Part 5-1 VBSS 海上臨検捜索
White House D.C.,U.S. 9:50 22th.Nov.
11月22日午前9:50 合衆国 ワシントン ホワイトハウス
官邸敷地内にある通用門に隣接した詰め所でシークレットサービスの身体検査を受けている最中にクレンシー長官代理のモバイルフォンの呼び出しバイブレータが私物置きのトレイで振動し始めた。
彼は警護官の顔をうかがうと頷いたのでトレーから携帯電話を取り上げ通話ボタンをタップした。
「はい、クレンシーです」
カフマンは傍らで誰からなのだと上司を見つめ、警護官の1人から携帯火器や類する危険物を出してくれと言われて慌ててモバイルフォンと車の鍵をトレーに放り込み上の空でスーツを左右に開いて見せた。
「──そうですか閣下。我が国としては残念に思います────はい、参考でもかまいません。そう仰っていただけると非常に──」
クレンシーを担当した警護官は彼が通話を終わるまで声を掛けるのを辛抱強く待っていたが、長官代理は空いている方の左手でスーツを交互に左右へ開いて見せ危険物を所持していない事を示した。
「はい、閣下。残りの2つの投射体の捜査状況は御参考までに御連絡いたします。それと武器商人から確保しました残りの核弾頭につきましても貴国への引渡し手続きは緩急でありましょうから、引渡し方法をお知らせ願いたい。必要な事がありましたら、私へでも、外務大臣宛でもかまいませんので。それでは、わたくしこれから大統領スタッフと捜査についての会議に出なければなりませんので失礼いたします」
モバイルフォンをトレーに戻すとクレンシーは担当している警護官に失礼したと声をかけた。
「長官代理、ロシアは解除コードを?」
カフマン本部長が尋ねるとクレンシーは肩を軽くすくめてみせた。
「本国へ問い合わせたみたいだ。相変わらず奪われた事を否定しながら、核拡散防止に興味と協力する意志があるから捜査状況と引き換えに参考の為にと解除コードを教えてくれたぞ。もちろん既存するロシア所有の核弾頭は半時間以内にすべて書き換えられるだろう」
カフマンは事を簡単に説明したクレンシーが本当に重大さを理解して話したのか疑ってしまった。大国ロシアの保有配備する数千すべての核弾頭コードを電話一本で変更させたのだと。
2人はエックス線撮影機のゲートをくぐり所持品を返してもらうと、連絡を受け出迎えた大統領執務官に案内され大統領執務室へと通された。
広いその部屋には4人の男達が待ち構えていた。彼らは入室してきた3人へ一斉に顔を振り向けた。
クレンシーは入るなり視線だけを動かし顔ぶれを眼におさめた。何れも記憶にある顔だった。
出入り口左側の袖壁に背を向けるようにして立っている人物はブライアン・コックス──CIA長官。ブロンドの髪を綺麗に分けて神経質そうなとも何か魂胆がありそうとでもとれる目付きを向けている。
部屋の右手壁際に置かれた臙脂色のアンティークなソファーの前に立つのがトニー・カーチス──政府が数年前に立ち上げた緊急事態管理局の局長。
部屋の左手中ほどに立つ恰幅の良い男がグレン・ファーガシー陸軍大将──国防長官。折り目正しいモスグリーンの制服姿で左胸には略式の勲章がひしめいている。
国家核安全保障局の担当官がいない事にクレンシーはわずかに驚いたが、後で駆けつけるものと割り切った。そして中央の執務デスクの向こう──大きな窓際に立っているのがニック・バン・ベーカー合衆国大統領だった。
「久しぶりだなクレンシー。一体何事だ?」
ご無沙汰しておりましたと長官代理が返す間にベーカーの一声で7人の男達の立ったままの会合が始まった。
「サダトの局長からもたらされた情報によると現地時間で5日前にトルコで行われたデルタの特務作戦において2基の核弾頭が紛失しました」
そうクレンシー長官代理が話しを始めるとすぐに大統領が尋ね返した。
「何処の国の所有物だ」
