Part 3-3 In-door Attack 屋内突入
Caribbean Sea Offing 13:30 Jul.18th
7月18日午後1:30 カリブ海沖合
ラピスラズリの瞳孔が一度収縮し広がり、その瞳で見上げた先にはどこまでも澄み切った青空が広がっている。
「さっきまでNDC本社ビルの会長室にいたはずなのに────」
自分に言い聞かせる様に呟きウッド・ベンチに腰かけていたマリーは困惑しながら立ち上がった。あまりの明るさに軽い目眩を覚えたものの周囲を見回すと2基の10フィートほどの高さをした煙突が眼にとまり、広がる板床のデッキ外周に渡されている茶色の手摺の遥か先に蒼い海原と水平線が続いていた。
巨大なメガ・クルーザー。
ふとそんな言葉が頭に浮かび上がった。どうして客船ではなくてクルーザーなのだろうと彼女は聞き慣れない単語に違和感を感じた。
くそっ、なぜニューヨークからこんな所に居るんだ。
そう疑問に思ったマリーは麻酔で眠らされている間に連れて来られたんだと唐突に結論へいたった。
怒りを感じながらここからキャビンに降りる階段はないものかと彼女は顔を振り向けた。ところが振り向いた先に見知ったばかりの人物を眼にしマリーは心臓が跳ねた。
手を伸ばしたら届きそうな近くにパティが立っていた。
少女は身体にぴったり密着したウエットスーツにも見える黒いライダースーツの様なものを着ていた。ウエットスーツでないとマリーが判断したのは胸にプレート・キャリアーが付いており、太股の外側にはマジックテープ止めの小物入れが付属していたからだった。
少女の爪先から顔まで視線を上げながら、マリーはほんの数秒前に見回した時にはデッキに誰も居なかったのにと自分に言い聞かせた。近づく足音さえ耳にしなかったと彼女は言い知れぬ不安に襲われた。
「マリー、貴女をご招待したの」
パティは笑顔を浮かべマリーにウインクした。
「私を眠らせてこんな遠くに連れて来たでしょう!」
マリーは少女に怒鳴りかかった。
「ここ、気持ち良いでしょ、マリー」
マリーの怒りを無視する様にパティはそう言いながら片腕を大きく横に回した。
「いったいぜんたい、こんな所に連れて来て、何をしたいの、私に」
マリーは私にと言うところをわざと声を落として逆に強調した。
「知りたい? マリー? 貴女が何に関わるかを」
パティはエメラルドグリーンの瞳を細めて半笑いした。その含み笑いにマリーは頭にきた。
「私は知らない何かに関わりたくてこんな所に自分で来たんじゃない。あなた達がそうしたんじゃない。こんな謎掛はやめてちょうだい」
マリーは精一杯感情を押さえて訴えかけた。
「いいわ、マリー。お見せするわ。同じようについて来て」
そう言ってパティは右手を自分の背後に回すと前へ引き出した。その手には電話帳サイズの武器が握られていた。マリーはその曲線と直線が優美に融合した火器を見て驚いた。それはマットブラックの銃器だった。だが眼にしたのが武器だから驚いたのではない。少女の華奢な腰の後ろにどうやってこんな大きな物を隠していられたのだろうとマリーは疑問に思った。
銃は見たことのない物で大きさと構造から拳銃とは思えなかった。ならばアサルトライフルなのかとも考えたが長さがアメリカ軍が使うアーマーライトM16A4の半分ほどしかない。M4A1カービンよりも2まわりは小さい。
しかも彼女が驚いたのはその構造だった。一見して分かる樹脂製の銃握が中心より前方に近い位置にあり、通常なら真っ直ぐなグリップが銃の下部に斜めにあるのだがそれがない。少女の小振りな手で握っている部分と引き金の前方の下部がそれぞれ後方へ湾曲して曲がり込んでおり孔の様に指を通している部分が開いている。サムホール・タイプの銃握をしたマシンピストルだろうかとマリーは思い、そして最も変わった点に直ぐに気がついた。
弾倉が上にあった。銃身に平行して銃の上部に寝かす様に取りつけられた弾丸の込められた半透明の長いマガジン。抱き込む様に肩付けする短い銃床。これはブルバップタイプのサブマシンガンだわと昔叩き込まれたそれらの単語が火花の様にマリーの頭の中に蘇っていた。
「これが気になるの? ベルギーのFNH社製P90エヴォ3。私達の標準短機関銃。オーダーメイドなのよ」
パティはマリーの視線に気がついてそう言うと手慣れた手付きで右小脇に構え振り向いて歩き出した。いったいこの子は何者なのだとマリーは眼を丸くさせながら仕方なく後について行った。
30ヤードほど2人が歩くと手摺が床に向かって傾斜していた。こんな所に階段が、とマリーがそう思いながら歩いていると数段下にアリスがいた。
少女はパティと同じ変わったライダースーツの様な物を着用しており、黒のそれが少女をより小柄に見せた。
アリスはパティと同じ短機関銃を携行し、それを腰の位置に構えて手摺にもたれかかっていた。少女2人は目配せすると無言で階段を降り始めマリーはわけも分からず後に従って階段へ脚を伸ばした。
1階ほど降りると階段わきの壁に赤い色に塗られた両開きの扉があった。階段を降り立つなり2人の少女はその2枚の扉の両袖壁に軽く駆け寄り、壁に背中を預けて中腰になった。
マリーが階段の最下段に突っ立って2人の様子を見ていると最初に行動に出たのはアリスだった。少女はパティと顔を見合わせると左手の人差し指と中指を伸ばして素早く自分の顔の前に持ってきて双眼を指し示した。それを見ていたパティは自分の肩の前に左手を持ってきて1度拳を開くと握りしめた。マリーは少女達のハンドサインが意味するものを意識に呼び起こすまでもなく理解していた。
ドアの先を確認し障害があればそれを掌握・排除しようとしている。
アリスがパティに無言で一度頷くと左太股側面にあるポケットの蓋を開き会議などでボードを指し示す収縮棒を取り出した。だがそれは一般に使う物とは明らかに違っていた。多段式に延びる金属棒は艶消しの黒いメッキに被われており、先端には人差し指と親指を丸めて輪を作った大きさの円形の鏡が付いていた。
アリスはそれを左手と口で引き延ばし、片側の扉の前に中腰で身をのり出すと短機関銃の銃口で扉をわずかに押し開けた。そうして隙間に収縮棒を送り込み鏡を回転させて扉の背後と周囲を確認した。アリスは鏡の付いた収縮棒を短時間で隙間から引き抜くとそれを胸に当て短くしポケットへと戻した。そうしてパティの方へ半身振り向き左手で握り拳を作ると人差し指を伸ばし自分の顔を指し示した。直後少女がその指を2枚の扉の中央に向けるとパティが一度大きく頷いた。
アリスは左手で片側の扉を静かに押し開け短機関銃を構え中腰で中に素早く入った。続きパティが1度外廊下の左右に銃口を向けながら顔を振り確認するとアリスと同様扉を押し開け中へと入って行った。
マリーは少女達が行う一連の動作を立ったまま眼にし口を半開きにして呆れ返っていた。少女達はインドア・アタックを知っている。特殊部隊が室内へ侵攻する手段を完璧にこなしている。直ぐに我に返った彼女は急いでパンプスを脱ぐと両手に持ちストッキングの脚を折り中腰でドアをそっと開き2人の後を追った。最早マリーの行動は無意識のものだった。今や彼女は10年前に昇華した技術や気配りの虜になっていた。