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衝動の天使達 1 ─容赦なく─  作者: 水色奈月
Chapter #8
32/155

Part 8-2 Blunder 失態

W.31st ST.-8th AV. Midtown Manhattan, NYC 11:15

午前11:15 ニューヨーク市 マンハッタン ミッドタウン 8番街31丁目



 ニューヨーク市、九百万人が暮らす人種の坩堝るつぼ。街は数10年前に飽和に達していた。そんな街の顔は幾つもあり、深夜早朝を除き歩道は人であふれかえる。その中をイズゥ・アル・サローム大佐は姪のミュウ・エンメ・サロームに会うために急いでいた。鍛え上げた彼は五十中を過ぎているとは思えない速歩で脚を繰り出し続けていた。だが彼は苛つきながら人を縫うように歩いていた。



 この街は何だ。どこを見てもラマダンのメッカの様に人ばかりだと彼は思った。その誰もが取りつかれたごとく歩いている。



 彼は前から来たまるで絡んだモップの様な髪をした黒人とぶつかりそうになり身体を捻って相手をかわした。



 瞬間、横を向けた顔に何者かの視線を感じた。だが彼は振り向いて直接確認したい思いを押さえつけた。



 さっき飲んだカフェインのせいで敏感になりすぎているのだろうかとも思った。尾行されていると疑われる時は相手に悟させず尾行者が身を隠す物のない場所まで誘引しそこで確かめるのが定石だった。



 斥候せっこう(:敵陣情報収集兵又は部隊)が敵地に肉薄した後、敵の斥候狩りにつけられていると不安を抱く時がある。無闇に確認しようとすると尾行していた斥候狩りは隠れる目的を失い殺害か拘束にでる。それはこんな異国の都会でも同じだとイズゥは思った。



 ここは戦場なのだ。このちりちりとした不安が続くようであれば、敵が身を隠せない場所で反撃に撃って出ると決意して目的地へ急いだ。



 イズゥは全体がまだ工事中のビルの前にさし掛かった。ビルの前面と側面は落下物がある場所に歩行者が入り込まない様、鉄パイプの足場の下に地面までメッシュのシートが張られていた。



 ここなら歩道から身を隠せない。尾行の有無を確認するだけならこの場所で十分だ。彼はそのビルを通り過ぎた直後いきなり立ち止まり振り向いた。



 イズゥが歩いて来た歩道には同じ方へ向かう20人以上の男女がいた。だが立ち止まったり急に顔や身体の向きを変えた者はいなかった。彼は疑いの目つきで元の方へ向きを変えるとまた急ぎ足で歩き出した。それでも何かが引っ掛かった。











 主任サブリングスから展開指示のあったブロックの1つ8番街36丁目の交差点で歩行者の流れよりも速く歩く鼻の下からあごまわりにかけ髭を生やしたコート姿の男に気がついたのは、NSA捜査員第3班の1人──エリオットだった。その捜査員はコートの両ポケットに手を突っ込んだまま巧みに通行人を縫って歩くその男の顔を横目でじっと見ていた。



 酷似してる!



 緊急ブリーフィングで見せられたスライドの男に間違いないと判断したエリオットは男の背後15ヤードにつけると、8番街を南下しながら視線を先を行く男の肩に据ええりの小型マイクロフォンを口元に引き指揮車輌への報告と指示を仰いだ。



「第3班エリオット、コードウルフ(・・・)をマーク。現在8番街を36丁目から35丁目に移動中。単独で追尾中」



『3班を急行させる。距離をおきなさい。ウルフ(・・・)は軍人よ。用心深いから注意』



 指示をイヤープラグで聴き終えエリオットが了解した旨を伝えようとした刹那、先を行くウルフ(・・・)が突然歩道から車道に降り、走って来る車に片手を向けてのひらを見せながら強引に車道を渡り始めた。すぐに通りを走っていた車数台が障害物にクラクションを浴びせながら急ブレーキを掛けた。



 それを見ていたエリオットは唖然としながら、反射的に自分も車道へ降り減速した車の一群の間を駆け始めた。そこへ後方から隙間をすり抜けて来た大型のオートバイが勢いを落とせず迫った。



