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衝動の天使達 1 ─容赦なく─  作者: 水色奈月
Chapter #3
17/155

Part 3-5 Big Rig 大型トレーラー

Suburbs of Martinsburg,W.Va. 09:05

午前9:05 ウェスト・バージニア州マーティンズバーグ近郊



 300マイル(:約480㎞)以上移動する間、雪は降ったり止んだりを繰り返していた。途中運転を代わり車内で居眠りしていたフィラス・アブゥド・イラクRG(:共和国親衛隊)少尉はアハメド・バーハム少佐の声に起こされた。



الرائد ، أين نحن؟

(:ここはどこですか、少佐?)



لا أعرف أين هو ، ولكن كانت هناك علامة لمسافة 30 ميلا إلى ولاية بنسلفانيا

(:分からんが、ペンシルベニアまで三十マイルの標識があった)



 少佐の返事に耳を傾けながらフィラスは後席で後ろを振り向きカーゴルームの床に縛られ転がされている2人を見下ろした。老人夫婦は共に眼を開いており床から彼を見上げていた。



 ウィールズを深夜に発ち、彼らは空が白み始めた5時間後に同じ道を走っていたステーション・ワゴンを襲撃し車を奪った。乗っていた老人夫婦は彼らのアサルトライフルを眼にして大人しく捕縛ほばくされ荷室に転がされた。



 フィラスは少佐が2人を殺さなくて良かったと思った。シャーリア派の要員が用意してくれた古びた車は道路脇の小道に入れ雑草の生い茂った林の際に放置してきた。新しく手にした車はそれよりはましでヒーターも良く効いていた。



أليس الجو باردا؟

(:寒くないか?)



 彼は夫婦にアラビア語で声を掛けた。だが分からないらしく、じっと彼を見つめるので彼は自分の顔の前で掌を擦り合わせて息で温める仕草をしてもう一度同じ言葉を掛けた。



 老人の男性が理解したらしく首を振り妻の方へ視線を向けた。彼女がうなずいたのでフィラスは脱いでいたジャンパーを女性に掛けてやり、唇に人差し指を当てて静かにしていろとうながすと二人共に首を縦に振った。



حسعام، هل الطريق خاطئ؟

(:ハサム、道は間違ってないだろうな)



 バーハム少佐が運転しているハサム・サイド中尉に声を掛けた。



بخير. أتحقق من كل علامة رقم أراها من وقت لآخر

(:大丈夫であります。時々目にする数字の入った小さな標識をすべて確認しております)



 2人の後ろ姿を見つめながらフィラスはいずれこの2人を殺さなければならない事に後ろめたさを感じた。



 偽造の出生書や身分証、それに当座の生活資金を与えられ16で任務を帯びを単独イラク入りした。その18年前がまだ昨日の様な気がした。現地で食べる為の日雇いの仕事を見つけ2週間後には安宿から下宿へ移り、それから2年がむしゃらに働き過ごした。そうして18の歳にイラク陸軍に入隊した。



 毎日モサドの連絡要員に知り得た事をメモにして渡し続けた。そうする事で病がちな父を看病しながら働く母を助けられるとフィラスは信じて疑わなかった。単独身分を偽りイラク人として過ごしてきたモサドの見返りは、両親へ毎月支払われる自分の給料だった。



 時折連絡要員から知らせられる遠く離れた両親の暮らしぶりを疑う事などなかった。それがもうわずかで終わろうとしている。



 モサドで刷り込まれた基礎的な軍事教練のお陰で、陸軍での功績から数年で共和国親衛隊に転属になり、少尉にまで昇進した。そこでバーハム少佐とサイド中尉に知り合い5年が過ぎていた。



 その彼らを──大佐も含め彼らを暗殺せよとモサドから指示を受けていた。



 彼はイラク軍人が他国へ甚大な被害をもたらす時、重要関係者を抹殺する眠らされた爆弾(アセット)だった。



 フィラスはまさか自分が核テロの要員として声を掛けられるとは思いもしなかった。アメリカが狙われた後にいずれ同じ手口でイスラエルが狙われる事をモサドが危惧する事は分かりきっていた。だから命に掛けても任務を遂行しなければならない。この老夫婦の様に祖国で両親が幸せな老後を過ごせる様に。



فراس ، استعد للتخلي عن السيارة

(:フィラス、車を捨てる準備をしろ)



