Part 8-1 Level-Five レヴェル5
NDC HQ Bld. Chelsea Manhattan NYC, NY. 17:05
午後5:05 ニューヨーク州 ニューヨーク市 マンハッタン チェルシー NDC本社ビル
エレベーターの開いた扉の先にはパステルグリーンの光が溢れていた。
まるで光の瀑布だとマリーは思いながらその輝きの中に入って行くパティとアリスの後ろ姿に見とれた。光には境界線が見えず、どこからが床でどれが天井なのか判別がつかなかった。入り込んだ少女達の輪廓さえ今や不鮮明なほど彼女達が輝いてる。
「ここはハデス・ルームっていうの。作戦対応室を敵の襲撃から守る為のものなの。どこに奥の扉があるか分からないでしょ」
パティが説明したとおり奥行き感や向きが不確かな事にマリーは辺りを見渡し続けた。
シームレスな光が壁や天井、床から溢れんばかりに輝いている。壁の素材事態が光を放っていた。マリーが少女達に視線を戻すと、パティが光の一方に向けて明瞭に言い放った。
「STARS特務情報職員、パトリシア・クレウーザ」
音声認識? とマリーが思った直後、パティの正面の二フィートぐらいの高さからボールペン軸ほどの細さをした白い光が延びて少女の顔に射した。
網膜を照合してるんだわ。何て厳重な識別システムなの、とマリーが考えたその時、パティの正面の光の空間にエレベーター・ドアの外周をした黒く細い筋が走った。その枠が素早く持ち上がると3人が立つ光の部屋に喧騒が広がった。
マリーがパティとアリスの後にハデスルームを出ると、眼下にはとても大きな部屋が広がり忙しげに働く私服の男女百人ほどがいた。そこはテニスコート八面分ほどもあり、マリーが先ず眼にしたのは左右の両壁面にある壁ぎりぎりで横長の見たこともないほどの巨大な液晶画面だった。それが各面3百以上に分割表示されている。1つひとつの表示は街中の様々な映像や道路、港湾、空港ロビー、何かのビル内の様子や、多くの報道番組、何かの様々なグラフや文献などが映し出されていた。また多くの風景映像は街中にある監視カムの映像をハッキングしてるのではないかと彼女は思いながらフロアーに視線を向けた。
通路の仕切りはわずかで、人の胸までの高さの仕切りで区切られた8角形の向かい合う操作卓が10近く、やはり仕切りで区切られた普通の事務デスクが3列で合わせて30以上あった。その殆んどのデスクに人がいて、ファイルを広げたり書類に何かを書き込んだり、椅子を寄せ合って議論をしている。それらの合間を書類を手にして忙しそうに速足で歩く何10人の者達。
「チーフ、ちょうど良かった。階段のそばにいるのが、副指揮官の──」
パティが言いながら階段を降り出した。少女2人に続きマリーが壁際の階段を降りようとした時、階段下で数人と立ち話をしていた20代中過ぎの肩までの銀髪の女性が顔を上げマリー達に気がつくと姿勢を正し素早く敬礼し大きく鋭い声をあげた。
"A-ten-hut ! C.O.on deck !Salute !"
(:気をつけ! チーフ、入室されます! 敬礼!)
その一声に皆が凄まじい反応をした。座っている者は立ち上がり、背を向けて話し込んでいた者は振り向き、急ぎどこかへ向かう者も歩むのを止め、全ての者達が階段上にいるマリーに向かって姿勢を正し敬礼した。その揃った音が響き渡りマリーは耳目にしながら脳裏に10代のころ眼にした男達の姿が蘇っていた。
サンディエゴ海軍基地の広場で白い海軍の制服を着た男達、白のセーラー服を風に靡かせている男達、父を眼にした全ての男達が古参曹長の掛け声と共に一斉に敬礼をする光景。少女のマリーが瞳を丸くして見つめたものが何か。幾つもの深い尊敬と畏怖の眼差し。そして振り向いて彼女が見た父の仕草。
マリーは唐突に今、階段の上で見下ろし静寂に包まれた自分が何を求められたかを気づいた。彼女は背筋を伸ばしてパンプスの踵を音を立て揃えながら、左手を素早く身体の側面で下に向かって伸ばし、右掌の指を伸ばしたまま身体の横から胸の前を優美な曲線を素早く描き、風を切るように額の右に構え上げ答礼をした。
一斉に見つめる2百以上の眼を意識してわずかな間をおきマリーが手を下ろすと先ほどの銀髪の女性が直れ、休めと号令を掛け皆が一斉に手を下ろし肩幅に爪先を広げた。マリーは一息吸って明瞭な声で話し出した。
"Listen, People!"
(:聞きなさい 諸君!)
"Big Apple is now in the midst of disaster."
(:ニューヨークが災厄に見舞われている)
"So they called me and we're cope with over there."
(:そこで私は呼ばれ、我々は対処しなければならなくなった)
"For one pupose alone──"
(:目的はただ1つ)
"to keep our island safe."
