Part 20-4 Attach the Bayonet 銃剣装着
Bekaa Valley Lebanon, West-Asia West 12:20 Nov. 2nd 2007
2007年11月2日午後0:20 西アジア西部 レバノン ベッカー高原
ゲオルギー・コンスタンチノヴィッチ・ドンスコイは背後に現れた者を目で捉えきる前に“敵”と認識した。
その者が放つ異様な殺気は彼がこれまでに経験した事のないほどの圧力があった。
ゲオルギーが顔よりも前に目を振り向けた先に自分よりも一フィート(:約30㎝)は劣る銀髪の少女が仁王立ちしていた。着ているユニフォームは見たことのないタンカラーデジタル迷彩で明らかに兵士だった。
彼は顔を振り向けきる前に、PMK(:プレメット・カラシニコバ・モデルジロバニィ。ロシア製機関銃の一種)のマズルを振り切っていた。
だが捉えたのはショートの銀髪を真横に流した残像で、信じられない速さで姿勢を落としながら右に回り込みその青紫の双眼が急激に揺れ尾を曳き迫って来た。
ゲオルギーは突然現れた敵が銃口にも怖じず間合いをつめようとしてくる事に並みの兵士ではなく、白兵戦慣れした特殊部隊兵だと理解しアドレナリンが急激に血に溢れ身体を加速させ反射神経が全開になった。
ゲオルギーの左腕でPMKを振り向けきる以前にすでに長いバレルの内に入り掛かった少女兵の俊敏さに彼は度重なる戦いから最良の手段を反射動作の様に選択し、少女兵が回り込む先に右足のブーツを蹴り上げた。
刹那、爪先は少女兵の華奢な腹の残像を蹴り込み、その小柄な兵士は一瞬で動線を波打たせ反転すると多用途機関銃のガスブロックの後部に左手の黒いナイフを引っ掛け右脇へ強引に引き寄せた。
彼は急激に銃ごとその少女兵に引き寄せられ掛かり、バレルの傍らで反転した少女兵が逆手に握ったもう一つの灰色の刃を振り出してくる様を右の視野に捉えていた。同時に少女兵が回転する瞬間以外はまったくゲオルギーの目から鋭い視線を外さず、常に目で捉え追い込んで来ている事を彼は感嘆した。
それでも灰色の刃が届ききる直前ゲオルギーは機関銃のバレルを少女兵の脇腹にぶつけ振り切った。その瞬間、動き続けている青紫の双眼に動揺が走った。このまま主導権をつかめばなんとかなると彼は瞬時に思った。
一瞬、一瞬でいいから、マズルの先にその細い身体を交差させたなら、7.62mm x54Rを叩き込んでやると彼は貪欲に望みその機会を作りだそうとした。
少女兵はぶつけられたバレルの傍らでガスブロックからナイフを引き抜くとつむじ風の様に反転しバレルをくぐり反対側に立ち上がった。その一瞬、バレルの下に回した左腕を振り上げリンクで繋がったライフル弾の隙間に黒い刃を打ち上げた。その瞬間には再び彼の視線を捉えた青紫の双眼に前よりも凄みを潜ませた自信が溢れていた。
ゲオルギーがしまったと意識した寸秒、こともあろうか少女兵はナイフをひねり、彼の構える機関銃の四発目から先の銃弾を一瞬で切り離した。
なら三発で撃ち殺してくれるわと彼は間合いを作る為に力の入らない右手で装填口の下をつかみ左手で少女兵目掛けストックを振り回した。うなる木製のスケルトン・ストックの後端が捉えたのは跳ね上がった銀髪の数本だった。
直後、彼は機関銃を支えきれなくなり握り締めたストックから左手が離れた。
理解出来ずに左手を見ると手首が大きく割れ血が泉の様に溢れ出してきた。腱を切られた!
端からそれが狙いだったのだとゲオルギー・コンスタンチノヴィッチ・ドンスコイが気づいた刹那、急激に間合いに入り込んで来る宝石の様に耀く瞳が彼にはボーク・スメールチ(:ロシア語の死神)のものに思えた。
肋骨の間に打ち込んだダマスカス鋼を引き抜き、事切れた躯を崩れるに任せた。そうしてマリーは自分が倒した相手を見下ろした。
この男は他の連中と違っていた。冷静に命を奪い去ろうとしていた様に感じた。それが嬉しく感じた。それほど激しく動いた訳でもないのに心の臓が高鳴っている。それが心地良かった。マリーは純粋に命のやり取りを楽しんでいる自分に気づき眉をしかめた。
何かがおかしい!
