Part 31-4 Protection 保護
E.42th ST.-5th AV. Midtown Manhattan, NYC 20:15
午後8:15 ニューヨーク市 マンハッタン ミッドタウン 5番街42丁目
肩に降り積もりだした雪を端からドクが手を差し伸べ払ってくれたその瞬間にフローラ・サンドランの意識にマリーの声が響いた。
────テロリストのうち、ハサム・サイドとフィラス・アブゥドが五番街を南進。車輌は煉瓦色のダッジ・マグナム。追いたて拉致しようとしているのはCIAの軍事工作部隊九名と指揮する女統括官それに助手。あとモサドの工作員の男女二名も追撃に加担してる。
────今、NYPL(:公立図書館)前にさしかかる。至急介入し二人を押さえて、特にフィラス・アブゥドはモサドの潜入工作員だからSADの連中に殺されないよう援護。他に一セル向かわせる。至急、かかりなさい!
マリーの意図を理解しながら、突発的な作戦変更があの新任の足掻きなのだと思いそれでもフローラは今、自分にやれる事のベストを尽くすのだと即座にドクとポーラ、デイビッド、アニー、それにリーの五人に怒鳴った。
「作戦変更! 私に付いて来なさい! 詳細は降下中に無線で指示!」
彼らに言い終わるなりフローラはPFU(:個別飛翔装備)のコントロールスティックを左手につかみ緊急始動ボタンを押し込みながらヘッドギアのフェイスガードを顔の一振りで叩き下ろした瞬間にビルの屋上から跳び出した。
十ヤード落下した時には二つのファンネルが甲高い音と共に完全に立ち上がり一気に彼女の身体を間近な交差点に向け翔ばし始めた。
フローラは真下に溢れかえるタイムズスクウェアの明かりを流し見ながら、無線を近距離通信に切り替え即座に背後から付いてくるセル・メンバー達に作戦概要を説明した。そうしながら繁華街のど真中に降下したから、PFUを通行人に見られるのは仕方ないが、電子擬態は使えないと割り切りそれも班員に付け加えた。
そうしてタイムズ・スクウェアの一ブロック北の西四十六番ストリートに入ると一気に東へ翔び抜けバンク・オブ・アメリカFSを回り込む様にスタビライザーの限界まで小回りさせると五番街の上空に出て一気に公立図書館の方へ加速させた。
その彼女の二百ヤード先に四台の車から銃撃を受け反撃しながら逃走する煉瓦色のピックアップトラックが見えて来た。
ハンドルを何度も左手ひとつで切り返しながらトラックを蛇行させていたフィラス・アブゥドは後席の窓からアサルトライフルを撃ちまくるハサム・サイド中尉だけでも殺さなくてはと片手を腰の横に下げたホルスターに伸ばし掛かっていた。
その矢先だった。上空の暗がりから雪の渦を引き連れ前方の左右の歩道に黒い人影が急激に降りて来た。
直後だった。いきなり左右の歩道からウエットスーツの様な出で立ちのフルフェイスヘルメットの様なものを被った者らが現れ短機関銃で左右の前輪を撃ち抜いた。急激に空気の抜けたタイアは左に振られハンドルを取られフィラスは路駐していたハッチバックにトラックを突っ込ませた。
ぶつかる瞬間に右の歩道にいるその黒い襲撃者の一人が後席の中尉へ向け短機関銃を発砲しているのが見え、傍の別な二人の襲撃者が追いすがっていた車らに向け発砲し始めた。
衝突した直後、フィラスは振り向きサイド中尉が右上腕と肩を撃たれAKを持っていないのを見るなりホルスターからガバメントを引き抜くとセーフティを親指で下げながらヘッドレスト脇から中尉の額へ銃口を向けた。
その驚きの表情が裏切りに対する怒りに変わり掛かった瞬間にフィラスはトリガーを引き絞った。
轟音に一瞬耳が聞こえなくなり、その甲高いノイズが退き掛かった刹那、女の怒鳴り声に取って代わった。
