Part 31-5 As far as Power 力一杯
Suburbs of Boston, Mass. 20:05
午後8:05 マサチューセッツ州 ボストン近郊
引き摺られながら脇腹に蹴りを入れた。
男がうめきを洩らしたのは三度目の抵抗の時だった。その瞬間男が彼女の足に掛けた手を放した。
アネットはあと十分、いいや五分、違う! 一分さえ生き延びたら助けが現れると信じて疑わなかった。彼女は縛られた両足を振り回し男の向こう脛に思いっきりぶつけた。
男はアネットの足をつかみ直すどころか、うずくまり自らの右足の脛を両手で押さえた。
今だ! 男の頭を! アネットは床で横様に身体を思いっきり反らして相手の頭を狙い身体を折り、曲げた足を振りだした。
衝撃に顎を引き付け男が倒れたか彼女は確かめようとした。その刹那、アネットの瞳孔が一気に収縮した。
縛られた足を男が片手で受け止めていた。その手を返しいきなり足首をまたつかまれた。
「お前──いいぞ──特別だ──」
アネットは男が何を言っているのか理解出来なかった。だけどまた引き摺られ始めた。両手を、両足を、縛られたままでアネットはじたばたと身体をくねらせ暴れまくった。
「二枚──剥ぎ取るまで──死ぬなよ──生きていたら──」
見る間にビニールを架けられたテーブルの足元へ引き摺られてしまった。アネットは猿ぐつわ越しに呻きながらそのテーブルから遠ざかろうと暴れまくった。
「三枚剥いでやる!」
冗談じゃない。皮膚を剥がされてたまるか! アネット・フラナガンは渾身の力を込めてテーブルに押し上げようとする男の手から逃れようとした。
指示された住所に近づきアリシア・キア保安官補はアクセルから足を離すとそっとブレーキを踏み車のライトを消した。調べる様にFBIが連絡してきた農場の敷地にとうに車は入っていたが、明かりの灯った家までまだ百ヤードほどあり道が回り込んでいた。
彼女はブルネットの若い女が立て続けに殺された事件の容疑者の一人がこの農場の主人の息子だと事前に知らされていたが、どうやってFBIが容疑者にたどり着いたか知らされてはいなかった。ただ容疑者宅を訪れカエデス・コーニングが在宅しているか、不信な様子はないか見てくるように保安官から命じられていただけだった。
アネット・フラナガンの顔は行方不明者の照会写真から知っていたが、自分が彼女を見つけ、もしも死亡していたなら、苦痛に歪んだ顔を確かめるのは辛いなと思いながら明かりに向かって冷え込んだ空気の中を歩いていた。
アリシアは日中に応援で遺留ぶつを捜しに行った雑木林の丘を思い出していた。あの被害者が五人目だったから、もし今、訪ねて行く家に被害者の亡骸があれば六人目を自分が見つけた事になり、目の回りそうな調書を自分が作成しなければならなくなる。
「いいや、やっぱり被害者の顔を確認するのが一番辛いわ」
そう呟き目前に迫った玄関を見つめカエデス・コーニングにまず何を尋ね、彼のどんな表情や仕草を見逃さないべきなのか、今一度、自分に確認した。
玄関の前に立ちノッカーに手を伸ばし掛かったその時にそれが聞こえてきた。
女の叫び声だった。
短かったがはっきりと耳にした。アリシアはこの家からなのかと神経を張りつめ家を見回した。
ちがう! もっと離れた所から聞こえた。空気が冷えているから百ヤード以上は離れているはず。そう意識した瞬間にもっと短い悲鳴が聞こえてきた。
間違いない! 何か起きている!
アリシア・キア保安官補は咄嗟に左手でベルトからシェアファイアを引き抜くとスイッチを押し込み肩の上に掲げて走り出しながらガン・ホルスターのスナップを外し銃握に手を掛けた。
だが彼女には離れた車に保安官事務所から無線の呼び出しが掛かっている事など気が付かなかった。FBIのHRT(:人質救出部隊)がヘリで向かっているなど知るよしもなかった。