Part 9-1 FORCE RECON 武装偵察部隊
Croatan Game Land Camp Lejeune, N.C. 10:25
午前10:25 ノースカロライナ州 キャンプ・ルジューン クロアターン国立森林公園
ワシントンから南へ220マイル(:約350㎞)、ノースカロライナ州キャンプ・ルジューンには海兵隊第22、24、26遠征部隊のベースがあり、そこから北へ20マイルほど離れた場所に、おおよそ245平方マイル(:約635百万㎡)におよぶ広大な緑多き自然が広がる地帯クロアターン国立森林公園があった。
国の管轄区域となるその国立公園には4つの湖を中心に様々な広葉樹木や草花が生い茂り、鬱蒼とした木立の合間は日中を通しても薄暗く、そのどこかに熊をはじめ小動物に至るまで多くの生き物が生息しており、人は滅多に奥に脚を踏み入れない場所だった。
その川沿いの獣道を珍しく2人のトレッカーがバックパックを背負い楽しげに会話をしながら歩いていた。話しをする事で危険な熊を遠ざける意味合いもあったが、都会を離れ自然を満喫出来る事が彼らに解放感をもたらしていた。
人の気配がすると殆どの獣は動きを止めるか、こそこそとその場を離れてしまう。
だがただ1つ木立の影になっている草むらの間に覗くその生き物は硬直もせずその場を立ち去る気配すら見せなかった。
その瞳がじっと2人の男達が歩き去る様を追って曲がりくねった獣道の先に気配が消えるとゆっくりと草の先端へ移動し始めた。やがて下生えの草の合間からそっと身を起こしたそれは野生の獣からは最も遠い生命体だった。
草の上に現れた顔には幾筋もの緑と黒のカモフラージュが横殴りに塗られており、その中で薄青い瞳をゆっくりと左右に動かすと暗がりに白目だけが異様に目立った。
さらにその獣から最も遠い生き物は聞き耳を立てながら腰を上げた。同時に草むらの中から両手に構えられたM4A1カービンが姿を曝した。今度は瞳だけでなく頭を廻らしその視線の先に銃口を向けながら周囲を確認すると、男はゆっくりとコンバットブーツを踏み出した。足音すら立てず暗がりの中から木洩れ日の下へ姿を現したのは背を丸め前屈みに小銃を構える亡霊の様な男だった。
パタゴニア製マルチカム迷彩レベル9と呼ばれるジャケットに同様のパンツを着用しており、防弾プレートキャリアーの様な動きを制約するものは身に着けておらず、微妙に迷彩の異なるチェストリグと小型のバックパックを装備し頭には同じ迷彩柄のくたびれたブーニーハットを被っていた。
男は獣道の際まで歩むと足を止め、わずかな間をおいてカービンから左手を放し肘を曲げ肩の横で人差し指と中指を前の方へ数回曲げた。
直後に男が出て来た背後の草むらに同じ出で立ちの別な男がカービンを構えた姿を上げた。それに呼応する様に傍の木立の影からまた別の男が姿を曝し、さらにその斜め後方にも武装した男が現れた。
全員が息を合わせた様に4方へそれぞれ別々に警戒心を向けていた。彼らはいつも基本的に4人で1つの生き物の様に動く。それがジャングルであろうと開けた荒れ地や山岳地帯でも同じだった。
彼らはキャンプ・ルジューンに臨時拠点を置く第2偵察大隊所属武装偵察中隊のトルーマン・ベッソン海兵隊少佐が率いるリーコンズ第2小隊の男達だった。
彼らは一切民間人に悟られる事なく森林戦を想定した訓練を行っていた。自然公園でのこの様な訓練は禁じられていたが、民間人どころかこの森林に慣れ親しんだ警備のシェリフにさえ見つかりはしなかった。
目視されるどころか気配すら悟らせない。
彼らは野戦斥候の訓練を行っていたが、一般海兵隊隊員の中から引き抜かれたモンゴメリー・ザーイン1等海兵を鍛える為のものでもあった。