私はこんな残酷な事を望んでいないのに!
それなのにどうして胸が高鳴るの?
だが砂漠をさ迷い一滴の水を切望する様に──闘いたい!── そう欲する自らの六勘が異常なまでに延伸すると今までにない敵を感じ取った。数十、数百──違う!
千はいる!
"All...Everything...I'm gonna kill them all."(:すべて──何もかも──滅ぼしてくれる)
マリア・ガーランドは上目遣いに呟くなりダマスカス鋼の刃をくわえ、右手で倒したばかりの大柄な男の片腕をつかみ上げた。
シリア精鋭地上部隊の陸軍第四機甲師団第三機械化歩兵大隊第一・二・四中隊を指揮するマイサル・アル・イブラヒム少佐は先行しキャンプ前縁に到着すると装輪装甲車とカーゴトラックから下車した三百七十名あまりの兵士達を分隊単位で横に散開させ、火器使用を許可しキャンプへと前進させた。
キャンプ内は銃撃がおさまり静かだったがいたるところに武器を手にした男らが倒れていた。だが全滅したわけではなく数名の男らがアサルトライフルを手にしたまま地面に座り込み放心状態で、兵士達がキャンプ内に踏み込んでも見向きもしなかった。
いったい何と戦えばそうなるのかとイブラヒム少佐は思い救出を命じられたロシア人将校は倒されたかもしれないと繋げた。そして、もしもその敵部隊と接敵した場合全力を持って当たらなければ甚大な損害を受けると胆に命じた。
彼は二つの分隊二十名を従え中央からキャンプ内に入り警戒しながら周囲をうかがった。キャンプ周囲に止められた車のガラスや幾つもある大型の天幕はいずれも弾痕が無数に刻まれ戦闘の凄まじさを至るところに残していた。イブラヒム少佐は近くにいる三分隊三十名に天幕の中を調べる様に指示を出した。その直後だった。
左手の天幕の中から二人が出てきた。その変化に近くにいる十数名が一斉にAK100(:ロシア製自動アサルトライフル)のマズルを振り向け場は一気に緊張した。
天幕を出てきたのは銀髪の少女に肩を借りた大柄の男だった。二人ともそれぞれが違う迷彩服を着ており、男の方は右肩と左胸に血が広がり支えられてない肩の下がった腕からも血が滴って力なく少女に引きずられる様にしていた。
イブラヒム少佐は男の髪と肌の色からロシア人だと判断し、全員に銃を下ろす様に命じ衛生兵を呼びつけると二人に向かわせた。
ロシア人将校に肩を貸し力ずくでひきずっている少女も肌の色から白人だとイブラヒム少佐は思ったが、それにしてもよく生き残れたと驚き半分感心半分に少女兵を見ながら、彼はいったいこのキャンプは何の集まりだったのかと疑問に思った。恐らくはテロリスト養成の為のものだろうが、そこにまだ十代中ぐらいの少女がいた事に彼はわずかに暗い気分にさせられた。
二人の衛生兵が少女から男を受け取り、そばの地面に横たえると状態を確認し始めた。そのそばで少女兵が首をほぐす様に頭を回らし口にくわえていた何かを右手に移した。イブラヒム少佐は少女兵が左手にも握って放さないのが何だと考えた。
一瞬だった。少女兵が、ロシア人将校の治療にあたる背を向けた衛生兵二人の背後で揺れ動いた直後二人とも首から血飛沫を広げながら横へ倒れた。少女兵が赤い狼煙に反応するごとく他の兵士目掛け駆け出すのを目にしイブラヒム少佐は狼狽しかかり、このままでは同士討ちになると兵士達にあらん限りの大声で命じた。
「撃つな! 撃つんじゃない! 全員、バヨネット装着! そいつを刺し殺せ!」
イブラヒム少佐が怒鳴った三秒足らずの瞬間六人をすでに倒し駆ける少女にシリア陸軍第四機甲師団の勇敢な男らがアサルトライフルに銃剣を装着し巣に群がる蜂の様に次々と殺到した。