(:大都市を守るためだ)
"We are the front line of defense and the last line of defense."
(:我々は防衛の前衛であり、そして最後の一線となる)
"I expect and demand your very best."
(:諸君に望むのは、最善の努力)
"Anything less, you should have joined the NYPD."
(:それができない者は、市警に転職を推奨する)
マリーが言い切ると皆から笑いが聞こえた。
"But you're my S.O.U."
(:しかし、貴方達は私の特殊部隊だ)
"And all I ask is that you keep up with me."
(:なら、私に逆らうな)
"And if you can't will be my pumps in your ass!"
(:出来ないなら私は尻を蹴り込む!)
そこで皆からまた笑いが起こった。
"Mrs Assistant official!"
(:副指揮官!)
"Yes, sir!!"
(:はい、チーフ!!)
階段の下から銀髪の女性が鋭く答えた。
"You're aware of the name of this commando, aren't you, Mrs Assistant official?"
(:この特殊部隊の名を知っているか?)
マリーは澄み渡る声で問うた。
"Very aware, sir!"
(:よく知っております!)
"It represents fine people?"
(:皆、優秀か?)
"Very fine people, sir!"
(:極めて優秀であります!)
"And in what is that name, Mrs Assistant official?"
(:この部隊の名前は?)
"S.T.A.R.S., sir!!"
(:スターズであります!!)
"Mrs Assistant official, dismiss the boys and girls."
(:副指揮官 全員解散)
"Dismiss the crew.Aye, sir!!"
(:“全員解散”了解しました!!)
"Crew ! department heads ! Attend to your departments!"
(:全員! 持ち場につけ!)
階下の銀髪の女性が声をさらに張り上げた。
"Fall out!!!"
(:解散!!!)
マリー達が階段を降りて来たのに合わせ号令を掛けた女性が歩み寄って来た。そうして2人の少女に軽く会釈するとマリーに向かって右手を差し出した。
"Nice to meet you, Mis Maria Garand.Welcome aboard our Club, C.O."
(:初めまして、マリア・ガーランドさん。ようこそ指揮官、我々の倶楽部へ)
挨拶をしてきたその肩までのストレートなプラチナブロンドをしたグリーンの瞳の女性はフローラに負けじと劣らず美人だった。
「初めまして、貴女は?」
マリーは差し出された手を握り返し手を離すと、その淡いブルーのスーツを着た女性は説明した。
"My name is Diana Irasko Rorinze. Call me Luna. I'm [X.O.]and[T.S.O.]──I'm sorry I was in the office right now. We have decided to be a new woman. Thank you very much for your suggestions. Excuse me which troops were you belonging to?"
(:ダイアナ・イラスコ・ロリンズです。ルナと呼んで下さって結構です。副指揮官と戦術管理をやっています──入室されて直ぐに失礼しました。新任の貴女の人となりを見定めさせて頂きました。見事に主張を述べて頂き有り難うございます。失礼ですが、どちらの軍に所属なされていたのですか?)
ルナと名乗った副官は興味深そうに見事な発音のブリティッシュ・イングリッシュで尋ねてきた。
「私はただの証券アナリストよ。平たく言えば受付嬢」
マリーはしかめっ面をした。
「そんな、でも見事な答礼と訓示は民間人では無理でしょう」
「どうして貴方逹は軍隊の真似事なんかを?」
「統制と規律を維持する為に採用しています。チーフ・マリー、海軍式の様でしたが?」
ルナは肘を胸横に押しつけ右手で軽く敬礼してみせ笑顔を浮かべ尋ねた。マリーはその古い敬礼の仕方に見覚えがあった。だが触れられたくない過去の話からはぐらかした。
「そんな事より、ルナ、核爆弾奪回を共にする者達を紹介して」
「特殊部隊STARSのコマンド31名とここに居るi-worker(:情報担当員)の112名全員を詳しく御紹介している時間は有りません。手っ取り早くチーフにレヴェルFiveで私とあれをやりましょう。ヘラルドからもそう命じられています」
そう言ってルナはパティにアイコンタクトした。
「でも、ルナ────」
少女が返事を渋っていると、ルナはさあ早くと催促している途中でマリーが割って入った。
「待ちなさい、貴女達。あれって何なの!? レヴェル5? 始める前に説明を──」
この人達がまた私に何をしようとしているのかとマリーの不安が急速に膨れ上がった。
いきなりだった。頭を殴られた様な衝撃に仰け反りそうになった。まるで額に巨大なプラグを強引に差し込まれた様な気がした。
だが直ぐにマリーは冷静さを瞬時に取り戻せた。その矢先にマリーはルナの瞳を通して自分を見つめている事に気がつき自分の困惑した面持ちをつぶさに眼にしているそれが信じられなかった。同時にマリーは流れ込んでくる様々なものをどうすれば良いのか分からないでいた。それらが何なのか、どこから来るのか、理解に苦しんだ。
MIT(:マサチューセッツ工科大学)首席卒業。4年前にIBM研究員として就職決定後に現れたあの人。
あの人って誰?
