Part 33-4 Ghost ゴースト
Trinity Church 75th ST. Broadway Lower Manhattan, NYC 20:15
午後8:15 ニューヨーク市 ロウアー・マンハッタン ブロードウェイ 75丁目 トリニティ教会
軽い駆け足で、車道を挟み斜向かいの歩道を歩く濃紺のスタジアム・ジャンパーに青いベースボール・キャップを被ったその男に追いつき掛かった寸前、二台のSUVがその男を追い抜き車を止めるなり四人の海兵隊兵士達が降りてテロの容疑者へ小銃の銃口を振り上げた。刹那、それが起きた。
マーサ・サブリングスは兵士らよりも数ヤード手前に二つのマズルブラストの様な火炎を見て発砲音を耳にした。直後、四人の兵士達が次々にうずくまり足を押さえ込んだ。
マーサは呆気にとられ何が起きているのだと見続け、テロリストの後方二十ヤード(:約18m)に停車したレジャー・ビークルから下車し武器を構え掛かった兵士達へ向け、何もない場所に次々に火炎が列なり銃声が続き、兵士達が次々にうずくまり足を押さえ込んでいる様を見ていた。
この理解し難い光景に咄嗟に彼女はクレンシー長官代理と道の間に割って入り自らが楯となり彼へ警告しながら敵を求め短機関銃を振り上げた。
「長官代理、危険です!」
その刹那、発砲音を耳にしながらその道の逆側にまた誰もいないはずの場所にマズルブラストの火炎を眼にしたのと同時にいきなり肩をつかまれマーサは引き倒され、自分が立っていた片足の跡に跳弾が雪を弾いたのを眼にして唖然となった。
寸でのところで足を撃ち抜かれ掛かったと眼を丸くしながら、引き倒してくれたクレンシーのお陰だとだと理解したマーサの視線の先ではすでに八人の兵士が武器を手にできずうずくまり呻いていた。
だが二人の兵士が撃たれずに車を回り込み楯とするなり誰もいない場所へ目掛けカービンを発砲し始め彼女はいったい敵はどこなのだと眼を游がせた。
そこへ後着した数台の車から次々に火器を手にしたマーサの部下達らが下り立ち撃たれ始め辺りはパニックの様相に陥った。
肝心の“ウルフ”は最初に兵士らが撃たれた隙に通りを駆け出して彼女はその背を見続けながら状況が呑み込めずに無線を通し最大限の警戒と敵を眼にした者は報告をと通達しながら、まさか謎の襲撃者は吹き荒ぶ雪に混じり視認率の極端に低い迷彩戦闘服を着用しているのかもしれない事実を受け入れ始めた。
そうしてマーサはこれ以上部下達に被害を出すわけにはいかないと自らが囮となり見えない敵を倒さなくてはと決意し立ち上がった。
「長官代理、敵は恐ろしく視認性の低い迷彩戦闘服を着てます! 私が敵を引き付けますから、敵の射撃による火炎から攻撃をし掛けて下さい! 早くこの状況にケリをつけ“ウルフ”を追わないと!」
クレンシーから引き止める様に一度名を呼ばれたが、マーサは無視しMP5SD6のストックを肩に引き付け銃口を振り上げ構えると見えない敵を求めゆっくりと通りを渡りだした。瞬時に数を掌握し二十三人がうずくまり呻いていた。最初の兵士が撃たれだしてまだ一分も過ぎてない。
どうやったらこんなに次々と倒せるの? と謎の襲撃者の手際に呆れ返った。
だがまだ誰も殺されてはいない!
その事に気づいた彼女は敵が手心を加えている様な気がした。殺そうと思えばその襲撃者が一方的に皆殺しに走れる!
そうして彼女はクレンシーが引き連れてきた兵士らが足を押さえ呻いているそばまであと十ヤードほどに歩いた刹那、言い様のない怖気に鳥肌立った。
その瞬間、右の視野の境界線ギリギリに火炎が膨れ上がり新たな銃声が追い掛けてきたその時、いきなり短機関銃が鋭く左に持っていかれしっかりと握っていたはずのグリップが指の間から抜けスリングが振り回された寸秒、その樹脂製のグリップがバラバラに弾け飛んだ。
二度撃たれた!
でも火炎も銃声も一つしか!?
彼女がマズルブラストの消えかかった右へ振り向いた瞬間に眼にしたものが信じられずに瞳を丸く大きく見開き唖然となった。
雪が──人の形に動いた!
