Part 32-1 Bad luck 不運
I-Temp Bld. Midtown Manhattan, NYC 20:15
午後8:15 ニューヨーク市 ミッドタウン アイ・テンプ・ビル
ビルのエレベーターが最上階にたどり着き扉が開くなりアハメド・バハーム少佐は目の前が屋上でない事に気がついた。
そこには右手と正面にドアがありどっちが屋上だと彼は目を游がせた。意を決して正面のドアを選び開くと中に真っ直ぐ登り階段があり先で曲がり角があった。
アハメドは階段を駆け登りそうして曲がりまだ階段がありさらに先で壁が曲がっていた。悪態をつきながらアハメドは階段を駆け上がり続け登りきった正面にドアがあるのを見て今度こそ屋上だと彼は左手でジャンパーから核爆弾用にと渡されていた赤い携帯電話を取り出した。
携帯電話を握った手でドアノブを回し開いた先には短い通路があり、途中に曲がり角があったが、突き当たりにまたドアがあった。彼は息を切らしたまま正面へと駆けドアを押し開けた。
その部屋は車数台が収まりそうな広さでワイヤーの巻かれた横倒しのドラムがあった。
なんだ、ここは!?
部屋に踏み込みまたどこかにドアがあるのかと彼は苛つきながら見回し部屋の奥を隔てた金属の大きな箱の奥へ小走りに進んだ。
その隠れた奥に一人の黒いウエットスーツの様なものを着こみヘルメットを被った何者かが床に膝をつきしゃがんでいた。その何者かの前に大きなリュックサックがあり開いた上部から工事現場で見掛ける三角コーンが飛び出していた。少佐は見つめそれが何かを直感的に理解した。
核弾頭だ!
目の前の背を向けた何者かは核弾頭に何かをしようとしている!
させるか!
アハメド・バハーム少佐はAK-47の銃口を振り上げヘルメットの後頭部を狙いながら進み出た。
核弾頭のコアのどの部分を撃ち抜くのが最も安全で効率的なのかつぶさに見ていたルナは、プルトニウムの外側を被うRDX(:軍用合成爆薬の一種)に均等な境界を形作っているその境目が各プライマー(/Primer:雷管。衝撃や電気により接する火薬(Gun Powder等)、爆薬(TNT,C4,RDX等)等を起爆させる為の発火具)に最も離れる。
そう判断した一瞬、彼女のフェイスモニターに後方接近アラートの表示が点り、液晶に開いた小さなウインドウに背後から近寄る男が映しだされた。同時に男の右手に赤いリングが表示されコーションマークがリング中央に点滅し“AK-47”と注釈が追加され、さらにその顔を見てルナはテロリストの一人──アハメド・バーハムだと直ぐに気がつき驚いた。
なぜ爆破実行者の一人がここに!?
素早く振り向きながら彼女は男が構えているアサルトライフルの銃身を右手でつかみキュービクルの方へ振り切った。
その瞬間、握っているバレルの端から火炎が膨らみキュービクルの鋼板に斜めに列なった孔が穿たれた。自分に開いたかも知れない孔を見やり彼女は息を呑み、そのテロリストが左手に赤い携帯電話を握りしめているのを眼にして優先順位を瞬時に変更し邪魔者の排除と携帯電話を奪う事を最優先とした。
この状況で右の大腿部に装着したホルダーからP90を左手で引き抜くのは難しかった。腰の後ろに装着したFive-seveNもホルスターが逆を向いていて無理をしないと引き抜けなかった。右手につかんだアサルトライフルの銃身を手放そうものなら即座に身体を撃たれる事は分かりきっていた。
ルナは瞬時に右手につかんだバレルを右の脇腹後方へ引き男の胸元に飛び込み左手のひらを髭をたくわえた顎目掛け打ち上げ、仰け反った男を投げ飛ばそうと傍で急激に向きを変え腰に乗せようとした。その刹那、テロリストの男が背後からルナの首に左腕を回し締め上げた。
ルナは小銃から手を放すと首を絞め始めた男の腕を両手で剥ぎ取ろうとした。だが男の腕力は強く首を絞め上げる力は増すばかりだった。ならこのまま投げ飛ばそうと彼女は両膝を落としかけた。
だがアハメドは銃を投げ捨て右手首を左手首に交差させ両手でルナの首を引き締めた。後ろへ首を引き上げられ、ルナは慌てて両手を伸ばしリュックをつかむと、重い核弾頭ごと引き上げられてしまい振り回され、壁に片足を立てこれ以上振り回されないように男をキュービクルに押しつけた。
なんとかしないと絞め落とされると困惑した瞬間、マリーの意思が入り込んだ。
────動くな、ルナ!!
命じられ、同時にチーフが何をしようとしているのかも理解しダイアナ・イラスコ・ロリンズは自分が胸をハイパワービームで撃たれるのだと理解し決意を口にした。
「早く──チーフ、もたないから!」