Part 11-6 Terrorism support テロ支援
Midtown Manhattan, NYC 12:25
午後0:25 ニューヨーク市 マンハッタン・ミッドタウン
イエローキャブの運転手をするようになって5年。色んな客がいるものだとジョン・カーサーは思った。
中でも困るのは不気味な客だ。乗り込んで行き先も言わず、ただ曲がり角に近付くと、右だ左だと指図するばかりでどこへ行きたいのかさっぱり分からない手合いの客は苦手だ。
教会通りのワールド・トレード・センター北端の歩道で乗せた中東人らしい男は正にそういう類いの客だった。
乗り込むなり百ドル札を前の席へ突きだし直ぐに左折させ1方通行の道を走り出すと今度は北へとつたない英語で命じてきた。
まあ金払いのいい客であれば少々の事は我慢するのだがとジョンは思った。車が西の川沿いを走る西通りに出ると百ヤードほどでいきなり右折してくれと言われた。だがそこは1方通行の出口で進入禁止の標識があったのでそのまま走り次の曲がり角を右折した。
その時ジョンはルームミラーで客の様子を見た。鼻と頬から顎にかけて髭を延ばした客はどことなく落ち着かなげだった。曲がった直後、客は後ろを振り向いていた。ジョンは、この客はいったい何を気にしてるんだろうと思った。
直後また百ヤードぐらい走りきったところで左折してくれと指示された。ジョンはまた進入禁止の標識が眼に止まりやり過ごし客を乗せた同じ教会通りへ左折させた。
対向車の合間に合わせ止まる事なく車を左折させたが、その間際、客はまた後ろを振り向いていた。2度に渡り振り向いていたのをジョンはルームミラーで目にすると尾行でもいるのかと思った。
3度目、右折してくれと客に言われくるくると曲がらせやがってと内心悪態をつきながら彼はミラーを見てつけている車がないかを確認した。だが同じ道を曲がった後続の2台の黒のSUVは速度を落とし離れていった。
ジョンは追っている奴などいないじゃないかと思い後席の中東人がまたいきなり曲がってくれと言うのに備えた。その瞬間、ガラス越しに車が事故を起こす独特の金属音を耳にしジョンは巻き添えはゴメンだと慌てて周囲を見回した。
マーサ・サブリングスは指揮車両もまじえて12台の機動力を最大限に操っていた。
『キャブは教会通りへ左折、直ぐに北へ向かいました。2班キャブより離れます』
『3班、2班と共にキャブへ距離をおきます』
「6班、7班、2・3班の車を抜いて7班がキャブの前へ6班は後ろ20ヤードに。車線フルに使いキャブの前後を押さえなさい。6班、9班ともにハドソン通りを北へ。1班、5班同じくブロードウェイを北へ。制限速度に拘らないで。4班、10班、11班、12班────」
マーサは矢継ぎ早に各機動車両の車種の違いも意識しながら、様々な班の車がキャブの前後、又は左右に平行して走る通りに来る様に指示を出し続けた。ウルフの乗ったキャブはこれで5回も大通りから逸れ側道に入り直後大通りへと戻っていた。通常キャブは急激な進路変更をすることは無い。尾行をまくのではなく、追跡車両の確認を行っている。マーサは根比べだと感じた。
イズゥ・アル・サロームはイラク共和国親衛隊の大佐ともなる人物だ。幾度とない中東の戦争で修羅場を潜り抜けている。彼は納得するまで尾行の確認を行うだろう。それに食い下がらなくてはならない。
マーサはノートPCの地図をスクロールさせ続けキャブが次に曲がりそうな道へ新たな班を配置させなければと意識した。その刹那、六班とキャブを追い抜きに掛かった7班がトラブルを起こしたと混乱しながら報せて来た。
サローム大佐のイエローキャブの30ヤード後方をぴったりと張り付き追う焦げ茶のクライスラーのセダンと銀のフォードのセダンがあった。共に前席に2人の男らが乗り込んでおり皆が中東人特有の焼けた肌をしていた。その2台のセダンに乗る助手席の男2人はモバイルフォンで連絡を取り合っていた。
「把握しているか、ヌハイブ?」
『はい、中尉。2台が下がり、入れ代わりに同じ様な黒のSUV2台が追い越しをかけて来てます』
焦げ茶のセダンに乗った中尉と呼ばれた男はルームミラーに片手を伸ばすと角度を変え隣車線の後方を見た。2台の黒い4輪駆動車が明らかに流れよりも速く近付きつつあった。
「よし、介入する。お前は後続の車輌を。私は先行車輌を」
『了解しました、中尉』
「ナジャフ、運転席後ろの窓を下ろせ」
命じられたナジャフは無言で頷くと運転席側にあるリアウインドウのスイッチを押し込んだ。窓ガラスが下りきる前に中尉は自分のシートを半倒しにするなり左へ向けH&K G36Cカービンを構え運転席後ろの窓からマズルを出すとセレクターをバースト射撃に切り換えた。
彼は自車の横に黒の四輪駆動車が並ぶぎりぎりで2度引き金を絞った。瞬間、車内が轟音で満たされ追い抜きに掛かった車の前輪フェンダーから助手席ドアにかけ4つの孔が開いた。
助手席のウインドウには暗いフィルムが貼られてあり、効果は確認出来なかったが、その動きに如実に現れた。
スピードの乗った黒の4輪駆動車はそのまま一気に車線を逸脱すると対向車へ飛び込んだ。その金属の箱が破砕する衝撃音に被る様に後方から別な破壊音が伝わって来た。中尉は即座にシートを起こすと右手に短機関銃を持ったまま、通話状態で胸ポケットに入れていたモバイルフォンを取り出し耳に当てた。
『二輌とも大破。中尉、1度下がった別の2輌が追い上げて来ます!』
「よし、今から来る2輌は仲間が何処から撃たれたか掌握してない。同じ様に迎撃する」
『了解しました』
彼ら4人はイラクから送り込まれて来たイラク軍情報局のアセット(/Assets:諜報員)だった。イズゥ・アル・サローム大佐率いるテロ分隊を武力支援しアメリカの捜査当局の手に墜ちない様と命令を受けていた。
上首尾の出だしに彼らは余りにも安易に考えていた。大佐達に手を伸ばしているのが、連邦捜査局や現場に不馴れな国家安全保障局の者達だけではない事を知らなかった。
2台のNSA車輌の後ろから獲物を狙うクーガーの様に眼を光らせている女がいる事を彼は理解していなかった。女は街中での撃ち合いに熟達しており、その車中で女がヘッドセットのブームマイク越しにラングレーから連れて来たSAD(:CIAの準軍事工作班)へ命じた。
「ダークブラウンのセダンとシルバーメタのセダンを制圧!」
パメラ・ランディは言うなりサプレッサーを付けたSIG MCXカービンのコッキング・ハンドルを引き放った。




