Part 24-3 Body-bag 死体袋
Safe House of CIA Midtown Manhattan, NYC 17:40
午後5:40 ニューヨーク市 マンハッタン ミッドタウン CIA工作拠点
連絡を受け思わずセルラーフォンを床に投げつけようとした衝動をパメラ・ランディは辛うじて抑えつけた。
イスラマバードでのDEVGRU(:デヴグル。対テロ特殊部隊)はマハラート・カビールの身柄を拘束したものの被疑者は撃ち合いの末、重体となってしまった。
パキスタンから米軍輸送機でアメリカまで医療スタッフを同行させ搬送されるとボウマンCIA副長官が報せてきたが途中尋問するどころかわずかな話しさえ不可能なほど容態は思わしくなかった。
「──分かったわ。でも、少しでも話せる様になったら手荒な事をしても構わないから核爆弾の隠し場所を聞き出して」
パメラはそうセルラーフォンに告げながら壁に強く押しつけていた左手の拳を離すと右手の親指でセルラーフォンの通話終了アイコンを押し込んだ。
「パメラ、どうしたんですか?」
背後からルイスが不安げな面持ちで尋ねた。
「思惑が外れる事はよくあったけど、こんなに苛ついたのは、久しぶりだわ」
彼女がそう本心の吐露を溢れさせるのは信頼出来る右腕としての彼ぐらいなものだった。
「ターゲットが死んだんですか?」
「ボディバッグのファスナーに指を掛けたも同然で空輸するそうよ」
そう言いながら彼女がじっと捕虜にしたマホバ・シンジャール中尉を睨みつけている事にルイスは気がつくと嫌な予感に止めに入らねばと決意した。だがその矢先に彼女が命じた。
「ルイス、その男に水をぶっかけて叩き起こしなさい」
ルイスは言われるがままにバケツに水を汲んできて麻布の袋を被せられた男の頭上でバケツをひっくり返した。シンジャール中尉は水の衝撃では目覚めずに、麻布が濡れ息が出来なくなった事で暴れる様に目覚めた。もがき続ける男にパメラは近寄ると乱暴に袋を剥ぎ取った。
「十分に休んだでしょう」
そう言いながら彼女は男の髪を左手でつかみ上げると顔を覗き込んだ。シンジャール中尉は一瞬で女が誰かを思いだすと目を大きく見開いた。
「お前が寝ている間に色々と調べさせてもらったわ、シンジャール中尉」
そう言ってパメラは髪を突き放すと壁際に歩きそこにあった丸椅子をつかみ上げ捕虜の前に戻り男の正面に椅子を乱暴に据えた。そうして男の膝に自分の膝が触れる様に椅子に浅く腰かけた。
シンジャール中尉は顔を背けたものの目で女の動作を追い続けていた。その彼の前で女はまたしても細身の刃物をジャケットの胸ポケットから引き抜きそれを指二本でつまみ彼の目先で横に揺らし始めた。
「まず、マハラート・カビールがすべてを知っていると私に嘘をついた」
言い終えて女がいきなり彼の首に刃先を押しつけた。
「やめ⋯⋯ろ⋯⋯うそなんて⋯⋯」
否定しているのに女が立てた切っ先を首の皮膚に強く突き立ててくることにシンジャール中尉はパニックになりそうな予兆を自分の中に見いだしてそれから目を背けきらずに身体を震わせ始めた。
「あなた達のカリフは大した事を知らなかった。なら代わりにあなたが喋らない事には私の怒りは納まらない」
そう冷ややかに言いながらナイフを突き刺してくる女をどう鎮めればいいのか、シンジャール中尉は目まぐるしく頭を掻き回した。
「うそ⋯⋯じゃない⋯⋯いつも⋯⋯連絡が入って」
もう十分の数インチ刃が首に刺さっていると彼は首を引き逃れようとした。
「じたばたすると自分で動脈を裂く事になるわよ。連絡はいつ? 、どこから? 、誰が!?」
「バクダットの上官に⋯⋯モハメド情報局大尉⋯⋯アサド・モハメド大尉にいつも⋯⋯連絡と指示が⋯⋯!」
思い返しながらシンジャール中尉は大尉が相手の名を話していたのを不意に思い出した。だがその名がマハラート・カビールでない何者かだったのは間違いなかった。
「連絡は一年以上前から⋯⋯不定期で⋯⋯私も数回居合わせたから⋯⋯」
喋りながらシンジャール中尉は賢明に考えた。もしも、その名を言ってこいつらに有益な情報でなければ、この狂人の様な女はどんな事を始めるか分かったものではなかった。
「ルイス」
女が仲間の男に声を掛け彼女の口元に男が耳を近付けるのをシンジャール中尉は震えながら横目で見ていた。
「至急──ッドの駐留軍に──大尉を──させて」
ルイスという男が離れて部屋の隅で携帯電話を使いどこかに連絡を入れ始めるのをシンジャール中尉は見ていた。
途切れとぎれに聞こえた内容から、この拷問を繰り返す女が口先一つでイラクに駐留する米軍に采配を振るう事が出来ると知り、同時に短時間のうちにパキスタンのヒズベ・イスラミ・シャーリア派のカリフさえ手中に収めた事実に女が軍の情報局高級将校でこのテロに関してどんな手段でも行使する事を理解した。
なら、テロの指示を出していた者の名を告げれば次は無く、自分は間違いなく殺されるのだと彼は歯をくいしばった。
パメラは捕虜の首に刺し込んでいた刃物を引き抜くと残されていた左耳をつかみ男を正面に向けさせた。
「お前はその場に居合わせたと言ったわね。それも数回“も”。なら──」
彼女は男の鼻筋に沿ってナイフの切っ先を下へ滑らせ片鼻腔にゆっくりと刺し込んだ。
「名前を言える様に唇は最後にしてあげる。でももっと息が吸える様に──」
男の両眼が鼻先に向けられ瞳孔が異様に収縮する様を見ていたパメラは電話を終わり戻って来たルイスが大声で横槍を入れた事に注意を削がれ横に視線を振り向けた。その途端に刃先が鼻腔内を傷つけ男の片側の鼻の穴から真っ赤な血が一筋上唇へ流れ落ちるのを見てはいなかった。
「パメラ! ダメです! 止めて下さい!」
「大丈夫よ。まだ殺しはしない。こいつはこの先、飯をあさる時に“ブタ”の気分を味わうのよ!」
そう言い切って彼女が氷の様な視線を男に振り戻した瞬間だった。
「連絡してきてたのは“サダム・ギラ・アラーク”だ!」
マホバ・シンジャール中尉は冷や汗の球が幾つも吹き出ている自分の鼻先を見つめ叫んだ。




