Part 4-3 Notification 通告
CIA HQ McLean Va., U.S. 12:20 Nov.21th.
11月21日 午後0:20 合衆国バージニア州 マクリーン 中央情報局 本部
昼食の時間になっても職員レストランは込み合わない。情報担当官の多くは自分のデスクで多すぎる仕事を少しでも捗らせようとジャンクフード片手にモニターの資料を睨んでいるか、緊急の作戦に駆り出され不規則な時間に食事をとらざるえないかのどちらかが多かった。
パメラ・ランディはリフレッシュするために必ず食事は自室以外でと決めていた。空いているレストランで軽いランチメニューを注文し1人ボックス席のテーブルついた彼女は、ここ数日気になっている核爆弾強奪の案件を思い出してどの様に事態が進行しているか食後に調べてみようと決めた。
軍が動いたとの噂は耳にしたが、ニュースになるような事はなかった。ならば事態はあまり思わしくない展開を見せている可能性があった。いずれどこかの部所が振り回され、何かしら関わってくる可能性が高かった。よしんばそうでなくとも、リークが耳に入るのは時間の問題だと彼女は思った。
自分が生業とするこの世界では先手がものをいう。後手になると際限ない状況に振り回され俯瞰がとれなくなり疲弊から最終的に破綻する。過去にその様な経緯を何度も眼にしていた。
ウエイトレスが近づくのをパメラは気がつき、さあ食事に気持ちを切り替えようと思った。その給仕が自分の方でなく他へ気をとられた様を見てパメラも同じ方へ視線を向けた。
レストランの出入口にパメラの部下の男が立っており、誰かを探す様に顔を見回していた。直後彼女と視線が合うなり部下の男は大股で歩み寄ってきた。
「主任、御電話です」
「誰から?」
「それが──名乗らないんですが、重要な話だと。アジア地区の責任者に取り次いでくれと」
「分かったわ。直ぐ行きます」
そう言うとパメラは食事を運んで来たウエイトレスにチップを渡し手をつけていない食事の処分を頼んで、急ぎ足でアジア管理部の大部屋へ向かいだしその後に部下の男が付いて来た。
通路を歩きながらパメラは嫌な予感を感じた。重要な話にろくなものはない。名乗らない人にかぎり大した事でもない様な情報を大袈裟に言い出して時間を無駄にさせられたり、あるいは稀に本当にとんでもない事を暴露する手合いもいる。
「私が通話中に逆探を掛けなさい。話を引き延ばすからメモで相手先を知らせて」
「分かりました、マム。掛けてきてるのは三十代前後の女性です」
パメラは大部屋に入るなり職員のいない空いてるデスクに歩み寄り複数の保留ボタンが点滅する電話の受話器を取り上げながら保留外線番号を知らせに来た部下の男に尋ねた。彼が右掌を開いてみせたのでパメラは5番の外線ボタンを押し込んだ。そうして部下の男が逆探知の指示を出しているのを見ながら耳に意識を集中させた。
「はい、代わりました。西アジア・ロシア問題情報統括官のランディです」
『逆探は御済みですか、統括官殿』
落ち着いた声だった。
「誰なの?」
『貴女が名乗ったのだから、わたくしも名乗らないと不公平ですね。いいでしょう。話の信憑性と緊急の度合いから必要と判断します。MITを御存じかしら?』
一瞬、パメラはマサチューセッツ工科大かと考え否定した。そして即座に別の言葉を思い出した。
「トルコ国家情報機構かしら?」
『ええ、幾つかの選択肢からどうしてそう思われたの?』
「失礼かもしれないけど貴女の話し方が慇懃に思えたから。貴女、軍人でしょ」
『ええ、ランディさん試させて頂いたわ。本当の責任職かどうか。わたくしはトルコ陸軍情報局大尉──ケイラ・タイス。御調になる時間が必要かしら?』
問い掛けられ、否定するのを承知でとパメラは眼を細めた。
「いえ、結構よ。信じるわ。本題に入って頂戴」
『我々特殊部隊と貴女方デルタの合同強襲において核弾頭の全回収が不首尾に終わった事は聞き及んでいるかしら?』
相手が話し出した端緒にパメラは瞳を細めた。
「ええ、直接関わってないから仔細は存じませんけど」
『内2発の個別誘導投射体がイスラム教原理主義者達の一派に渡ったとはまだ御存じないでしょう』
