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衝動の天使達 1 ─容赦なく─  作者: 水色奈月
★Chapter 1
6/155

Part 1-4 Request 依頼

W.T.C. NYC, NY. 11:35 Nov.22th

11月22日午前11:35 ニューヨーク州ニューヨーク市 ワールド・トレード・センター



 どんよりとした雲を眺めて小さく溜め息をつくとミュウ・エンメ・サロームは思いおもいに散策している大勢の観光客の間をすり抜けて二つあるうちの南の大きな池のそばにたどり着いた。



 ここは2001年9月11日の悲劇的な同時多発テロで多くの悲鳴と共に倒壊した二塔のタワー──ワールドトレードセンター高層ビル跡地一帯にメモリアル記念碑や博物館、数塔の高層ビルの再構が進む巨大なオフィス街だった。以前の名をそのまま残した通称WTCはウォール街やWFC(:ワールド・ファイナンシャル・センター)にも近く、暖かな日だと昼休みの時間帯にくつろぐ会社勤めの人たちも見受けられる。だが今日の様な日はそんな人達も少なく観光目当ての者ばかりが目立っていた。



 天気は曇りのち雪となっている。お昼だというのに肌寒いのを通り越して外気にさらされた顔が痛いと彼女は思った。華氏32度(:摂氏0度)を下まわっていた。無理もない。十一月も終わろうとしている。もう冬なのだ。



 午後からは雪になりそうな陰鬱いんうつな雲に空は覆われていた。ミュウはトナカイの刺繍ししゅうが施された赤色の毛糸の手袋を両手とも口元にもってくると吐息で暖めた。



 叔父さんはまだ来ていない。そうミュウは自信を持って判断した。たとえ何百人、何千人いたとしてもそこから1人を迷わずに捜し出せる自信があった。



 叔父の気配が微かだが増してきていた。ミュウは観光客の間に隠れて叔父を驚かせようと決めた。2年半ぶりの再開に驚きを添えることにした。ミュウは豹のような用心深さで叔父の歩いて来る方へ向けて歩を進めた。











 イズゥ・アル・サロームは群衆の間にいながら落ち着かない気持ちに揺さぶられていた。



 めいが指定した場所にとやかく言える筋合いがないことは百も承知だった。恐らくこの都市に不慣れな者でも辿たどり着く事が出来るようにとここを選んでくれたのだろう。



 ただ、こうも人が周りにいるといたるところから監視されているようで神経を逆撫でされてしまう。封筒2つをミュウに渡すまでの辛抱だと、7度も自分自身に言い聞かせ彼は辺りを見渡した。



 姪は何処だ? 楽しそうに会話しながら歩いて来るカップルをイズゥはかわした直後に左肩を後ろから突かれ眉間にしわを寄せ振り向いた。



"Mamê Izz tirsnak e."

(:イズゥ叔父さん怖~い)



 イズゥはミュウの笑顔を目にして破顔した。そうして姪の両の肩に手をかけた。



"Ev du sal û nîv bûn, Myuu. Ew pir xweşik bûye."

(:2年半ぶりだミュウ。ずいぶんと綺麗になったな)



 ミュウは笑顔で肩をすくめてみせて受け入れた。



"Na, mamê Izz.Tu ji Iraqê nehatî ku tu henekê xwe bikî.lê ez kêfxweş im"

(:やだ、イズゥ叔父さん。冗談を言う為にわざわざイラクから来たわけじゃないんでしょ。でも嬉しいけど)



"Ez henekê xwe nakim,Mew. Ez bi çîroka karekî nîvdem hatim vir."

(:冗談なもんか──ミュウ。アルバイトの話をもって来たんだ)



 ミュウは切りだされた本題に微かに目を細めた。



"Ji nişka ve tiştek wisa.Daxwaza mamê te ye, ez ê tenê guh bidim gotinên te."

(:急な話ね。どんな仕事なの。叔父さんの頼みだから話だけは聞くけど)



"Ez bi girêbesta lênihêrîna asansorê ji bo avahiyek bilind li NY me, lê ez di tengasiyê de me ji ber ku yek ji endezyaran ji ber gripê bêkar e."

(:NYで高層ビルのエレベーター・メンテナンスを請け負ってるんだが、技師が一人インフルエンザで寝込んでしまって困っているんだ)



 叔父の話し方がなんだか原稿の棒読みみたいだと彼女は思った。



"Ez di derbarê asansoran de tiştek nizanim."

(:私、エレベーターの事なんて分からないからね)



"Tiştê ku hûn bikin ev e ku vê êvarê amûran bînin avahiya bilind a ku di belgeyê de hatî destnîşan kirin."

(大丈夫だ。書類に指定されているビルへ夕刻迄に工具を運び込んでくれるだけでいいんだよ)



"Ew hêsan xuya dike, ji ber vê yekê ez wê karê part-time qebûl dikim."

