先輩との会話
学校というのは得てして時間を潰せるような場所がない。だから俺は意味もなく歩き回る他なかった。もっとも、時間を潰せる場所があったからといって、今の俺が何かに集中できるわけがないから同じだったけど。どれだけ気を紛らわせようと思っても花音さんのことが頭をもたげる。俺はもやもやを振りほどくようにして校舎内をずんずん当て所なくさまよっていた。そうこうしているうちに二階の中央階段のところまで戻っていた。ここを上って右に曲がってすぐのところが俺たちの部室だ。あれからなんだかんだで30分は経っている。さすがにもうメンバーの誰かが来ているだろう。そう思って階段を上ろうとしたそのとき。
「あれ?ツバちゃん?」
突然女の人に呼ばれて振り返れば、意外そうな顔をした初村雪恵先輩が立っていた。先輩は俺の一つ上。背は平均的でショートヘアがトレードマークの快活そうな人だ。
「あ、おはようございますゆきめぐ先輩。」
そう。この人の名前は雪恵。ユキさんの名字の雪江と音が同じ。ゆきめぐ先輩が入部した頃には既に雪江先輩がユキさんの愛称で呼ばれていた。ユキちゃんだとややこしいし、名字で呼ばれるのはよそよそしいからと本人がゆきめぐ呼びを積極的に押していったそうだ。ゆきめぐちゃんの愛称が定着したあとに入部した俺たち後輩も、先輩の気さくで可愛い雰囲気に自然と愛称に申し訳程度に「先輩」と付けた「ゆきめぐ先輩」の呼称で呼んでいる。
「ツバちゃんどうしたの?ものすご~く難しい顔してたよ。」
「ああ…。ちょっといろいろありまして…。」
俺は適当にはぐらかす。するとゆきめぐ先輩はどこか面白くなさそうにじっと俺の顔を見る。
「ツバちゃんさあ…。いつもよそよそしいよねえ。」
「え?そうですか?」
「なんでもかんでも自分で抱え込んじゃってさあ。先輩って言っても一つ違いじゃん。気軽に頼ってくれていいのよ。」
「はあ…。」
そんなこと言われてもなあ…。既に散々お世話になってるんだから、これ以上頼るのも悪いし…。
「言っとくけど、あたしだっていつもツバちゃんの世話になってんだから。」
「え!?」
この人は一体何を言ってるんだ?ゆきめぐ先輩に何かした覚えなんて…。
「いっつも早く来て準備してくれるし、片付けも率先してやってくれるよね。どれだけお世話になってるか分かんないわよ。いつもありがとう。」
「ああ…。」
予想外の言葉に俺はどう反応していいか分からなかった。みんな俺の弱い視力や紫外線を受け付けない体質を気遣ってサポートしてくれてるんだ。そのお返しになればと準備や後片付け、他にもできることは何でも引き受けていた。でも、こんなことでお返しなんてできてないって思ってた。なのにそれを感謝されて、俺はただただ戸惑った。
「それに練習も積極的だしとことん真剣だし。みんな言ってるよ。ツバちゃんはいい子だねって。」
「…ありがとうございます。」
俺は俯きながら、どうにかこの一言を絞り出した。みんながこんな俺を受け入れてくれる。それがただただ嬉しかった。
「あれ?変わったメンツだね。」
柔和そうなテナーボイス。気が付けば紙束を抱えた部長とユキさんがいた。
「遅刻魔のゆきめぐちゃんが鞄持ったまま呑気にここにいるのはいいとして、ツバちゃんがいるのは珍しいね。」
「はは…ちょっと気分転換に散歩を…と…。」
苦笑いしながら適当にはぐらかすけど、内心では何があったか見抜かれるんじゃないかとヒヤヒヤだ。
「ふうん…。」
探るようなユキさんの視線に耐え兼ねて俺は思わず身をすくめる。
「それより早く戻りましょう。早く配役決めないと。」
「…まあ、それもそうですね。」
部長の鶴の一声にユキさんも詰問するのを諦めた。俺は先輩たちと一緒に部室に戻った。