間違いなく斜めに降る雪の一部が人の駆ける輪郭で動きそれが吹雪に溶け込んでしまった。
マーサが幽霊を見たのかと愕いているその時、通りの反対から数発の銃声が続き、兵士らの乗って来た二台のSUVのサイドウインドが続けざまに穿たれヒビが広がった。
長官代理が撃っているのだとその火線のリードをとる様にマーサが視線を走らせるている十五ヤード先でいきなり空中に小さな火花が散ると、まるで水面に油を流した虹の様な模様が人の形に広がり吹雪の中に突然黒いウエットスーツを着こんだ人が現れた。
オートバイ用のヘルメットに似たものを被りその頭がクレンシーの方へ向けられ凄まじい勢いで弧を描き駆け出すと両手にしたハンドガンが彼へ振られ機関銃の様な速さで射撃が開始され、マーサは冗談じゃないと近くの海兵隊兵士へ駆け寄り有無を言わさせずカービン取り上げるなりトリガーに指を掛けながら銃口をその駆ける黒い襲撃者へ振り上げた。
だが彼女の視線が捉えたのは両手の拳銃を撃ちまくりながら駆ける襲撃者の姿で、その走る先に照準し掛かった刹那、マーサ・サブリングスはいきなりこめかみを強かに硬いもので殴られ仰け反りながらもすぐ間近の雪が乱れまた人の輪郭に揺れ動いたのを見た直後意識を失い倒れた。
サンドラ・クレンシーはマーサが次々に倒される彼女の部下達の方へサブマシンガンを構えたまま歩んで行く後ろ姿を眼で追いながら、彼女の周囲で起こる事をすべて見逃さないとばかりに構えたSIG ・P226E.E.のサイトの先へ捉え続けた。
襲撃してきた姿を見せない敵が吹雪いているとはいえどうやって皆を撃っているのか理解出来なかったが、攻撃をしている間にマズルブラストが必ず見え、その場所がたえず移動し続けている事と、撃たれたリーコンズの兵士達やマーサの部下達が一人も死んでいない事実だった。
それに敵は危険度の高い脅威たる者から正確に戦闘不能にしているが、恐ろしい射撃の腕前がうかがいしれた。
いずれマーサが狙われるのは分かっていた。
その瞬間、火炎の吹いた場所を撃っても遅すぎる。襲撃者は撃った直後には移動し新たな場所──それも圧倒的に有利な射撃位置から撃ち始めているはすだった。
サブマシンガンを手に三人固まって周囲を警戒しているマーサの部下達が次々に撃たれ足の甲を押さえうずくまった直後、その間際で見えたマズルブラストから離れた別の場所に新たな火炎が吹き上がるとマーサがサブマシンガンを弾かれ顔を右に振り向けた。
クレンシーは見えない敵が駆ける先へリードをとり誰も見えてないにもかかわらず照準を振りながら続けてトリガーを引き絞った。
六発撃ち最後の射撃に手応えを感じた瞬間、三十ヤード先に小さな火花が広がったのを眼にした。その直後、いきなり吹雪の先に黒い人影を眼にして彼はそのウエットスーツの様なものを着込んだ何者かはいったいどこから現れたのだと眼をしばたき掛かったが、疑念を懐きつつそれよりも敵なのかと彼が判断しようとした。
その矢先に黒い服装の何者かが被っているヘルメットの様なものを向けてくるなり、両手にするマシンピストルの様な火器を彼目掛け猛射しながら弧を描く様に駆け始めた。
クレンシーはその敵を拳銃のサイトに捉えようと銃を振り向けたが、そばに着弾しだした跳弾が急激に集束し近づき、諦めてそこから駆けて離れた矢先にマーサが倒れる後ろ姿を眼にして迂回しながら彼女の元へ急いだ。
マーサの倒れた場所に行くなり彼女が息をしているか確認したクレンシーはビルの合間に緊急車輌のサイレンが木霊する中、小型のジェットエンジンの甲高くなる音が幾つも重なり何が起きているのだと顔を上げると北側から三台のカーゴトラックが走って来たのを眼にして、近くに停車したカーゴトラックの荷台から次々にカービンで武装した兵士らが下りるなり散開し相互に完璧なカバーをしつつスレット(:脅威)をいち早く見極めようとしているのが彼には理解できた。その時になって始めてクレンシーは兵士達がシールズの連中だと気づいた。
マリーはトリニティ教会を道を挟み反対側にあるビルの合間を目指しながら飛翔し見回した限りでは、二十人以上の都市迷彩を着た兵士やスーツ姿の男女が片足を押さえ戦闘に関わっていなかった。
だが、次々と来る車から新手の脅威が下り立ち、その者達へジグザグに駆け回り射撃し続けているアン目掛け応射していた。
なぜ彼女が電子擬態装備を使わずに戦闘し続けているのかマリーには理解しかねたが女は吹き荒れる旋風の様に巧みに駆け回り戦闘不能者を増やしていた。
アンと共に降下したはずの電子擬態を使っているケイスの姿が見えない事にマリーはその時になってヘッドギアを装着せずに見下ろしているのに気がついた。
ブロードウェイ南端のその通りに三台のカーゴトラックが近づいているのを眼にして明らかにテロリストらを追いつめ様とする側の軍の増援だとマリーは判断した。
核爆弾の脅威がない今、なんとしてもテロリスト達の身柄を生きたまま確保したかった。増援の兵士らがどの様な司令を受けているか分からない状況で彼らをイズゥ・アル・サロームに近づける分けにはいかなかった。
マリーはビルの合間に飛び込む様に入ると両足が地面を捉えるなりPFUを脱ぎ捨てた。
ケイスとアンだけでは持ちこたえられないと即断し彼女は第5セルを呼び寄せる事にし、パティを通して命じるとミッドタウンから直接飛翔装備で駆けつけるから最低で五分欲しいと言われ眉根を寄せ了承した。
次にマリーはパティを通しアイ・テンプ・ビルにいるローレンツの第2セルの様子を訊ねた。
バン、第2セルの状況を報せて。それとルナの容体も。
『チーフ、現在アイ・テンプ・ビルの屋上に足止めされている。ルナ? サブチーフは無事だ。CIAの兵士らがエレベーター機械室へ行くのを食い止めているが、激しい銃撃戦になっている』
食い止めてる? 核爆弾は無効化したはずよ!?
