Part 37-3 Permit 了承したわ
#3 Hall NDC HQ Bld. Chelsea Manhattan, NYC 13:55
午後1:55 ニューヨーク市内 マンハッタン チェルシー地区 NDC本社ビル 第3ホール
一時間近くかかり就任祝賀会に集まった百人以上の招待客に挨拶して回りまだ同じ数以上の人がいるのだとルナに教えられてマリーは目眩を感じてしまった。
それでもルナは辛抱強くマリーについて回り新しい客に応対する前にマリーへ、次のお客様は誰それで、いつからNDCとどんな関係にあるのか、応対で注意すべき点などを耳打ちし続けてくれていた。
マリーは立ち代わる人達の祝辞と社交辞令に丁寧にお礼と話を合わせ、まずいこと言い出すと必ずルナがドンと肘鉄を打ち込んでくるので神経をすり減らしまくり、さらに口内と喉の渇きからソフトドリンクを飲み過ぎて気分も悪くなりかかり目眩を感じだした刹那いきなり後ろから抱きしめられ耳元に懐かしい声で囁かれた。
「マリア、すごいじゃな。こんな出世するなんて」
マリーは弛められた腕の間で振り向くとローラ・ステージの笑顔が待ちかまえていた。
彼女はジバンシーのキャメルカラーのスーツで決めていた。そうだ、久し振りに眼にする彼女はフローラに優らずとも劣らずとても豪華で美しいのだ。
マリーは目尻を下げいつでも私を守ってきてくれた叔母様との再開を喜んだ。
「ローラ叔母様! 来てくださったのね」
「当たり前じゃない。貴女の顔が色んなニュース番組に出てて驚いて、いてもたってもいられずに取り調べを部下に押しつけて駆けつけたのよ」
そう言ってローラはマリーの両手を握りしめた。
「本当に仕事を放り出して? 部下も災難ね。でもわざわざボストンから?」
「来る必要があったの。一つは貴女の晴れ舞台をこの眼で見てお祝いを渡すためにともう一つあるのよ」
マリーは少女が報告していたことを思い出した。ローラが国防総省で今回のテロの首謀者を取り調べる手助けをしたのだ。
「国防総省でテロの首謀者が射殺されたのをCNNで見たわ。ところでお祝いを渡すって?」
マリーが尋ねるとローラは晴れやかな笑顔を浮かべ手にするハンドバッグから細長いベルベットで被われたケースを取り出しマリーに手渡した。
マリーはそれを開いてみて瞳を丸くした。五カラットはある大粒のダイヤのペンダントだった。
「人前に立つことが増えるでしょ。なら身だしなみに気を使いなさい。それが貴女から硝煙の臭いを消してくれるから。あと───頼みたいことが」
「なんなの? 叔母様」
マリーは叔母様の頼みならと、にこやかに尋ねるとローラがスーツの内ポケットから一通の封筒を取り出しマリーに手渡した。
「読んでみて」
叔母に言われてマリーは封筒から便箋を取り出し眼を通した。
初めましてローラ・ステージ警部殿。
私は先日、連続殺人鬼から救い出されたアネット・フラナガンと申します。直接救助下さったのは、地元のアリシア・キア保安官補なのですが、彼女に殺人鬼の農場を調べるように命じられたのが貴女の部下であると知り、どうやって捜し出してくれたのか知りたくなりました。事情聴取を担当されたFBI捜査官の方に伺うと、貴女が遠くワシントンから農場の場所や殺人鬼の名前を指摘し指示を出されたと知り大変驚きました。
私は貴女の行いが奇跡だと信じています。同時に救われた私も誰かのためのと考え、FBIアカデミーに応募する決意を固めました。頑張って捜査官になり貴女のお役にたてればと願います。
文末になりましたが、助けて頂き大変ありがとう御座います。
入院先の病院にて
アネット・フラナガン
読み終わりマリーは丁寧に便箋を折りながら、薄々と叔母の意図を先読みしてしまい、それでも何も言わずに封筒に戻すと彼女にそれを返した。
「パトリシアという娘のことなんだけど、貴女が上司だと。本当に?」
そら、来たとマリーは思った。パティから報告は受けていたのでこんな事もあり得ると予想はしていた。
「ええ、私が直属の上司よ」
「パトリシアをこれからもFBIの捜査に協力させて欲しいの。あの娘が手助けしてくれたら解決する事件は多いわ」
マリーは情熱を込めたまなざしで見つめる彼女の申し出を一瞬考えた。パティがFBIの捜査に関わるなら、犯人らに近づかれる可能性が十分にあるということだった。