 少佐に言われ前を振り見た彼は、フロントガラス越し百ヤードほど先の路上に大きなコンテナトラックがハーザードを点滅させながら左に寄るのを目にして、婦人に掛けたばかりのジャンパーを取ると袖に腕を通した。その路駐しかかったトレーラーのコンテナ後部には半月刀と四つの星が描かれていた。











 カスム・ハッサンは1989年にソ連が撤退した年に発足した軍事評議会政府が嫌になりアフガニスタンを後にし渡米した。



 難民としてでなく就労ビザも苦労して手に入れての新天地だった。イスラム教徒からすればアメリカではあからさまにではないにしても、偏見をもってみられる異教徒の大国だった。それでも故国に比べれば遥かに暮らしやすく安全だった。



 カスムは長年貨物輸送の運転手として生計を立ててきた。主に東部の州をまたぎ、4万4千ポンド(:約20t)の食品を1つのコンテナで1度に運ぶ。アフガニスタンに比べればその量は多かったが、アメリカでは中堅だった。長い超長距離トレーラーになると3連以上のコンテナをく列車の様なものまであった。



 だが今日は満載にはしていなかった。



 雇いの会社には車の調子が悪いからと半載にしてもらった。だが走行系には何の問題もなかった。今日は数100マイルを飛ばさなければならなかった。



 モスクのグルから特別な積み荷を頼まれていた。



 彼にはその積み荷が人である事は分かっていた。それは積み荷に手渡す様にと依託されたやや重い雑誌ほどの大きさをした封筒と識別用の新聞全紙大2枚分の大きなステッカーを預かっていたからだった。



 彼の自前のコンテナには改造が施してあり、荷室の6分の1が個室になっており州を越えての許可のない輸送を禁じられている煙草やアルコール類、火器弾薬それに違法なドラッグの類いを運ぶ事が多かった。



 彼は指定された州間ハイウェイに平行して走る脇道に入り決められたポイントでトレーラーを停め待った。



 1時間して積み荷が来なければ何も仕事をせずに受け取った3千ドルが自分のものになるという、うまい話だった。とても楽な一仕事で3千だからやばい積み荷であっても、それ自体はあまり問題ではなかった。



 積み荷がどんな車で来るのかは知らなかったが、預かった大きなステッカーを言われた様にコンテナの後部に張り付けたので相手が見つけ声をかけて来る筈だった。



 彼はトレーラーを停めて低俗な雑誌のピンナップをあれこれ眺めていると15分ぐらい過ぎていきなりドアが叩かれた。



 一瞬、カスムはシェリフなのかとびくつきミラー越しにパトロールカーが後ろに停まっていないか確かめた。だが停まっている車どころか走って来る後続の車すらいなかった。カスムはサイドウインドウを下ろし顔を右に突き出した。ドアの傍に一目で中東の人間だと分かる男が手荷物1つで立っていた。後ろを見るとコンテナの際に2人の中東の同じ様な出で立ちをした男らが立っていた。彼はドアの傍にいる男にパシュトゥー語で話し掛けてみたが相手が返事をしないのでアラビア語に変えてもう一度聞いてみた。



هل هي أمتعتك؟

(:お前達が積み荷か?)



أوه بالتأكيد نعم

(:そうだ)



 カスムは頭を引っ込めるとハンドルポスト付け根のコンソール下にある隠しスイッチを押し込んだ。と同時にコンテナの方からソレノイドが作動した軽い音がした。そうして彼はドアを開け運転席から降りると彼らに向かい合った。険しい目付きが民間人の様な雰囲気ではなかった。



هذا هو مدخلك. حتى لو توقفت المقطورة في الطريق ، لا تنزل إلا إذا فتح الباب. وإلا ستُفرم بإطار مزدوج. بعد ذلك ، إذا كنت ترغب في استخدامه ، فهناك مرحاض محمول بالداخل ، لذا يرجى القيام بذلك هناك.

(:ここがあんたらの入り口だ。途中、トレーラーが停車しても扉が開かない限り降りないでくれ。さもないとダブルタイヤにミンチにされるぞ。それからもようしたくなったら中に簡易トイレがあるからそこでしてくれ)



 そう言ってカスムはコンテナ前部の底を指し示した。三人がのぞき込むとコンテナの底に開いた扉がぶら下がっていた。



أغلقه عند الصعود. لأنها نفس الكابينة الصفراء. وهناك مغلف بالداخل سأعطيك إياه

(:乗ったら閉めろよ。イエローキャブと同じセルフだからな。それからあんたらに渡すよう頼まれた大型封筒を中に放り込んである)



 彼がそう告げると男らは目配せし無言でコンテナへ潜り始めた。











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