Part 16-2 Singing birds 歌う鳥
Safe House of CIA Midtown Manhattan, NYC 12:45
午後0:45 ニューヨーク市 マンハッタン ミッドタウン CIA工作拠点
まるで壊れた蛇口の様に男は喋り続けていた。
「そう──嘘にしては出来すぎているわね。言い換えれば──思い込み」
パメラ・ランディは椅子に縛り上げられたマホバ・シンジャールと名乗った男の背後に立ち続けていた。
「うそなんかじゃない! 何もかもお膳立てしたのはヒズベ・イスラム・シャーリア派の連中だ。我々が関わったのは私の上官がお前達の国に四人を送り込んだ事だけだ」
「ほら、嘘をついた」
パメラはそう言うなり耳の付け根に食い込ませたナイフをさらに持ち上げた。刃の左右から溢れた血がシンジャールの肩に滴り落ちた。
「やめてくれ! うそなんかじゃない!」
「我が国に四人と言っておきながら、我々が押さえたお前ら三人はどこから涌いて出たの?」
三人と言われシンジャールは他に自分の部下二人がこの狂暴な連中に捕まっている事を知った。
「私らは正規ルートで入国したんだ! 実行部隊のサポートをしろと言われ」
いきなりパメラはナイフを完全に引き上げた。その瞬間シンジャールは叫び声を上げ床に転がった左耳を見た。彼はじたばたしたが、前から身体の大きなルイス・リッパートが両肩を押さえ込んでおり、シンジャールのくくりつけられた木の椅子は軋んだだけで微動だにしなかった。パメラは男の髪を左手でつかみ左横へ荒々しく倒すと上になった右耳に囁いた。
「同じ事をくどくどと聞かされるなんてたまんないわ。この耳を落とされる前に私を満足させてごらんなさい」
「お前ら、ぶち殺してやる! くそやろう!」
シンジャールはアラビア語で怒鳴り散らし本気で怒った。彼にはそうするしかこのフラストレーションを乗り切る術がなかった。
「言ったでしょ。あなたのその態度が口を三つにすると」
パメラは髪を引き上げ男の頭を元に戻すとその手で男の右頬に背後から触れたが、反射の様に自ら頭を倒しシンジャールは手から逃れようとした。だがパメラはナイフを持った手を倒れた左頬に滑り込ませ囁いた。
「駄目よ。あなたが後悔し出しても続けるから」
その悪魔の様な言い方にシンジャールは目の前に立つ男を見上げ助けを求めた。
「彼女はやると言ってやらなかった事は一度もないんだ。もっと早くに話しておけばなんて思わなくてもいい様に唇が残されているうちに喋るんだな」
シンジャールの両目が游ぎ始めた。ただの尋問でここまでの事をされるとは思ってなかった。以前に大尉から捕虜にしたイラン兵将校の扱いを耳にしたことがあった。捕虜になればジュネーブ条約なんてなんの盾にもならないと知っていた。国際規約なんて後から査察が入っても元には戻せない。今初めてシンジャールは自分がこのアメリカを相手に戦争をしているのだと思い知った。
「何もかもを──知っているのは────イスラマバードに隠れているカリフ──マハラート・カビールだけだ────お願いだ────私をもう切り刻まないで」
震える声で懇願した直後シンジャールはいきなり麻袋を頭に被せられると顔面を前から殴打され気を失った。彼がぐったりとしたのを見下ろしたルイス・リッパートは顔を上げるなり上司に意見した。
「パメラ、本当に耳を削ぐなんて──」
「冗談だと思ったの? 時間が惜しかったの。NSAが追跡している“ウルフ”を逃がす為に遣わされたこいつらなら首謀者を間違いなく知ってると思ったからよ」
彼女はそう言いながらシンジャールの頭部に被せられた麻袋でナイフの血を拭った。
「訴えられたらどうするんですか?」
「大丈夫。そんな事させやしない。私が生きてる限り一生、どこかのブラックサイトに放り込んだまま飼い殺しにするから。死なせはしないけど最低限の尊厳も与えはしないわ。ルイス、こいつの足腰と頭の止血しといて。私は他の二人がどれくらい吐いたか様子を見て来るわ」
ルイスはパメラがこの男らを殺して口封じしない事が理解出来なかった。もしかしたら何かが彼女の逆鱗に触れたのではないかと思って、いったい何がと麻袋を頭に被った男をもう一度見下ろした。
