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衝動の天使達 1 ─容赦なく─  作者: 水色奈月
Chapter #18
66/155

Part 18-2 Knife Master ナイフ使い

Suburbs of NYC 14:15


午後2:15 ニューヨーク市近郊



 イズゥ・アル・サロームは建物から建物へ高い位置に配置された複数の配管の下やひさしの影に身を隠しながらその工場の敷地を見て回った。



 建物の間はそれぞれ七十ヤードほど離れており、最初に入ったものが一番大きく他は戦車が六輌も入らない小ぢんまりとしたものが全部で九棟あった。そのどれもが似たり寄ったりで、出入口が一つと窓が片手で数えるほどしかなく、一旦いったん、その中に追い込まれたら危険だと感じた。



 だが外ならいたるところに身を隠せそうな場所があった。建物の際にはほとんどが廃材を積み上げてあり、それ以外にも構内の様々な場所が廃材置場になっていた。それらに身を潜め移動し続ける限り、相当な人数がいないと包囲出来ない事も分かった。



 ただ、この雪の中で銃撃戦は想定外だった。手持ちの火力は拳銃一挺と予備弾倉が二本だけで、しかも横殴りの雪が気になった。イズゥは産まれてこの方大粒の雪が降りしきる中での射撃経験がなかった。



 雪は砂嵐とはまた別物の予感があった。視界を妨げるだけでなく、三十ヤードも離れると人に命中させられるか自信がなかった。撃ち合いになれば圧倒的に不利なのは分かっており出来るだけ避けなければならなかった。



 彼は六棟目の建物の裏手に回り、廃材の山を迂回し別な建物に行こうとして何かが気に掛かり立ち止まった。軽く流し見たのは廃材の山と建物の壁だけで、何が気に掛かったのか初めは分からなかった。



 彼は後戻りして廃材のそばから建物を眺めた。そして壁に据えられた細い鋼鉄製の梯子に眼をやり足掛かりを一段いちだんを眼で追う内にそれに気付いた。その鉄パイプに雪が積もっているが、その高さに妙なムラがあった。



 まだわずかばかり前に梯子を使った奴がいる。



 イズゥは獲物を拳銃にするかナイフにするか、一瞬迷い屋上に追い立てられた時の事を危惧し、スラックスの腰の内側に付けたシースから刃物を引き抜いた。そうしてその湾曲したやいばの背をくわえると梯子に歩き寄った。









 双眼鏡の上に積もったわずかな雪が気になりラファエル・コルテス1等兵は接眼レンズを覗いたままグローブをした手で払いのけ横で同じ様に屋上に伏せM40A5狙撃銃を構えているバスケス・ハンセル少尉に声をかけた。



「冷えますね、ハンセル少尉」



「そうだな。早く片付けて暖まりに行きたいな」



 少尉もスコープのアイカップをのぞいたまま返事をした。



「少尉、もしテロリストらが核爆弾を破裂させたら、この辺りもやられますか?」



 コルテス1等兵も双眼鏡を覗きながら話を続けた。



「その心配はないだろ。奴らが狙っているのは都心だと少佐が言ってたじゃないか。ここは数マイル離れてるから、避難する時間は十分にあるさ」



「防護服持ってくりゃあ良かった」



「あんなゴム臭いもの御免だな。ラファエル、お前あの臭いが好きならラバー・フェチの気があるぞ」



「あっ、いいですね。ウエットスーツ着て踊りますよ。腰を振りながら」



「やめてくれ。気持ち悪い」



 伏せたまま腰を振っているラファエル一等兵に少尉は足を伸ばし蹴りを入れた。



「少尉、十一時二百ヤードにいい女が“デカぶつ”つかんでうろついてます」



「あぁ? ありゃ捜査官だな。あんなの声掛けた瞬間にセクハラだってわめき散らすぞ」



 スコープをのぞきながらハンセル少尉は鼻を鳴らした。



「そうですかね? うぶそうな感じですけど」



「触りに行ってみろ。色目使ったら初もんじゃねェ」



「いいっすね。あの“デカぶつ”で一発撃たれて──」



 急に押し黙ったラファエルがどうしたのかと気になり、ハンセル少尉がスコープのアイカップからわずかに横を見た視界の隅に青白い光が躍った。瞬間、彼は反射神経だけで逆の方へ身体を逃がし、狙撃銃を胸元へ引き込んだ。



 刹那、カーボン・ファイバーのストックの表面に何かがぶつかり、バスケス・ハンセルは逃げる様にさらに横へ転がり被っていたブーニーハットが屋上の縁から風に舞い飛んだ。二転して彼が眼にしたのは、打ち下ろした刃を弾かれさらに踏み込み二撃目を振り下ろそうとコートを振り乱した髭面の男だった。



 とっさに彼は銃のストックを男の踏み出した向こうずねへ打ち出し、刃物を持った男が跳び退しりぞいた。その一瞬に近すぎる間合いの中でバスケスは飛び起き、銃で胸元を守った。



 銃口を敵に向ける間合いはなかった。よしんば強引に向け弾かれた直後、敵が刺し込んで来るのは眼に見えていた。それを反したストックのバットプレートで打ちすえる事は可能だったが、自分の三撃目が不確かで、敵が打たれてなお斬り込んで来たら至近距離でかわしようがなかった。



 男は狙撃対象として少佐から見せられた写真の人物に間違いなかった。バスケスは静かに怒った。このイラク野郎はよりによってこの俺様にナイフを向けてきた。それがどんな事か思い知らせてやる。



 そこにいたり彼は狙撃銃のバレルをつかむと、スコープに衝撃が加わらない様に静かにストックを屋上につけスリングを頼りに銃を寝かせ置いた。狙撃対象のテロリストは身体の前に一刀の見慣れない湾曲したナイフを8の字を横にした動きでポイント(:ナイフ先端)の向きを不規則に変え続けていた。



 その後方で横たわったまま動かないコルテス一等兵の首の下から血溜まりが急激に大きく広がっていた。その二つがバスケスの怒りをさらに駆り立てた。



 この野郎、白兵戦に自信があるみたいじゃないか。海兵隊の中でも“ナイフ使い”として名を馳せたバスケス・ハンセル少尉はチェストリグの左肩ショルダーベルトの前に逆さまに取り付けたナイフシースから右手で下へ古びたSRKナイフを引き抜いた。












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