枯れ葉を踏むブーツはまったく音を立てず、爪先は落ちた枝を巧みに避け、男がこの様な場所を歩き慣れている事がうかがいしれた。その後に続く7フィートほど離れた男も同じ様に開けた場所に用心しながら前の男を追った。
男らは近くにいる別な2つの分隊を意識していた。だが気配は感じとれなかった。
同じ小隊でも1度放たれたなら別な生き物として行動した。万が一仲間同士で接敵したなら即恐ろしいほど静かな模擬戦闘が開始される。
音を立てる事を決して良しとしない彼らはサバイバルナイフで勝敗を決しようと全力を尽くす。喉笛に刃を押し付けるぎりぎりまで闘争心をむき出しにした。その勇猛果敢さは名の知れたらシールズにさえ匹敵するとさえ言われていた。
急に4番目の男が耳に左手を押し当て動きを止めた。掌はイヤープラグを被っていた。その男は地面に片膝を下ろすと胸のポーチからヘッドセットを取り出し、唇をわずかに開くと小さな口笛を瞬間的に吹いた。
獣道に先に近付いていた3人が即座に動きを止め意識を後方へ振り向けた。
そうして最後尾の男が振り向いた3人にヘッドセットをつき出すと2番目の男が素早く片膝を下ろした男の元へ戻った。歩いて来た男が負い革で胸元にカービンを斜めに吊るすと膝をついた男からヘッドセットを受け取り、その際に見上げた男が小声で報告した。
「少佐、彼女からです」
ベッソン少佐はヘッドセットを差し出した部下に一瞬怪訝な表情を浮かべ直ぐに理解し懐かしい顔を思い浮かべながら耳にヘッドセットを押し当て用件に耳を傾けた。
「俺だ、サンドラ。どうした?」
数分、彼は聞き入り真剣な面持ちになっていた。
「────分かった。正式な要請として受けるが、司令部に1報を入れておいてくれ」
そう言うとベッソン少佐はヘッドセットを部下に返した。受け取ったロメオ上級伍長が少佐の顔を見て察した。
「悪い御知らせですか?」
「ああ、最悪だ」
ぼやくなりベッソン少佐は口に人差し指と中指で作った指輪を当てると甲高く鳴らして部下達を呼び集めた。
獣道から離れた藪の裏手に16名の分隊が集まった。立った少佐の周りに皆膝をついたり座り込んで彼を見守った。集まってもベッソン少佐が直ぐに状況説明をせず、顔を上げた小隊の古参の兵達は指揮官が険しい表情でいることに、皆は中東か、南米かと考え、自分達にこれから下るであろう指令に緊張した。
「全員、私服に着替え火器を被い、都市戦装備と十分な弾薬、戦闘服を携行。空港に迎えに来る民間チャータージェットで移動する」
「トールマン、どこの国の都市に展開するんですか? 偵察ですか?」
武装偽装の上に民間機と聴きどこの紛争地域だと思いながら尋ねたのは兵達をまとめるローランド・ボール2等准尉だった。
「不正規戦だ。ビックアップルへ弾頭を持って逃げるテロリストを黙らせに行く」
座っている皆が、NYという言葉に驚き、核弾頭という単語に眼を見開いた。
「デルタやグリーンベレーでなく我々が出される理由は?」
ハンセル大尉と親しいボビー・オリゴン1等海兵が手を上げ質問した。
「指令を出してきた国家安全保障局クレンシー長官代理は、6年前まで我々小隊にいた手練れだ。事故で名誉除隊後も活躍している。奴の事は我が小隊の古参は知ってのとおりだ。我々の事を厚く信頼してくれている。事態は重い。彼は今、大統領権限で我々に出動要請をしてきた」
少佐の説明にボール2等准尉が声を張り上げた。
「さあ、指示が出たぞ! お嬢さんら重い尻を上げて用意しろ! 日が暮れる前にNYを拝みに行くぞ!」
彼が言い終わる前に皆が一斉に立ち上がった。いつもの様に不平を漏らす者は今は1人もいなかった。