(:簡単そうだから引き受けてもいいよ)



 ミュウにとって迷う必要などなかった。これまでただ愛されるだけでなく、多大な便宜べんぎを受けてきた。そう、幼くして両親を亡くした私にとっては──と彼女は思った。



"Gelek sipasîya we dikim,pir alîkar.Li vir hûn diçin ku alavên xwe hildin. Û navnîşana avahiya bilind a ku dê alav lê were veguheztin. Mift û talîmatên li wir e."

(:ありがとう、とても助かるよ。これが機材の置かれている場所と運び込んでもらう先のビルの住所、そこの鍵に、指示書だ)



 イズゥはそう言うなりコートの内ポケットから一通のマニラ封筒を取り出した。ミュウはその封筒を受け取ると中身を確かめる為に封を開こうとした。



"Myuu, hûn ê ji ya ku di hundurê de ye ji kontrolkirina rêwerzên xebatê bêtir ecêbmayî bimînin."

(:ミュウ、仕事の指示書の確認よりもこっちの中身に驚くぞ)



 彼はコートからもう一通の小ぶりな封筒を取り出した。ミュウは別の封筒を受け取ると中身を引っ張り出した。そうして指で挟んだものを開き見た彼女は眼を丸くして小さく口笛を吹いた。



"Bilêtek ji bo Los Angeles! Û bilêtek balafirê ya gerûyê!"

(:ロスまでの航空券! それも往復チケット!)



 彼女がまだ残っている封筒の中身を摘まみ出すと高級そうなホテルのパンフレットだった。



"Min heqê otêlê daye. Ez dikarim 2 mehan baskên xwe mezin bikim."

(:ホテルにはお前の名で前払いをすませ予約を入れてある。2ヶ月は羽を伸ばせるぞ)



 ミュウは途端に叔父の首に両手を巻き付けると頬にキスをした。



"Spas Apê Izz.Te soza min hat bîra te."

(:イズゥ叔父さん、ありがとう。覚えていてくれたんだ)



"Min ji bîr nekir ku tu dixwazî biçî Hollywoodê.Lê dereng nemînin ji ber ku bilêta balafira we îşev e."

(:お前がハリウッドへ行きたがってたことは忘れるもんか。ただ、航空券は今夜が搭乗予定だから遅れるなよ)



"Erê ez ê teqez biçim.Ez ji karê xwe yê nîvdemî li ser sehnê û ji zanîngehê bêhnekê didim.Mamê te dê bi te re here?"

(:うん。行くよ。大学も舞台のアルバイトも休んじゃう。叔父さんも一緒に行ってくれるんでしょ?)



 ミュウの問いかけにイズゥの顔がくもった。それに気づいてミュウは言い直した。



"Na, baş e mamê.Piştî derketina ji leşkeriyê jî hûn mijûl in.Ma hûn dixwazin îşev bi min re biçin şîvê?"

(:ううん。いいのよ叔父さん。軍を辞めても相変わらず忙しいんだ。今夜の食事はどう?)



 イズゥは困った表情を浮かべたがはっきりと返事をした。



"Ez bibore, Myuu.Ez bawer nakim ku îro wextê min heye"

(:悪いんだが、ミュウ。今日は時間がとれそうにもないんだ)



"Wê demê sibê çawa ye? Ma hûn heya roja spasdariyê dixebitin?"

(:じゃあ、明日は? 感謝祭も仕事だなんて嫌よ)



 姪から言われイズゥは明日という日がどんな日か意識から絞り落とした。



"Myuu, wextê min tune ku ez vê carê rehet bikim.Bernameya teng.Bibûre. divê ez niha biçim."

(:ミュウ、今回はゆっくりしている日がないんだ。日程が厳しくてな。すまない。もう行かなくてはならない)



 ミュウはため息をつくと出来るだけ明るく叔父をねぎらった。



"Tu bi rastî mijûl î.Fêm kir, mamê Izz.Ger karsazî serketî be, ez dikarim bi pêbawerî lava bikim.Bi xatirê te. bi min re têkilî daynin."

(:ほんとに忙しいのね。わかったわイズゥ叔父さん。商売が繁盛してるんなら、安心しておねだりできるし。またね。連絡ちょうだい)



 別れは出会いのようにあっさりとやってきた。イズゥ・アル・サロームは立ち去りながら姪が簡単に諦めてくれたことに胸をで下ろす思いがした。2ヶ月もあれば西海岸での新しい暮らしの準備も出来るだろう。往復チケットの復路は使わないのだから払い戻しを受ければいい。



 今夜の事も含めそれらを少しでも表情に出さないようにと彼は意識からしめだした。イズゥは急ぎながら無理を強いない姪の性格をアッラーに感謝した。











 “あの力”を抑制しているミュウは、それでもわずかに知ってしまった事に罪悪感を感じながら立ち去る叔父の後ろ姿を目にし静かに思った。



 どうして叔父は今夜や明日の事を意識しないようにしたのだろうか。心の深部に意図的に沈められたそれは嘘を見破るよりも難しく感じた。



 だけど──と思いミュウ・エンメ・サロームは小さくつぶやいた。





────Ti feydeya veşartina sirên ji min nîne────

   (:私に隠し事をするなんて意味ないのに)











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