ウルフ(・・・)目睹(もくと)の一報に部下が報告を終わると、NSA・NY支部副主任捜査官ベリーズ・リーサウェイは間髪入れずに指示を出し、直後に8番街36丁目の東西7番街と9番街にいる1、5、8班、10班──計20名を8番街の35丁目へ急遽向かわせた。



 リーサウェイはその青い瞳でノートPCに映し出されたマンハッタン・ミッドタウンの市街地図をじっと見ながら、主任の指示が的確だった事を素直に認めた。だがこれは僥倖ぎょうこう。我々がツイているんだと彼女は思った。同時に核テロを行うかもしれないとされる4人の内の1人がニューヨーク市内を徘徊しているのは、入念な下見なのかと考え、いいやと否定した。



 主任からの連絡以降ウルフ(・・・)は一直線に8番街を南下している。もしやウルフ(・・・)は誰かと接触しようとしているのかとリーサウェイ捜査官は考えた。他の3人のテロリスト達の確認が取れていない以上、もしやどこかに集まろうとしているのかもしれないと考えた。



 リーサウェイは2基もの核爆弾を使おうとしている狂気がまったく理解できず、同じ様に4人の男達が何を考え何をしようとしているのかなど予想出来なかった。



 彼女は重責と緊張感に溜め息をつきそうになりそれを呑み込んだ。ただ言えるのは、もう直ぐマーサが戻って来るという事実。それまで何とか持ちこたえなければならない。彼女は15歳も若い主任を頼りにしていた。











 イズゥは車道を渡り終え1度振り返り尾行者を確認できなかったものの依然誰かの視線を拭いきれなかった。



 彼は歩きながら腕時計を見た。姪との約束時間までもう15分を切ろうとしていた。タクシーでも拾って急ぐかとも考えたもののそれをかなぐり捨てた。ミュウの元へ尾行者達を引き連れて行くわけにはゆかない。あの子を関わらせなくてはならないと分かった時点でこんな事が起きると予想したはずだ。



 イズゥは苛つきながらも何か打開策をと辺りに眼を凝らした。人混みの先に何かの昇降口が見えた。数人の人がそこへ入って行くのも確認した。



 地下鉄の入口だった。彼はベカー高原のキャンプでの教育で、この街の地下鉄の入口と出口の多くは別だと教わっていた。だが眼にしたものは間違いなく人が降りている。イズゥはいったんその入口を通り過ぎた。そしていきなり駆け戻ると階段を3段跳びで走り降りた。そうするとさっきまで感じていた視線を急に感じなくなった。



 数10段降りると曲がり角を2回曲がり料金所の様な所へ出た。上に地下鉄経路図があったが英語表示の駅名がまったく理解できずどの路線どころか目的の駅さえ分からなかった。



 姪との約束した場所は確かワールド・トレード・センターという名だったはずだ。オサマ・ビン・ラディンが世界にその名を知らしめた2つビルの名称。



 彼は改札機の並ぶ周囲を見回し壁に向かって列をつくる数人の男女を眼にした。その先には何かの販売機の様な物が壁にあしらえてあった。並ぶ余裕も慣れぬ機械を相手に戸惑う時間もなかった。



 彼はよく見ると改札機の近くに目立たぬ有人ブースが在るのに気がついた。イズゥはその窓口に駆け寄るなり中に座る灰色のカッターシャツを着た女性駅員に百ドル札を押しつけ不確かな英語でワールド・トレード・センターへ行きたいとまくしたてた。



 だがブースの中年の白人女性は彼に理解できない英語で何か言うと窓口に突っ込んだ札を突き返した。まごまごしてると追っ手が来てしまう。



 だが唐突に彼は自分が出した紙幣が高額過ぎるのではと気がついた。ダラーの価値はどれくらいだ? レートは? 焦りながら彼はもう1度スラックスのポケットに手を突っ込み折り曲げ輪ゴムで閉じた紙幣束を取り出した。しかしめくってはみたもののどれが少額紙幣なのか理解できずにいた。



