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衝動の天使達 1 ─容赦なく─  作者: 水色奈月
Chapter #33
132/155

Part 33-3 Flare フレア

E.37th-38th ST.-5th AV. Midtown Manhattan, NYC 20:25


午後8:25 ニューヨーク市 マンハッタン ミッドタウン 5番街37丁目─38丁目



 駄目だわ!



 強攻突破するしかないと何度も耳にして聞き間違いのない自分達の戦術対地攻撃輸送機が急激に接近して来ているのを理解しながら、フローラ・サンドランがAR-15系のアサルトライフルを撃ってくる警察官へ向けフルオートで撃ち返している最中、強烈な意識が差し込んできた。



 警官達を撹乱かくらんするから、その間に全員、撤収しなさい!



 即座にフローラはそれがあの新任の意識であり、今や前後合わせて五十人以上はいる警察官達をどうやってと彼女が疑念を抱いた刹那、左右のビルの稜線から吹き込んでいた吹雪が蹴散らされた一瞬にそれが始まった。



 まるで打ち上げられた花火が炸裂したのを至近距離から見たような錯覚にフローラは度肝を抜かれた。



 次の瞬間にその幾つもの真っ白い光点がビルの壁面に当たり所かまわず跳ね回り警察官の頭上に降りそそぎ始めた。



"Flare!"(/フレア:ぱっと燃え上がるゆらめく炎)



 フローラは眼にしているその光景に癇癪玉の様にランダムに落下するその白熱光体が航空機の使い捨て囮──赤外線誘導対空ミサイルへの欺瞞ぎまん手段、ハミングバードが射出した多量のフレアだと気がついた。



 そのミラーボールほどの高温の真っ白い光の玉に警察官達は一斉にパニックになった。



 だが確実に攻撃してくる火線が途切れ、その刹那、幾つものPFU(:個別飛翔装備)の立ち上がる甲高い音が重なり、次々に上空に仲間達が上昇し始めた。あの女が私を通さずに直に皆へ指示を出していた事にこだわる余裕はなかった。



 フローラはとっさにサブマシンガンを太もものホルダーに戻すなり、その手を伸ばし車のフロントグリルに身を隠しているモサドの工作員のジャンパーのえり首をつかんだ。



 そうして左手でPFUのコントローラーを握り締め、トリガー式の出力スロットルを人差し指と中指でクリックを通り越し完全に握り締めた。



 その瞬間にサステーナーは緊急出力モードに切り替わり、二つのファンネルが狂った様な轟音を放ち始め彼女は男一人をつかんだまま上昇しだした。



 規定なら二十秒でファンネルのエラストメリック・シャフトが焼けつく。



 それまでに通りを挟んだ斜向かいの五階建てのビル屋上に辿り着けと彼女はにらみすえた。



 だが大人二人の重量がPFUの能力限界を大きく越えているのは分かっていた。



 苛々するほどゆっくりとその屋上目指し駆け登る最中に彼女は自分が一番後方に置いていかれているのを理解し、警察官の数人が射撃を再開したのを幾つかの銃声でつかんでいた。



 あと数十ヤードだとフローラが目測した刹那、警察官のアサルトライフルより重い銃声のツー・バーストを耳にし、一発の弾丸がヘッドギアをかすり、直後いきなり太ももに激痛が走り彼女は驚きに襲われた。



 撃たれた!



 そう理解した瞬間、あまりの痛みに彼女は歯を喰いしばった。



 右手を放せば男はアスファルトに叩きつけられる。今やビルの四階よりも高くなりかかっていた。



 男だけではない。コントロールを失えば自分もPFUごと地面に叩きつけられる。



 悪い事は続けざまに起きると彼女は思いだしたくもない経験則に告げられそれを螺切った。



 だがフローラは二基のファンネルのシャフトが放つその金属音にノイズが混じり始めている事に気がついていた。



 もうあと少し──あと少しなのにと彼女が眉根に力を込めた瞬間、左の回転翼の軸が不協和音の断末魔を上げ固着した。









 傾ける角度を変えながらヴィクは機体をロールさせ左右交互に全フレアをマニュアルモードで射出した。



 その数千度の高温のデコイをばら蒔きながら、こんな事はフローラやルナは決して思いつきはしないと新任の指揮官に畏怖を感じ得なかった。



 触ったらおお火傷どころの話ではない。



 絶対に通りの連中はパニクってると思いながら、フローラ達の後方を挟んでいる警察官らを飛び過ぎると一度機首を大きく上げ、高度を取るなりいきなり向きを変え機首を落とした。



