Part 36-4 Suggestion 思いつき
In the Sky, NYC 21:00
午後9:00 ニューヨーク市上空
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カーゴルームに乗り込むなり、マリーにアンが寄ってきた。
「へへへっ、少佐ァ、すげェなァ。怒鳴りつけただけでシールズを味方にしちまったなァ」
マリーは眉間に皺を寄せて横目で彼女を睨みつけた。
「アン、貴女、私の父に何を言ったの?」
「なァーに言ってるんだァ。ご挨拶だよ。ご挨拶ゥ。少佐を頂きまーす、てェなァ」
どんな挨拶だとマリーはため息をついて彼女へ顔を向けた。
"Bite me."(:ムカつくわ)
マリーがこぼすとアンがうっとりとした眼になった。
"Great.That's just great."(:あはァ、最高だわァ)
いきなり横へ押し退けられアンがよろめいた。アンの肩を押し退けたのはドクだった。
「チーフ、その肩に刺さり折れた刃物はここでは抜けませんから仕方ないとして、手のひらの刺し傷だけでも治療しないと。椅子に腰掛けて下さい」
スージーに言われマリーは壁際の折り畳み椅子に腰かけながら傷を意識した途端に両方が疼きだした。
「ドク、不思議だわ。肩よりも手のひらがこんなに痛いなんて」
マリーの前の床に片膝をついてスージーはさっさとマリーの右手からグローブを脱がせ、手の両面を診断し始めた。
「当たり前です。手先にゆくにしたがって繊細に神経が張り巡らされていますからね」
言いながらスージーは傷口の消毒を始めた。
「肩のナイフ、引き抜くの、そうとう痛いかしら?」
マリーが尋ねた矢先にドクは外科用の縫い針と縫合糸を救急キットから取り出し、機体が揺れているにも不拘針穴に糸を簡単に通した。
「ええ、チーフ。刺されると筋肉がその異物を締め上げますから、覚悟しなさい」
スージーに嫌な事を言われたその直後、アリスがすっとんきょうな声を上げマリーはそちらに気をとられた。貨物室の前方でパティとアリスが話しているそばにルナが困惑気な面持ちで腕組みをしたまま二人の会話に耳を貸していた。
「えー、パティ、ウソだぁ!」
「本当よ、絶対に間違いないから。あの娘が三人目の特務情報職員に──」
マリーは三人に声を掛けるとすぐに彼女らが寄ってきた。
「貴女逹、ちょっと手を貸して欲しい事があるの」
ドクに手のひらの縫合を任せたままマリーが言うとルナが驚いた顔になった。
「チーフ、嫌ですからね。貴女がナイフを抜かれる間、暴れない様に押さえつけるなんて。そういう力仕事はブラディスラフにさせて下さい」
マリーが視線を向けると聞きつけたロシア人のブラディスラフ・コウリコフが振り向いたのでマリーは“違う”と左手のひらを左右に振って彼に教えた。
「違うわよ」
マリーが口を尖らせて否定し、その後に説明しだすと少女二人は眼を輝かせニヤニヤしだしたがルナは眉間に皺を寄せまるで浸けそこなったピクルスを口に入れたみたく唇をねじ曲げた。
「わたしやる!」パティがそう宣言し「わたしもわたしも」とアリスが跳びはねた。
「どうして私がそんな事を──嫌ですよ」
あくまで賛同しない副官へマリーは上目遣いになりぼそりと呟いた。
「私にレベル5でリンクさせたのは誰? これは私を引き込んだ責任ですから!」
マリーに言われ途端に半歩下がり下眼使いで彼女を見つめていたルナは渋々頷いた。