにしているのを察したのか、ユキさんは微笑を浮かべながら説明してくれる。
「言ったでしょ?ハルくんに会ったって。そのときに今度一緒にサッカーしようって約束してたの。」
俺は顔をしかめた。ばったり顔を合わせたばかりか、そんな約束まで取り付けてたとは…。
「どうしたの?従兄弟取られて不満?」
「いや、そんなんじゃ…。」
俺は笑って誤魔化す。まさか「必要以上に玄輝にべったりくっつかれたら俺と玄輝の関係バレかねませんから」、なんて言えるわけがない。自然に追い返すなんてできっこないし、こうなったら玄輝を信じるしかない。ボロを出さないように立ち回ってくれると信じるしか。
「ねえ、ユキさん。今度の台本って見せてもらえませんか?」
「台本?」
「椿が主役やるんですよね?」
「うん。そうだけど…。うちの文化祭、来れそうにないの?」
「はい…。その頃にはとっくに帰っちゃってるんで…。」
「ハルくんの実家ってどこ?」
「え!?…それは…その…。」
明らかに動揺して目を泳がせる玄輝。ちらちらと目線で俺に助けを求めてくる。
「新幹線で片道三時間とか、そのくらい遠いんで…。」
「ふうん…。」
ユキさんはさも納得してなさそうに首を傾げる。訝しむ視線に俺は冷や汗が流れそうになる。…本当に、大丈夫だろうか?
「まあいいや。」
ユキさんはクスリと笑う。ユキさんの笑顔を見るたびにスポーツマンの面影を感じる。でもその実、相手を静かに観察して本質に迫らんと頭を回転させてるのだから質が悪いったらありゃしない。
「見せてあげるよ今年の台本。ただ、今は持ってないから途中でオレの家寄ろうか。せっかくだから部活のツバちゃんの写真も見せてやりたいし。」
「あっあの…変な写真は見せないでくださいね…?」
嫌な予感に背筋が震える。ユキさんはニッコリと無邪気な笑顔を浮かべている。
「安心して。去年の女装メイドの写真とか、全部見せてあげるよ。」
「えっ!?」
隣の玄輝が弾むような声をあげる。
「パ…椿、女装したんですか!?」
おいおい、お前今さらっとパパって呼びそうになったな玄輝!俺は思わず顔を引きつらせた。
「そうだよ。ツバちゃんだけじゃなくて、みんないい仕上がりだったよ。」
よかった。ユキさんは何も気づいてなさそうだ。
「どう?見たい?」
「ぜひぜひ!!」
爛々と目を輝かせる玄輝。…こりゃダメだ。もう止められそうにない。
「んじゃ、そろそろ行こっか。」
「ですね!行きましょう!」
「じゃあ行ってくるね。ツバちゃん、ハルくん夕方までには帰すから。」
「行ってきま~す!」
「は~い。行ってらっしゃ~い。」
俺はげんなりと気のない声で二人を見送った。二人の後ろ姿が見えなくなった後、俺は盛大に溜息を吐いた。帰ってきたらまた玄輝にセクハラされんだろうなあ…。