マリーが意識すると鮮烈なオレンジの瞳をしたヘラルドの顔が浮かび上がった。苦悩の末選択した超巨大企業NDCへの道。フローラの唄い上げるような口調で告げられた対テロ特殊部隊の活動。恐れと興味。パティとアリスから見せられた爆弾テロによる倒れ逝く人々。アスファルトに流されるその多量の血。赤い流れ。真っ赤な命。押し止める事の出来ない哀傷に満ち、抱いた決意と溢れんばかりの熱意。
それらの記憶と思惑が流れ込んだ時、マリーはふとこれらがルナの記憶や過去の思考、感情だと理解した。その瞬間パティの声が聞こえた。
────マリア、私を信じて全てを受け止めて。
マリーは少女に優しく抱かれ保護を受けている事を感じた。分かったと彼女が意識した次の瞬く間、今まで知覚していたものが膨大な知識へと変わった。それらは怒濤のごとく流れ来る数多の流星だとマリーは感じた。原子物理学、応用原子物理学、材料工学、電子工学、流体力学、エネルギー工学、ロボット工学、建築工学、etc、etc──。
NDCへ入ってから得た膨大な現代軍や古代からの戦術教義、あらゆる武器、兵器、それどころか中世の海戦や陸戦に関してさえあまねく知っていた。
それら知識、情報、データ。莫大な事柄を熟知するなんて無理よ!
人が短期間にこれだけの物事を学ぶなんて。だがルナは類い稀なる頭脳でそれを成し遂げていた。その仔細に渡るすべてがシナプスの新たな結合連鎖を恐ろしい速さで構築してゆく。さらにはそれらの知識が複雑に結びつき合い新たな発見を見いだし──幾つもの火花は新たな火花とぶつかり合い弾けさらなる火花に──それらが真っ白なフレアに燃え上がるといきなり怒濤は急激な終端を向かえた。
マリーは1度瞬きをした。今度は自分の瞳でルナをじっと見つめていた。
そのサブチーフは心配げな表情で見つめ返していた。マリーは当惑しながら辺りを見回した。眼に飛び込んでくるあらゆる物事に花火が火の粉を散らすように様々な事柄が浮かんで来る。世界を今まで無音声の白黒写真で眺めていたのが、突然サラウンド音声付きのハイビジョン・フルカラー3D映像に切り替わった様だった。
「凄いわ、これ──どれくらいの合間────」
マリーが呟くと横でパティがマリーの顔をうかがいながら小声で言い切った。
「1秒ちょっとよ。チーフ、コンプリート」
完了という言葉にマリーは自分が何かの精巧な機械の様な感覚を思い出した。
父が私に望み高めた精密機械にも等しい“仕打ち”をにわかに思い出し目眥を寄せた。
右肩に優しく掛けられた手にマリーは顔を向けた。ルナはまだ心配げな面持ちをしている。マリーはどうして誰も彼もが私を病人扱いするのだと一瞬不満に思った。
「チーフ、何とも無いですか? 幻聴とか幻視や言い知れぬ喪失感とか」
マリーはその手を取って肩から離した。そうして彼女は自分の両掌を見つめると呟いた。
「感じるの──凄まじい高揚感を────これほどの──」
ルナはパティと顔を見合せ笑顔になるとマリーにとんでもない事を告白した。
「良かった。先任チーフは失敗した挙げ句、統合失調症になり精神治療に3ヶ月も掛かったものですから」
ルナがホッとしてこぼすとマリーはゆっくりと顔を上げその眼が吊り上がっていた。
「何ですって! 貴女達、フローラで、駄目だった事を、私で、試したのね!」
そうマリーは単語を1音ずつ句切りながら声を圧し殺して言った。
「兵士達に貴女を紹介しないと──ガン・ルーム(:ブリーフィングルーム。本来は艦船の作戦会議室)へどうぞ」
そう言ってルナは慌てて踵を反すと奥に見えるブロンズの硝子張りの一角へと足早に歩き去った。マリーは横にいるパティへ振り向きいきなり少女の首根っこをつかんだ。
「わたし、いかなきゃ」
言葉を残しアリスは見向きもせずにルナを追って小走りに逃げた。
「あっ! 馬鹿アリス、自分だけ────」
パティが言い掛け口を開いたまま恐るおそる横目でマリーを見ると視線がぶつかった。
「パティ、あなたはどうして私ばかりに」
マリーの生説教が始まりそうな予感に彼女の手を強引に振りほどき少女は逃げ出した。マリーは遠ざかるその背中を肩を怒らせ見つめたが、直ぐ様近くのデスクや立ち止まって彼女を見ている幾つもの顔に気がついた。
「何か問題があるの?」
そうマリーが顔を引き攣らせながら問うと皆が一斉に顔を逸らし仕事に戻った。その合間をマリーはパンプスの踵を鳴らしながら未だ見ぬ手足となる兵員に会うため奥の一角へと向かった。