「ローラ叔母様、ダメだと言わないわ。でもそれはパティが犯人らの危険にさらされるということになるから、出向させるのに一つ条件があります」
「勿論よ。協力してくれるなら、どんな条件でも出来うる限り聴くわ」
「パティにうちから護衛を付けられるなら」
「問題無いわ。局からも護衛官を常時付けますから。あの子の安全は私が保証するわ」
「それなら協力するわ」
マリーが承諾するとローラは向日葵のような笑顔を浮かべた。マリーはそれから叔母と十分近く立ち話をしていて、傍でじっと待っててくれたルナを気遣い話を切り上げ、また来賓の応対に追われ始めた。それから一時間辛抱強く耐えたがとうとう限界に達した。
もうたまらないと、マリーはルナに告げしばらくパーティー会場を抜け出す事にしてロビーも避け裏の静かな通路へ出た。
誰もいないと思っていたが一カ所に設けられたら談話コーナーのソファに数人の後ろ姿を見ておどおどしていると背を向けていた一人が振り向き知った顔だった。
「あっ、チーフ」
パティが片手を上げてマリーを招き、もう一人が振り向くとアリスだった。マリーは気分転換になると近づくともう一人見知らぬ少女がいてその娘が立ち上がり挨拶した。
頭に包帯を巻き、唇の左端にメディカル・テープでガーゼが貼られており、もっとも痛々しいのは紫に腫れ上がった左瞼だった。瞳が半分も見えなかったが、ロビンズ・エッグ・ブルーの綺麗な色をしていた。
「はしめまして、ムリア・クゥーランドさん」
少女が喋りにくそうに言い微笑もうとして痛かっのたか顔をしかめ苦笑いした。
「あなた、ミュウ・エンメ・サロームね。病院を抜け出して来ても大丈夫なの?」
────はい、ドクターから二時間だけ許可をいただきました。
少女の意識が流れ込み、マリーはパティに視線を向けると少女がニヤニヤしながら頭振った。
「チーフ、ミュウは私とアリスの二つの特殊能力を持ってるの」
パティが言ったことにマリーは片眉を上げた。
「まさか!? あなた達、私をからかおうと──」
────いえ、本当にパティのテレパスとアリスのクレアボヤンスの力を持ってます。マリアさん、私、償いたいんです。あなたの特殊部隊で私を使って下さい。
「おねはいします!」
そう言ってミュウは頭を下げた。
"Mary please! The information processing ability for STARS increases just by having a Myuw!"(:マリー、お願い! ミュウがいるだけでスターズの情報処理能力が倍増するの!)
パティとアリスが声をそろえてマリーに懇願した。マリーはすでに少女達が結託しているのを見抜いた。だが、問題は別なのだとマリーは思った。
"When you join the STARS, you join the front line in the Illegal war between order and chaos."(:我々の特殊部隊員になるという事は、あらゆる不正規戦闘で前線に立つ事なのよ)
マリーはじっとミュウを見つめそう問いかけしばらく間をおいた。少女が理解している証拠に真剣な眼差しでいることは理解できた。それでもマリーは彼女の口から明確な意志を求めた。
"So, the question is, are you ready for that fight, Myuw?"(:じゃあ、訊くわ。闘う覚悟はあるの、ミュウ?)
"Yes, mom."(:はい、あります)
"Permit."(:了承したわ)
その瞬間、少女たちが手を取り合って喜び始めた。
「チーフ、ここにいらしたんですか! 探しましたよ。賓客がお待ちになってるんです。すぐに会場へお戻りください!」
かけられた声にマリーが振り向くとルナが通路の角に立ち睨むように彼女を手招きしていた。
マリーはうんざりした面もちを一瞬浮かべ両肩をすくめると、笑いだした少女たちを後にトボトボとルナの方へ歩いていった。
そうして夕方には祝賀会から解放されたマリーを、今度は様々なNDC傘下企業の個別の企業責任者達の、彼女に経営陳述や内密に取り入り増資を求めるための個別のアポが待ちかまえていた。私は絶対に企業経営に殺されるのだとマリーが思いながら解放されたのは夜の七時をまわってからだった。