「フィラス・アブゥドか!?」
彼はサイドウインド越しに頷いた。その黒い襲撃者はヘルメットの前部を上へ跳ね上げていた。驚いた事にとても兵士とは思えない美人だった。
「イスラエルのモサド工作員だな!?」
フィラスが今一度頷くと同時にその女兵士がドアを引き開けた。
「我々が貴方を保護する! 付いて来なさい!」
女兵士に言われトラックから慌てて降りたフィラスの顔の傍でピラーに命中した小銃弾が火花を散らし跳ねた。彼は肩に頭を縮こませたが慌てて後席のドアを開くと死体から赤い携帯電話を奪い女兵士に続きトラックがぶつかって後部の潰れたハッチバック車のフロントに回り込んだ。その刹那、さらに上空から数人の黒い兵士達が降下してきているのを彼は眼にした。
フィラス・アブゥドはそれらの黒い兵士達がパラシュートでなく背負った機械によって翔んで来てると知り、そんな機動装備がたとえアメリカ軍にすらないのだと驚きの眼で見つめていた。
SADの乗る三台が車体を振って通りの真ん中に止まったすぐ傍にルイスがパメラの乗る車を急停車させた。二人は即座にドアを開きその陰に身を隠しながら車から降りた。
直後だった。車の開いたドアに隠れ射撃をしていた準軍事工作班の一人がドア越しに撃ち倒されるのを見てルイスはヤバイと思った。
突如として現れた敵はテロリストらに加担し重火器で攻撃していた。車の圧延鋼板を易々と撃ち抜くなら自分達と同じかそれ以上の火力があった。
ルイスはパメラにトランクの後ろに隠れてと警告しようと彼女を見て驚いてしまった。パメラは立ちあがりSIG MCXカービンを構えてはいるものの取り憑かれた様にテロリストらの方を見つめていた。
パメラ・ランディはテロリストらのピックアップトラックを早期に足止めさせようと打撃に自分も加わる為にSIG MCXカービンに装填し助手席のサイドウインドを開いた。
その矢先だった。パラメリやシボレー・タホの先でいきなり路駐車にトラックが激突するとパラメリの連中が通りの真ん中に車輌を斜めに止め降車するなり敵へつめ寄りもせずにピックアップトラックの方へカービンを撃ち始めた。
彼女がルイスに言わずしても彼がそのSADのすぐ近くに車を止めたのでパメラは小銃のバットプレートを肩付けしたまま、敵へ視線を外さずに降車した。
その刹那、雪の渦を引き連れてビルの合間から黒づくめの何者かが数人降下して来たのを眼にして彼女は唖然とした。
パラトルーパー(:パラシュート降下兵)ではなかった。何か──そう、何かを背負っていた。そうして着地寸前に制動を掛けた。
どうやってあいつらは上空から降りて来たのだと疑問が膨れ上がり、彼女はそのトラックの左右の歩道に降りて来た何者かをよく見ようと立ち上がった。反射神経の様にカービンは自然と肩付けしたままだった。
意識の片隅で理解しているのは、準軍事工作班が銃撃をしているのだから、テロリストらの周囲に降りた連中が敵である事には間違いなかった。だがどうやって空中から降りて来たのだと彼女はそれだけに囚われ続けた。
世界中のどこの軍であろうとあんな機動装備は持ち合わせていない。あんなものが開発され配備されているなど初耳だった。
彼女は驚いているわずかな間にSADの半数が撃ち倒されている事に気が付いた。それなのにあの敵は同じ様にカービンを構える自分を撃ってこない事実に気がついた。新たに敵として増援に加わった連中は発砲している者達だけを正確に車のドア越しに撃ち倒していた。
テロリストの増援に加わった連中は特殊部隊だ。危険度の高い対象から正確に排除している。それに気がついたパメラは肩付けしていた小銃の銃口を下げるとトラックの方へ向かい歩き始めた。その時だった。通りの前後に電子サイレンを鳴り響かせながら十数台のパトカーが現れた。