Part 13-3 khalīfa カリフ
Islamabad Pakistan, West-Asia West 23:45 Nov. 22th.
11月22日午後11:45 西アジア西部 パキスタン首都 イスラマバード
カシュケル・ヘバ・カーンが高齢の主人の部屋へ様子を見に入ったのは深夜にさしかかる手前だった。
カーンが扉をそっと開けると真っ暗な部屋のはずが薄明かりが射しており彼は静かに脚を踏み入れた。主人は粗末なベッドの頭近くに置かれた木製の小さなテーブルに向かい合って丸椅子に座り両肘をテーブルの上面につき握り合わせた拳に額を押しつけていた。
灯された照明はそのテーブルに乗ったスタンドの明かりだけで、薄暗い部屋に主人の影が伸びていた。
「お眠りにならないのですか?」
カーンは探るようにペルシャ語でそっと声を掛けた。
「昂ってな、カシュケル」
主人は拳に額を押し当て目を閉じたまま従者に答えた。
「我がシャーリア派が祖国へ帰る日が近いからですか?」
カーンは指導者に尋ねた。彼には分からないが、主人が宗派復興の為に以前から動いてる事は知っていた。そして最近になって何かが起ころうとしているとカーンはひしひしと感じていた。その緊張感をさらに煽ろうとするかの様に主人の吐露が始まった。
「私は傀儡どもの巣くう海の彼地で大きな事を引き起こそうとしておる──我が祖国の名の下にだ。どういう事か分かるか、カシュケル?」
カーンは何事だろうかと思った。初めて耳にする話だった。彼は困惑した。主人は自分に細かい事を話したことはなかった。
しかし彼は気がついた。主人は大西洋の先、アメリカ帝国の者達を事あるごとに傀儡と呼んでいた。欧州の数多の国でそうしてきた様に、また爆弾を炸裂させ、数十、数百の者達を血祭りにあげ、祖国に楯突く異教徒達を恐怖に染めようというのか。彼は話の細部を知ることをときめいた。そうして主人の吐露に耳を傾けた。
「アル・クルアーン(:日本で言うイスラム教の経典)は内乱を禁じてあるにもかかわらず、クールアン派の奴らは私を祖国から追い立てた。それだけでなく、異教徒どもに歩み寄り、聖地を汚しておる。奴らは最早正統な血脈でなく、我がシャーリアがイランを治めるべきなのだ──」
「ごもっともです。私はいつまでもカリフであるあなた様にお仕えしとうございます」
カーンはそう言いながら、主人の足元へひれ伏した方が良いのか迷った。主人は気難しく、言葉だけの服従や見せ掛けだけの誠意を最も嫌う。カーンはそんな主人に今ひざまづくのは良くないと判断し噺の腰を折るべきではないと思った。
「明日の夜、向こうでは真昼の予定だったが、大きな事を起こし、クールアン派を名乗り声明を出す筈だった。だが事情が変わりあと四時間足らずで事は成し遂げられようとしている」
「成就が早くなる事は悦ばしいことではないですか、カリフ様?」
カーンは何事かは予想も及ばずに喜びを表現した。
「私は多くのマスコミが注目する彼地での昼に事を望んだのだ。異教徒どもの生きる地が地獄の真っ只中だと目に焼きつかせる為に。だが奴らの眠りを妨げる事になりそうだ」
いつの間にか、主人は眼を見開いて両の掌を見つめながらペルシャ語で呟いた。
「我が人生で初めて──」
「──こんなにも満たされようとは」
彼はイランを追われたイスラム教原理主義派──シャーリア派の指導者マハラート・カビールだった。




