Part 1-3 Witness 目撃者
SatCon C.I.A. H.Q.(/Headquarters) McLean, Va. 15:20 Nov.15th
11月15日午後3:20 バージニア州マクリーン中央情報局本部衛星管制室
その部屋を照らし出す壁に設けられた二百インチ以上もある巨大な液晶モニターLEDバックライトの青白い冷たい明かりが二列のコンソールに向かい無言で操作卓を操る男女の顔を亡霊のように浮き上がらせていた。
「課長、どうも様子が変です。あんな何もない場所に止まる理由が──」
一人の若いブラウス姿の女性がキーボードの操作を中断したまま大型の液晶画面に映し出される光景を見つめていた。彼女は声をかけた相手が自分の傍らの背後に立っているを十分承知していた。だがその上司が何も言わない事こそが、映像が伝えている内容以上に気掛かりだった。
彼女と上司が見ている光景は遠方からの俯瞰だった。もし夜間に渡り鳥が飛ぶのであれば同じような光景を見たかもしれない。
画面は不鮮明ではっきりと分かるのは一そろいの灯りが斜め上から反対側の斜め下に伸び、それが広がり四角い物の一部を照らし出しているのが十数個列なっていた。先頭の灯りだけは何も照らし出していないように見えたが、わずかに浮かび上がった線路のように伸びるその灯火の幅よりは倍ほどの広さの線が暗がりの中に伸び消えていた。
「あいつら何をやってる? 事故ったか?」
それが意見を求められたと取った女は戸惑いながらも上司に述べた。
「分かりません。休憩ではないと思われます。先ほどの町を発ってからまだ半時間も走ってません」
だが液晶画面に列なる灯りの数珠は一向に動き出す気配はなかった。
「あと何分でフレームアウトする?」
「KH-13(/Key Hole:米国軍事偵察衛星の俗称)はあと三分二十秒で上空から外れます」
「次のサテライト(:衛星)が上空軌道に来るのはロストしてから何分後だ?」
上司に尋ねられて部下の女は自分の操作卓にある小型の液晶モニターに視線を下ろし、映し出された衛星群の変化し続ける数値の一部を素早く読み取った。
「KH-13が去った後KH-17が十八分後です」
女は報告しながらわずかに安堵した。KH-17は今年打ち上げられたばかりの低軌道高度にある偵察衛星の最新型でその長距離カメラは高精細のもので解像度は従来の六十倍にもなる。日中のそれも晴天の明るい下なら軍服の肩章も判読可能なのだ。
だがセンチネル(/RQ-170 ISR UAV:情報・監視・偵察ステルス無人機)のように細やかな赤外線画像は厚い大気層が邪魔をして得られない。それにいくらステルス無人機であってもロシア領土内を大手を振り侵犯するなど論外だった。たった今覗き見る夜間の、しかも雪雲の合間を縫うような監視は衛星からでは概観すらつかめない。
「──荒れても構わん。雲海の切れ間が流れ去る前に拡大して増感しろ」
部下の女が指示に従い車列を拡大し始め壁の液晶画面のピクセル同士が干渉しだした刹那、灯りの一群が一斉に消え残光が揺れ動きゴーストを幾つも引き連れ流れ出した。それを断ち切るのは時折踏まれ点灯するブレーキランプの仄暗い明かりだった。その照らし出した通り過ぎる車両の傍らに一瞬黒い不鮮明な何かが映った。
「画像を止めろ。8分の1スローで逆再生」
ゆっくりと流れるブレーキランプの明かりが逆に昇って行く。その明かりに浮かび上がったのは横たわる人らしき影だった。見たものを否定しきれずに彼は同じものが他にもあるのではと思い確認せずにはおれなかった。
「フレームを道に沿ってわずかに上げろ」
課長が即断し命じた直後わずかな光の列を追いかけるように浮かび上がったもう一つの影。先ほどのものとは明らかに違う形で横たわるのは間違いなく人のものだった。課長はこれが単なる交通事故での被害者を見捨てた行為を正視したものではないことを既に承知していた。それにヘッドライトを消して上空からの監視を逃れようとする意図が見え隠れしていた。
「くそう。これだからセキュリティ・オブ・ステート(:国務省)がらみの事案は。当たりの悪い。よりによって──」
悪態をつきながら彼が取った電話機の押されたボタンの繋がる先は直属の上司である外事監視部長でなく、古い付き合いのある同じ局員のC.O.M.(/Collection Management Officers:情報収集管理担当官)でありI.A.S.O.W.A.R.(:西アジア・ロシア問題情報統括官)に意見をもらうつもりでいた。
あの女官は過去にダース以上の部長クラスの者たちを閑職に追いやって統括官に登りつめた烈腕だった。だが最良の事後策を助言してくれることは間違いなかった。回線が繋がりすぐに明瞭でいて穏やかな声が聞こえた。
『はい、パメラ・ランディです』