 巨大な機体でハンマーヘッドをやった瞬間に掛かった加速度からコクピットで盛大に対G超過警報が鳴り出した。



「うわーおおおっ!」


 副操縦席のハーネスベルトに押しつけられアリスが喜びの雄叫びを上げるのを耳にしながら、ヴィクは今しがた通ったビルの合間の上空に機体を走らせ一気に対気速度を落としに掛かった。



 あのマリーという新任の指揮官の狙い通りなら、カーゴ・ゲートに仲間達が群がるはずだった。



「アリス、皆は昇って来てるの!?」



「ヴィク、みーんな飛んで来て乗り始めてるよ。あれれっ──」



 少女が何を見たのだとヴィクは片眉を吊り上げた。



「フローラのPFUのファンが、かた一方回ってない!」





 それを耳にした瞬間、ヴィクトリア・ウェンズディは左右のビルに巨大なファンネルのリングをぶつけながら急激に後部から降下させ始めた。









 これだけの銃撃戦で率いているパラメリに死者が一人もいない事がパメラ・ランディには信じられなかった。



 だが撃たれたいずれもが戦闘力としては確実に削がれていた。警察官にうかうかと撃たれる連中ではない。



 あの上空から現れた謎の集団に皆叩かれていた。



 その射撃技術に畏怖を感じながらそうして彼女は退避したビルの出入口の角から様子を探り続けていた。



 突然現れた黒い戦闘服の連中に挑む様に銃口を下げ歩き始めた矢先に腹心の部下ルイス・リッパートにこのビルへ引きずり込まれなければ最後まで武器を下げずに撃たれた準軍事工作要員の様に自分も撃たれたかもしれない。



 そんな考えを吹き飛ばす様な事態にパメラは一瞬狼狽(うろた)えかかった。



 重低音の風の唸りが急激に高まった最中いきなりビルの屋上より高い位置から眩い光体が幾つもの列なり空中に出現すると正確に通りの前後にPCでバリケードを作り撃ってきている警察官らに降り注ぎ始めた。



 まさか!?──あれは赤外線誘導ミサイルの妨害手段!?


 パメラは唖然と周囲の阿鼻叫喚の光景を見つめていると幾つもの甲高くなりはじめたジェットエンジンの様な音が重なり始めた事に気づき、そのサーチライト並みに明るい光の瀑布を縫ってあの黒いウェットスーツの様なものに身を包んだ集団が上空の闇を目指し飛翔しているのを眼にした。



「逃がすか!」



 そう言い切りパメラは柱に左手の腹を当て伸ばした親指と人差し指の間にSIG MCXカービンのハンドガードを乗せ幾つもの揺らぐ発光で明滅する明かりと暗闇の狭間をまばたきもせずに見つめ続けた。



 あの空中に撤退してゆく敵を一人でも撃ち倒してやると決意を堅め見ていると昇る速度が極端に遅い一人を見つけた。いいや、一人ではなかった。片手にもう一人をつかんでいる。



 あのつかまれたジャンパー姿の男は、ピックアップトラックの運転席から降りた男!



 その事に気がついた彼女は咄嗟にカービンをフルオートのまま引き金に掛けた指を素早く断続させ引き絞った。



 サプレッサーからツー・バーストで飛び出した二発の.300 ACCブラックアウト+は男をつかんで上空に逃れようとする黒い戦闘員へ襲い掛かった。












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