パメラは思わず生唾を呑み込みそうになったのをこらえた。その時、外線を知らせに来た部下の男が彼女の顔色を伺いながら電話の横に1枚のメモを差し出した。パメラが視線を落とすとそこにはトルコの国際番号から連なる電話番号と2重丸で囲まれた“政府庁舎”という単語があった。
「それをなぜ御知らせに?」
『船便で運び出された事は判明したけど、既に我が政府の影響及ばぬ外洋に出ています。ただ、貴女は寄港地に関心を寄せられただろうと──』
「何処なの?」
『貴女方の国の大都市ニューヨーク』
パメラは受話器を固く握り締めた。
運び込まれる場所を耳にした瞬間、その目的が迎える終焉に怖気が背筋を這い上がってきた。こうなる事を危惧して核弾頭輸送隊が襲撃された直後、然るべき人には知らせておいたのだと予感が当たった事を呪った。
「テロに使われるという確証があるの?」
『貴女もわたくしも生業は同じ。不測の事態に備える為に苦慮する事が第1──』
「核弾頭を手にした連中の情報は他には?」
『それは既に貴女方へ1時間ほど前に質問し頂いた回答が示しているわ。入手したリストの連中はHIS─ヒズベ・イスラミ・シャーリア──貴女方の言い方だとシャリア派の過激グループです。9.11以降貴女方の連邦捜査局は国内に在籍するHISの名簿を作成されていると聞き及んでいますが、それを御利用されたら宜しいでしょう。それから弾頭を仲買した武器商人の口座に大金を振り込んだのは他ならぬ貴女方の陸軍が活用している幽霊会社』
パメラは驚いた。なぜ軍が金を払ったのだと幾つかの可能性が頭を過った。
「見返りは何ですの?」
『我が国のトップがつかんだ権力を固持するあまり欧州連合に対し強硬的な姿勢でいるので多くの国から叩かれています。このまま行きづまる前に貴女の国の外務省ルートで関係を修復して頂きたい』
パメラは一瞬眉根を寄せ唇に笑みを浮かべた。1統括官に左右出来る内容でない事なのは明白だった。だが副長官を焚き付ける一ダースばかりのトルコの欧州連合加盟の利益を思い描きながら、これに関わった遠い国の軍人に本心で尋ねた。
「表向きの条件ね──で、本心は何なの、大尉?」
『強いて言うなら、ただ危機感を拭い去りたいという願いから規律違反を承知で御知らせしました。でも──』
何を言い出されるのかとパメラは覚悟をした。
『貴女方がどうやって窮地を脱したか、我が国が有事の歳に御参考にさせて頂きたく思います。同じ災厄が我が国に起きる事もありえますから』
パメラは目尻を下げ声に出さずに1度短く息をついた。
「分かったわ、タイス大尉。結果と経緯は出来るだけ御知らせ致します。それとEUへの働きかけも出来るだけ。ありがとう」
『御武運をランディ統括官』
そう言うと先方から回線が切れパメラも受話器を下ろした。
「どうしたんですか、パメラ」
問いに彼女が顔を向けると、いつの間にか腹心の部下ルイス・リッパートが傍に立っていた。
「ルイス、国内で核テロの懸念があるわ。至急、分析チームの要員確保を。それとパラメリ(/Paramilitary Operations Unit:準軍事行動班.SADの俗称)でニューヨークに向かわせられそうな者の人選を15名。私が現地で指揮します」
それを聞いて彼が眼を丸くして忠告した。
「SAD(/Special Activies Division:CIA特殊活動部隊)を使うなら長官に許可を頂かないと」
「構わない。独断で先行。許可は後で私が。政治的判断で後手に回ったら取り返しがつかないわ」
その時、彼女のセルラー・フォンがメール着信を知らせバイブレータが数回振動した。
パメラがスーツのポケットから取り出し見ると、今しがた話していたケイラ・タイス大尉からだった。パメラはどうしてアドレスをと眼を丸くしながら内容を確認するとトルコ軍とデルタが射殺したHIS──2名の写真とデータ、それに我が軍が振り込んだと思われる振込元が表示された口座データが添付されていた。
こんなもの誰にも見せられないとパメラ・ランディは一旦は思い1人か複数かは分からないが、軍属を追い込まなくてはならない状況を彼女は漠と抱きセルラー・フォンを仕舞いながら自室へと急いだ。