パメラはその借りきったロフトの外に出るとセルラー・フォン(:携帯電話)を取り出しCIA本部の副長官の番号を選び通話アイコンへ触れた。コール二回で秘書が出たのでパメラは話し出した。
「ランディです。ボウマンを」
秘書が少々お待ち下さいと告げパメラは二呼吸目で相手が出ると思った。だが一呼吸で彼が出た。
『どこから掛けてきてるんだ、パメラ』
電話口に出るなり尋ねられ、私がマクリーンを出てからの行動を知ってるくせにと彼女は苦笑いした。
「レナード、私がどこから掛けてるか貴方が知っている方に百」
『わかった、分かった、パメラ。この次に会う時まで借りだ』
彼に軽くいなされてパメラは話を切り出しやすくなった。
「核爆弾テロの首謀者と思われる者のネストをつかんだわ。パキスタンのイスラマバードよ」
『誰なんだ?』
「マハラート・カビール」
パメラが言った直後わずかに間をおいて副長官が尋ねた。
『HISのか? 確かなのか?』
「不確かな事で貴方に話を持ち掛けた事がこれまでに──」
彼女が言っている途中でボウマンが謝った。
『すまないパメラ。で、私にどうしろと?』
「外交ルートを通し現地警察を動かしカビールの身柄を拘束する様に働きかけて欲しいの。大使館にいるうちの職員を二人同行させ拘束したら緊急扱いで軍用機でマクリーンに送致して欲しい。途中、機内でうちの職員らにこの件に関してカビールから可能な限り情報収拾を。知りたいのはニューヨークのどこで核爆弾を起爆させようとしているのか、その場所を。私が責任を取るから手荒な手段を容認してくだされば助かります」
パメラは言い終わりどの部分を変えろと言われるか覚悟した。
『君が責任を取る必要はない。私が指示するからな。ただし、この事態が解決しても法的な責任は問えなくなるぞ』
その提案にパメラは笑みを溢した。
「レナード、承知してるわ。不当な方法で得た逮捕情報にあたるからでしょ。少くともカリフと今、拘束しているイラク軍元情報局員三人は法廷に立たせません。私がI.C.E.(Incarcerate,Cannot Execute:凍結。監禁・処分、不可)します」
彼女の“凍結”という言い回しの監禁処置をボウマン副長官は重く受け止めそこに至る処置と社会から長年にかけ幽閉する危険性とを秤に掛けた。
『パメラ、止めはせんが、そうなるとパキスタンに我々が依頼してマハラート・カビールを拘束した記録を残されるのはまずい』
「ええ、そうおっしゃると思ったわ。DEVGRUを遣えるかしら?」
『ああ、可能だ。海軍大将に貸しがあるからな』
それを聞きパメラは眉根を寄せた。
「レナード、忠告しとくわ。妾の事でいつまでもホフマンが意のままになるなんて思わない事ね」
海軍大将のリッケン・ホフマンが恐妻家なのをいいことに、副長官がここ五年ほど特殊工作にシールズやデヴグルを遣っているのはやり過ぎだと彼女は思った。調子に乗りいざという時にそっぽを向かれたらどうするつもりだろうか。
『大丈夫だ。二人目の名を知っているから。聞いておくか?』
パメラは絶句した。
「やめてよ。貴方の謀略はブラックウォーターよりも危ないから。それよりベースはどこに?」
『パキスタンはF-16の購入以来、我々に協力的だ。ムシャフ空軍基地を足掛かりする。幸いDEVGRUの二ユニットが別事案で中東にいる。だが早くてもDA(:襲撃)は四時間後だ』
西アジア・ロシア問題情報統括官である彼女は即座に地図を思い浮かべて、そこならイスラマバードに近いと受け入れた。
「仕方ないわ。それまでに精確な場所が分かるでしょ」
『パメラ──』
「何?」
『いつまでも正義感に振り回されるのは良くない』
彼が言わんとしている事がパメラには分かった。
「愛国心と言って欲しいわ」
『左胸に手を当ててるか?』
「もちろん」
微かにレナードが鼻で笑ったのを電波越しに感じたパメラは瞳を細めあえて言及しなかった。
『進展したら連絡する』
「こちらも」
そう伝えてパメラは通話終了のアイコンに触れた。そうしてセルラーフォンをスーツの内ポケットに戻すと同じ所から細身のナイフを引き抜き、シンジャールの運転手がどれくらい歌ってくれるか期待した。