 その時、脇後ろから手が差し出されイズゥは窓口に大きめのコインが置かれたのを眼にした。料金所の係りが手慣れた様にそれを無言で受けとると黄色い1枚の紙製のカードとやや小さな別のコインが数枚突き返された。イズゥはそれらを受け取り振り向いた。いつの間にか背後には10人近い列が出来ていた。彼の背後から手を出したのは老齢のあごの下に長い白髭を生やした男だった。その髭面にイズゥは親近感を覚えた。



「100ドル札じゃあ断られる時もあるよ。あんたが受け取ったのは1回使用のメトロカードじゃよ。ニューヨークは初めてかい、外人さん」



 老人はしわだらけの顔をほころばしボソボソとイズゥに話した。だが彼には老人が何を話したのか英語が殆ど理解できなかった。しかし目の前の相手が好意でそうしてくれたのではないかとイズゥは思った。



 彼はアラビア語で短く礼を言うと高齢の男に窓口から突き返された小ぶりのコインすべてと手にしていた100ドル札を握らせ、それを返そうとするその老人を振り切り自動改札口へ急いだ。



 金など明日には用無しになるとイズゥは思った。



 彼の脳裏にわずかな間、空漠たる何かが渦巻いたが先にゲートを抜ける若い女性が自分が手にしたカードと同じ様なものをゲート脇の支柱のスリットに通したのを眼にしていた。彼は急いで同じ様に自分のカードを読み込ませるとゲートの回転フレームを押し切りそれが3分の1回転して彼は通過し、また見えてきた階段へと駆けた。



 都合良く電車は来るだろうか。もしも待たされる様なら線路を走って駅から離れなければならない。監視する視線は感じなかったものの、イズゥはあせり高まっていた。



 最悪、ミュウとの約束には間に合わないかもしれない。だが携帯電話に連絡を入れればあの娘が心配するような事はないだろう。何としてもここで追っ手をまかなければならない。イズゥ・アル・サローム大佐の眼にホームが見えたその時、轟音と共に電車が滑り込んできた。











 現着した4つの班から次々に対象を視認出来ない旨の報告が入り始めリーサウェイは何が起きたのだと眉をひそめた。その一群の報告の最後にとんでもない報せが入った。



『5班のバーナードです。副主任、3班の──エリオットが路上に倒れています! 数人の人だかりが──』



 5班の部下がすべて言い終わる前にリーサウェイは顔をひきつらせ単独追尾連絡を入れてきた部下だと理解することを否定しようとした。だが彼女は躊躇ちゅうちょしなかった。目の前の通信担当の部下から左手でマイクを奪い取ると自らデジタル無線機の一斉送信のスイッチを押し込み叫んだ。





「全班! 8番街に沿って駆けなさい! まだウルフ(・・・)はその通りを南下してる筈よ!」





 言い終わりながらリーサウェイは50名近い追跡チームだから見逃すはずはないと自分を納得させようとした。だが愕然がくぜんとしたまま何かが気にかかりノートPCの液晶を振り向き見た。



 何かをミスってる。



 何なの!?



 わなわなと震えだした右手を伸ばし人差し指をパッドに乗せぎこちなく操作すると市街地図が拡大した。そうして眼にした事実に彼女の瞳孔は一気にすぼみ理性が飛びそうになった。



 通りの歩道に2つのピリオドが上下に並び、小さなフォントで註釈ちゅうしゃくがある。



──ペン・ステーション 34ST──。



「あなた達のその先にサヴウェイの入口がある!」



 副主任がその後を言い終らずしても通信先のどれかの班長が理解していた。



『下を捜索します』



 スピーカーから流れる音声を耳にしながら支部副主任捜査官ベリーズ・リーサウェイは蒼白になったまま降格(・・)という言葉が頭に浮かび、下手をすると左遷させんされると意識に脅された。



「失態だわ────」



 そうつぶやいた直後、突如ドアが開き彼女が振り向くとそこにはマーサ・サブリングスとララ・ヘンドリックスが息を切らして立っていた。











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