大統領は問うて長官代理の斜め後ろに立つ小役人とした風貌の人物が一体何者なのかと一瞬視線が逸れたのをクレンシーは気がついたが、知らぬ顔をした。
「ロシアが保有していた新型の長距離弾道核ミサイルSS-N-32ブラヴァの分離核弾頭の2つです。能力強化型の150Ktクラスで、現時点ではロシア側は紛失したと認めておりません」
クレンシーは折り返しの電話があったその時点で核弾頭がロシアの物だと暗に確信を持つに至った。そうした細事はあえて説明せず大統領への報告は要点だけを押さえさらに細々した名詞──該当の核弾頭は加重爆発型のという──も出来るだけ避けていた。
「それがなぜ、我が国内のテロに結び付く?」
大統領は話の先を急いた。
「テロリスト達の核爆弾の受け手に繋がるサダトの潜入諜報員がアメリカ国内に居ることが1つ。武器商人から手に入れた某の搬出ルートが船便で寄航地がニューヨークであることが1つ」
その港がある都市がニューヨークと知り大統領は片眉をぴくりと動かしクレンシーを見つめていた。彼が長官代理に何か言いかけた時横から口を差し挟んだ者がいた。
「ニューヨークから陸揚げしてワシントンを狙うつもりなのか。そんな話はうちには上がってない」
会話に割って入ったのはコックスCIA長官だった。
クレンシーはパメラが長官に話を通さなかった理由を一瞬に半ダースほど思い浮かべたが、直接関わっていないという彼女の言葉を思い出し、次にコックスが本当にこの事案の核弾頭の事を知らないのかと疑った。ロシア側で強奪された時点で監視班からの報告を受けたはずだった。それとも失念しているだけか、と考えそれはあり得ないとクレンシーは否定し大統領の話しに思考が中断した。
「それだけではテロだと判断できん。第3国、例えばイランや北朝鮮とかへの遠回りな密輸を目論んでいるのかもしれん」
ベーカー大統領の指摘に長官代理は簡素に反抗を試みた。
「注目すべき点があります」
「何だクレンシー?」
「トルコの奪回戦に何故デルタが出動したかです。武器商人が核を扱うことをどうやってつかんだのか。ロシアは盗まれた事すら認めてません。奪われてからわずか1日足らずで武器商人の手に渡っているのに、特殊作戦部隊が動き出すには都合良すぎます。その時点で何処に運ばれ、何に用いられるか、事前に知るべき者が然るべき作戦立案をした可能性が──それによって危険度と対応が変わります」
長官代理はあからさまに首謀者の1人が軍に関係しているとは言い切らず、事後対応を強調した。
策謀者を吊し上げるのは後でもできるとクレンシーは考えていた。今はアメリカに持ち込まれようとしている2つの凶器にどれだけ早くたどり着けるか、それが最優先だとし、彼は対応が変わりますの部分だけ声のトーンを意識的に下げて投げ掛けた。
「ファーガシー、お前は作戦立案に関与してないのか」
大統領は顔だけを振って国防長官へ問い掛けた。視線を合わせた大将はその作戦許可は大統領に事前に承認してもらったではないかと思いながら、困ったという表情を一瞬浮かべたものの直ぐに大統領のデスクに歩み寄り質問に対応した。
「電話をお借りします」
国防長官は受話器を耳にあてると素早くプッシュボタンを押し始めた。わずかな間がありどこかに繋がると彼は静かに話しだした。
「ファーガシーだ。作戦本部長を」
30秒ほどたって国防長官は電話口の相手に説明し始めた。
「これはホワイトハウスからの暗号化専用回線だ。クレイソン大佐、6日前にトルコへ展開させたデルタの作戦立案をした責任者を出せ」
しばし聞き耳をたてていた大将は更に通話口に代わった相手とやり取りを始めた。
「キンバリー中佐、デルタをトルコへ派遣する事になった理由は?」
今度は1分ほど国防長官は聞きいっていた。残りの6人の男達はまるで受話器の声が聞こえるとでもいうように静かに様子を見守っていた。やがて国防長官は手短にそのまま待てと中佐に命じると受話器を戻さずに手で持ったままベーカー大統領へ顔を向けた。
