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衝動の天使達 1 ─容赦なく─  作者: 水色奈月
Chapter #32
129/155

Part 32-8 Sucker Punch 不意打ち

Suburbs of Boston, Mass. 20:10


午後8:10 マサチューセッツ州 ボストン近郊



 腕を叩きつけ、ひざを蹴り込んで、抗って、抵抗し続け、アネット・フラナガンは男がそれでも容赦しないことに折れそうになった。



 望まぬ運命を受け入れたら、もう二度と楽しい事は未来永劫に訪れないのだと抵抗し続けた。



 それなのにテーブルに男から片腕で押し上げられ板の上で激しく頭を揺すったら革の猿ぐつわが弛み、彼女は叫び声を上げ男の腕に噛みついた。



 それなのに男の振り回した右手でこめかみを殴られアネットは気が飛びそうになり耐え、もう一度叫ぶとまた殴られ手早く手をテーブルの脚から延ばされた革ベルトに片手ずつ縛りつけられた。



 彼女は朦朧もうろうとなりながらどうやって男に抗ったらいいのだろうと寒々とした裸電球を見上げ、それ以上自分の身に何も起きない事に逆に不安になりわずかに頭を回らすと男がテーブルから離れ納屋奥の方へ歩いて行く後ろ姿が見えた。



 アネットはそのまま見続けていると男は壁に掛かったピッチフォークを手に取るとこちらへ戻って来た。



 あのピッチフォークで私をいたぶるのだと彼女が鳥肌だつと男はテーブルへの途中で出入口の扉の方へ向きを変え扉まで行くとその脇へ立ち止まった。



 何を始めようとしているのか霞む眼で見つめていると男がピッチフォークを振りかぶり動かなくなった。



 何かを警戒している。



 彼奴はその何かに不意をついて襲い掛かろうとしているんだ。男が警戒する相手なら自分を助けてくれるかもしれない。



 その人が万が一倒されたら次は自分が殺される!


 アネットは懸命にどうしたらいいのか考え続けた。









 アリシア・キア保安官補は静かな農場の一つの建物を目指していた。



 その小さな家のドアと思われる隙間かられる微かな明かりは、その暗闇で唯一のものだった。



 二度の悲鳴。二回目に耳にした短い叫び声は間違いなく女のものだった。



 彼女は駆けながら、応援を呼ぶべきか悩み続けていた。



 もしもこれが何かの犯罪行為の端緒なら、もしもこれがあの連続誘拐殺人の一つなら、自分の裁量には荷が勝ちすぎると彼女は思った。



 何かしくじれば取り返しのつかない事が待っていそうだった。



 だが自分が対処しなかったばかりに六人目の犠牲者が出たなら、その事を一生悔やみ続けるのは分かりきっていた。



 アリシアはホルスターからグロック21を引き抜くとトリガー・ガードに人差し指を添えた。



 もしも容疑者が武装していたなら撃たなければならなくなる。何も武器を持たなければ銃口を向け、十分に落ち着いて、声だかに警告すれば殆どの犯罪者は従順に従うと先輩達は言っていた。



 そしてもしも従わずに勝手に動こうとすれば、もう一度警告し“撃て”とアドバイスされた事もあった。



 その先輩シェリフは昔、同僚が躊躇ちゅうちょしたばかりに、その同僚は容疑者が隠し持っていたソードオフ(:銃身をノコなどで切り落としたショットガンをいうが、この場合弾薬ギリギリまで銃身を切り落としたもの)で顔の右半分を失い死んだと一度聞いた事があった。



 撃たずに逮捕出来ればそうしたい。容疑者が両手を広げ迎えてくれるならとあり得ない事を闇に投げ捨てた。



 その暗がりにシルエットの浮かび上がる小屋の様なものまで二十ヤードと迫り彼女はフラッシュライトを消し駆けていた足を弛めた。



 小屋にそっと近づき中の様子をうかがおう。本当に女性が何かされていると確証した時点でドアに体当たりして中にいる何者かに素早く銃口を振り向ける。



 撃たないといけないときは、躊躇なく数発撃ち、容疑者の行動を大きく制約する。



 光のあふれる立て付けの悪い扉があと数ヤードと迫ったその瞬間、何かわずかに軟らかいものに左(ひざ)をぶつけてしまい、痛みから彼女はうめき声をらし息を呑み青くなった。



 フラッシュ・ライトを握った手で触れるとトラクターの大きな後輪で腹立たしくなった。だが怒りは警戒心にすりかわった。



 気がつかれたかもしれない。



 ドア越しに撃たれるかもしれない。



 恐れから彼女はドア傍らの壁にそっと近寄ると壁に寄りかかり中の気配を探った。





「来ないで! 男がドア横の壁に待ち構えてる!」




 いきなり室内から聞こえた警告にアリシアは扉の左なのか右なのかと困惑した。



 その刹那、木の壁を打ち抜き五本の尖った何かが突き出てその一つが右上腕に突き刺さりアリシアは拳銃を落とし、慌てて壁から身体を引き剥がすとフラッシュ・ライトをつかんでいる左手で傷口を抑え自分を突き刺したそれを見た。



 何かの太い金属で先がかなり尖っていた。それがいきなり壁に引き戻され彼女は落としたグロックを探した。地面は暗くアリシア・キア保安官補は急いでライトで照らしたが落としたはずの場所になく、ボールじゃあるまいし転がって無くなるようなものじゃない、どこに落としたの? と焦った。







 その時、軋みながら小屋の木戸が外へ開くとピッチフォークを持ったそいつが現れ彼女の方へ振り向き急激に迫って来た。












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