Part 34-3 Knife Fighting ナイフファイティング
Quay Promenade of Battery Park Lower Manhattan, NYC 20:30
午後8:30 ニューヨーク市 ロウアー・マンハッタン バッテリー・パーク 波止場遊歩道
右手にファイティング・ナイフのハンドルをしかと握りしめ、その繰り出す一歩いっぽが急激に加速を生みだし弧を描きながら、長い半月刀を横様にメビウスの光跡を切っ先で繰り返す敵へと──背理する男へと突き進ませ、もはや意識のほんの一部にさえ押し止めるものがなく、血管の中に怒涛の様に送り込まれるアドレナリンが連鎖の始まったRDXの爆轟のごとく中止もリセットも効かない状態に瞬時にして自らを追い込み高めた。
そうして敵の先手を誘い掛けわざと相手の右手側前面に胸を高鳴らせ駆けて行く瞬間、十年の間、綴じ込めて圧し殺してきた獣の本性が歓喜の雄叫びを上げながら、これから命のやり取りをするのだと確信し、敵となる男の相貌から一瞬たりとも視線を外さず引き結んだ唇の奥で自分自身が生み出す鮮烈なリズムを口ずさんでいた。
ナイフ・ファイティングは決して敵の切っ先を眼で追わない。
だけど男が凄まじい速さで外に振りだした大型ナイフを稲妻の様に振り戻して来るのを延伸した五感以上の感覚が察知しながらその男の刃物を手にした手首を狙い急激につまる間合いに本能が喊声を上げその先へ先へと身体を導いた。
その一瞬左手を腰の後ろに回しながら斜めに深く脚を踏み込んで忽然と身を下げながら駆けていた放物線を極端に男の左側へとねじ曲げた。
「私を刀戦へ引き戻した貴様を後悔させてやる!」
そうアラビア語で宣告した一瞬いきなりサーヒラが太股のスカバードから中型のダガーナイフの様な刃物を右手にし横へ振り抜き、イズゥの右手側へ外へと低い姿勢で駿馬の様に弧を描き駆け込んで来る様を眼にして彼はわずかに驚いた。
ナイフを使った白兵戦では敵の刃物を手にした利き手から遠ざかる様に接敵するのがセオリーだった。だがこの女は迂闊にも禁忌に触れ墓穴を掘った。
ならその刃を支える右手首を断ち切ってやると意識した一瞬に彼は振りだした半月刀を急激に振り戻し、サーヒラの手首が行く先へと斜めに叩き下ろした。
その流れる白光の帯が女が打ち上げた白銀の髪数本を断ち切って突き抜けた刹那、彼に本能が最大の警告を発し、イズゥは左脚を急激に引き左半身を右後方へと回す様に退けながら振り切った刃物を引き戻しかかった。
まさにその瞬間、エコーの様な銃声が響き彼の左足が立っていたアスファルトに跳弾が二つ弾き地面の破片が吹き飛び、さらにサーヒラが彼の左半身を追うように恐ろしい速さで回り込みながら彼の脇腹へナイフを振り上げてくるのが追い続ける左の視野の隅に見えており片手に拳銃を手にしているのも見えていた。
彼は女が斬り掛かると見せ掛け端から足を撃ち抜き動きを封じる魂胆だったのだと目を細め唸りながらさらに身体を反時計回りに舞わしながら、回転する軸に近い自分の方が短い角度で対応できると確信しながらイズゥは回り込み近づく女の背を目掛け半月刀を振り切った。
足を撃ち抜けるなんて生半可な期待などまったくなかった。
その直後、男の左腕を追うように距離をつめながら、その脇腹へファイティング・ナイフを振り上げている最中に思い描いたように男の影が崩れ流れ腕が背中目掛け追いつくのを感じていた。
一瞬、背に引き戻した左手のFive-sevNのレシーバーで男の刃を受け弾き、後寸秒で男の胴へと切っ先のリーチが迫った須臾“離れろ!”と痛いぐらいに六勘が叫んだ。同時に迫るよりも速く男から跳びす去り離れたはずだった。
腰の後ろに着けたホルスターへ衝撃を感じ驚きながら男へと間合いを一気に開いた。そうしてハンドガンを握りしめた左手の人差し指でホルスターに触れるとぱっくりと割れ目が斜めに広がっていた。