マリーのその問い掛けに即座にルナが返してきた。
『チーフ、無効化したのはあくまで原爆の核爆発です。もしCIAの要員や警察官達が近付いている時にリモート起爆操作されたらコアに残された合成爆薬が爆発し、至近距離なら最悪命を失うか、そうでなくとも撒き散らされたプルトニウムで被曝してしまいます!』
なんて事なの! この期に及んでまだ私達を苦しめるなんて! マリーは苛つきながらルナに訊ねた。
ルナ、貴女はコントローラーの携帯電話を確保したの?
『はい、私は一つを確保。アハメド・バーハムの身柄も押さえています。チーフ、我々が撤収できるか、残りのコントローラーを確保出来るまでCIAの工作要員を足止めするのに増援を要請します!』
分かったわ! 至急コール達の第6セルをそちらへまわすわ。それまで持ちこたえて!
マリーはそう伝えながらトリニティ教会とは道を挟んだビル角からカーゴトラックから降り始めているはずの兵士達の様子を見ようとしながら第6セルのコール達へ至急アイ・テンプ・ビルへ向かうよう伝え、ビルのゴミ収集箱前を通り越し傍らにアンのはち切れんばかりの大型バックパックと片側のファンネルが潰れた個別飛翔装備を眼にして眼を丸くしフローラの意識を引き寄せた。
『チーフ、フローラは気を失ってるわ』
即座にパティに教えられマリーはフローラと同じセルのスージー・モネットを意識した。
ドク、フローラはどうしたの?
『チーフ、大丈夫よ。脚を射たれてバランスを崩しながら輸送機に飛び込んで頭部を激しく打ち付けたの』
それを聞いてマリーにはまた別な心配が沸き上がったが今はそれどころではなかった。
ドク、コントローラーとテロリストらの確保は?
わずかな間があり彼女の返事があった。
『赤い携帯電話なら二つここにあるわ。指示のあったフィラス・アブゥドは無事よ。もう一人のハサム・サイドは彼が撃ち殺したそうよ』
ドク、至急アイテンプ・ビルへ向かい戦闘可能な要員でルナ達の援護を。スージーの了解したとの返事を待たずしてマリーはビルの角に幾つもの跳弾がコンクリート片を撒き散らした中を駆け込んできた人の気配に顔を振り上げた。
「アン!」
マリーが名を呼ぶとアンはヘッドギアのフェイス・ガードを引き上げ顔をほころばせた。
「おぅ、少佐ァ!」
「貴女、どうして電子擬態使ってないの!?」
「そんなもん壊れちまったよォ!」
言いながらアンはバックパックに飛びつくなりフラップを破りそうな勢いで跳ね上げ中へ手を突っ込み黒く長いものを引き抜きそれを眼にしてマリーは驚いた。
「SAW(:分隊支援火器)! それも7.62ミリタイプじゃないの! アン、あんたそんなもので誰を撃つつもりなの!?」
マリーが怒鳴るとアンは恐ろしい手早さでそのMinimiの射撃レートを千百に切り替えボックス・マガジンから引きずりだした弾帯を装填しボックスを銃に装着しながらやり返した。
「誰を撃つゥ? 少佐の元、お友達らさァ! シールズ相手に俺に素手でやり合えなんていうなよォ!」
陽気に言い放ちアンはヘッドギアを脱ぎ捨て右手にマシンガンを構えると左手をバックパックに突っ込みボックスマガジンが二つぶら下がったベルトを引き抜き立ち上がった。
「少佐ァ、サロメか、なんかいうテロリスト──インディアン博物館の方へ行ったぜェ! 裏通って行けよ。教会前の連中、殺気立ってるからァなァ!」
言うなり軽い笑い声を残しアンは生きいきとブロンドの長髪を振り回して表通りに駆け出した。
その残像に小さく頭振りマリーはこの件が終わったらアンにお灸をすえないといけないと思いながら裏通りへと駆け出した。