「閣下、我が国が対イラク侵攻作戦において捕らえたイラク側の捕虜の1人──共和国親衛隊大尉が最近になり報復作戦としてニューヨークで核テロを行う計画があったとの情報提供をしました」
国防長官の説明にクレンシーは内心驚いた。中央情報局が核強奪を察知し、その追跡過程で回収可能と判断を下したコックス情報局長が軍に出動要請したものだとばかり思っていた。
「何を今さら──イラクに派兵して何年もたっている。それにそんな報告は受けてないぞ長官」
そんな捕虜が何処のブラック・サイト(:CIAの非公開な尋問施設兼収容所)に居たのだと言いかけ、コックスは迂闊な事を言いいらぬ責任をとらされてはかなわないと口をつぐみ、同時にこんな重大案件で後手に回った責任を間違いなく問われると判断し即座に別な事で声を荒げた。それを大統領は視線1つで叱責しファーガシー長官に詰問した。
「何故、緊急事態管理局に知らせなかった」
大将は大統領の様子をうかがいながら再び受話器を顔にあてるとキンバリー中佐に同じ内容を問いただした。そして答えをえた国防長官は話を続けた。
「すでに瓦解したイラク軍の者たちにそんな大それた画策を実行できるのかと、慎重に裏を取る段階で具体的なトルコの武器商人が判明した時点で時間は残されてなかったために、ロシアから強奪された核弾頭を押さえテロ行為を潰す作戦を軍略司令センターの1部門が立案しました。奪回作戦が確実視されたため本案件の緊急事態管理局への通達が遅れました」
説明しながら彼は部門が事案を掌握していながら内密に事を断行した背景に思いあたった。チームデルタは対アルカイダ作戦で失敗をきし、結果シールズにお株を奪われた。陸軍のメンツをと采配を奮う者の誰かが挽回を図ったのだと考えた。だがベーカー大統領はそれを見抜いて口をついて出た。
「なんということだ保身に走りおって」
眉間に皺を寄せ苦悩の表情を浮かべている大統領にカーチス緊急事態管理局局長が進言した。
「大統領、猶予ならぬ状況に事態が進展する前に核対策非常令の行使を御願いします」
その発言にベーカー大統領の淡いグリーンの瞳孔が収縮する様をクレンシー長官代理は見つめ心理を分析していた。彼はニューヨーク市や周辺住民の避難に伴う被害を恐れている。ニューヨーク市だけで8百万、近隣住民となると倍以上──2千万の住民が短時間に避難しなければならない。その混乱は壮絶を極めそれだけで多数の死傷者がでるだろう。
大統領はたとえ核テロを阻止できても、その責を回避したいと願うはずだ。それに彼は就任して1年の間に選挙公約の半分も実現できずに支持率が過去就任した大統領の中で最下位を競っていた。これ以上の問題を嫌う。そうクレンシーが思った瞬間、続く大統領の発言は彼が予想した通りだった。
「ならん。事案の危険性は重視できるが、ニューヨークにまだ核爆弾が持ち込まれた事実が確認されていない。それにニューヨーク州及び近隣地区をいたずらに混乱させる訳にはいかない」
クレンシー長官代理は持ち込まれてからでは遅きに失するのだと考え、事案解決と話の主導権を握る為に動いた。
「本部長、船の入港は既に押さえてあるな」
長官代理は斜め後ろに立つ部下に向かい皆に聴こえるように問い掛けた。カフマン本部長の声も興奮で明瞭だった。
「はい、長官代理。NY支部の特務班が沿岸警備隊と組み、事案の貨物船へVBSSを掛けるよう指示しました」
言いながら彼は局を出る直前に本部長権限でNY支部に指示したその時に感じた晴々しい気持ちを思い出していた。
「何だ、君、VBSSとは?」
カフマン本部長は大統領から直接質問されたことに驚いたが即答した。
「海上臨検捜索(/Vist,Board,Search,and Seizure)の略称です、閣下」
その発言に5人の男達の視線が一斉に振り向けられた。