男が振り切った刃物はハンドガンで確実に弾いたはずだった。それを振り戻す余裕も、ましてや男の左後方へ回り込んでいた身体を捉えるのも右手と刃物のリーチの外にいたはずなのにと悩乱しながら、十分な間合いを取り男の出方を探りつつ、二度と同じ手が通じず、相手がやった事は二度、三度あり得ると昔の勘に囁かれ、どのみちこの男を一人の少女の前に引き摺り連れて行かなくてはならないとハンドガンの使用を素早く諦め背後に回した左手で銃を保持するワイヤーが剥き出しになったホルスターへとFive-sevNを差し戻した。
だが攻め手のバリエーションは骨身に染み込んでいた。見せてみろお前の流儀をと思いながらそうして今度は直線的に男の利き手へと駆け出し急激に間合いをつめた。
惜しくも打ち込んだ刃はサーヒラの腰の背後に着けたホルスターに阻まれた。
でなければ、脊髄を断ち切り女を動けなくできたはずだった。それでも異様に勘の鋭い奴だと思った。
予想外の二撃目を受け瞬時に身を退き出方を探りながらそれでも睨みつけ続けてくる紫のキラつく碧眼にまったく動揺を浮かべない。
だが次にお前には偶然は手助けしないのだとサーヒラの双眸を睨み返すと相手が低い姿勢で一直線に右手の刃へと突進しだし、こいつは何故自ら斬られに向かって来るのだとまたわずかに驚かされたが、殺ることには変わりないとそのがら空きの頭部目掛け縦に振り上げた刃物を打ち込むべく間合いをはかり叩き下ろした。
寸秒、まるで上目遣いの視野の遥か上から狙った切っ先が見えていた様にサーヒラから左手の手刀でナイフのハンドルを握った指四本を正確に叩かれ外へ弾き流され、相手が腕の内側に残像を曳き入り込みながら、ぎらつく瞳が横にしたナイフを引き連れ急激に立ち上がってくる様を彼は下目に追っていた。
“仕止めた!”と息を呑み腕を振るい戻すよりも数段速く呼び込んだ半月刀がサーヒラの延髄を捉え掛かった刹那、女の白銀の髪が一瞬に立ち上がりその間を切り裂いた飛ばし戻したナイフのハンドルを逆手につかんだ。
その拳からサーヒラの髪の残像が消えた瞬間遥か下に頭を下げた女が後ろ足に蹴り上げた踵をイズゥの顔面に蹴り込もうと迫ったのを彼は素早く後退り鼻の先で躱した。
同時にサーヒラがその勢いのまま片手を地面につきイズゥの目前で両膝を折ったまま回転し飛び上がり一気に振り上げたファイティング・ナイフでメタリックホワイトの流星雨の様な尾を曳きながら彼の左肩目掛け叩き下ろしてきた。
その刃を逆手に握っていた右手のナイフの背で横へ弾いた瞬間だった。
女の刃に触れた半月刀の先が何の音も立てずに一インチほど斜めに切れ飛んだ。
イズゥは目を大きく見開き自らが握るナイフの刃渡りが減ってしまっているのを見つめたままサーヒラの手にしているナイフが何と恐ろしい魔刃なのだと驚愕しながら、連続して女がその刃を振り回し追い込んで来ると考え素早く五歩後退り間合いを取ったのとサーヒラが瞳を丸くし一瞬自分のナイフを見つめ素早く退いたのが同時だった。
まるでバターに熱したナイフを通した様にあっさりと男の大型ナイフの先端を切り落とした瞬間を眼にして驚きながら一気に身を退いた。
何なのこのファイティング・ナイフは!? と理解倦めきながら、鍛造されているはずの金属をまるでティッシュペーパーよりも抵抗もなく切り落とした武器を使い続けたらわずかに刃が食い込んだだけで相手の手足など簡単に断ち切ってしまうと動揺してしまった。
まったく理解出来ずにこんな物が世の中にあるなんてと考え、ルナの知識すら何の解答も示さない武器を諦め、じゃあどうするのと自らを追い込んでしまった。
「ちっ!」
短く舌打ちし、恐ろしく切れるナイフを太股のスカバードに戻しながらハンドガンもダメ! ナイフもダメ! ならテロリストの男を素手で屈伏させなければならなくなったとマリア・ガーランドは動揺を隠し、しかも叩き出したはずの相手の腕が振り戻されるよりも遥かに素早くナイフを呼び込む手法がまったく分からずに開き過ぎた間合いに男を睨み続け馴染まないルナの予備ブーツの右足の爪先を数回アスファルトへぶつけ、次の一手に走った。